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スケルトンの述懐  作者: ぎじえ・いり
スパルトイ、ドラゴン、そしてフェレータ
9/48

代官

2015/05/04 改稿OK。

2016/04/05 再度、改稿。

 不意の傭兵の来訪、騎兵の出動、戻ってきたと思えば見ず知らずの傭兵たちが広場に集う。

 例えば頻繁に行軍に使われるような街道沿いだったり、あるいは魔物の襲撃が絶えない辺境だったり、そんな土地柄でもなければ、きっとこの村の民にとって、この半日の間に起こったことは目まぐるしい変化だったはずだ。

 村には騒然とした空気がしばらく漂っていた。

 それが落ち着きを見せたのは、昼を過ぎた辺りのこと。

 相変わらず代官は戻って来てはいない。

 どこまで遠くに行ったのか。

 もしかすると目指したのは隣の村どころか、それよりも先なのかもしれない。

 代官が戻ってこなければ、会談も交渉もない。

 広場でただ時間を無為に過ごすよりはと、ナーにひと言断ってから、あの山に残したままになっていた天幕や荷の回収をゴキゲンとガサツにさせた。

 スタンピードの影響としては、ひどい砂埃まみれだったというだけで、幸いなことに損害はなかった。

 自分を入れてもひとりと6体、見かけ上は7人の傭兵による隊なのだが、村の中に宿泊施設がないというのは既に知っている。

 それならば天幕は必要になるのが分かっていたので助かった。

 村民の誰かの家にバラバラになら泊められるなどと言われても、迷惑でしかない。

 妙な提案を受ける前に、村の外で自分たちは野営をする、そう伝えるとナーは簡単な了解だけを示した。

 その時に、副官なのか、側にいた男が明らかにほっとしたのを俺は見逃さなかった。

 きっと代官が知らない間に傭兵を引き入れたなどという話になれば、小言のひとつでも言われるのだろう。

 それが村の外で勝手に野営しているだけということにすれば、言い訳ぐらいにはなるとか思っているのかもしれない。

 スタンピードが起きたことへの警戒という建前もあったので、スタンピードの起きた方向、村の北側の堀の脇に野営の準備を進めさせる。

 その様子をナーは副官らしき男と共に眺めていた。


「精強な兵たちだな。できれば皆の顔を見たいのだが」


 ……また、面倒なことを言い出したな。

 顔には出さずに、答え方を考える。

 まだ、この国に関する有用な情報は得ていない。

 スケルトンは合法か?

 なんて聞く訳にもいかないのだから、仕方ないだろう。

 今、ヘルムを脱がせて、どうだろう?なんて聞ければ、この上ないほどに手間が省けるのだが。

 鎧姿の兵、つまりスケルトンが軽快に動きまわって準備を進め、俺は一切の手を動かしていない。人間ならば適宜休息を入れたりするが、村に到着してから鎧姿たちは座り込むこともなく、ずっと立ち続け、今も休むことなく動いていた。

 ……適当に休ませるべきだった、などと言うのは後の祭りだ。

 ただ1体だけ、村の中を歩き回ろうとしたバンザイを止めたことすら失敗だったのかもしれない。適当に村の中を見せてくれとでも言って、多少は人らしい物見遊山でも演出するべきだったか?


「大戦で色々あってな。あの鎧の下の姿を見たら、きっと驚く」


 だから、勘弁してくれ。

 そう伝えると、あっさりとナーは引き下がった。

 特に嘘は言っていない。

 スケルトンを知らなければ驚くのは間違いないのだから。

 それに確かにそれぞれがスケルトンになるに至るには大戦で色々あったからでもある。若い世代の人間は、特に大陸東方ともなると、大戦のことをあまり良く知らない者が多い。

 それでも噂程度に対戦時にどんな酷い戦場があったのかは、耳にしているのだろう。実際、大陸西方だと、半身が魔物のように醜く焼けただれた人間や、魔法の影響で肌の色が不自然に青白く変質してしまった人間など、単純な身体の欠損に限らない、異様な姿の者はそれなりに多かった。

