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ザ・シークレットヒーローショー  作者: 夕凪 もぐら
へなちょこマコと悪質なバディ
2/50

最高のバディ

 



 閉め切られた窓の外には、夕方のあかと夜の闇が混じり合う紫色の空が映し出されていた。時計の針が時を刻む音は、心臓の鼓動より遅く、それが焦燥感を昂ぶらせる。


 換気のされていない淀んだ室内はどこか息苦しく、ぼくが持つ冷たい一キログラムちょっとの鉄の塊は、手汗で湿っている。


 深呼吸をひとつ。息を整えその右手の震えを左手で抑えつける。


 今現在ぼくは使われていないブリーフィングルームの机の下に身を丸くして隠れている。屋内戦闘に置ける策のない籠城戦など、愚の骨頂であり、可能ならばこんな選択はしたくなかった。


 ぼくは震える手で、己の得物を確認する。米軍から払い下げられたコルトファイアアームズ社の使い古された拳銃。既に先の銃撃戦によって四発の弾薬を使用していた。予備マガジンはなく残り三発を使い切ったところでジ・エンド。向こうもぼくら(・・・)もお互い一度で仕留めきれなかったのは、想定外である。


 五感を利かせ、扉の向こう側の気配を探る。時計の針の音が邪魔だがこんなにも静かな場所、どんなに息を殺して、どんなに足音を忍ばせても、その気配の全てを隠すことなど、できはしない。


 扉の外には確実にいる。気配は二つ。ぼくは机の下に隠れたまま、トリガーに指を掛ける。彼らは共に行動をし、ぼくらは二手に分かれた。どちらの判断が正しかったかなど、結局ぼくではなく、ぼくのバディとも言える相棒に委ねられることになる。腕は確かではあるが、信頼するには人間的に心許ない人物である。


 信心深くもないくせに、こんな時ばかりジーザスクライストに祈り、扉の向こう側に意識を集中する。相手は手強い。


「アニキ。いるんだろう? 大人しく出て来いよ。雑魚相手に弾を無駄にしたくないんだなー。もう一人、あの悪魔が厄介だからさ」


 扉の向こうから挑発する敵は、ぼくを兄と呼ぶ。お恥ずかしい話ではあるのだが、ぼくは実の弟に追い詰められていた。


「出て来ないなら、こちらにも考えがあるんだ。アニキの恥ずかしい秘密を俺の相棒のおしゃべりマリーが尾ひれ背ひれ付けて、色んなやつにバラしちゃうぜ」


 くっ! これは心理戦である。負けてたまるか。


「しかもツイッターとユーチューブでな」


 どうやらぼくの人に知られたくない恥ずかしい秘密は、世界に配信されるようだ。


 策士の言葉に動揺しながらも、必死で冷静を装い、ジッと息を殺す。暫く経ち、「交渉決裂」と呟く声と共に、ゆっくり扉は開かれる。扉の向こうには誰もいない。


 来る! まず入って来たのは、背の低い女。室内に素早く飛び込んできて、フロアで受け身を取り、直ぐさま近場の棚の影に身を隠し、室内を一望する。反応することさえできないぼくは、自分が見つかったことに気付くのに一瞬遅れる。


 まずい。しかしまだぼくにアドバンテージはある。向こうは銃口をこちらに向けてはいない。対してぼくは銃を既に構えている。別段銃は得意ではないが、この距離ならばほぼほぼ当てることができる。


 しかしだ。開かれた扉の向こう側には、まだ、ぼくの弟がこちらを伺っている。


 刹那に思考を巡らせる。おしゃべりマリーと呼ばれた女が銃をぼくに向けるその前に、反射的動作でぼくは彼女を撃った。


 かしゃんかしゃんと、凡そ銃声とも思えないマヌケな音が響き、彼女のボディスーツは真っ赤に染まる。その後の展開など優秀なぼくが読めないはずもない。


「はいはい、チェックメイトなー。アニキー」


 男性にしては長めの髪を左手で搔き上げながら、その右手にはぼくと同じ銃が握られており、銃口はぼくのこめかみに突き付けられていた。


 解っていた。こうなることなど。だから精一杯余裕綽々を気取り、ぼくは嗤ってみせる。


「ミノルー。お前はちっとも解っちゃいないよ。ぼくにだって相方がいる。ほらお前の後ろに」

「なっ!」


 ぼくの言葉に後ろを振り返る弟。スキあり! その無防備な相手に向けるたった一発残った最後の弾丸。悪いな。ミノル。ぼくの勝ちだ。


 勝利を確信したぼく。その時だ。とてつもなく激しい衝撃がぼくの股間に直撃した。


「……あああーーーー! な、なんだ。痛い、痛すぎるー」


 ぼくの股間は真っ赤に染まり、地面に倒れ伏したぼくは、辺りを転げまわる。


 ぼくの股間を真っ赤に染めているのは、特殊なペイントであり、プロテクターを装着しているので、性転換の必要は無いと思われるが、兎に角痛すぎて悶絶してしまう。


 ここはアメリカ合衆国中央情報局の本部の裏手にある森の中にある、通称『ザ・ファーム』と呼ばれる訓練施設。ぼくたちはまだ仮採用の身で日夜ここで演出を行っている。今現在はシミュニッションFX弾と呼ばれるペイント弾を使った屋内戦闘の演習である。


「わりーわりー。マコト。なんか悪人みたいな顔がムカついたから撃っちまったよ」


 なんて言いながら、ちっとも悪くなさそうな雰囲気のハスキーなクランチボイス。赤茶色の髪を靡かせた、ちんちくりんな女は部屋に入って来たかと思うと、ぼくの弟に銃を向ける。


「あんたが今ケースオフィサーに最も近い男か? これで邪魔者はいなくなった。タイマンだ」

「え? あ、いや。ルール説明聴いてなかったのかよ。同じチームメイト同士の同士討ちは反則。つまり俺たちの勝ちで、あんたらの負けだ」


 ぼくの弟も、胸元を赤いペイントでべちょべちょにした弟の相棒も、そして当事者であるぼくの相方本人さえも、ポカンとしている。


 白けきった空間に、股間を押さえながら、転げまわるぼくの悶絶する叫び声だけがこだます。


 余談ではあるが、この後ぼくは股間の痛みと、心の痛みにより、仕事を三日間、土日を挟んで五日間休むこととなる。



 

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