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ザ・シークレットヒーローショー  作者: 夕凪 もぐら
へなちょこマコと最愛の怪盗
34/50

ごみ捨て場より

 



 まあ、せっかく金を払うことだし、一杯くらいなら。


 注がれたグラスを一気に飲み干すぼく。




☆ ☆ ☆




 ……いったい何時間眠っていたのであろうか。気がつけば、ゴミ捨て場で眠っていた。ボクサーパンツ以外、身につけていたすべてを剥ぎ取られ、ゴミと一緒に捨てられていたのだ。


 いったい自分の身になにが?頭痛と眩暈の重たい意識の中、少しずつ記憶の糸手繰る。


――『アケミたんって何歳なんでちゅかー?』


 徐々に繋がる記憶と記憶。


――『アケミたん、仕事の後バーで飲み直そうよ。二人で』


 それは自分で封印していたのかもしれない。


――『二番の人が王様にチュウする』


――『いやだいやだ! まだ帰りたくないんだい。延長する。黒服呼んでこい』


 記憶と共に夜の闇は薄れ、次第に明るくなっていく。近くを走る国道は既に通勤の車が法廷速度の倍のスピードで行き交う。


 そうだ。とりあえずコンビニで衣類を買おう。……しかし財布がない。


 そうだ。とりあえず車に戻ろう。……しかしコインパーキングから出す金もなければ、プジョーのキーもない。


 しばらくあれこれ途方に暮れた現状を脱出する方法を考えて、一つの妙案を思いつく。


 そうだ。もう死んでしまおう。


 ぼくは時速一二〇キロで車が行き交う国道にボクサーパンツ一丁のまま、踊り出る。


 さよなら、椎名さん。グッバイ青春。


 ぼくを轢くはずの車は、豪快にタイヤを鳴らし、急ブレーキで間一髪ぼくをかわす。それは見覚えのある愛車のプジョーだった。


 中から降りてくるのは般若のように顔をした椎名さん。


 あっ……忘れていた。ぼくは椎名さんを喫茶店のトイレに置き去りにされたのだ。


 結局しこたま椎名さんに殴られて顔を腫らしたぼくは、彼女を乗せて運転をする。


 助手席で大人げのない大人は、機嫌をやっと持ち直し、鼻歌を歌っている。


「まったく、だからマコトは二流なんだよ。キャバ嬢に組のことを聞いたって知っているわけねぇじゃん。ちょくせつ事務所へ向かえよ」

「だって、怖いじゃないですか」


 交差点、信号待ちでブレーキを踏み、椎名さんの顔を見る。いつもの如く口の端を片方だけ吊り上げ、邪悪な笑みを見せる。


「なにごとも誠意だって。ケースオフィサーってのは、相手を買収するのが仕事だろ?」


 そういうもんっすかね-。適当に返事をしたところで信号機は青に変わる。


 にっくきクラブオルフェウスの隣の隣のビルのワンフロアが島田組の事務所の一つだ。ぼくは歩道沿いに路駐をして、ハザードを焚いた。


「ところで、この写真の髪飾り何なのですかね? 重要なものらしいんですけど」

「さあな。しっかし性格悪そうなツラ」


 ダーウィンにやられたぼくを献身的に介護してくれた女医を思い出す。


 相変わらずシニカルに笑う椎名さん。しかし不本意ではあるが彼女とも長い付き合いだ。この顔がいつもと違う寂しそうで悲しそうな顔だと気づく。


 彼女は元アメリカ特殊部隊出身の椎名志乃。あらゆる過酷な任務を幾度となく遂行してきた。


「やっぱパンサーとの間に何かあるんですか?」


 ぼくの言葉に一瞬面食らった顔をする椎名さん。しばし黙り目を伏せ、淡々と宿敵について語りだした。




 椎名さんが初めてマダムパンサーと知り合ったのは、幼い頃であったらしい。アメリカ軍に拾われ、国の施設で育った椎名さんに戦い方を教えたのは、マダムパンサーに他ならない。


 身体能力、頭脳、スキル、その他すべてにおいて、常軌を逸っしている椎名さんに、生き方を教えたのだ。


 パンサーは椎名さんを実の娘のように可愛がり、自分のすべてを丁寧に教え込んだのだ。パンサーのことを母のように、姉のように慕っていたそうだ。


 しかしはある日気づいてしまったのだ。最愛の両親とも呼べるパンサーの中に眠る凶悪性に。彼女はロシアの一級工作員。政府は椎名さんが所属する特殊部隊に、彼女の暗殺を命じた。


 本当は椎名さんが自ら殺すべきだった。それが叶わぬならどこかに幽閉するなり、再起不能にしてアメリカ政府に突き出すべきだった。


 それほどまでにパンサーの能力と凶悪性は逸脱していた。


 何日も悩み、迷い、結局椎名さんは最愛の姉同然の彼女を手に掛けることはできなかったのだ。


 隙をついたパンサーは、その時居合わせた特殊部隊の面々を皆殺しにした。




 いつになく真剣に話す椎名さんは、いつもより小さく見えて、なんだかおかしい。


「あっ、それよりマコト。あれを見ろよ」


 島田組の事務所から一人の男が出てくる。


「車を出せ。そして歩道によせろ」


 あいよとばかりにキーを回しエンジンを掛けてアクセスを踏む。男にちょっとずつ近づける。


「もっと寄せろ。もっと、もっと」

「わー、危ないっですって」

「もういいからハンドルを貸せ!」


 助手席から一気にハンドルを回す椎名さん。


「そこで思い切りアクセル」


 椎名さんの声に思わず本当にアクセルを強く踏んでしまう。


 車全体に鈍い衝撃と大きな音。体は竦み、手は震える。事務所から出てきた男を轢いてしまったようだ。


「ちょっ、えーと椎名さん? 誠意見せるんだよね?」

「これくらいじゃ人間死なんもんだって。仮に死んだとしても手を汚したのはマコト。あんただろ?」


 ヤンキースのキャップをかぶった相棒はそう言ってまたクレイジーに嗤う。




 




 

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