 こちら側にも多少はそういう人間はいる。大戦でのことだと持ち出せば、概ねこういう反応になることが多い。


 かつて、世界はドラゴンのものだった。


 大陸中を飛び交い、人はその影に怯え続けた。

 それをひとりの王が民を率い、兵をまとめ、そしてドラゴンに戦いを挑んだ。数多のドラゴンを打ち倒し、散らばっていた国々をまとめ、それはやがてひとつの王国となった。


 ミレニアム。


 空にドラゴンの影は消え、人々の繁栄が約束された時代が訪れる。

 胸に聖痕を持ち、世界をひとつにまとめあげた最初の王、ミレニアム1世は民達に宣言し、約束した。


「ドラゴンの影は消え、これより我らは千年に渡る繁栄を得るだろう」と。


 そんな約束された千年王国が、約束通りに千年の繁栄の後に滅んだのは皮肉としか思えない。

 大陸にただひとつあった王国がなくなり、後に始まったのは百年の地獄だ。それまで研究され、実践の機会のなかった数多の戦術魔法が大陸の覇を競った戦争で使われた。

 その大戦が終息したのはつい20年ほど前の話だ。まだたったの20年しか経っていない。

 結局世界は再び統一されることはなく、30あまりの国々へと分かたれた。

 実際にその戦争に参加し、戦っていた俺と違い、当時の戦争を明確な記憶として持たないであろう、年若い女指揮官は、俺の言葉を聞いて、そうか、とだけ簡単に言って引き下がった。

 その視線の先には例の青い馬の姿がある。

 あれもなにがしかの魔法の影響だとでも思ったのだろう。

 魔物のごとき不気味さを放っているが、暴れることなくじっと静かに佇んでいるだけなので、見る者に嫌悪感を抱かせる程度の実害しか無い。

 いや、あれは俺が造り出した紛う事なき魔物なのだが。

 ナーは一瞬、口を開きかけて、そのまま閉じた。

 相手の過去なんてものに、不用意に踏み込むべきではない。

 それが村を助けてくれた人間ならば、いたずらに気分を害して良いはずがない。

 そんな大人の対応をしてくれたのだ。

 勘違いも納得の内。

 向こうが何も言ってこなければ、こちらからは何も言わない。

 顔を隠した兵たちのことを凶状持ちだと疑っている可能性もあったが、向こうも恩義がある手前、表立って追求しては来なかった。


「あれほどの手練の兵士たちなら、スタンピードを独力で止められたのでは?」


 ナーと共にいた兵士が口にした。

 皮肉ではなく、単に確認という感じの問いだった。

 それほどに頼もしく見えたのなら、売り込みに成功していると思えた。


「こちらにはあれほどの魔法を使える者はいない。できることに限りはあった」

「そうかな?正直、私はここにいる貴君の兵と戦いたいとは思えない」


 今度はナーが口を開いた。相変わらずの無表情のままで。

 謙遜ではなく、言葉通りに思っているのかどうか、その表情からは読み取れない。


「別に全員がそこまでの手練ではない。まあ、中には腕の立つ者もいる。その程度だ」


 気付けば俺は謙遜ではなく、思ったことを率直に話していた。

 傭兵とはそんなものだろう。

 ただ剣を握れるだけの者から、どんな前線でも死なずに帰ってくる不死身じみた者まで、傭兵と言ってもその実力差は千差万別なのだから。

 自身の腕を誇ることに意味は無い。

 実際、ここにいる者たちは皆、しくじっているから今、ここにいる。

 生き残れなかった。戦いきれなかった。

 皆、そこまでだった者たちだ。

 腕は立つが、絶対では無い。

 あんなにも頼もしく思えていたのに、絶対では無かった。


「そうかな?」


 ナーは一度言った言葉を繰り返す。

 なんならバンザイに剣を持たせれば、今すぐ証明できるぞ?

 思いはしたものの、勿論、言葉には出さなかった。

 わざわざ恥を見せることはない。


「まあ、私の目が曇っていないと証明できて良かった」


 ぽつりと呟きが漏れていた。

 今、微笑んだか?

