黄色い旗の賊
アジア料理店ビクトリアに着いたものの、椎名さんは中々来なかった。予約の時間なので致し方なく、二人で中へ入る。
「いつものことだよ。しのちゃん時間にルーズだから」
生春巻きに包まった肉なのか魚なのか野菜なのかさえ解らない物体を頬っぺたいっぱいに頬張るシャロン。
「で、チームだっけ? 結局ぼくからしたら、なにそれ? な、わけですよ」
ぼくが正気を取り戻したのは、ミノルの自宅ぐらいだった。騙されたまま、ここまできてしまったわけだ。
「……ひひんぬぬんらはえ」
「はいはい、まず口の中の食べ物を飲み込んでから喋ろうね」
頬張りすぎて、若干涙目になりながら、シャロンはゆっくりと咀嚼し飲み込む。それをジトジト湿気を帯びた眼差しで、眺めるぼく。
「えーと、そもそもシャロンはなんで情報局なんかに来たんだ? ハーバード出てるんだから、もっといい仕事あったろ?」
「いい質問だけれど、うまく説明できない。訊いても信じてもらえないし」
そう言ってシャロンは目の前のタンドリーチキンに力強くフォークを突き立てる。眉間に皺が寄っている。
「絶対信じてくれる?」
言葉にはせず、僕は首を縦に振り、肯定の意を表した。ただならぬシャロンの迫力と充満する香辛料のキツい匂いに充てられ、言葉を無くしただけだ。
「実は宇宙人なの。私」
「ふーん」
衝撃のカミングアウトはただの電波発言だった。うっかり軽く流してしまうぼく。
「ほら、信じてないー」
「そんなことない。そんなことない。ぼくも宇宙人なんだ」
学生時代ずっと宇宙人と陰口を言われていた。言ってしまえばなん億光年も他人と距離を取っていた。随分偏屈だったと自分でも思う。今は随分丸くなった気がする。
「仮にそれが本当だとして、なぜ宇宙人様が情報局に?」
「一九五二年。世界四ヶ所で同時に目撃されたUFOについて何か知ってる?」
「いや、生憎」
シャロンは得意げに説明を始める。一九五二年、ドイツ、スペイン、北アフリカ、ベルギーの四カ国で同時に目撃されたUFO。その一つと思われる機体はテキサス上空でアメリカ陸軍の対空ミサイルハイドラで撃ち落とされたそうだ。
「そして撃ち落とされたUFOの残骸から、未確認生物の遺体が発見されたの。その写真は世に出回ったからマコトもきっと観たことあるよ」
いや、ないよ。興奮気味なシャロン。まさかここまで電波だったとは。苦笑いを愛想笑いで隠すぼく。
「その生物を解剖してレポートした物が機密文章として情報局本部のどこかに眠っているの。それが欲しい。もしかしたら私が故郷に帰る手掛かりになるかもしれないから」
「もういい、もういい。わかったわかった。今回だけそのチームってやつにぼくも参加するよ。今回だけだからな。ぼかぁ音楽業界の逸材なんだからな」
うんざりしたぼくは投げやりに、そう応えて、テーブルに拳を叩きつける。それと同時にとんでもないことが起きた。
店内を甲高い銃声が鳴り響き、天井で回っていたファンが、フロアの真ん中に落ちてきたのだ。
飛び散る破片、え? ぼくがテーブル叩いたから? そんなわけはなく、数人の銃を持った男女が店内に入ってくる。中でも取り分け目立つのは、中央にいるモデルのような東洋人の女性。そう、それは女性だ。シャロンが女子でそれが女性。
きらびやかなドレスを身に纏い、芸能人のように夜なのにサングラスをかけ、煙草を取り出し黒服を来た長身の男に火を点けさす。
黒く艶のある美しい髪の毛。シャロンのとは全然違う豊満な胸。
それは自分が出会った中でもっとも美しい人間であった。そしてこともあろうにその美しい女が賑わうアジア料理店で堂々と五十口径のマグナムを片手でぶっ放したのである。
パニックになる店内。がたがた震えるシャロン。
「チョウシ。厨房を封鎖してちょうだい。マオランは不振な動きをする奴を蜂の巣にしておいて」
銃を構える二人の男は、ビクトリアにいる全員を威嚇する。マオランと呼ばれる小男はホールを。チョウシと呼ばれる長身の男は厨房を制圧する。
「ハロー你好、そこの彼氏、広東語は通じるかしら。そのばい菌ダッチワイフをこっちに譲ってくれない? 『それ』はウチらホァン一族のリコール商品なの」
女はあくまでも優雅にゆっくりとこちらに歩み寄り、猛獣をも一殺するような物騒なマグナムをこちらに向ける。
『それ』何を指すのか。無論シャロンを指すに決まっている。
敵は四人。入口に一人、厨房に一人、フロアに二人。内訳一人が目の前にいる。
「お前ら何者だ。なんでこんなことするんだ」
「あらー、あんた情報局の人間の癖に、非日常ってやつが、解ってないわね。ずっと盗聴され尾行されていたのに気付かないなんて」
女は手に持ったマグナムをフォルスタ-に戻す。そしてその右手で拳銃の形を作る。
「うん、決めた。この人差し指で貴方を始末するわ」
女は人差し指をテーブルのグラスに向ける。
「ばーん」
突如テーブルのグラスは、別の場所から鳴った銃声とともに同時に粉砕する。小男のマオランが撃ったのだ。
「次は貴方の頭を撃ち抜くのだけれど」
まずい。応戦しなくては。ぼくは素早くテーブルを倒し横っ飛び。間一髪マオランの銃撃をかわす。
そして立ち尽くすシャロンの手を引いて、厨房に走る。
「そうはさせないわよ」
女は物凄いスピードでぼくとシャロンに追いつく。そしてぼくの腕を掴むと軽々と投げ飛ばし、シャロンを捕らえる。
利き腕の関節をきめられたシャロンは、襲いくる激痛に表情を歪ませた。




