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ザ・シークレットヒーローショー  作者: 夕凪 もぐら
へなちょこマコと最愛の怪盗
40/50

入院

 



 



「元気がいいねえ。魔虎斗くん」


 ニヤニヤと氏家の後ろで寛ぐ馬場。


「黒歴史に残るような当て字のゲンジメイで呼ぶんじゃないやい」


 つるっ禿げの氏家はジャケットを脱ぎ地面に投げ捨てネクタイを緩める。そして自らの身体を重力から反発させ、ボクサーのように軽やかにフットワークさせる。このさいだから正直に言おう。ここでずっと感じていた殺気。その凄まじさはぼくの両足を小刻みに震わせる。


 ボクシングのピーカブースタイルにも通じる氏家の構え。分析するに大きな身体はかなりの重量がありそうだ。相当なハードパンチャ-なのであろう。油断もない。慢心もしない。相手は強い。だからこそぼくは十全な間合いと、万全なほど慎重な心構えで彼と向き合う。


 しかしそれでもぼくは氏家という怪物を見誤っていたのだ。


 瞬きさえしていないぼくの視界から、氏家は消える。まるで魔法使いのように。


「……くっ、下か」


 悠長なぼくは気付くのが遅すぎた。街の夕闇とネオンの光の屈折と街の騒音が氏家の身体を隠したのだ。ぼくはスピードなら自分に分があるなどと思っていた。なんて愚かなのであろうか。そのスピードは、五感を利かしているつもりのぼくの予想を遥かに上回る。


 ぼくの伊達眼鏡が粉砕して、鼻血が吹き出る。もちろん何をされたのかはわからない。


 格が違うどころの話ではない。根本的に生物としての性能が違うのだ。一撃で固く冷たいアスファルトに打ち付けられるぼく。


「どうした? もう終わりか?」


 鼻で笑うように息一つ乱していない氏家。初めて聴く彼の声は、想像よりも高くて笑えてくる。


 逃げれるとは到底思えない。しかしだ。氏家の殺気を感じた瞬間、あの禍禍しい悪寒を感じた瞬間、一目散に逃げることを選択すべきだったのだ。ぼくは……選択肢を間違えた。


 それでも寝てばかりはいられない。よろよろと立ち上がるぼくに情け容赦ない氏家の攻撃。ぼくは朦朧とする意識の中、ただただ嵐が過ぎ去るのを待った。


 

☆ ☆ ☆


 どれくらい意識を失っていたのであろう? 気が付けばゴージャスな内装の一室。天井にぶら下がったシャンデリアに見覚えがあるが、思い出せない。


 それでもなんとか記憶の糸を手繰ろうと、意識の深い場所を探索してみるが、もやもやと霧がかる。顔面を強く強打されすぎて、脳震盪を起こしているようだ。


 部屋に如何わしいほど大きな姿見があったので見る。ぼくのイケメンな顔はパンパンに腫れ上がり、鼻は折れて、おまけに両腕は縛られていた。


 ああそうだ。ぼくは地球上で二番目に強い霊長類に完膚なきまでに叩きのめされたのだ。生きているだけでも不思議で仕方がない。するとこの下品な部屋は……。


 もう少しで思い出せそうなところで、部屋の一つしかないドアのセキリティ-が外れる音が鳴る。


 開かれたドアから部屋に入ってきた男、その特徴的な顎の形、清潔感を感じない頭髪、そして威厳めいた全身のオーラ。たったの一度しか見ていないが間違いない。こいつがこの一件のラスボス、能美本人である。