 かすかに目元と口元が変化したような気がした。

 目を瞬き、改めて見ると、その顔には何の表情も浮かんでいない。

 俺の気のせいだろう。


「そういえば、何か言っていたな。どうして俺を信じるに足ると思った?」


 それはスタンピードを止めるために村を出る前。

 俺の目をじっと見て、信じるに足る理由があると確かに言っていた。


「貴君は剣に手を掛けなかった。それどころか武器を気にする素振りすらなかった。いくら斧を持った彼が手練だとしても、普通、まったく気にしないなどありえない。こちらが剣に手を掛けていたのに、気にせずにいられるには理由があるはずだ」


 確かに俺はまったく武器を取る気は無かった。

 何があろうとも、最後まで俺自身で剣を抜く気はなかった。

 ナーは続ける。


「争う気が片方にでもあって、武器に手を掛けたなら、そこが契機になる。相手に先に抜かせれば、それだけ不利になる。やるなら相手に身構えさせる前にやるべきだ。それこそ盗賊ならそんな風になるまで我慢するはずがない。ましてや、あれほどの実力のある兵士だ。そこで一気に攻め込まない道理はない。しかし、貴君にはその様子がなかった。一度後ろに下がりすらした。苛立ってはいただろう。だが、これから人を襲おうと考えている人間にしては、これから暴力を振るおうという緊張がなさすぎた」


 俺は後ろすら見せた。

 実際に、あのやりとりは心底どうでもよいと考えていたのだから、それはそうだろう。俺がこの村の兵士を観察していた時、ナーも俺のことを観察していたようだ。


「話している内容は明らかに挑発だったと思うがな」

「そうだ。ただの盗賊なら、相手が挑発に乗ってきた瞬間を逃すはずがない。それでも挑発の言葉とは逆に、貴君は自身の背負った剣を気にかける様子は最後までなかった。抜く気が無い、戦う気が無いとしか思えない。どこかに合図を送っているようにも見えなかった。ただ、こちらの様子をじっと見ていただけだった。その目で」


