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スケルトンの述懐  作者: ぎじえ・いり
スパルトイ、ドラゴン、そしてフェレータ
8/48

女指揮官

2015/05/04 改稿OK。

2016/04/04 再度、改稿。

 いくら信用すると言っても、村の中のすべての兵士を出すような愚か者ではないようだ。走る騎兵の数は話に聞いていたよりは少ない。

 いや、村の中の兵士すべてが騎兵であるとは限らないので、この場にいないのは騎兵ではないというだけかもしれない。

 それにしても女が現れてからの対応はあまりにも早かった。

 きっと俺と兵士とが問答している間に準備をさせていたのだろう。

 真にせよ、偽にせよ、そこにトラブルがない訳がないのだから、そうするのが合理的なことは確かだった。

 そう考えれば、この女は馬鹿でも無能でもないと判断出来る。

 大戦経験者とはとても思えない年齢に見えたが、こういう指揮官もいないことはない。

 それが、この村にいたというのは僥倖だった。


 走る騎兵たちを先導するように馬で走る。

 相手はゴブリンとコボルトだ。

 猿のようにすばしっこいふたつの魔物を、この数の兵士で完全に押さえ、殺し切るのは難しい。

 もしも奴らが村に至れば堀はあっという間に奴ら自身で埋まり、それを別の奴らが踏み渡る。柵もあっという間に乗り越えられ、そのまま押し倒されてしまうだろう。

 そうなれば決壊した堤防からあふれる水に等しい。

 ゴブリン、それにコボルトという水は村の中に入り込み、家屋だけでなく、作物も、人間すらも轢き殺して先へと進む。

 そこにあるすべてにぶつかり、蹴り倒し、引っかきまわしながら。

 そして通り過ぎた後には無惨に荒らされつくした村が残る。

 いかに練度が高くとも、防備に入っていては対応できない。

 そうならないためには遊撃するしか方法はない。

 あの場所で説得出来ても、指揮官が防備を選ぶ可能性は確かにあった。

 だが、女はすぐに打って出ることを選んだ。

 おかげで遊撃戦の利を説かなくても済んで、こうして馬を走らせている。


「本当に、無能でなくて助かる」


 馬を走らせながら、こっそりと呟いた。

 兵が優秀でも、指揮官が無能ということは戦場では決して少なくない。

 魔物であれば一番優れたものがリーダーになる。

 しかし人間は違う。

 時として政治が絡み、戦いとは無関係の意志が入り込み、そしてそれが戦場に死を振りまく。死ななくて良かった兵士が死んでいく様を俺はかつての戦争でうんざりするほど見てきた。

 だが、この村の指揮官は無能ではないらしい。

 ちらりと後ろを見れば、ヘルムを被り、槍を携えた鎧姿、女指揮官が続いている。後ろではなく、自ら先頭で馬を走らせる姿がそこにはある。

 それも俺には好ましく思えた。

 先頭に立つ気があるなら、つまり自ら戦えるということだろう。

 戦える者はひとりでも多い方が良い状況で、しっかり戦うつもりもあるらしい。

 これで問題は、どれだけこの事態に対処する時間が残されているかだけだ。

 必要なのは距離だ。

 村に達し切る前に、あの魔物たちを滅ぼさなくてはならない。


 村から走り去っていった騎兵2騎の姿が見えた時には、その報告を受けるまでもなく、目標はもうすぐそこだと知れた。

 土煙が上がっていた。

 豆粒ほどの大きさの魔物の姿も目視出来た。

 騎乗する兵の姿もそこにはある。

 既に矢を射ちつくしたのだろう。

 並走するように疾走するドジっ子たちの姿もあった。

 走る俺の姿に気づいたのか、離れ、速度をぐんぐんと上げて、俺の方へと向かってくる。

 そこにはエキオンの姿はない。

 結局、エキオンは行方知れずのままだ。

 ここに来て、好きにしろと言ったことを後悔する。

 エキオンは言葉を話す。

 こちらの言葉に反応し、言葉を選ぶ。


 好きにしろ。


 それは通常ならスケルトンに対しては絶対に言わない言葉だ。

 それをつい、人間の相手をしているように、軽口を返すように口にしてしまった。

 勿論、俺の右手が依り代である以上は、俺を害するようなことは出来ないはずだ。だからといって、今の状況のようにどこで何をしているのかが分からないのは困る。

 エキオンの魔力がどのように維持されているのかも謎のまま。推論通り、俺の魔力を共有しているとして、それはどれほど離れていても有効なのだろうか?

 こんな状況では、最悪、俺からの魔力が途絶えて遭難していることだって有り得た。

 その場合、俺はどうやってアイツの姿を探したら良いのだ?