「お前か。俺の周りをコソコソ嗅ぎ回ってるこそ泥ってのは」


 ばさばさと髪を搔き上げ、ぼくから奪ったと思われるジェリコ941を懐から出す。


「自惚れんなよ、おっさん。お前なんて眼中にない。ぼくが追ってるのはもっとべっぴんだ」


 遠吠えに過ぎないぼくの台詞にへらへらと笑う能美。悪の親玉ならもっと『フハハハハ』みたいな感じで笑って欲しいものだ。


「マダム・パンサーか。ならお前が狙っているのはこれだろ?」


 能美は引き出しから紫陽花を模った髪飾りを出す。


「め、冥土の土産にそれが何なのか教えてくれないか?」


 取り合えず自分に向けられた銃がいつ発砲してもおかしくない状況。少しでも延命したくてぼくは能美に雑談を切り出す。


「やかましいわ! くそガキ。今からバラす相手に話すことなんぞ何もないわ」

「参議院議員三好宗一郎のスキャンダルか何かなんだろ?」

「どあほう。これはそんなしけた代物じゃねぇ。もっと極上のネタさ」

「ほう。そのブツで百億円とは景気のいい話だな、くそ野郎」


 百億円というキーワードに顔をしかめる能美。よし、食いついたぞ。


「その話、誰から聞いた?」

「誰からだと思う?」

「ちっ、くそガキ。あんまり大人をナメるなよ」


 胸倉を掴まれて壁に放り投げられる。かなりの腕力だ。厳ついのは顔だけじゃない。背中を強く打って、悶えるぼく。


「まあいい。仲間をおびき出すための人質にしろと馬場は言っていたが、仕方ない……」


 手に持つの引き金に指を掛ける能美。あれ? どうやらぼくは延命するつもりで寿命を縮めてしまったみたいだ。


「ま、ま、待った。誰から聞いたか言うからもうちょっと話そう」

「……いいだろう。誰から聞いた?」

「クラブオルフェウスのキャスト、アケミって女だ」


 別に命欲しさにスズを売ったのではない。ぼくなりの考えがあってのことだ。


 スズは素性を隠してオルフェウスに潜入していた。そして殺人事件のあったオルフェウスが営業することはもうない。


「そうかあの女狐。ルーシー・ホァンが裏切ったか」


 今、能美は裏切ったと言ったのであろうか?


 そういえばこの場所、やっと思い出した。島田組の運営するホテルホールインワンだ。ぼくが開けれなかったセキリティ-をこともなく開けたスズ。彼女は物理的にここを開ける権限をもっていたのか。


「あのアケミって女は何者なんだ」

「そんなことも知らずにルーシー・ホァンと組んだのかバカタレめ……さあ話は終わりだ」

「待ってくれ、もっと冥土の土産をくれ」


 我が儘を言ってみる。が、情け容赦のない能美は引き金を引く。渇いた銃声。鉛の弾丸はぼくの左胸に見事命中。短くて虚しい人生だった。


 スズは無事なのであろうか。


「あーあー、部屋に死体を転がしといたら、またパンサーに叱られちまう。急いで片付けないと」


 そんな風に独り言を漏らしながら、部屋を出ていく能美。そこでぼくの意識は再び途切れる。それはもう、ぷっつりとテレビの電源を切るみたいな感覚で。


 死ぬってことは、つまりこういうことなのかもしれない。


 



