エピローグ
酷く焦燥していた。自分を釈放する為に一人の人間が命を落としたのだ。
酷く焦燥していた。きっとぼくが取った行動のいずれかで、シャロンは心を痛めビルの上から飛び降りたのだ。
酷く焦燥していた。これでシャロンが自由になれるなんて勝手に思い込んでいた。全て絵空事だった。考えが甘かった。ただの自己満足だった。
ぼくは自宅に帰ったあと、何日も塞ぎ込んでいた。
そんなある日ぼくんちのインターホンは二度ベルを鳴らした。
無精髭のまま玄関を開ける。ここ何日も人と会っていない。玄関を開けると外の光が眩しかった。
「おいおい薄情もん」
今日も下品に染めた金髪にキャップを斜めにかぶった椎名さんである。そろそろ来る頃だと思ってた。
椎名さんはいつもそうだ。人んちに勝手に面倒を運んでくる。そういえばスズもそうだったな。
「無断欠勤してるマコトに、朗報を二つ持ってきてやった」
「なんすかなんすか。無断欠勤って情報局にぼくの席なんてまだあるんすか? あれだけのことやったんですよ」
なんとなく一部始終を椎名さんは知っている気がしたので、ぼくはそんな風に嘯いた。
「黙って訊けよ。まず一つ。こんかいのキャンプでケースオフィサーになれたのはあたしとマコト。あんたの二人だ」
ぼくは黙った。なんとなく予想はついていた。たぶんぼくはこのゲームに勝利したのだ。魔王を討伐したことによって。釈放された時からずっとその理由をそう推理していた。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
辞めることは出来ない。ぼくは人を殺している。情報局に生かされているのだ。
「んで、もう一つ……よろこべ、今度こそ朗報だ。シャロンが意識を取り戻した」
………本当に……本当に、よかった。
喜びとよく似ていて、それでも少しだけ違う感情が込み上げてきた。
「今から会いにいってやれよ」
「合わせる顔なんてないっすよ」
「だわなー。あとさあたし出社しないあんたに上司からの命令を伝えに来たんだ」
国家機関なのに出社とか上司とか、まるで法人企業みたいな言葉を使うのは、情報局の通称が会社と呼ばれているからである。
「さっそく左遷ですか」
「ああ、しかも遠いよ」
「コンビ解消ですね」
「寂しい限りだよ。ほんとに」
「で、どこですか?」
「中東」
「ほう。会社はぼくに死んで来いと」
「そう。あそこはあんたみたいな生きる屍が行くところ」
世界を股に掛ける我々情報局員からは内戦が多発するアフリカの某国と、貧困から治安が凄まじく悪なっている東南アジアの某国に次ぐ危険地帯とする中東。非常に危険な任地の一つである。
「これ。クレジットカードとパスポートとあっちでの身分。ジャーナリストだからね」
「オフィシャルも付かないんすね。サイコーです」
「まあ、そうだなー。三年……いや二年間なんとか生き残れよ。あたしが引っ張ってやるからさ」
椎名さんとまた組むなら危険な任地の方が安全かもしれないなんて思ったのは内緒である。
「いつからっすか?」
「情報局の予定ではもうとっくに飛び立ってる筈だったよ」
「そういえば椎名さん。マダムパンサーってご存知で?」
椎名さんはぼくの質問をまるで待っていたかのように、眉を片方だけつりあげる。
「ああ。あたしじゃないよ」
「そんなん知ってますよ。キャンプの時にいた女医さんでしょ」
「中々優秀じゃないか。おねーさん嬉しいよ」
「ぼくがゲームのコマになってることも椎名さんは知ってたんですね」
「確証はなかったけどな。ごめんな。止めなくて」
「いいんですよ。それに最後止めてくれたじゃないですか」
椎名さんはあの時、自分の損得抜きでぼくを止めてくれたのだ。
「あたしはマダムパンサーを追っている。その為にあんたに近づいた」
「それで取り逃したなんてお笑いですね」
「いや。そうでもないさ。まあ、いいや。二年後必ずこっちに引っ張ってやるから絶対に生き残れよ」
ぼくは適当に相槌を打つ。約束など出来ない。何故ならぼくはもう生きる屍なのだから。替え玉となった誰かの代わりに生きているのだから。
さてと。ぼくは椎名さんを見送るとさっそく支度をする。次はシャロンが忘れてしまうくらい遠くに行きたいと願った。中東か。死に場所としては悪くない。
神に縋るつもりなど更々ないが、それでもシャロンが意識を取り戻したことに感謝の気持ちを込めて、巡礼の旅に出るとでもしますか。
鼻歌でも歌いながら。




