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ザ・シークレットヒーローショー  作者: 夕凪 もぐら
へなちょこマコと最愛の怪盗
38/50

マダム・パンサー

 


☆ ☆ ☆



 ハーデスのオーナーにあたる能美が店に顔を見せたのは翌日の閉店後だった。


 ヤクザの大幹部だけあって、なんというか威厳、若しくは貫禄のようなものが漂っている。若い衆と呼ばれるちっとも若くない恐モテなおっさんたちを数人連れて閉店後の店に我が物顔で入ってきた。


 その下品な店内によく似合う顔ぶれの一番後ろに彼女はいた。マダム・パンサー。ぼくは柱の物陰に隠れる。


「店長はいるか」

「能美さん。ご無沙汰です。今店長呼んできます」


 能美のしゃくれた顎の先にたまたま通り掛かった、うちのナンバーワンホストマサオミさん。彼に呼ばれ、びくびくしながら名前だけの店長が出てきて能美と奥の部屋へ消えていく。


「あら? こんなところで業界最悪の殺し屋馬場ばば 雅臣まさおみにお目に掛かれるなんて光栄よ」


 マサオミさんの側に立つパンサー。写真のドレスやラングレーで見た白衣とは違いフォーマルなパンツスーツを着ているが間違いない。


「あんたがマダム・スネークか? 俺をあんたみたい薄汚ない裏社会のドブネズミと一緒にするのはやめてくれないか」


 そういえばルーシーが言っていた。


 絶対に敵に廻してはいけない相手の名前。人類最強の殺し屋、馬場ばば 雅臣まさおみ


「俺は殺し屋なんかじゃない。今じゃしがないホストってやつだ。見ればわかるだろ?」


「くっくっくっ、確かに間違えたわ。あんたは殺し屋なんかじゃない。殺人鬼さ」


「まったく初対面の女にこんな風に言われたのは、初めてだ。それよりもどうだ?」


 パンサーに問い掛ける、壁に痛々しいポーズでもたれ掛かるマサオミさん、否、馬場雅臣。


「なにがさ?」


「あんたもうちのホストと楽しんでいったらどうだい? オススメがいるんだ。そこの柱の影でこそこそと聞き耳を立ててる小僧なんかは新人の中でイチ押しだ」


 思わぬ不意打ちに、心臓が止まるかと思った。ぼくが隠れる柱の影に一斉に集まる視線。一瞬で怖い顔したおっさんどもに取り囲まれる。仕方がない。ぼくは動揺を隠しつつもパンサーに歩み寄る。


「やあ、女医さん。久しぶり」


 思わぬぼくの登場に面食らった顔をするマダム・パンサー。


「あんた……ラングレーの」

「おいおい、知り合いか? 世の中とは広いようで実に狭いな」


 何が可笑しいのだか、面食らったぼくと畑中さんにクスクス笑いかける人類最悪。敵は……女性であるパンサーを入れて四、五、六、七人。


 とくに最悪と唱われるほどの馬場の実力は未知数で、椎名さんが追うほどのパンサーだって普通の女のはずがない。


 相当まずい状況である。


「ラングレーの命で私を追ってきたのかい? 自分らだって後ろ暗い癖に汚い組織だね」


 溜め息を吐き、ぼくの頭を撫でるパンサー。それは殺されるものだと思ってたぼくにとって本日二度目の不意打ち。


「馬場。ホストも悪くないわね。あんたの誘い乗ってあげる。今日はこの子を借りさせていただくよ」


 パンサーはぼくの腕を掴むと、急ぎ足でどうどうと店外へ連れ出す。夜の繁華街、彼女は一台のタクシーを拾う。

 

☆ ☆ ☆



 どうしよう。


 微かに聴こえるシャワーの音。


 ハーデスで急死に一生を得たぼくは、おっかない顔したおっさんたちから逃げるように、島田組の経営するホテル『ホールインワン』に連れてこられた。


『ここは私が使ってる部屋よ。シャワー浴びてくるから適当に待ってて』


 パンサーにそう言われ二十分ほど前から、キングサイズのベッドで正座して待っている。


 逃げた方がいいに決まっているので、一応ドアを開けようとしたが、内側からも鍵が掛かっていて、どうしようもない。


 脈打つ胸の鼓動。だめだだめだだめだ。ぼくは女が苦手なのだ。もしかしたら口封じにパンサーにあんなことやこんなことをされて、写真を沢山取られて、『ばら撒かれたくなかったら、私の性奴隷になれ豚野郎』と言われてしまうかもしれない。