 ナーが俺の目をじっと見る。

 あの時と同じように。

 俺が剣に手を掛けなかったのは単に習慣の問題だったのでは?と振り返れば思う。

 俺がわざわざ抜かなくても、スケルトンが対処する。

 それだけのことだったろうと。


「貴君のことをただの流れ者と思えるはずがない。例え盗賊だったとしても、貴君が頭だ。決して使いっ走りではない。もしもの時には私が直接、貴君を殺すつもりだった」


 改めて見ると、冴え冴えとした目だ。

 らしくない印象をナーに覚えて、少しだけ笑う。


「何だ?」

「いや、何でもない。勇ましいなと思ってな」

「それが私を女と思っての侮りなら、やめてもらおう」

「それは違う。俺は女だから男だからとは思わない」


 結局は能力があれば、性別なんて大した問題ではない。

 今までにも戦場で輝く女というのは見てきた。

 例えば、そこにいる弓使いのスケルトンだってそうだった。


「なるほどな。まあ、色々と評価してもらったようだが、それに見合う働きが出来たなら何よりだ」


 疑問は解けた。この女が見るべき点をしっかりと見ていたということだ。

 良い上司を持ったなと、そう隣の男に言ってやりたいくらいだ。

 すると、急にナーが頭を下げた。一緒にいた兵士も頭を下げる。

 その急な態度の変化に戸惑う。


「これ以上ない働きだった。だからこそ、申し訳ない」

「何に対してだ?」


 ナーが俺の目を見るために頭を上げる。


「先ほど、代官が戻ってきた。報告に行ったが、あまり色良い返事はもらえなかった」


 どうやら報酬のことらしい。


「そうか。俺が直接話すことはできないのか?」

「その機会は必ず作る。貴君は恩人だ。私は恩には必ず報いるべきだと考えている。それは私と、私の家名に掛けても必ず誓う」


 俺はナーのその言葉にただ頷くだけに留めた。ひとまずは、ナーの信頼を得ることには成功したようだ。それだけでももう報酬があったようなものだ。

 俺は心のうちで、そのことに安堵した。






 野営の準備を終えると、すべてのスケルトンを率いて見回りに出た。

 ナーと警戒態勢について話し合った結果、見回りの数を増やすことになっていた。午前はナーたちが出ていたので、自然と午後ははこちらが出ることになる。

 ナーは代官の屋敷に行ってくると言ったきり、戻ってこなかった。

 兵士の話では、勝手に傭兵を村に招き入れたことが問題になっているらしい。そっちのことはナーに任せるしかない。

 こちらはこちらで少しでも心証を良く出来るように動くだけだ。

 バンザイは残しても良かったのだが、それで変に村の人間に話しかけられても困る。それが何をするか分からないバンザイではなおさらだ。


「さて、それじゃあ森に向かうぞ」

「もうほとんど残っていないと思うが」

「でかいゴブリンがいたって言ってたろ。それはどうした?」

「そういえばいたな。斬った覚えはないから、逃げられたのだろう」


 その言葉に顔をしかめる。

 でかいゴブリン、それが俺の想像する通りなら放置して良い魔物ではない。

 エキオンにとっては、多くの魔物が格下になる。

 だから、どんな魔物がどれくらいか危険なのか、正確に判断出来ないのかもしれない。

 ナーと代官との話し合いは難航するに決っている。

 決着するまでは村にいてもやることはない。

 相変わらず空に巨大な影は見えない。

 ドラゴンについては、ひとまず棚上げすることにした。

 この国の中ではドラゴンのドの字も聞きやしない。

 北でドラゴンが出た、そう言っても誰が信じる?

 信じやしない。ましてや俺は無傷だ。

 なぜ、無傷で逃げられた?他に逃げた者は?何よりも、ドラゴンが出たという証拠は?

 聞かれることは多い。そうすると、俺以外の兵士、つまりスケルトンにも話を聞きたがる。その時に、スケルトンだとバレる公算が大きい。

 スケルトンのことはいつかバレる。だが、それには順番が大事なのだ。

 誰に打ち明け、誰に知られるか。

 その順番を間違える事は許されない。

 だから、ここではドラゴンの事は口にしない。

 もしも、現れたら?

