誠実ブラザーズ
数々の冒険の末、辿り着いたダンジョンは、ぼくんちのすぐ側にある木造のアパートだった。はい、これ。と椎名さんから手渡された目指し帽と黒のディッキーズのツナギ、皮の手袋。椎名さんが運転していたのは、ナンバーのない黒塗りのバン。
急に頭が冷えてきた。なんだか犯罪に巻き込まれている気がする。つーか、このダンジョン、弟のミノルんちじゃね? 少しずつ頭の靄が晴れ記憶が繋がり出す。
「ぐずぐずしてないで早く着替えてよ。マコト」
車で着替えろと言わんばかりにシャロン・オールグリーンは車を降りる。右手にはスタンガン。人の弟に何するつもりなのであろうか。
黒の上下に目指し帽。立派な悪の戦闘員が瞬く間に出来上がる。やばい、なんか楽しくなってきた。
「あんたの弟も仲間に入れようと思うんだけどさ、会社じゃ話しかけづらいから、家まで押し掛けたってわけだ」
「あいつぼくとチームなんて組みませんよ。昔から仲悪いんで」
神田川 実。ぼくの一つ年下の弟でぼくと真逆の人間だ。友人も多く、非常に社交的な性格である。ぼくと同一の遺伝子を所有しているだけあって顔も頭もよい。
「私あの人嫌い。キザだし。でも、まあ、あの人がチームに入ったら間違いなく戦力になる」
ミノルもぼく同様飛び級している。いや、それどころではない。ぼくよりも三年も早く大学を修業し終えている。情報局の採用試験もなんと主席で、我々仮採用組の中では本物のケースオフィサーに最も近い男と言われている。
「マコト。着替えたら早くインターホン押せよ」
「ちょ、なんでミノルを勧誘するのにこんな格好するんすか?」
ぶつぶつ言いながらも、ぼくはインターホンを鳴らした。ぼくんちと同じ造りなので、カメラモニターもマイクもない。
ぴんぽーん、ぴんぽーんと、ノスタルジーな音が二つ鳴る。室内から「はーい」とミノルの声が聴こた。
「ピザ屋でーす。お届けにあがりましたー」
可能な限り甲高い声で椎名さんは何故だかピザ屋を装う。
「えー? そんなの頼んでないのだけれど」
ミノルはそう言うと、ゆっくりとドアを開ける。「隙あり!」と椎名さんは、つま先をドアに挟み、チェーンカッターでドアチェーンを切断する。怖い。完全に犯罪者である。
驚いて身を固めるミノルにすかさずスタンガンを構えたシャロンが突進していく。
「ちぇすとぉぉぉぉぉー」
哀れ我が弟よ。普段女にモテまくるリア充な弟は、白目を剥き、泡を吹き、とっても間抜けな顔で地べたにノックアウトテンカウントした。……ざまーみろーい。
☆ ☆ ☆
「で? アニキ。これが人に物を頼む態度だってのか?」
室内、両腕を縛られたミノルはぼくを睨む。ぼくに言われてもな。
「まあいいよ。ダメアニキが世話になってる。一つ条件を呑んでくれるなら、あんたたちのチームに参加してもいい」
あの頑固な弟があっさりチーム参加を受け入れやがった。絶対何か裏がある。と思ったが彼はチラチラとシャロンを観ている。惚れたな? こりゃ。
シャロンは確かに飛び切り可愛いが、ちょっと病的なくらい細すぎる。ぼくの好みではない。女はもっとグラマーでなければ。端的に言えばおっぱいが絶望的なまでに足りない。失敗でありチッパイである。
「マーコート。そのモノローグ、声にでてるよー」
シャロンに胸ぐらを掴まれグーで殴られる。ぼくもほぼ初対面なのに凶暴だなこいつ。
さて閑和休題、ぼくの弟であるミノルが提示してきた条件、それは彼の相棒であるマリー・ゴールドという女性も一緒にチームに入れることであった。
部屋を出た椎名さんはミノルをバンに乗せ、ワシントンにあるマリーの自宅に向かおうとする。多人数で押しかけるのも迷惑なのでぼくとシャロンはお留守番である。
「終わったら本部近くで落ち合おう。ディナーでも食おうぜ。どこかいい店探しておいてくれよ。それまでデートでもしてな」
「ぼくとこいつ二人っきりにするんすか? 正直会話続かないっすよ」
「ほんの三時間くらいだ」
再見。そう言って振り返りもせず手を振る椎名さん。助手席のミノルは、ぼくをずっと恨めしそうに見ている。バンのタイヤは土煙を上げて、ワシントンDCへ向け発進する。
「じゃ、私たちはご飯食べられるところでも探そっか」
シャロンはぼくの腕を掴む。不意にその小さな胸が肘に当たる。慌ててぼくは、その腕を振りほどく。
ぼくは人が、とくに女子が苦手な設定をもっているのだ。
しかし恥じることではない。男子たるもの硬派でなくてはいけないと、死んだ祖父も言っていた。
「ちょっ、すけべ」
「だまれ。プロのロッククライマーでさえ、諦めるほどの断崖絶壁のくせに」
「うわーん。根暗のくせに-」
「イタい電波なメンヘラ-のくせに-」
ポカッ、と殴られた。なので殴り返したが、見事な電光石火のクロスカウンターで返り討ちにあった。
「飯食べれるとこ探すか?」
「安いところはいや。ガラが悪い輩がいるから」
「予算ってあんの? ぼくビックリするくらい金ないよ」
「しのちゃんが持ってると思う」
「あのさ、なんで椎名さんのことをしのちゃんって呼ぶんだ? もしかしてシャロンも飛び級してるとはいえ、結構ぼくよりも歳上なのか?」
「違うよ。あの人の見た目はついついちゃん付けで呼んでみたくなるでしょ?」
まあ、確かにそれについては全面的に同意する。
それにしてもこんなへんてこサイケデリックな女子と二人取り残されて、途方に暮れるぼく。
「とにかく美味しそうな店探そう。ここでサボるとしのちゃん不機嫌になるし」
シャロンは恥じらいもなくぼくの掌を、自らの右手で掴み歩きだす。思わぬ不意打ちについつい恥じらい、言葉を失うぼく。我ながら、なんと乙女なのであろうか。