キャンプ
「今日きみを呼んだのは他でもない。きみが仲良くしているオールグリーンの娘についてだ。彼女は恐らくこのキャンプで殺される。例え運良くそれを免れたとしても、この情報局に在籍しているというだけで必ず対立する派閥の誰かに殺される。それは運命なのだ」
ぼくにはぼくを呼び出した目の前のおっさんが、凄腕の占い師には到底見えないし、なぜ彼がそんな予言をぼくに告げるのかもわからなかった。
彼の名はディーゼル・フォースター。ぼくが現在雑務をこなす部署の課長を務めている。今でこそ庶務を管理しているが、もともと現場叩き上げの凄腕スパイだったと噂されている。
「中央情報局はね、決して一枚岩ではないのだよ。寧ろ幾つもの派閥に分かれている。きみたちにも口を酸っぱくして言っているだろう? 『派閥を作れ。敵と味方を見極めろ』と」
ぼくが彼に通されたのは、初めて入る作戦会議室。庶務課の課長ごときにこの部屋を使う権限があることに驚きである。
「毎年キャンプでは多くの若者が命を落とす。そのどさくさに紛れて彼女も命を落とすであろう。財閥派の手によってね。そこでだ、折り入ってきみに頼みがある」
☆ ☆ ☆
情報局本部ビルの奥は、深い森へと続いていた。まだ真昼なのに太陽の光は木々の枝にて遮断され、薄暗い影を造りだしている。
不気味な森を歩くのは、ぼくら五十名の仮採用組。事前の情報収集により解ったこのキャンプのこと。それはこのキャンプを最後にぼくらの仮採用が本採用に変わること。
口の軽い先輩職員は四つの未来を教えてくれた。
一つはケースオフィサーになること。この情報局に置いてエリート中のエリートであり、海外でヒューメントと呼ばれる諜報活動を行う情報局の花形だある。
二つ目は内勤勤務である。ケースオフィサーになれなかった職員はケースオフィサーのサポートに回る。それこそ内勤といってもケースオフィサーから送られる情報を分析し報告書に纏めたり、ケースオフィサーと本部の中継役をこなしたり、普通にコピー取ったり上司のお茶汲んだり、その仕事は多岐に渡る。
三つ目はキャンプの途中でドロップアウトし、荷物を纏めて郷に帰ること。結局このキャンプまで残った研修生の本採用は確定しているので自分からドロップアウトしない限り、最低でも内勤の職にはありつけるのだが、それでも毎年この末路を辿る仮採用職員が一番多いらしい。
最後、四つ目。それはキャンプの間に不審な死を遂げること。ここは悪の秘密結社。家族にも友人にもぼくらはここの話をしていない。だから途中で誰かが死んでも誰も言わなければ、ただの事故死に偽装され、新聞に載ることさえない。ここはそんな場所なのだ。
「あちー。まだ歩くのかよ。つーか、まだ六月だろ。なんだこの暑さ」
「日本にいたころなら今頃梅雨ですね」
退屈の鐘を鳴り止ませたくて、隣を歩く椎名さんに相槌を打つ。
ぼくらは何故だか中東系の怪しげな男に引率され森の中をひたすら歩く。
「まだまだ距離アリマスネ。ヨカタラ僕のともだちが荷物ダケデモお運びしますヨ」
中東系の男は怪しげな英語で、そう言うと、口笛を吹く。ワラワラと何処からともなく現れる子供たち。
「皆イスラムのカミノ使徒ヨ。良い子ばっか」
子供たちはぼくらから荷物を引っ手繰ると、スタコラと森の奥へ進む。
歩くこと一時間、未だ宿泊施設には、たどり着かない。
森はどんどんと深く暗くなっていく。道は険しく、泥と汗に塗れる。頭脳派でインテリジェンスなぼくのスタイルではないのだが泣き言も言っていられない。
皆が疲れきっている中、椎名さんだけは妙に楽しそうだ。きっと体を鍛え過ぎるあまり、脳みそまで筋肉に侵されているに違いない。
「さあ、この登り坂を登りキッタところが宿泊施設ダヨ。お疲れさま」
そう中東系の男は言うが、やはり彼の英語は間違っている。ぼくたちの目の前にあるのは、少なくとも登り坂なんかではなく、崖、若しくは壁だ。
その九十度に限りなく近い傾斜の登り坂を、歩いて登るのが不可能なことくらい、頭のいいぼくでなくとも判るはず。
それでもぼくたちの荷物を背負った子供たちは、その壁を次々と勢いよくよじ登っていく。中東系の男も何の問題も無いと言いた気な表情で登り、途中でぼくたちを見下ろす。見くだす。
「これ、いけるんじゃね?」
全員が唖然する中、最初に登り始めたのは、脳みそまで筋肉に侵されてしまった可哀相な椎名さん。
僅かな凹凸を見つけ掴み、そして少しづつ登っていく。
しかし、それを切っ掛けに我先とみんな目の前の崖によじ登りだす。
みんなどうかしてる! ぼくの中でさえ、そう思う気持ちよりも、先に進まなければならないという、集団心理のほうが勝ってしまった。
ぼくはインテリジェンスでお洒落でクールな頭脳労働者であるが、同時に高い運動神経を持っている。
天から二物も三物も与えられ生まれた、生粋のエリートなのだ。
女の椎名さんに出来ることが、ぼくに出来ない筈はない。
自分が高い高い壁を、登ろうと意気込んだことに後悔し始めたのが、四分の一を登ったくらいの時。更に半分登ったところで生まれてきたことを後悔。
そして世を呪い、閉じこもる殻。またふさぎ込む精神。それ以降何も考えず、ただひたすら登っていた。
全身の汗腺から吹き出す体液。破れた長袖が巻き付き、体中を締め付ける。ずる剥けの掌が何も感じなくなるころ、やっと頂上にたどり着いた。
「遅い」
奈落から這い出て、また地獄。人間の限界に挑んだぼくたちに誰からも称賛は無く、ただただ叱咤する性格の悪そうな中年が一人。
呼吸するのも苦しくて、仰向けに天を仰ぐぼくの腹に、中年の蹴りが飛ぶ。
「ぐあ」
その激痛にムカデみたく地面をのたうち回る。
「ほら、さっさと並べ。俺様からありがたい挨拶がある」