 その時は、その時でしかない。

 エキオンと、スケルトンと共に、そして村の兵士たちとナー、そこにある力でもって対処するだけだ。

 ドラゴンにびくびくと怯えて、この何かを掴めるチャンスをふいにしたくはなかった。

 国を移ったことで、ひとまずは心配しないで良いはずだ。そう自分に言い聞かせる。

 何かを掴むため、そのためにこの国にとって、あの村にとって危険な魔物を探し出して排除するのは悪くないはず。

 森を目指して、俺は馬を走らせた。


 森には何事も無くたどり着いた。

 散々撒き散らした魔物の血に釣られて別の魔物が現れる心配もあったが、もしかするとあのゴブリンとコボルトが他の魔物は追い払っていたのかもしれない。

 静かな森だった。

 普通の森ならば響いているであろう小鳥のさえずりも、猿や狐、狼の類の吠え声も聞こえない。

 ハーチェク大森林ですら、まだもう少し動物たちの活気があっただろう。

 その理由は明らかだ。

 あれだけのゴブリン、それにコボルトがいたのなら、もうこの森のほとんどの動物は狩り尽くされた後なのだ。

 森は静寂に浸されている。

 この静けさは明らかに人のいる側ではない。


「これだからゴブリンってやつは」


 コボルトはそうでもないが、ゴブリンは多くの人間に憎まれに憎まれている。

 通常、ゴブリンという魔物は、他の魔物の餌とされやすく、そこまで巨大な群れを形成することはない。

 だが、ねずみ算式にあっという間に数を増やすため、ひとたび魔物の空白地帯に根付くと、溢れかえるほどに増え、生態系を荒らしに荒らして移動を繰り返すようになる。

 そうなれば、野生動物の姿は消えてしまい、なかなか元には戻らない。

 さらに、そうして増えに増えた挙句に、他の魔物を呼び寄せるのだ。

 ゴブリンを好んで食べるような魔物が呼ばれたように集まってきてしまう。自然とそういう強力な魔物が現れるようになる。

 生態系を荒らし、挙句に他の魔物を呼び寄せる。

 これでゴブリンを好きになれる人間など、普通はいない。

 普通は。


 ババアはゴブリンが好きだと常々言っていた。


 人が人の都合の良いように育て、肥やし、そして刈り取るモノを家畜と言うのだと。ババアにとってはゴブリンや他の魔物ですら家畜に過ぎない。

 ババアが語る昔話には度々ゴブリンが登場する。

 適当な場所でゴブリンを増やし、そして故意に兵士たちにぶつけるのだ。

 そうやって兵士を誘い出し、兵士を襲い、兵士が減れば、直接村や街を滅茶苦茶にして、死体を得るのだと。

 あのクソババアが問題なのは、ゴブリンもそうだが、人間ですら家畜になり得るということだ。

 そんな風には俺は思い込めない。当たり前だろう。人間は人間だ。魔物とも、家畜とも違う。

 例えこうして死体を自らの兵として操っていようとも。

 騎乗したままゆっくりとしたペースで森を進んでいく途中、3体のゴブリンが現れた。

 エキオンが襲った時に、その場にはいなかったゴブリンもいたのだろう。

 先頭を進んでいたゴキゲンとドジっ子を見るなり、ゴブリンは叫び声を上げる。

 直後、その1体の首に1本の矢が生える。

 いつの間にかと言うべき早さでドジっ子が馬上から矢を放っていた。

 残った2体が射られて倒れるゴブリンを見た。

 刹那にエキオンが前に出た。

 虚をつかれたゴブリンが接近する1騎を見る。

 乗るのはエキオンとカタブツの2体。

 手にした得物を振りかぶる間もなく、すくい上げるようなエキオンの斬撃に1体が体をふたつに分かつ。

 残る最後のゴブリンは、カタブツがではなく、バンザイを乗せた馬上からナイフを投げたゴキゲンによって倒された。

 俺はその様をただ見ていた。

 特に危険な変異種でもない、ただのゴブリンだった。


 ゴブリンが爆発的に増えると現れる強力な個体。

 エキオンが話したでかいゴブリンの正体はそれだろう。

 スタンピードの中にはいなかった。

 既にどこかに移動した可能性もあるが、まだいる可能性も決して低くはない。現に戻ってきているゴブリンがいた。

 ゴキゲンがナイフを回収するのを確認して、再び馬を進める。

 その後は特にゴブリンにも、勿論他の魔物にも出くわさなかった。

 やがてひときわ太い幹の巨木の根本へとたどり着く。

 そこはどうやら森のほぼ中央のようだ。

 暗い森なので確認しにくいが、日が大分傾いているはずだ。

 これ以上、森の中をうろついても仕方ないだろう。

 戻るか。

 そう思い、馬の頭を元来た方へと向けようとした時だ。

 巨木から何かが突如として降ってきた。

 即座にスケルトンたちが武器を取る。

 それは通常の魔物よりも危険な相手であることを察しての行動。


