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ザ・シークレットヒーローショー  作者: 夕凪 もぐら
へなちょこマコと最愛の怪盗
39/50

地球上で二番目に強い霊長類

 




 昨夜は寝汗が酷かった。ホテルを出る前にシャワーを浴びてくればよかった。ぼくはパチンコ店のある角を右に曲がり、十数メートル、最寄のコンビニが見える。


 店内を軽く物色し、缶コーヒーを一本と朝食のような、昼食のような、夕食のような感じでパスタを購入。温泉卵のカルボナーラ。地味に旨そうである。


 店員のお姉さんがお釣りを渡すとき、ぼくの手をニギニギしてくる。彼女はきっとぼくに惚れているに違いない。


 外へ出て缶コーヒーを開け一口。微糖と書いてあるくせ甘過ぎるのが気に入らないが、マスター青山の淹れるヘドロコーヒーよりはましだと、干からびた胃袋に流し込む。


 お姉さんは可愛かったが、コンビニの本棚には胸糞悪い物が並べてあった。週刊誌である。能見のシノギはパパラッチし、相手を揺すること。パラパラとページをめくれば、世の中はゴシップが溢れていることが嫌というほどわかる。この雑誌に掲載されたがために、全てを失った著名人は少なくない。


 きっと……ぼくと椎名が失敗したら、近い将来この雑誌の一面を飾るのは、ぼくたちのエージェント望月のクライアンの政治家なのであろうと漠然と思う。


 あの写真に写るマダム・パンサーさんの紫陽花の髪飾り。それ自体に意味などなく、何か記録媒体でも仕込んであるのであろう。望月の飼い主、三好宗一郎のスキャンダルの証拠。しかもとんでもないネタに違いない。


 そんなコンビニの帰り道、胸やけをコーヒーで押し戻す。


 ではスズの狙いは何なのであろう? 能美本人が狙いなのだと言っていた。


『三週間まえ、約百億の大金を能見が手に入れたわ。そのお金の一部をハーデスに必ず持ってくるはず』


 どこでそんな情報を仕入れた! 問題はなぜ彼女がそんな情報を知っているかだ。


 まず最初に浮かぶのは、スズがぼくたちと同じく、なんらかの任務を受けてあそこにいる可能性。


 百億円を脅し取られた被害者が直接ルーシーに依頼したのかもしれない。


 おいおいちょっと待て。彼女は怪盗だ。物を盗むならともかく、能見に直接何かアクションするのは畑違いである。では彼女はこの百億円を狙って、自らオルフェウスに潜入して情報を得たとしよう。


 しかし話は振り出しに戻るが、そもそも彼女はなぜ、この百億円を能見が手にしたのを知ったのであろうか?


 二つ仮説を立ててみる。


 一つは、百億円を奪われた被害者自体が彼女である可能性。


 もう一つは、百億円を何者かから奪った加害者自体が彼女である可能性。


「まさかね」


 思わず漏らした独り言。マンションが見えてくる。


 ぼくは直ぐに違和感を感じる。マンションの前に黒塗りのセダンが二台、中から数人の男が降りて、ぼくに銃を向ける。


 男たちは、ぼくが現実を理解する前に発砲。鈍い音と火薬の臭いが、辺りを埋めつくす。数発の銃弾の内、1発がぼくの肩をかすめる。赤く染まる肩口。


 ぼくが顔をしかめると、セダンの後部席から見覚えのある男がゆっくりと降りる。


 ホストクラブハーデスのナンバー1ホストマサオミさんこと、人類最悪の殺し屋馬場がそこに現れる。


「パンサーはお前を逃がすつもりらしいけど、そういうわけにはいかないんだよな」


 逃げるルートを探すが、馬場の指示で男たちに瞬く間に取り囲まれ、仕方なくぼくは腹をくくる。


 能美の部下であるヤクザ風味なやさぐれた男が四人、ホストが一人の五人。と、思いきや、もう一人大きな体躯の男が車から降りる。


 スキンヘッドにサングラス。やや色黒な肌と顎髭。脳内の登場人物を消去法で割り当てていくと、彼がスズの話に出てきた氏家なる男であろうか。


 『絶対に逃げて』とスズの声が脳内にリピーとするも、無理なものは仕方がない。ぼくは逃げるのを諦めて、戦うことを選択する。


 誰にも信じて貰えないかもしれないが、こう見えてぼくはもの凄く強い。


 インテリジェンスでスタイリッシュなだけではなく、小さなころから武術に関する英才教育を受け、ラングレーのプログラムにてそれを実戦で使うすべをマスターしたのだ。


 無駄に螳螂拳のポーズをとるぼく。我ながら絵的にいいチョイスだと思う。しかしながら、能美の部下たちは、ぼく一人に対して、全員が拳銃を向け撃ってくるのだ。


「そんなの当たったら死んじゃうだろうが! 男なら拳で語りあえ!」


 ぼくの怒りの一撃が一人目の腹に入る。二メートルほど吹き飛ぶ男。それに怯む能美の部下たち。


 距離を詰めて、二人目の顎を肘で砕く。一秒で二人。悪くない。


 淀んだ大気が踝に纏わり付く感覚。呼吸を乱してはいけない。何事もリズムが大切なのだ。軽く一息吐きだし、相手の次の行動を読む。距離的に銃の間合いではないが、喧嘩慣れしている程度の相手が一瞬躊躇している感覚が空気で伝わってくる。


 次の標的を見定めたぼくは、距離を詰めて顔面に回し蹴り。顔面に届くほどの蹴りは、素人同士の争いで実際実戦向きではない。だからこそ相手の意表が突けるのである。


 そして相手にぼくが玄人であるということを知らしめ、萎縮させるのだ。


 ぼくの蹴りをなんとかかんとかガードする能美の部下。相手はバランスを崩すが、ぼくは玄人なので崩さない。


 ぼくができるのは何も当て身だけではない。ラグビーで言うところのタックル。柔道で言うところのもろ手狩り。相手は固いアスファルトで後頭部を強打する。


 すっかり騒ぎになりつつある街並み。きっともう誰かが通報したのであろう。急がねば。


 ぼくが相手にタックルして倒れ込んだところに隙ができる。敵がもう一人いれば当然そこを狙うことが推測される。だからこそ相手の次の行動はバレバレで、倒れ込んだぼくは地面で反転して起き上がる。


 多勢に無勢。長引けば不利。確実に相手を必殺していかなければならない。


 四人目の能美の部下は、不意打ちをぼくにかわされ、それでも体制を持ち直す。


 相手は良い顔をしている。ああこいつには勝てないんだという、ぼくに対して畏怖の感情を抱いている。垂れ流す油汗。ぼくが一歩歩み寄れば、彼が一歩後ろに下がる。


 こうなってしまえば勝負はついたも同然で、やはりあくまで簡単にぼくは距離を縮め、相手の水月に拳を沈める。


 悶え苦しみながら戦意を喪失する彼の脳天を馬場が手にした拳銃の銃弾が撃ち抜く。


 よくわからない液体を撒き散らしながら生き絶える能美の部下。


「何するんだ。グロいもん見ちゃったじゃないか」


「残念だ。暴力をふるうのが職業のくせして、ドブネズミごときに遅れをとるなんて」


 その瞬間馬場の後方から信じられないほどの殺意を感じてぼくは思わず後ろに一歩下がる。間違いない馬場の後ろにいるスキンヘッドこそ、地球上で二番目に強い霊長類、氏家だ。


 どうやらここからが本番のようだ。



 


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