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ザ・シークレットヒーローショー  作者: 夕凪 もぐら
へなちょこマコと最愛の怪盗
32/50

宿敵ブルーマウンテン

 



 


☆ ☆ ☆



 あくる日の朝、ぼくと椎名さんは車で桃源町に入る。日本有数の歓楽街ではあるが、朝は静かなものだ。窓の外を眺めながら、何もしゃべらない椎名さん。完全に二日酔いである。


 コインパーキングに愛車を停めて、待ち合わせの場所へ。


 扉を開けると、そこは小さなひと気の無い喫茶店で、からんからんとベルが鳴り、病的なほど痩せ細ったウェイトレスがぼくたちを席へ案内する。


 二日酔いのバディは何も注文せず、ただ青い顔で、水を飲んでいる。昨夜の饒舌が嘘のようだ。


「エージェントって何者ですか?」

「それはだな……うっ……」


 突然込み上げてくる物があったのか、椎名さんは立ち上がってトイレに駆け込む。


 ざまあみろ。


 酒は飲んでも、呑まれるなってね。


 一人になるぼく。先ほどのがりがりのウェイトレスがぷるぷる震えるお盆で、頼んだコーヒーを運んできた。


 テーブルに置かれたコーヒーを一口。凄くまずいがもう一口。この喫茶店がなぜひと気が無いのか、よくわかる味わい深さ。


 待てども待てども、エージェントは来ないし、椎名さんも戻って来ない。まずいヘドロみたいなコーヒーを飲み終えて、口直しに水を飲む。カルキの臭いが気になる。水道水である。


 ムカついたぼくは、グラスの曇りを拭いている店主を伊達眼鏡越しに睨む。


 エプロンには名前が書いてあり、彼の姓は青山というらしい。


 ぼくの視線に気づき睨み返してくるマスター青山。いや敵に敬意を表してブルーマウンテンと呼ぼう。


 ぼくとブルーマウンテンは互いにバチバチと火花を散らす。


 伊達眼鏡をしているぶん、ぼくのほうが有利か。しかしあんなに凶悪なコーヒーをケミストリーさせた彼を甘く見るわけにもいかない。


 それによく見れば彼はパンチパーマだ。


 緊迫する店内、ふいにブルーマウンテンは不適な笑みをみせる。


 すぐに気づくべきだった。既に彼の、いやブルーマウンテンの術中にはまっている自分自身に。ぐるぐると鳴り出すぼくの腹。浅く鈍い痛みがぼくを襲う。ヘドロのようなコーヒーは、ぼくの胃腸に想像以上のダメージを与えたのだ。


「くっ」


 ぼくは腹を押さえて、トイレに移動する。これは逃亡ではない。一時的に敵に背を向けることになるが、必ず戻ってくる。


 ブルーマウンテンは「お前の負けだ」と言わんばかりにぼくを見くだす。


 悔しさに負けそうになりながらも、トイレのドアノブに手を掛ける。


 そこで新たな悲劇がぼくを襲うのだ。それはまるで、掴もうとした希望が瞬く間に指の隙間からこぼれ落ちるように。トイレのドアには鍵が掛かっているのだ。中からは椎名さんの断末魔。


 なにやってんだ! あのクソ女。ぼくはトイレのドアを拳でノックする。蹴る。叩く。埒があかず、仕方なくテーブルに戻る。


 頭脳派のぼくが頭脳戦に負けた。いや、ここは負けを認めよう。人間潔さが大切だ。


 今日負けても明日勝てばいい。それはかつてスパイの聖地ラングレーのザ・ファームで学んだことではないか。


 いつの日か、必ずここへ戻ってくる。ぼくはブルーマウンテンに復讐を誓う。


 そんなことより、腹が限界だ。


 ぼくは近くのコンビニエンスストアでトイレを借りるために立ち上がる。会計は相棒に任せよう。


 その時だ。


「大変お待たせいたしました。貴方が伝説のケースオフィサーと呼ばれた方ですね? わたくしエージェントの望月と申します」


 腰の低そうな身なりの良い男が名刺を渡してくる。『参議院議員、三好宗一郎、第ニ秘書、望月重幸』政治秘書をしている様だ。


「いかにもぼくが伝説のケースオフィサーです」


 ぼくは再び椅子に座る。


 つねに貼り付けたような笑顔の望月。どことなく気持ちが悪い。望月はコーヒーをウェイトレスに頼み、ビジネスバッグから一枚の写真を出す。


 そこに写っているのは、どことなく見覚えがあるドレスの女性。


「お探しの物はこれです。これを手に入れなくてはならない」

「は?」


 これってどれを? まさか人さらいですか? そんなぼくの表情を読み取ったのか、望月は続ける。


「その女の付けている髪飾り……それは国家レベルで危険な物です。ユナイテッドステイツにも。我が日本にとっても」


 つねに一定の笑顔を保ったまま、運ばれてきたコーヒーを飲む望月。たしかに写真の女は、紫陽花を模った髪飾りを付けている。


「へー、これ何なんですか? そんなに値打ちがあるようにも見えないけど」


 率直な感想を言うぼくに無表情な笑顔のまま、何も答えない望月。ヘドロのようなコーヒーを一気に飲み干す。


「それは言えませんね」


 そうきたか。ぼくは足を組み直して、質問を変える。


「それじゃ、この女は何者でどこにいるんですか?」


 ぼくは写真の女、マダムパンサーについて尋ねた。値踏みする様な望月の目線。


「さあ。それがわかれば我々もアメリカの諜報機関となんて組みませんよ。ただわかっているのは、この桃源町のどこかに必ず潜伏している」


 どうやらただのエージェントと言うよりは、我ら情報局と共依存関係にあるニュアンスである。


 そして、その時ぼくは微かな違和感に気付く。笑顔の望月は、急にそわそわしだす。気がつけば額に油汗。それでも貼り付けたような笑顔は崩さない。


 いや解っている。きっとヘドロコーヒーが腹にダメージを与えたのだ。


「わかりました。こっちでそれ手に入れましょう。ただし明かせる情報は欲しいです。桃源町と言っても広すぎる」


 ぼくは可能な限りの情報を望月から聞き出すことにした。


 全国に20以上の支部をもつ、指定暴力団天草会の傘下『島田組』。その幹部が匿っているという情報もあるそうだが裏はとれていないらしい。


 兎に角、そんな不確かな情報しかないが、久々の大仕事にぼくの肌が粟立ち、興奮で戦慄く。……いや、本当はトイレを我慢しているだけだ。




 

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