「やはりか」


 体格は成人男性並みのカタブツと大して変わらない。

 それは小型の魔物であるゴブリンにしては、規格外の大きさだ。

 手にする獲物は黒く巨大な岩を太い棒に結びつけたハンマー。

 あれで打ち付けられればオーガの一撃並みの威力が出そうだ。

 ゴブリンたちの英雄、ホブゴブリンだ。

 何をどうしたら生まれるのかは分からない。

 事実としては、群れが巨大化すると現れる変異種であるということ。

 ホブゴブリンは一番近くにいたゴキゲンに向かってハンマーを振り上げ、突進した。その動きは通常のゴブリンよりも素早く、力強い。

 ゴキゲンはすぐさま馬から離れるように飛び降りる。

 背中にバンザイを抱えて、しかもリーチの短いナイフを使って馬上で戦うのは不利になる。

 残されたバンザイが慌てて手綱を握った。

 ホブゴブリンは一瞬だけゴキゲンとバンザイとを見比べて、ゴキゲンの方を危険だと判断したのか、進路をゴキゲンへと取った。

 ゴキゲンをフォローするように、ドジっ子が矢を放つ。

 しかし、放たれた矢は、ホブゴブリンの頬を掠めて通り過ぎる。

 外したのではない。

 ホブゴブリンが躱したのだ。


 ゴキゲンは着地しても、構えない。

 ただ腰のナイフを抜いては回して鞘に戻す手慰みをしていた。

 ホブゴブリンは走りつつも、それに苛立ったように叫び声を上げる。

 絶叫を前にしても、ゴキゲンは態度を変えない。

 まるで散歩の最中だとでも言わんばかりに自ら一歩、間を埋めた。

 それを見ていて思わず笑ってしまう。

 聞こえないはずの口笛が聞こえた気がしたからだ。

 最近、昔のことばかりが頭をよぎる。

 ババアのそれとは違って気分は悪くない。

 そのままよぎった科白をゴキゲンの代わりに口にした。


「よお大将。ずいぶん機嫌が良さそうだな?」


 威嚇にも動じず、間を詰めたゴキゲンに対して、己の間合いへと達したホブゴブリンがハンマーを振り下ろす。

 非力なはずのゴブリンにはあり得ない剛力。

 それをゴキゲンは半歩ずれる最小の動作で躱した。

 ゴブリンの動きは決して遅くなかった。

 ゴキゲンがそれ以上に素早いのだ。

 いつの間にか手慰みをやめ、その手にはしっかりとナイフが握られている。そしておどけたように、通り過ぎるハンマーに合わせてお辞儀をする。


「ならオレはオマエの機嫌を頂くよ」


 鎧姿が跳ねた。

 とても全身鎧を着ているとは思えない軽業だった。

 お辞儀はそのまま宙返りへとかわり、あざ笑うかのようにハンマーを踏みつけ着地する。

 ホブゴブリンは目の前の鎧姿の動きを追えていなかった。

 何が起きたのかも分からずに目を見開いている。

 その見開いた目に着地したゴキゲンが映る。

 その時には既にゴキゲンのナイフが振るわれていた。

 真一文字に一閃。

 それはホブゴブリンの首に一筋の線を引く。

 ホブゴブリンの口が開いた。

 しようとしたのは威嚇だろうか。

 目前であざ笑うかのようにくるくる動いたゴキゲンに対する怒りは、しかし漏れ出ることはない。開いた口から叫びが漏れるよりも先に、首に引かれた直線から血が吹き出す。

 吹き出した血が見えたのか、ホブゴブリンは空いた手で首を押さえた。

 ハンマーが落ちる。

 そのまま両手で首を押さえた。

 膝が落ちる。

 首を裂かれているにも関わらず、絶命しないその生命力はただごとではない。

 ゴキゲンが覗き込むようにその顔を見る。

 苦痛に歪んだ顔を。

 勝負はついた。

 少しばかり楽しくなっていた気分を切り替える。楽しんでいられるのはここまでだ。


「ゴキゲン、遊んでいるな」


 言葉を受けて、そのまま頭ごとホブゴブリンにゴキゲンがぶつかる。

 ホブゴブリンが倒れる。

 そのままゴキゲンは馬乗りになり、その胸にナイフを突き立てた。

 ねじり、そのまま引き抜く。

 首よりもさらに大きな血しぶきが上がる。


「やるな」


 エキオンが少しばかり機嫌の良さそうな声で口にした。


「当たり前だ。誰の兵だと思っている」


 軽口で返すと、エキオンが笑った。


「なるほど。さすがマスターだ」

「さて、一応みやげに持っていくか。ゴキゲン、首を刎ねておけ。戻るぞ」


 エキオンにとって、スケルトンソルジャーにとって、個で打倒しうる魔物だが、こんなのが村に現れたら大事になる。

 これで危険は少なくなった。

 今度こそ、馬の頭を元来た方へと戻し、村に向かって歩き出した。






 日が暮れる前に村に戻ると、ナーが自ら俺を迎えた。

 どうやら代官との話し合いがそれなりに実を結んだらしい。

