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ザ・シークレットヒーローショー  作者: 夕凪 もぐら
へなちょこマコと最愛の怪盗
35/50

ベルサーチ




☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 紫のベルサーチを着た金バッチの男は、薄暗い貸しコンテナの中で目を覚ます。両腕両足胴体をパイプ椅子に縛りつけて、口に巻いたさるぐつわを外してやる。


 車で跳ねたあと、ハッチパックに詰め予め椎名さんが手配したこの場所に運んだ。


「おまえら……こんなことしてただで済むと思うなよ」


 噛み付きそうな剣幕で怒鳴り散らす男の口に椎名さんは、愛用のグロックの樹脂で出来た銃口を突っ込む。


「悪いけどあんたに付き合ってる時間はねえのな。こちらの質問だけに答えてくれれば命までは取らない」


 男の額に油汗。「わ、わかった……わかったから」男は慌てて首を縦に振る。


 なにが誠意だ。この暴力女。思いっ切り脅してるじゃないか。こういうやり方にインテリジェンスなぼくは些か反感を覚える。


「なんでも答える。だが一つだけ教えて欲しいことがあるんだ」


 さすがは金バッジ。この期に及んで、まだ交換条件を持ち出す。


「用件にもよる」


 椎名さんはその親指でグロックの安全装置を解除する。かちりと鈍い音がコンテナの中で響き渡る。


「……どうしても気になるんだ」

「早く言えよ。長生きしたいんだろ?」


 椎名さんの凄みに沈黙が流れ、それでも秒数にして五秒くらいで男は口を開く。


 『おとこ』とは死に直面しても、その胸に秘めた好奇心を抑えることができない生き物なのだ。


「隣のメガネ……」


 男は椎名さんではなくぼくを見た。ぼくは緊張を唾と同時に飲み込む。


「なぜ裸なんだ?」


 あっ、


 そういえば、ぼくはゴミ捨て場で目覚めてから、ずっとボクサーパンツ一丁のままだ。どうりでさっき寄ったコンビニで……


 ぼくは男の頭をポカッと殴り、ベルサーチのスーツを剥ぎ取る。


 服を剥ぎ取られて、さめざめと泣いている男に椎名さんは写真を見せる。


「この女、知ってるだろ?」







 コンテナをあとにし、ぼくと椎名さんは夜まで二手に分かれることにした。ぼくに服を取られた男はまだ泣いているだろうか?


 椎名さんは事を構える相手を知る為、裏通りの情報屋の元を転々としてみるそうだ。ぼくは様々なタスクをこなしている最中、面倒なことにマリーさんから連絡がまた入り、例のコーヒーのまずい喫茶店へ。相変わらず客はいない。


 二度とここのコーヒーは飲まないと心に誓い、メロンソーダを注文。宿敵ブルーマウンテンは渋い顔をしているが、今は彼に構っている場合ではない。


 待ち人は来ず、ぼくはゆっくりとメロンソーダのグラスに突き刺さるストローを断続的に啜る。


 やがて入口がベルを鳴らし、見覚えのある派手なファッションの女性が現れる。マリーさんである。


「いやー。結構都会だね。マリーね、いっぱいナンパされちゃった」


 第一声が自慢から始まるマリーさん。確かに黙っていれば美人かもしれない。どうぞご勝手にワールドワイドに活躍すればいい。


「あっ、これ。お土産」


 そう言って手に持っていたスポーツバッグをぼくの足元に滑らせるマリーさん。ぼくはそっとファスナーを開けて、中身を確認する。


 なんだか見慣れた拳銃が一丁。それと防弾と防刃を兼ね備えてるであろう薄型のタクティカルベストが入っていた。ボディアーマーってやつだ。


「チャ、チャ、チャ、チャカじゃないっすか。ちょ、こんな物渡さないでくださいよ」

「何すっとぼけてんの。旧イスラエルミリタリーインダストリー・ジェリコ941。まこくん、きみが向こうで使ってた愛銃じゃない。合衆国のヒナドリってそこからでしょ?」


 これからぼくは戦争でもしにいくのであろうか? これが必要になるシチュエーションは避けたいものだ。


「必要なら弾は四十一口径用意するけれども……」


 他に客などいないのに、わざわざ小声で耳打ちするマリーさん。


「いや、いいっすよ。これ使うつもりないし」


 諜報員が銃撃戦なんてスマートじゃないし、その時点で任務は失敗である。別に断じて銃火気の使用にびびってるわけじゃない。


「とりあえず椎名さんが組員締め上げて訊き出した情報じゃ、マダムパンサーはクラブオルフェウスってキャバクラに出入りしてる、島田組の能見って男と行動を共にしているらしいです」


 やはりあの苦いクラブオルフェウスでの思い出は無駄ではなかったのだ。ぼくは自分にそう言い聞かした。


「夜から椎名さんと合流してクラブオルフェウス行くけど、マリーさんも来ますか?」

 

 彼女はウェイトレスが運んできたコーヒーを一気飲みして、お代わりを注文する。


 ぼくと、どこぞの議員秘書が共に腹をくだしたヘドロコーヒーも、マリーさんはへっちゃらなようだ。驚きを隠せないブルーマウンテンが、悔しそうにカウンターからこちらを見ている。


「マリーはさ……もう少し桃源町を観光してから、そっちに合流するよ。友達にお土産かわなくちゃ」


 そういうと立ち上がり、ご機嫌な表情で会計を済ます。無一文のぼくとしてはありがたいが、果たして彼女に友人などいるのであろうか。


「また後で」マリーさんはニコニコ嬉しそうに店をでる。きっと仕事なんてそっちのけで遊び惚ける気だ。


 まったく、どいつもこいつも。


 溜息を吐き出し、グラスに溶けた氷とメロンソーダの混合液をストローで掻き混ぜる。


 ぼくはスポーツバッグのボディアーマーをジャケットの中に着込み、こっそりと拳銃を懐にしまう。


 ホルスターは向こうで使ってたいたものではないので、非常に違和感がある。


 ともあれ、そろそろ椎名さんと約束の時間だ。



 

 


 

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