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ザ・シークレットヒーローショー  作者: 夕凪 もぐら
へなちょこマコと悪質なバディ
12/50

クリプトス

 


☆ ☆ ☆



「で? あっさりあいつら帰しちゃってよかったんですか?」

「あそこで銃撃戦やれってか? あたしは嫌だよ。懲役食らうの」


 結局一人夕食を食べれなかった椎名さんは、店からナンプラー薫る怪しいサンドイッチを貰い頬張りながら、帰り道を辿るバンを運転する。冬は雪の激しく積もる田舎街。街灯は少なく、未だ開いている店もない。シャロンは疲れたのか後部シートで寝息をたてていた。ミノルは先に自宅に送って行ったそうだ。


 暫しの沈黙。観念したような横顔で椎名さんは、訊いてもいない話をしだす。


「今日さ。軍にいたっていったな」

「はい。特殊部隊だったんですね」

「ああ。そうそうデルタフォース。そこの同期でさジムっていう気の合うやつがいたんだ」


 マクレーンの天候は比較的変わりやすく、ぽつぽつと小さな雨の粒が窓ガラスを濡らし始める。ワイパーのレバーを下げ、雨粒を弾く椎名さん。


「気のいい奴でさ、そいつとは気が合ったんだ」

「その話、何か今回のことに、関係があるんですか?」

「ちっ、黙って最後まで訊けよ。人の話は」

「あ、ちゃんと前観てくださいよ」


 急なカーブに大きくハンドルを切る椎名さん。シートベルトをしていなかった所為で、ぼくは窓ガラスで顔面をぶつける。


「ちょ、気をつけてくださいよー」

「ジムとあたしは友人だった。そう思ってた。でも違った」


 友達いなそうだもんな。椎名さん。こんなシリアスな時でも、そんなつぶやきが頭に浮かんでしまう。


「ある日、ジムは中東のテロ組織に関するありとあらゆるデータを盗み出して姿を消した。あたしは必死に探し足取りを追った。そして空港で追い詰めた」


 そしたらジムの奴さ、自分の顔を手でべろべろーって剥がすんだ。樹脂シリコンで出来たジムの顔のマスクの下から現れたのがあの女。ルーシー・ホァンさ。椎名さんはどこか寂しそうな横顔でいった。


「しのぴーといたのは愉しかったよ。だったかな。あの女は最後にそう言ったよ。結局ジムの声も、体格も、性格も、顔も、戸籍も、ぜーんぶ偽物だったんだ。ジムなんて人間は存在しなかったんだ。やつは他人に成り済ます超一流の諜報員であり怪盗の名家でもあるホァン一族の頭目の一人でもあるルーシー・ホァンだったんだ」


 それがあたしとあいつの出会い。そこまで言った椎名さんはまた黙って煙草に火を点ける。ラッキーストライク。我に幸あれ。


「煙草吸うんですね」

「本当は辞めたんだけどさ。たまに吸っちゃうんだよな。嫌いか? 煙草吸う女」


 別に。ぼくは興味無さげに応えると暫し黙る。ルーシー・ホァン。美しい女だった。とくにその整った鼻筋が印象的であった。


 ぼくの自宅に着くまでずっと無言の車内。送ってくれた椎名さんにお礼だけ言って、自宅の階段を上がる。


 今日は色々ありすぎて疲れた。泥の様に眠ろう。椎名さんはきっとシャロンのことについても何か知っているのだろうが、一切そのことについて触れなかったし、ぼくも訊かなかった。


 知る必要なんてない。ぼくには関係ない。



☆ ☆ ☆



 次の日マクレーンの地元警察に事情聴取を受けたあと、遅めの重役出勤を決め込み、先輩職員から白い目で見られながらも、デスクワークをこなし、気分転換に昼食を社内のカフェテリアで摂ることにする。……独りでな。


 めったに来ないカフェテリアはおとなしめなインテリアとは正反対に様々な人種の職員や外客で溢れ返っていて、とてつもなく賑わっていた。ぼくはたまたま空いていて窓際の席に座る。


「やっほー。ミノルのお兄さん。お隣いいかなー。満席なんだー」


 声を掛けて来たのは、面識のある女性だった。他人の顔を認識するのが苦手なぼくでもそのはっきりとしたメイクの女性は覚えている。先の訓練でミノルのパートナーをしてたおしゃべりマリーこと、マリー・ゴールドだ。


「昨日の敵は今日の友ってな。お隣失礼しまーす」

「ぼくは軽薄な弟と違って人見知りなんですよ」


 露骨に嫌な顔をするぼく。そんなのおかまいなしに窓の外に目をやるマリーさん。アップにした髪から、仄かにシトラスの香りがする。


「マリーさ。ここから観えるあの彫刻すきなんだよねー」


 情報局にあるカフェテリアから観えるクリプトスという名の彫刻。有名なアーティストが四つの暗号を込めて作った作品である。


「どいつもこいつも隠された暗号解くにの四苦八苦してるけどさ、そんなのナンセンス。アートとは愛でるものなり」

「まあ、暗号解析はそもそもぼくたち合衆国中央情報局の本分ではなく、どちらかと言えば国家安全保障局の領分ですからね」


 意外と堅苦しい。マリーさんはぼくを見て言った。軽薄なミノルと比べられても困るのだが。


「ああ、この胸元に欲望をべちょべちょにぶちまけられて汚された時はちょっとときめいたのになー」


 ちょ、人聞きが悪いからやめてくれ。ただペイント弾で撃たれただけじゃないか。


「仕事終わったら、マリーといいことするー?」

「ここにいられなくなるんで、めときます」


 なんせ相手の異名がおしゃべりマリーだからな。秘密厳守の諜報員としてどうかと思う。


 

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