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ザ・シークレットヒーローショー  作者: 夕凪 もぐら
へなちょこマコと意地悪ゴシップガール
21/50

救難信号

 



☆ ☆ ☆



 クリプトスが観える情報局本部のカフェテリア、昼下がりで客足の空いている時間、「お隣いいかなー」なんてぼくの隣のカウンター席に座ってきたのはマリーさんだった。


「ねえ。今年何人ケースオフィサーになれるかな」

「さあ。でもぼくはもうすぐここを辞めるし、マリーさんはさる機関からここに潜入しているだけなのでしょう? ぼくにもマリーさんにも関係がない」


 そう言ってコーヒーを啜るように口をつける。結局のところ彼女本来の仕事は、毎年起こるファームでの死亡事故の真相を突き止めることにある。


「今年は行方不明者が二人」

「そうですね。何かわかったんですか?」


 ぼくの問いに暫し黙り、真横にいるぼくをじっと見つめるマリーさん。ぼくは目が合い気恥ずかしくて目を背ける。彼女は不適で不適切な笑みを浮かべた。


「そうだね。決定的な何かは無いかな。でもね、なんとなくこのゲームのルールが解ってきたんだ」

「ゲーム?」

「そう。これはアメリカ政府の権力争いを計るゲームなの。登場人物は魔王、魔王の手先、姫、そして姫を守る勇者とでもしておこうかな」

「意味がさっぱり解りませんね」


 ぼくは興味無さげコーヒーを飲み干す。足早にここを離れたい。マリーさんのシニカルな笑みは、何もかも見透かしたようでいて、気持ちが悪い。


「ルールは簡単。勇者が悪の手先から姫を守るの。悪の手先は姫の暗殺が仕事。そして姫は恐らく使い回しだから、きっと去年も一昨年もファームのこの狂ったゲームに参加していた筈」


 ぼくは何も応えない。ぼくは足早に会計を済ます為、伝票を持ち立ち上がる。


「マコトくんさ。きみオールグリーンが去年も一昨年もこのキャンプに参加していたの知っていた?」





 逃げるようにカフェテリアから出てエントランスの人混みを流れとは逆に歩く。マリーさんは追ってはこない。一息つくと共にシャロンの顔を思い出す。


 ぼくは自転車に跨り家路を辿る。脳裏を駆け巡るフォースター氏の言葉。


 帰り道、緑に囲まれた国道を抜けると市街地に出る。田舎過ぎず都会過ぎず中々乙な街並みである。


 以前行ったアジア料理店ビクトリアの隣にある小さな小さな雑貨屋に立ち寄る。こじんまりとした店内、客はぼくしかいない。生活雑貨を物色し時間を潰す。店主の老婆は興味無さげに石油ストーブの前で椅子に座り雑誌を読んでいた。


 からんからんと店の扉に付けられた鈴が鳴り、もう一人の客が店内に入ってきた。それは見知った顔である。


「椎名さん。お疲れ様です。上りですか?」


 椎名志乃。何ぶんキャンプが終わってから、配属された部署が違うので久しぶりに会う。


「ああ、寒みー寒みーな。冬って苦手だよ。あたしは」

「こんな所に買い物にくるなんて意外ですね」

「いーや、マコトこ自転車が停めてあったからな。最近ツラ観てなかったからなんとなくだよ」


 椎名さんは鼻を啜りながら言った。本当に寒そうで、その小さな体をプルプル震わせている。身の丈にあってない大きめのコートがなんだか可愛らしい。


「飯でも行きます?」

「いいねぇ。マリーとミノルとシャロンにも声掛けるか?」


 少しだけ考え、ぼくは首を横に振るう。今はマリーさんにあまり会いたい気分ではない。


「たまには二人でいいじゃないですか。ぼくらバディなんですよ」

「言うようになったな。マコト。では殿方がレディをエスコートしてくれよな。奢りか? 奢りなのか?」


 目をキラキラさせる椎名さん。笑顔が眩しくて、ぼくは目を逸らす。


「ぼく年下ですよ。持ち合わせあんまし無いんで、奢ってください」


 がっくりと肩を落とす椎名さん。小さな身体からだが余計に小さく見える。


「うーん、仕方がない。今回だけだぞ。おねーさんだってビックリするくらい貧乏なのだからな」


 ぼくの雑で乱暴な提案をあっさりと飲み込む椎名さんは男前である。この人脳みそ筋肉でできているんだろうなー。


 そんなこんなで雑貨屋を後にするぼくら。人知れず降り出していた雪が微かにぼくと椎名さんの自転車のサドルに積もっていた。


「やだやだ、ケツがびちょびちょになっちまう」

「キャンプ中はあんなに暑さと戦ったのに、寒いすねー」


 椎名さんは愛車である黒いマウンテンバイクに跨って、ゆっくりペダルを漕ぐ。


「しかしあれだな。キャンプって言うぐらいだから、あたしはてっきりテントで寝泊まりして、夜は飯盒炊爨はんごうすいさんしたりキャンプファイヤーしたりするものだと思ってたよ」


 野営の訓練も少ししたが、ケースオフィサーが野営しなくてはならないシチュエーションは極めて少ない。


「きつかったですね」

「そうか? まあ、今まで大学生だった新卒の坊ちゃんたちはそう感じたかもしれねーな」


 二人仲良く肩を並べ自転車を走らせる国道。次の角を曲がればラディックスストリートで、ぼくらはその通り沿いにあるファーストフード店を目指す。


 目的地に辿り着く頃には、雪が強くなってきてぼくらは逃げ込むように店内に入る。


 食いしん坊の椎名さんはポテトコーラ付きエルエルセットと単品のバーガーを四っつ注文する。その小さな身体のどこに入るのであろうか。


「今年ももう直ぐ終わりですね。来年の頭でしたっけ。ケースオフィサー発表されるの」


 情報局の中には様々な役割をもつ部署があり、その中でも一握りの選ばれしエリートのみがなれるのが海外での諜報活動を専門とするケースオフィサーである。


「まあ、ぼくはその前に辞めますけどね。ほんと楽しかったです。椎名さん、ありがとう」


 そしてミュージシャンかアドベンチャラーになるのだ。思えば無駄に時を過ごしてしまった。


「ばーか。まだ今年は終わっちゃいないぜ。クリスマスがある」

「椎名さんにクリスマスとか関係あるんですか?」

「うるせーよ。どうせあたしは毎年クリスマスはネットの匿名掲示板を荒らして憂さ晴らししてるよ」


 うわっ、暗っ。目も当てられない。


「今年は違う。あたしにはマコト。あんたという相棒ができた。世のカップルたちを刈って刈って狩りまくろう」

「うわ。告られちゃった。でもごめんなさい」


 狩るより、是非とも狩られる側にまわりたい。


 その時だ。店の外をけたたましいサイレンの音を分け隔てなく撒き散らしながら、何台ものパトカーがラディックスストリートを北上していくのが観えた。


「あの方角ってあたしんちじゃね?」


 というか情報局の女子寮が連なる住宅街へ続いている。ぼくらは大雪の中、パトカーを追い飛び出した。



 

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