 …………。


「おーい。生きてるかーい? ひっどいかおだねー」


 いけ好かないハイトーンな声に意識を取り戻すぼく。マリーさんの顔がぼくを覗き込む。


「……生きてるんですか? ぼくは」


「マリーが見繕ったボディアーマー。早速役に立ったみたいだねー。流石でしょ?」


 ああ、そういえば。左胸の大穴を見れば、ボディアーマーに守られて一切出血をしていない。運が良かった。そうとしか言えない。


「助けに来てくれたんですか?」

「まあ、そんなとこ。それにしても、まさか馬場と氏家がセットでいるとはねー」

「知ってるんですか? あの二人を」

「裏社会であれを知らない者なんていないよ」


 マリーさんは若干トーンを落とし、遠い目をして呟く。


「まあ、どのみち、まこくんはここでリタイアだよ。当分入院することになる」

「待ってください。まだやれる」

「……これが現時点でのきみの実力ってやつ。足手まといだから、あとはミス椎名とマリーに任せておいて」



☆ ☆ ☆




 合衆国の息の掛かった大学病院に入院することになったぼく。どこまでも白い病室がぼくを現実世界から隔離してくれる。


「あとはあたしに任せておけよな」


 お見舞いにきた椎名さん。なんだか久しぶりに見た気がする。いや、あんたいったい今までどこにいたのさ。


「椎名さん。悪いことは言わない。この一件からは手を引いた方がいいすよ」

「何言ってるんだ。マコトだってあたしの強さ知ってるだろ?」

「相手は化け物なんですよ。いくら椎名さんでも、まともにやって勝ち目なんてあるはずがない」


 化け物……そう、あれは化け物なんだ。その時、がらがらとワゴンを押しながらナースが病室に入ってきた。


「本日の面会時間は終了してます。間もなく消灯時間になりますので、どうかお引き取りください」

「おっ、もうこんな時間か。マコト。兎に角、あたしが敵討ちしてやるからさ」


 人の気も知らず、そういって病室をあとにする椎名さん。ぼくはただ複雑な心境でその背中を見送る。


「さてさて、検温のお時間ですよ。お尻出してくださいな」

「む-り-」


 パンツを下ろそうとする物騒なナースの手を払いのけるぼく。尻で体温を計る体温計があるらしいが、どうやって使うのかは、想像もしたくない。


 ナースはため息をついて、ぼくのベッドに腰掛け、長い脚を組み、嘘っぽい眼鏡を外し、三つ編みを解く。ふんわり揺れる黒の髪からはいい匂いがした。


「いい男になっちゃたね」


 ナースはありふれた皮肉を述べた。


「おかげさまで骨折十ヶ所、内一つが頭蓋骨陥没骨折、内蔵もやられている」


 幸い脳波に異常はない。


「悪いけどぼくこの件はリタイアだから」

「待ってよ。私まこちゃんしか頼れる人いないんだから」


 ナースはぼくの手を掴み縋る様な目をする。どこか白々しい。


「もうそろそろ化かし合いはやめにしよう。スズ……否、ルーシー・ホァン」


 ナースは……いや最愛の怪盗は笑った。


「何か言いたいことありそうな顔だけれど」


「百億円。三好の政治資金にしちゃ多いが、盗んだのお前だろ? なあ、あの髪飾りの中身ってなんなんだよ」


「このルーシー・ホァンが三好宗一郎の愛人として集めた日本国政府の闇」


 嘘か真かは解らない。ただ真剣とも冗談とも取れる様な表情のスズ。


「なんでお前があいつらのために動く」

「我等ホァン一族は代々世界を股にかけ、盗みを生業にする闇の一族。血の絆はどんな繋がりよりも固い……能美が手にしたスキャンダルはホァン一族の存続を脅かす物だった。ただそれだけ」


 ぼくが一思案する間、スズは肩を震わして笑っている。実に愉快そうに。


「泣きそうな時、敢えて笑う癖、昔から変わってないな。うん、実に可愛くない」


 ぼくがそう言うと俯き目を伏せるスズ。本当にそんなとこだけは、昔のままだからいやになる。

 

「水臭いぞ。助けてくれって素直に言えばいいのに」

「情報局を裏切ってその髪飾りも私に譲ってくれるっていうの?」

「別にかまわない。むしろの情報局なんて大嫌いだ」


 ぼくは立ち上がる。やれやれだ。逃げ出す口実が無くなってしまった。


「私に騙されているのかもよ」

「そりゃない。ぼくの知っている深津スズはいつだって正しいんだ。なんてったって委員長なんだぜ」


 巻かれた包帯をゆっくりと解く。


「マコト。助けてお願い。助けて」


 スズはぼくの胸で嗚咽を漏らす。肩を抱こうと思って手を回そうとするが、シャロンの顔が過ぎりやっぱりやめるおく。



☆ ☆ ☆



 ぼくは夜の街を颯爽と歩きだす。


「やっぱりきた」


 まるで待ってたかの様に病院の出入口にもたれ掛かって腕を組んでいる椎名さん。


「やっぱりってなんですか」


「どうせルーシー・ホァンにそそのかされて、動くと思ってたよ」

「ってか、よくあれがルーシー・ホァンだって解りましたね」

「当たり前だろ。あたしはスペシャルだから」

「幼馴染なんです。ルーシー、いやスズとは」


 終電間際の地下鉄を降りて、欲望の街、桃源町に再び脚を踏み入れるぼくと椎名さん。


「悪いけどぼくはルーシー・ホァンにそそのかされて、合衆国を裏切るけどいいんですか?」


「仕方がないだろ。相棒がそう言うなら」


 相棒と呼ばれて実に不愉快になりながら、目指す目的地。能美はどこにいるのか解らない。パンサーの居場所も解らない。髪飾りがどこにあるのかも解らない。だけれど、たった一つだけ、解ることがある。ナンバーワンホストの馬場だけは、ホストクラブハーデスに必ずいる。




 



 

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