 ホブゴブリンの首を見せても、まるで驚きもせずに、さっさとしろと言わんばかりに代官の屋敷へと向かわされた。

 少しはその無表情に変化があるかと思っていただけに、あまりの何もなさに逆に驚いた。

 さすがに兵を連れての面会は無理だと言われたが、無理を言ってエキオンだけは通させた。この村の代官は、どうやら分かりやすく貴族様である可能性が高い。

 ならば、うまくやれば望みが叶う可能性があった。

 スケルトンが合法か、違法か、それすらも関係なくできる。

 例え今が違法でも、合法にすれば良い。

 それが出来る人物に頼めば良い。

 そのきっかけがここにあると思えた。

 この面会で俺はインパクトを残す必要がある。切れる札は手元になければ切ることはできない。失敗すれば、マズい事になるがその時にはまた大森林にでも逃げ込むしかない。

 しかし、だ。聞いていた代官の人柄が俺の考える通りなら、上手くいく確信があった。


 武器を屋敷の入り口で代官の私兵に渡し、中へと入る。

 そう、屋敷の中には村に派遣された兵士とは別の兵士、代官の私兵が要所要所で目についた。

 大層なことだ。

 これが示すのは、ここに赴任してきている代官は、それなりの人物ということ。

 貴族の子、それも嫡子か、それに準ずるような人間。

 想像していたよりも私兵の数は多く、そしてその装備も良いものだった。

 鎧を着たままなことに、難色を示されたが、そこはナーが押し通した。

 どうやら面会の時間というのも指定されているらしい。

 そしてそれは既に半ば過ぎていて、もういくらも残っていない。

 今更身なりを整えてなんてことをしてはいられない。


 通された執務室で待っていたのは、自らの私兵を侍らせた、黒髪を後ろに結い上げた神経質そうな男だ。

 年は俺よりは若いだろうが、ナーよりは多少上といったところだろうか。

 ダニエル・ノヴァク。

 着ているものは細かな刺繍が入り、そして輝くばかりの白さをほこる服。

 白い服、というのはそれだけで貴重品だ。

 それはただの平民が着れる類のものではない。

 俺を見るその目は、人を見下したようなそれで、ひと目で典型的な貴族だと知れた。

 通された執務室でダニエルは席から立ち上がりもせずに、そしてこちらに座ることを勧めもせずに話しはじめた。


「流れの傭兵だって?村を守ってくれたことには感謝する。しかしながら、こちらが依頼した訳ではないからな。報酬はないぞ」


 礼儀、そういうものを尽くそうと思うのなら、ナーからきちんとした紹介があり、改めて俺が名乗り、それで話が始まるものだろう。

 ところが、そんなものは不要だと言わんばかりに、ダニエルは自分の言いたいことだけを端的に口にした。

 正式な依頼書はない。

 契約を交わした訳ではない。

 それは役人的な対処で考えれば、正論なのかもしれない。

 しかし、それで他人を納得させられると考えているのなら、この男はいつか身の破滅を招くだろう。自分が要求すれば、それで何でも事は済むなんて思い上がりをしているのなら。誰かの要求を自分には聞く必要がないのだと、驕っているのなら。

 それを聞いて声を出したのは俺ではなく、俺の後ろに控えるように立っていたナーだった。


「ノヴァク卿」

「黙っていろナー。そもそもお前がしっかりしていれば良かっただけの話だ。お前は私の経歴に傷を付けたいのか?そんなことになったら、お前をただでは済まさん。将軍の覚えが多少あるからと図に乗るな。補給くらいは許してやる。それが済んだらさっさと出て行くんだな」


 図に乗っているのはお前じゃないのか?

 そんな言葉が出かかった。昔の俺ならば確実に言っていた。無表情の裏で、俺もずいぶん老けたなと自嘲的に思う。

 貴族様がナーを睨んでいる間に考える。

 さて、どうするべきか?

 代官のこの態度から察するに、今回の騒動をもともと無かったことにするつもりなのかもしれない。

 経歴に傷が付く、ね。

 代官を滞り無くこなして中央に戻る。それがどこの国でも大差ない、貴族にとっての常道だ。そこで躓くことは後々の政治に関わってくる。

 スタンピードが起こるのは、そこに魔物の群れがいたからだ。

 それを放置しなければ、そんなことにはならなかったのではないか。

 しかも、村人を置いて、村を出た。

 失点として突っ込むには十分な材料だ。

 自らの失点となりうる事は無かったことにしたい。

 いや、この男の頭の中では既にそうなっているのだろう。

 幸いなことに村に被害はなかった。

 多少、負傷した兵士もいたが、それも大した傷ではない。

 大事にはならなかった。

 それは流れの傭兵がいたおかげで、たまたま助かっただけ。

 つまり、備えが足りなかったのではないか?

