教会での約束
まる月ばつ日、空はあっぱれな晴天なり。天国から見守るじいちゃんにばあちゃん。隠すつもりもないのでこの場を借りて報告しておこう。
初めてぼくには彼女ができました。
「マコト。逃げて同棲始める前に、思い出作りしようよ」
「えっと。はい、わかりました」
放心状態のぼくは最早その優秀な脳みそを使用することさえできやしない。自然にぼくの手を握るシャロンは、ぼくを外へ連れ出しあっという間に退院を決める。
そもそもライフルの弾丸が掠っただけの軽傷なのだ。むしろ可哀想なのは我が弟。ミノルは重要参考人として、今も尚取り調べを受けている。ゴメンな。ミノル。にいちゃん先に大人になるからな。
まず初めにいきなりぼくの部屋に泊まると駄々をこねるシャロン。ぼくはシチューをコトコトと煮込み、その間にシャロンはぼくの部屋を物色する。
「ああ! エッチな本見つけたー」
「お願いやめて」
散々騒いで疲れて寝てしまったシャロンをベッドに連れていく。ぼくはソファーで横になる。
科学の本の付録に付いてた室内用プラネタリウムを付ければ満天の星空がぼくを出迎える。
「綺麗だね」
「あ、起こしちゃった? ごめん」
「私マコトと一緒にいつか自分の星へ帰るんだ」
シャロンはぼくが寝そべるソファの端に腰掛けて、ぼくの腕にぎゅーっと抱きついた。
次の日、二人して平日なのに仕事サボって、ワシントンにある遊園地に行った。なんか、つまんない映画も観た。お互いを変なあだ名で呼び合って大笑いした。
ワシントンの教会に行った。結婚式のまね事をした。露店で買ったおもちゃみたいな指輪をお互いの薬指にはめてみた。
「いつか、本物の結婚式をこの教会でやろうよ。しのちゃんにミノルくん。ああ、ついでにマリーも呼んでもいい」
「ああ、約束だ。神に誓う」
そして人目も憚らず、人生二回目のチューをした。まるで恋人同士みたいに。
きっと全てごっこ遊びなのだけれど、満更でもない。楽しいと思った。こんな時間が続けばいいと思った。
だけれど続かなかった。そして続かないことは何となくお互いに知っていた。
☆ ☆ ☆
次の日、ぼくはベッドに眠るシャロンに書き置きを残して、朝早く部屋を出る。
ファームを出るときに貰ったブラックスーツを実に纏い、懐のホルスターには安く粗悪なグロックのコピー拳銃。
本日十二月二十四日。とんだメリークリスマスである。先日の雪は積もってなどいない。シャロンはぼくと似ている。ぼくは宇宙人と呼ばれ、彼女は自分を宇宙人と呼んだ。共に誰にも踏み込まれたくない領域をもっている。だからもしも、ぼくの右手がシャロンの涙を拭えるならば、それは素敵なことだけども、この手は既に血にまみれて汚いんだ。これ以上汚れたこの手でシャロンに触れたくない。
これから、ぼくは最後にシャロンに未来ってやつをプレゼントしてみようと思う。
歩き出すぼく。こう見えてぼくは諜報員の端くれだから彼のヤサの住所は解っている。シャロンを狙撃したのは彼だ。
「マコト。行かせないよ」
ぼくの行く手に立ち塞がったのは、なんとも小柄な相棒であった。
「なんでです? これからぼくが行く場所なんて椎名さんには関係がないでしょう」
「あんたメールでミノルに全部託したんだろ? ミノルから連絡きたよ」
「はい。ミノルはシャロンのこと好きなんできっと良くしてくれると思って」
椎名さんはぼくに銃を向ける。
「マコト。行くな。あんたはあたしのやっと出会えた相棒なんだ。頼む。行かないで」
「残念ですが、もう決めたんです」
一体ぼくはどんな心境でにっこり笑っているのであろうか。撃たれるかと思ったのに、椎名さんはがっくり地べたに膝をついた。
「タバコ吸う女は嫌いです」
「ゲン担ぎだ。もってけよ」
椎名さんはポケットから数本だけ残っているラッキーストライクを投げ渡す。
「これが今生の別れかもしませんね」
「っんなこたねぇよ」
ぼくはラッキーストライクを一本出し口に咥える。椎名さんの手に持つオイルライター
が粋な音を立て、ぼくのタバコに火を点ける。とたん咳き込むぼく。
「相変わらずだらしねーなー。ハタチになったんだろ? やっぱあれか? 誕生日は匿名掲示板荒らしてたのか?」
「うっさいです。さて、ぼくは行きますよ。
椎名さんは最後に「ああ。またな」と寂しそうに言い、ぼくの背中を見送る。
さようなら。椎名さん。
やがて目的地に辿り着いたぼくは周囲を見渡す。ターゲットの自宅は一戸建てで、寝室は二階。エントランスにある柱を攀じ登れば、玄関を通らずに二階の屋根に登れる。
音を立てないよう慎重に柱によじ登り、屋根先から彼の部屋の窓を目指す。途中何度か物音を出してしまったが誰かに気付かれた様子はない。
二階の北側の窓。この向こうに彼はいる。ぼくはホルスターから拳銃を抜きサイレントサブレッサーを装着する。
クラフト用の紙テープを何重にも貼り消音し、ガラス窓をバールで割る。消音していてもそこそこ大きな音が鳴り、中の住人が目を覚ます。フォースター氏である。
「な、なにごとだね。ミスターカンダガワ」
面食らい狼狽したフォースター氏。残念だけれどあんたはここで死ぬんだ。ぼくは彼の額に銃を突きつける。
「まずこの間の狙撃。あれ、あんたの差し金だろ。シャロンが自分の手元を離れてしまうと、何年間も隠し続けていたこのショーレースのカラクリがバレてしまう。だから口を封じようとした」
フォースター氏は何も応えない。だが証拠も確証もいらない。
「次にシャロン・オールグリーンは実はあんたの所有物である。つまりあんたさえいなければ、あいつは自由の身だ」
そもそもこのショーレースにシャロンは何年間も連続して参加している。姫君として。全ては魔王の自作自演。財閥派と国防総省派の権力争いを利用し、甘い汁を吸う魔王は彼自身なのだ。
「毎年幾ら貰ってたんだよ。え? 人の人生めちゃくちゃにしやがって」
終わりとは呆気ないもので、ぼくは引き金に添えた人差し指にほんの少しだけ力をいれた。ぽしゅっぽしゅっ。そんな間抜けな音が二つ。たったそれだけのことで、魔王ディーゼル・フォースターは脳漿を撒き散らし絶命した。




