ザ・シークレットヒーローショー
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メーデー、メーデー、メーデー。
応答せよ。こちら小さな小さな島国に取り残された小市民。名を神田川 誠。
今も尚、うだつの上がらない生活をしている。目指す大宇宙へは遠い。
君は宇宙人だから、離れていてもテレパシーで届くと思う。この交信を遥か彼方から君は聴いていることと思う。
ぼくは新須賀トライアングルの頂点、劇場ビルの最上階、日本に来てからのぼくの指定席。見上げる夜空は星も観えない。見下ろすは大都会のイルミネーションは今日もきらきらして眩しかった。
一通の手紙が届いたのは、スズと別れた数ヶ月後のことである。
やがて宇宙は遥か彼方へ行った。今では歯車で動く街並みを、ビルの上から見下し、観測者を気取る。その実、誰かに視られていて、誰かに嗤われているのであろう。
「おー、いたいたー。夜風に当たると風邪引くぞー」
ニューヨークヤンキースのキャップを斜めに被った椎名さんは、いつになく優しい顔つきでぼくに声を掛ける。
「有給貰っちゃってすいません。明日飛び立ちます」
「ああ、あたしも行きたいところだけどさ、マリー一人残して行くわけにもいかないからさ。チームメイトの晴れ舞台だってのに」
「ぼくね。来月からシフト多くしてもらいたいんですけど。色々物入りになるので」
「なんだよ。合衆国からそこそこの給料支払われてるだろ。欲張りだな」
「貯金したくて。あの日この手で人を殺めてから、ずっと死にたかった。でもちょいと生きてみたくなったんです」
「ボスに相談してみるけどさ、難しいと思うよー。新人雇うらしいし」
「新人? こんなエロDVDショップに?」
「おう。昨日、マリーが面接してた」
いや、絶対マリーさん自分が楽する為だし。ぼくたちの負担が減るわけがない。この人、本当に鈍感だなー。赤の遺伝子ってやつは、どうも脳の方に恩恵は与えないようである。
「身体冷やすぞ。明日も早いんだろ? 眠れないならあたしの部屋に泊めてやろうか?」
「ああ、まじいらねー」
「殴るからよ」
「椎名さんに殴られたら、ぼく死んじゃいますよ」
「減らず口。本当はあたしのこと好きなくせに」
「ぼくが帰るまでに、馬場の件はよろしくです」
夜は更けていく。明けるのが怖くて楽しみでもある。どうやら眠れそうにない。
「少しだけ、お酒付き合って貰えますか?」
「おっ、話わかるねー。お姉さん嬉しいよ。いいのあるんだ。どっちで飲む? あたしの部屋?」
無論、ぼくの部屋はバスの中なので、椎名さんの部屋が良いな。椎名さんはぼくと違い結構なマンションに住んでいる。おかしい。一度給料明細を見せてもらいたい。同期で同じケースオフィサーの筈だ。
そんなことに思考を巡らし訪れる椎名さんの部屋は、想像通りに乙女チックでいい匂いがした。
「おお、流石処女」
「なんか言った?」
「いいえ、なんとも」
椎名さんに出された酒はジャパニーズ焼酎ってやつで、ぼくには馴染みがない。短い間ではあるが、ホストやってたんでシャンパンとか飲みたいものだ。
「これいいんだよ。近所のじいさまから貰ってさ」
猫ちゃんの肉球が刺す時計の針は、夜の十時。明日は早いので一時には帰ろう。
「なんかシャロンに伝えることありますか?」
「ねーよ。シャロンはさ、仲良かったんだけどな。いつからか敵になっちまってさ」
「どういう意味?」
「別に〜。あたしが先にあんたに目つけたんだけどな」
女ってやつはこういつも思わせぶりな言葉で男を翻弄してくる。椎名さんだって例外ではない。
沈黙を破るように乾杯。テーブルクロスにはネズミの顔つきコースター。度数のキツイジャパニーズ焼酎をグイッとグラス半分飲み干し、焼け付く喉に咳払い。
「ワシントン久しぶりなんですよ。シャロンと会うの楽しみです」
「……抱いてやろうか?」
神妙な顔の椎名さん。誰が抱かれるものか。
「ちょ、普通逆じゃね? 約束してたんです。シャロンと。シャロンのこと愛しているんです」
椎名さんは「そっか」と一言ため息を漏らす。
ずっとシャロンのことばかり考えてた数年間だった。やっと気持ちの整理がついて、会いにいける。