 足の引っ張り合いが生じれば、そんな疑問だって投げかけられるだろう。

 ならばいっそのこと、何もなかったのだとすれば良い。

 ナーがなおも魔物の危険性を訴えていた。来るべき大物、その姿がなくとも軽視するべきではないと。

 目の前の貴族様はいないものはいないのだ、いないものに怯えて何とする、とナーの資質すら口にしだす。

 俺がこの場にいる手前、ナーは直接的には口にしなかったが察するに、中央に報告しようとしてそれをダニエルが差し止めたのだろう。


 余計なことをするな、と。


 余計なことをしているのは明らかにこの男だ。

 中央に話が通れば、それはまた別のツテに繋がる。

 それを期待していた部分もあった。

 だが、今の話ではそれは期待できそうにない。

 ダニエルが見ているのは自らの政治の道だ。

 自身にどんな展望があるのかは知らないが、そこを進むのに、どんな人間の人生が関わってきているのか、この村にどんな人々が住んでいるのかがまるで抜け落ちているように見える。

 村の発展具合を見れば、この男の政治手腕は優秀なのかもしれない。

 だが、それだけの男のように見えた。

 政治というのが貴族同士の政争にしか見えていないのなら、政治家ではあっても、統治者足り得ない。


「お前はいつまでそこにいる?私はもう言うべきことは言った。さっさと出て行け」

「閣下、本当によろしいのですか?」

「……なにがだ?」


 ずっとナーと言い合いを続けていたダニエルがやっと俺を見た。

 それはお払い箱にしようとして、だったがやっと俺へと言葉を向けた。

 それを逃さずに、俺は言葉を発した。


「閣下はご存知ないようですが、私はつい先日まで北の国におりました。そこで幾度も廃村を見ております」


 これは嘘ではない。確かにアキュートを出る際に廃村を見ていた。

 ドラゴンについては、いずれこの国の人間も知ることになる。だが、まだ知らないようだ。

 アキュートとウムラウトの間には大森林がある。

 だから、隣り合っていても、そこに人の行き来というのはない。

 それで情報が遅れているのだ。

 俺のように、大森林をまっすぐ抜けようなんて考える人間はいないのだから。

 知らない段階でドラゴンなんて世迷い言にしかならない名詞は出したくない。

 それは現実に出くわしたことのない人間にとっては、空想上の魔物と同義だ。

 だから、ドラゴンと言わずに、うまく会話を誘導する必要がある。


「何が言いたい?」

「あれは明らかに大物の魔物によるものでした。誰ひとりとしてその村に帰れないような甚大な被害でした。今回、スタンピードが起こったこともただの偶然ではないでしょう」

「詐欺師の常套句だな。売り込みならもっとマシな科白を考えろ。それで私の危機感を煽っているつもりか?」


 魔物が出たぞ。

 そう言っては村人を怯えさせて、やがては信頼されなくなった男の童話があったな。確かに言われてみれば、俺の言っている事は童話の通りだった。


「そうですか。ならばもっと直接的に申し上げましょう。私は北から来たと言いました。北から、アキュートから来た、と。お分かりですか?私には力があります。この国には伝手がなく、その力をどのように発揮したら良いか、閣下にご相談したい」

「……お前は酔っているのか?あの大森林を超えられるはずがあるか。もういい。ただの傭兵程度なら間に合っている。その男をつまみ出せ」


 ダニエルが立ち上がって手を振り、それに合わせて私兵が動き出す。

 ナーが前に出ようとしたのを手を上げて止めた。


「私はただの傭兵ではない」


 そして、呼んだ。

 俺の兵の名を。

 傍らのスケルトンの名を。


「エキオン」


 呼ばれたスケルトンがヘルムを外した。

 そこにあるのはただの骸骨。

 ただし、決して自らの足で立つことのできないただの死体などではない。

 自らの足で立ち、動き、そして戦う人造の魔物。

 茜色の骨身がさらされる。


「これを見ても、まだ私をただの傭兵と呼ばれるか」


 ダニエルが驚き、後ろに下がろうとして椅子にぶつかり、そのまま座った。

 ダニエルの私兵はあまりにも異様な、立つ骸骨の姿に剣を手に取ることすらせずに、固まる。

 前に出かけて止まったナーがエキオンを見ていた。

 その顔には明らかに驚きがある。

 と言っても、いつもよりも少しばかりに見開かれた目がそこにあっただけだったが。その顔を見られただけでも、意味はあったかもしれない。

 まるで凍りついたように誰も身動きひとつとらない部屋の中で、俺はひとり笑っていた。


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