 そんな危機的状況の桃源町の一角、ラブホテルの一室。とてつもなくゴージャスな内装が凄い。シャンデリアが空調で微かに揺れる。


 やがてバスローブを羽織ったパンサーが出てくる。無造作にワインクーラーからワインを取り出し「きみも飲むかい?」と勧めてくる。アルコールで先日嫌な思いをしたぼくは丁重に断った。


「さて」


 畑中さんは、言葉とともにベッドの脇にある引き出しをごそごそと漁りだした。ひょ、ひょっとして明るい家族計画的な物質を探しているのかもしれない。


「そんな、まだ心の準備が……、いえぼくも男です。もう覚悟しました」


 ぼくはすべてを諦めて、ヤクザチックな紫のアルマーニを脱ぎ、ボクサーパンツ一丁になる。


 しかし畑中さんが手にした物は、ぼくが期待……いや恐れていた物ではなく、一艇の黒い拳銃だった。


「えっ?」


「それじゃ本題。あんたがダーウィンに虐められてて、なんか可愛かったからケースオフィサーになれるよう仕向けてあげたの。私が。わかる?」


 ぼくの運命は彼女の些細な気まぐれで大きく揺れ動いた。そう言いたいのであろうか?


「ほんとはね。ラングレーの臭い息の掛かった連中は皆殺しにしたいくらいだけど、その時のよしみさ。見逃してやる。せっかく拾った命だろ? 大事にしなよ」


 パンサーは咳ばらいを一つ、そして髪に巻いたタオルを解き、拳銃を置く。


「私はあんたを殺したくない。だからこの一件から手を引き、二度と関わるな」


 ぼくにとってとてつもなく簡単な条件だった。そもそも情報局に貢献する気も無ければ、骨を埋める気持ちもさらさらない。


「もしも次に出会ったら……絶対に殺すよ」


 最後におっかない顔で凄んで、ドライヤーのスイッチを入れるパンサー。


 最後に見せた表情はぼくが今まで目にした全ての物の中で最も恐ろしく、蛇に睨まれた蛙みたく、動けなくなってしまった。


 髪を乾かし、化粧を直し、カードキーのような物を使い彼女は部屋を出ていく。


「鍵は自動で掛かるけど、工作員なら自分でなんとか開けな。次に戻った時、まだここにいたら殺すからね」


 マダム・パンサーの覇気に充てられたぼくは、それからしばらく何か考えることさえ忘れてしまっていた。


 正気にかえった頃には、すでに一時間以上も経過していて、急いで部屋を出ようとするが、鍵を開けることはできない。


 他に脱出する方法をいろいろと勘考してみものの、部屋の窓も、ジャグジー付きのバスルームの窓も、防弾ガラスと分厚いシャッターで塞がれている。工作員なら自分でなんとかしろって言ってもどうにもできないことだってある。


 そんな時、ぼくが脱ぎ散らかしたジャケットから携帯電話の着信音が鳴り響く。


 そしてやはり登録してない番号から。


「だれだ」


『だれだじゃないわよ、この浮気者。あんなオバンにのこのこついて行くんじゃないわよ』


 耳元で甲高いスズの叫び声。


「おい、どこから見ていたんだ。っていうか違うんだ。拉致されてラブホテルの一室に閉じ込められたんだ。助けてくれ」


『っていうかじゃない。そもそも私の番号ちゃんと登録しなさいって』


「言い争っている場合じゃない。パンサーが戻ってきたらぼく殺されちゃうんだぞ」


 天を仰ぐように電話のルーシー・ホァンことスズに縋り付いた刹那、ドアから軽快なロックが外れる音が鳴り、あっさりと開かれた。携帯を耳に当てたまま、髪を三つ編みに縛ったスズが入ってくる。


