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ザ・シークレットヒーローショー  作者: 夕凪 もぐら
間章 椎名志乃の場合
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間章 椎名志乃2

 



 上海の夜は終わらない。


 いったい何時まで店を開いているつもりなのであろうか? きらびやかな表通りを離れ、街の裏側を観る。


 昼間のあたしたちみたく、大八車を引いた屋台や露店がまだいくつも商いに精を出していたが、これでも昔開かれた万国博覧会以来、規制が厳しく随分と数を減らしたらしい。台湾などに行けばこの十倍は露店が開かれていると、博識なマリーから訊く。


「ロマンチックに言うと、眠らない街ってやつだね。マリーたちの商売がやりにくくて仕方がないよ」


 まあ、やるしかないんだけどね。マリーはそう付け加えると、予め手配しておいた4WDのハッチパックに荷物を積める。


「どこへ?」

「浦西から、川を越えて浦東の工業地区へ。大都会ばかりが上海じゃないんだよね」


 助手席に乗り込んで、あたしは酔い止め薬を二錠口に含み、甘ったるいペットボトルのウーロン茶で流し込む。


「こっちのウーロン茶甘いよな」

「無糖も売ってるけど、無糖の『無』が日本人やミス椎名みたいなお馬鹿には読めないだけだよ」


 世界有数の大都会は、車で一時間も走らない内にその姿を消し、代わりに窓の外に映るのは、何度も舗装し直したデコボコのアスファルトと、雑草が生い茂る空地、怪しい工場が立ち並ぶ景色に入れ代わった。


「張りぼてみたいな物だよね。まあワシントンだって変わらないけどさ」


 あたしはとくにマリーの話に興味もなく、適当に相槌をうつ。やがて彼女が運転する車は、場違いな程、巨大な施設の手前で止まる。


「まさかここ?」

「うん。表向きは上海サイエンスプラザ、学院法人、上海海洋大学研究所ってことになっているかな。まあ、ここの一部がホァン一族の施設になっているってわけだけど」

「ほえー」


 ぼけっとしているあたしを、置いてくよ、と言わんばかりに、車から降りたマリーはジャンプ一番、数メートルのフェンスを軽く飛び越える。


「待てよ」


 




「見張りは……五人ってとこかな。ねえミス椎名。あなたならこんな時どうする?」


 敷地内にある木によじ登って、双眼鏡で出入口を確認するマリー。


「そうだな。裏口を探すかな」

「甘いよ。甘すぎだよ。だからあんたはギリギリでパンサーを取り逃がすんだよ」


 フェンスをひょいっと乗り越えたマリーは手に持っていた小火器で見張りに立っていた警備の者をあっさりと撃ち殺した。……やり過ぎだ。これはあたしの正直な感想である。なんの権限があって彼女はこの異国の地でこんな虐殺を興じているのか。


 彼女の銃の腕前など大したことはないが、躊躇微塵もしないその勢いに、あっという間に皆殺しだ。


「時間がないから急ぐよ」


 セキュリティの掛かった入口を数秒で開けるマリー。あたしはカラシニコフを連射モードに切り替える。


 ここで研究されているものが如何に重要な物なのかは、この厳重な見張りの数を見れば直ぐに解る。深夜にも関わらず尋常ではない数である。


 施設に入ったあたしたちは見張りを、科学者を、分け隔てなく平等に殺した。


 見張りの数も多ければ、科学者の数も多い。こんな時間、こんな場所で、ああいった白衣を着た手合いは、大概いかがわしい実験をしているのであろう。例えばアウシュビッツで繰り返されてきた、悪魔の実験のように。


「なあ。マリー? まさかここにあるのって」

「この扉の向こうにあるものの破壊はミス椎名。肉体労働者であるあんたの仕事。正直マリーの手には余るんだ。この扉の向こうにあるものの破壊が今回の任務だよ」


 なんだか凄く嫌な予感がしていた。


 マリーが最後のセキュリティを解除して、最後の扉が開く。


 その中には、使い古した子供向けの玩具、食べかけの駄菓子、絵を描いた自由帳、汚れたヌイグルミ、震える少女、それを守ろうと庇う少年たち。


 数人のまだ幼い少年少女たちがいたのだ。そしてその髪の毛は、あたしの地毛と同じ赤茶色。


 そこに存在したのは赤の遺伝子。そしてそれをもつ赤の子供達。


 あたしはカラシニコフを単発モードに切り替え、勇敢に少女を庇う少年の頭を打ち抜いた。


 せめて苦しまぬよう。


 自分は地獄に落ちるべきだと思った。どうかあたしを呪って欲しい。どうか次に生まれた時は、普通の人間に生まれて欲しい。


 最後に泣き叫ぶ少女の頭を打ち抜いた時、部屋は血の海となっていた。


 あたしはこの部屋で、弟と妹たちを殺した。


 先にあの世で待っていて。あたしたちは……生まれるべきじゃなかったんだ。


 部屋から出てきたあたしを、マリーは口笛で出迎えた。その、へらへらした顔が気に入らなくて、顔面をぶん殴ってやった。鼻血を出すマリー。わかってる。マリーは何も悪くない。あたしが気落ちしていることをわかって、励まそうとしてくれたのだ。


 少しだけ沈黙が流れるが、ぐずぐずもしていられない。あたしたちは直ぐにこの施設を離れようと帰り道をむかう。


 死神を背負いあたしの背中は、また少し重たくなった。




 




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