表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ザ・シークレットヒーローショー  作者: 夕凪 もぐら
間章 ルーシー・ホァンの場合
15/50

間章 ルーシー・ホァン2

 



 揺れ動く私。見透かしたような彼。きっと私の心で遊んでいるのだ。弄んでいるのだ。


 私は彼が昔から嫌いだ。目的を達成することよりも、自分が楽しむことを優先する。そんな彼を知っているからわかる。彼は恐らく本気だ。


「おっとこれじゃ人質にならないかな? 心の醜い女だ」

「あんたこそ心の醜い男よ。ターゲットの名前は?」


 彼は意外そうな顔をした。これも演技だ。まだ私が揺れていることも、彼はとっくに見抜いて見透かしている。


「ホァン一族頭目の一人。ジャッキー・ホァン」

「ねぇ、私に仲間を殺せと? ホァンを裏切れと?」

「とっくの昔に裏切って今に至るのだろう? あんたはいつだってそういう女さ」


 ぐぅの音もでない。悔しいけれども。


「まあ、よく考えてくれ。また連絡する。これは俺のメールアドレスだ。足がつかない捨てアドだがな」


 彼は銃を下ろすと土足で人の部屋を歩き、堂々と玄関から出ていく。


「おっと、言い忘れてた。マオランから訊いたのだが、寄り道していたらしいな。街中でどんぱちするなんてあんたらしくない」



☆ ☆ ☆




 土曜日。週末の込み合うレストランの駐車場。その男は私の前に立ち塞がる。


 望月もちづき 重幸しげゆき。我が最愛の人。三好 宗一郎の秘書兼ボディーガード。


「ルーシー嬢。今、大臣はご婦人とぼっちゃんと一緒です。お引き取りを」


 勿論ただの政治秘書ではない。敵の多い三好を影ながらガードする、闇の住人でもある。


「三下は引っ込んでて。ここを通して頂戴」

「仕方ありませんね」


 望月は私が闇の住人であることを重々承知している。なので油断なんかはしてくれない。


 ジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイを緩める望月。拳をぱきぱきと鳴らす。


 彼はこんな目立つ場所でやり合う気だ。常識人の彼が、そんな非常識に及ぶほど、私は今現在重大なタブーを犯そうとしている。


 私は隠しもっていたナイフを投げ付ける。


 いとも容易く弾かれるナイフ。だけれど甘い。二枚目のナイフが肩口に突き刺さる。一枚目とほぼ同時、同じ軌道で投げたナイフ。一枚目はダミー。二枚目を隠していたのだ。


 顔をしかめる望月。大男の望月ならこれくらいで死んだりしないと思うから、安心して傷つけられる。


 すかさずパンプスを脱ぎ捨て、素足になる私。距離を詰め、望月の顎先を蹴る。蹴る。蹴る。


 三発目はガードされたけれど、彼は二発の蹴りで軽く脳震盪を起こしている。


 そしてとどめ。小さな頃何回も男子を沈めてきた私の拳。警官を、軍人を、犯罪者を、数多の立ち塞がる障害を薙ぎ払ってきた必殺の拳。


 それをみぞおちに受け、泡を吹いて気絶する望月。女を舐めるな!


 気絶した望月を引きずって、三好の車のトランクにほうり込む。


 そして入店。


 庶民では入ることも許されないような、高級レストラン。ピアノが生演奏される店内。


「お一人さまですか? ご予約は?」

「予約はしてないわ。なんとかならないかしら?」

「ふむ。なんとか席をご用意できるか支配人に訊いてまいります」


 ウェイターが離れたのを見計らって私は店内に乗り込む。颯爽と店内の風を切る。早歩きで周囲を見渡す。


 数人のマダムが座るテーブルから、通りがかりざま、紙ナプキンをばれないように拝借。だってわたくし、怪盗ですもの。ブラウスに飛んだ望月の返り血を拭う。


 私は辺りを見渡す。いた! 三好のテーブル。窓際のとても良い席だ。夫人はとても優しそうで綺麗な人。子供は小学校高学年ってところだ。奥さんに似て知的で賢そうな顔立ちだ。くりんくりんした猫っ毛が特徴的である。


 そして私が観たことのないような、優しい笑顔の三好。一度でいいから、そんな顔、私にも向けて欲しいものだ。


 苦しくなって化粧室に逃げ込む私。個室に篭って、バッグを開ける。


 泣くな。ルーシー・ホァン。女は化粧を変えれば、その心まで切り替えられるじゃないか。まあ、私の場合はちょ-っと特殊ではあるのだけれども。


 



 お化粧を済ませて鏡の前に立つ。


 うむ。完璧にどこからどう観ても望月稔である。


 私は一人の怪盗として、美貌、戦闘、頭脳、技術、どれを取っても一級品と自負している。けれども最もその突出した才能があったのは、変装能力、いや変身と言っても過言ではない。


 現に以前ハウスオブホラーに単身男性として潜入したことがある。半年以上も訓練された兵士たちを騙し抜いてきたのだ。


 変装したまま化粧室を出る。出口ですれ違うマダムがびっくりしているが、かまっているほどヒマではない。


 緊張しながら三好のテーブルに近づく私。


「んっ? どうかしたか? 望月」


 間もなく初老に差し掛かる男は、ミディアムレアに焼かれた肉にフォークを突き立て、振り返ることなく言った。


「お食事中申し訳ありません。少しトラブルが発生しまして」

「そうか……すまんな佳代子、海人。少しだけ外へ行ってくる」


 ナプキンで口を拭い、立ち上がる三好。私の後ろを辿り駐車場までくる。


 白髪混じりの髪をかき上げ、「で、望月はどうした?」なんて見透かす三好。


「トランクの中よ」

「素っ裸にひん剥かれてか? 可哀相に」


 ため息。咳ばらい。僅かな沈黙。私は次の言葉を待つ。


「どういう用件だ? こんなやり方、きみらしくもない」

「ある男が私に殺しを依頼してきた。断ろうと思ったけど人質がいるの」


 誰だ? 私か? 面倒なのか、三好は口にせず目で語る。


「貴方の奥さんと子供よ」


 三好は驚きもせず頷く。


「きみは優秀だ。これ以上私を不安にさせたりはしない」

「相手は手強いわ」

「私は心配などしない」


 三好は煙草に火を点ける。政治家がこんなところで煙草だなんて、マナー違反もいいところだ。紫煙と共に漂うハイライトの匂い。私の好きな三好の匂い。


 ああ、私はどうしようもないくらいに、彼のことを愛しているんだな。


 「喫煙者には辛い時代だ」とだけ言い、それ以上は何も言わず、三好は店内へ戻っていく。


 取り残された私は、やはり独りぼっちで、時折ネオンで照らされる深くなった夜の闇に溶け込んでいく。


 どうか我に光りを。



 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