おしゃべりは加速する
「それにしても、うちのミノルも君も物好きだよねー。オールグリーン家の女と組むなんてね」
マリーさんは何かを言いたげだったが、ヒスパニックのウェイターが注文を取りにくる。
「あ、マリーね、ボンゴレロッソー。ニンニク多めねー」
「ぼくもじゃあ同じのを」
ウェイターが離れるのを確認するとマリーさんは、訊いてもいないことを、ペラペラと話し始める。
「オールグリーン家はさ、代々ハニートラップを生業とする娼婦の家系なんだよねー。クソビッチ会のサラブレッドとでも言うのかなー」
「別に興味ないですよ。そんなの」
「だからあの子が、中央情報局に来たのも親に決められたレールなんだよ」
嘘だ。シャロンは未確認宇宙生物の資料を手にいれに来たって言っていた。
「各国の要人の愛人として情報収集を強要するのってさ、結局マリー達にも人権があるからさ、オールグリーン家みたいな政府お抱えの娼婦を育成する機関が必要なんだよ」
なんだか食事が不味くなりそうな話だ。ウェイターがぼくらの前に運ぶ料理。ガーリックのいい匂いがするのに、食欲が薄らいでいく。本当におしゃべりな女性だ。
ぼくは自分で観た物しか信じない。しかしマリーさんから得た情報はぼくの心の奥の奥に、微かな染みを作る。
「オールグリーンの人間はね。幼い頃からそういう訓練を受けているのね。だから殆ど壊れてしまうの」
「マリーさん、話変えませんか? ぼく椎名さんとシャロンが無事正職員になるの見届けたら、ここ辞めるんであんまし内部のこと興味ないんですよ」
そう、ぼくは取り返しのつく今の内にここを辞めようと思う。ミュージシャンになるんだい。
「それが賢明ね。こんな所にいたんじゃ、何に巻き込まれるか解らない。去年まだ仮採用の職員が一体何人不自然な事故に巻き込まれ死んだことか」
「え、まじすか。死人まで出てるんですか?」
「ええ。マリーはね、その真相を暴きにここに潜入したんだ」
内緒だよ。急にぼくの耳に顔を寄せ、小さな小さな声でそう言った。伝票を持ち、立ち上がり、ぼくを置いてけぼりにし、会計を済ます。取り残されたぼくは溜息を一つ。誰だ。口の軽い彼女にこんな潜入任務を任せた奴。
午後は軽い仕事を終え早々と帰宅することにする。どうもマリーさんからシャロンの話を訊いてから、体調がすぐれない。
駐輪場に行くと、停めてあるアンジュリーナ号を何やら弄っているラフな格好の不審者がいた。肩までの金髪にノースリーブ。椎名さんである。
「ちょ、ぼくのアンジュリーナに何をしているんですかー」
「自転車に名前付けるの止めろよ。気持ちわりーな。ちょっと後ろ乗るのに足を掛ける場所がないからさ、ステップ付けてた」
よし作業終了。と言わんばかりに勝手に後ろに跨る椎名さん。やれやれとぼくはサドルに座りペダルを漕ぐ。本部ビルを背中に街中を加速する。
なんだか子供の頃、よくスズを背中に乗せて自転車を走らせたのを思い出した。今だから思う。きっとあれは恋だったのだと。
「なあ、マコト。このままさ、二人で逃げ出して、ただの男と女にならないか?」
「えー? 風が強くて聴こえませーん」
勿論嘘だ。椎名さんは鼻を鳴らし「冗談だよ」とぼくの肩を軽く叩く。それがなんだかこそばゆくて、幸せな気持ちになった。破綻したこんな日常を平和なのだ勘違いした。
「来週からキャンプが本格的に始まるな。ケースオフィサーまであと少しだ」
「何度もいいますけどぼく直ぐに辞めますからねー。ミュージシャンかアドベンチャラーになるんです」
「なんだよ。アドベンチャラーって」
他愛のないおしゃべりは加速していく。ぼくらの睫毛の先にある夕焼け小焼け。何もない田舎街のマクレーンだけれども、この景色のコントラストだけは綺麗だ。
もう少しだけ頑張ってみようかと、ぼくの身体は僅かに戦慄いた。