「助けた暁には、ブランドバッグでも買って貰おうか」


 そう言ってシニカルに笑うスズ。


「鍵、どうやって外した?」


「怪盗の前に密室は存在しない」


 などと得意気に話すスズの顔つきは、ぼくの格好を見て変わる。まずはスパーンと平手打ち。ぼくの頬に真っ赤に付いた紅葉が、夏の終わりを告げた。


「へんたい。何が閉じ込められただけよ。完全に臨戦体制じゃない」


 しまった。ぼくは現在ボクサーパンツ一丁だった。


「まこちゃんなんて大嫌い」


 スズに数十分にも及ぶ暴行を受けるぼく。怒って人に物を投げる時、男は当たらないようになげるが、女は完全に狙ってくる。


 間一髪で避けたプラズマテレビは、壁にぶつかり豪快に砕けちる。当たったら死んじゃうだろうに。


「落ち着けスズ。何もしてないし、例え何かあったとして、お前が怒る筋合いはないだろうに」


「何言ってるの? 世界中の男は私の物よ。まこちゃん、あんただって例外じゃないわ」


 ヤキモチを妬かれて、満更でもなかったぼくのハートも、先程のテレビ同様に粉砕する。


 あの無感情だった昔のスズも、内心はこんなことを考えていたのであろうか?


「あんなオバンより私の方が美人よ」


「その通りだよベイビー。だからその手に持つナイフを仕舞ってはくれないかい?」


「貴方を殺して私も死ぬ。いやゴメン。やっぱウソ。一人で勝手に逝って。

 

 ナイフを持ったまま一直線にぼくに斬り掛かるルーシー。検呑な事実に対して室内に流れる有線のBGMは、実に悠長だ。


 白兵戦に置いて、マクレーンの飲食店で、スズに手も足も出なかったぼく。白兵戦では勝ち目がない。だからぼくは懐からジェリコを抜いた。まさか少ない銃弾の内一発を、錯乱したスズに使うはめになるとは。


 射撃こそ苦手である。それでもこの近距離でスズの脳天を狙えば、九十九パーセントの確率で即死させられる程度の腕前はある。


 だから脳天は狙わない。体も絶対に傷付けたくないので狙わない。足元もぼくは下手くそで失敗して傷つけそうだから狙わない。ぼくはシャンデリアを狙う。


 どこぞのオペラ座の怪人みたく、シャンデリアの下敷きにさせるほどの腕はなく、ただ迫りくるルーシーの目の前にシャンデリアを落とすだけ。それでも混沌としたフィールドを白けさせるには十分であった。


「いい加減にしろって」


「冗談だって」


 いーや嘘だ。本気で殴り過ぎである。イケメンなぼくの顔はぱつんぱつんに腫れ上がっている。


 拗ねたように頬を膨らますスズ。


「どの辺が冗談なのか説明してもらおうか」


「うーん、世界中の男は私の物らへんかな?」


 上目遣いのスズ。やばい可愛い。


「世界中の男なんていらない。まこちゃんだけが私の物であればいいの」


「仕事だから」


「本当はわかってる。まこちゃんは、仕事だから仕方なくあのおばさんと寝たのよね」


「だから寝てないって」


「でもいいの。女は港。いつか私の元に戻ってさえくれば」


 スズの妄想は続く。兎に角、こうしてぼくは人生最大のピンチを乗り越えた。


 


☆ ☆ ☆



 そんなこんなで、スズと二人、混沌としたラブホテルを抜け出し手配したホテルに帰る朝方。


 こんな言い方をすればなんだかエッチな響きに聴こえるが、エッチな展開は一切無かった昨日。完全に欲求不満であるが、女嫌いの設定が邪魔して素直になることが許されない。


 疲れ果て、眠りにつき、目を覚ましたのは夕方だった。どこぞのニートみたいな生活。違うんだ。不安定ではあるが仕事はしているんだ。


 それでも表向きには、無職な自分に憂う。


 目を覚まし何気なくコンビニに向かう途中、すれ違う空き缶を拾う人々から『お前は俺だ』という、無言のメッセージをキャッチする。


 きっとぼくは近い将来、毎日空き缶を拾い、その手にした僅かな金銭で、朝一にワンカップ大関をのむことだけが楽しみな人間になるのであろう。




 

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