 この問題は後回しにするしかない。

 ゴブリンとコボルトが迫る。

 それよりも先に合流したドジっ子に、村を出る時に頼み貰った矢を矢筒ごと放り、振り返った。


「作戦はあるか?」


 こちらの数は奴らの半数以下。

 少勢ではあるが、単純に考えれば、それぞれが3体か4体を片付ければそれで終わる。

 しかも、こちらは全員が騎乗しているのだ。いくら素早い奴らが相手でも、馬よりは遅いし、なによりもその突撃力は同時に襲い掛かられるリスクを極端に減らせる。

 俺の問いかけに女は簡単に答えた。


「必要ない。私が先陣を切る。後は突撃して各個に撃破していく」

「それは勇ましいな」


 どうやら自信があるらしい。

 手にしている槍は別に業物には見えない。

 それでも先陣を切ると言うからには、言うだけの何かがあるのだろう。

 もしもエキオンがこの場にいたなら同じ作戦を取ったかもしれない。

 エキオン並みの突破力を期待しても良いと言うなら頼もしい。

 槍を握る手に恐れは見えない。

 最初に現れた兵士とそれほど年齢は変わらないように思えるが、あの兵士とは明らかに言動が違う。まさか口だけなどと言うことはあるまい。

 俺が考える間もなく、女が槍を振り上げた。


「突撃!」


 女は声を上げると同時に馬の速度を上げた。

 声に、騎兵たちも速度を上げていく。

 先頭を走るゴブリンの一団に対してやや迂回するように進むのは、正面からではなく、側面からぶつかりたいのだろう。

 ならばと、俺はスケルトンを正面へと向ける。

 瞬間、俺は女の槍に目が吸い寄せられた。

 槍が光っていた。

 魔法だ。

 あの女は魔法兵だったのか。

 魔法式までは読み取れない。

 発光する槍からは茨のような光のツタが幾重にも絡みついていく。

 女はそれをスタンピードの側面に向かって投擲した。

 槍は女の力で投げられたとは思えないほどの勢いで飛翔する。

 そして見事にそれは1体のゴブリンを突き破り、地面へと突き刺さる。

 魔法の掛かった槍が、それだけで済むはずがない。

 刹那、光の茨が轟音と共に周囲に広がり、のたうつ。

 巨木の枝を折るような、凄まじい音だ。

 荒れ狂う光の茨は周囲のゴブリン、コボルトをまとめて捕らえる。

 捕らえられた魔物は背筋を仰け反らせ、そのまま地面へと崩れ落ちていた。


「コールサンダー?」


 雷を現出させる魔法に似ている。

 違うのは槍を媒介として効果のエリアを限定させていることだろうか。

 射出系の魔法は、距離が離れるほどに威力が減衰する。

 それは射出し、飛翔するのにも、魔力を推進力自体に消費するからだ。

 それをああして自らの腕力で投擲すれば、推進力分の魔力を抑え、その分だけ威力を上げられる。

 変わった魔法だったが、理にかなっている。

 突如として荒れ狂った雷にも、残った魔物たちは頓着しなかった。

 気が狂ったように、ただ前へ、前へと突き進む。

 俺はゴキゲン、ガサツ、カタブツの3体に合図して、先行させる。

 最小限の隊列を組んで、正面からひとまとまりの壁のように魔物へと進撃する。

 魔法が集団の中ほどで炸裂したおかげで、多少の空白が出来ていた。

 そこならば正面からぶつかっても、緩衝がある分、容易に突き進むことができる。

 迂回せずに突撃した分だけ、村の兵士たちとのタイミングにずれが生じ、最初にスタンピードにぶつかったのは、こちらの兵が先立った。

 さあ、仕事の時間だ。


「ドジっ子、射て」


 ただ1体、俺のフォローをするように指示していたドジっ子が言葉に合わせて弓を構えた。

 矢がなければ、斥候以外に使い道がなくなるスケルトン。だが、俺はこのスケルトンを高く評価している。矢は十分だし、的もこの上ないほどに目前に揃っている。

 構える弓は木と鋼と魔獣の革とを組み合わせた合成弓。

 ただの人間、それも女の身では決して引けないような剛弓が苦もなく引かれた。

 騎乗したままに、静かに放つ。

 手綱を離しながらも、揺れる馬上で平然と身体を起こし、弓を射る姿は歴戦の英雄のよう。

 弦を引く時に音はせず、放す時にも軽い風切音だけが残った。

 気配を殺すように、存在を隠すように。

 胸の膨らんだ鎧が馬に揺られて立てる音の方が大きいくらいだ。

 静かに放された矢は風切音とともに飛び去った。

 まっすぐに。

 砂煙を上げて進む魔物の群れへと向かって。

 矢は、先行しているスケルトンを追い越し、1体のゴブリンの頭へと突き立つ。

 素早いはずのゴブリンにまったく避ける動作をさせなかった。突如として倒れた1体を踏み、別の1体がバランスを崩すと、連鎖的に乱れが後方へと伝わっていく。

 スケルトンがスタンピードと交錯したのはまさにその瞬間だ。

 ドジっ子が放った矢のように、まっすぐに、恐れはなく、緊張もなく、無機質にカタブツとゴキゲン、ガサツが突撃していた。


 3頭の馬の姿をした人造の魔物が跳ねた。

 加速したまま大きく跳ぶ。

 通常の馬ではとてもありえないような跳躍。

 騎乗した全身鎧が乱れた群れへと降り、そこにある魔物を潰す。

 前足を沈み込ませるように着地した馬の背から武器が伸びる。ただの一度の斬撃に何体ものゴブリンとコボルトが圧殺される。

 それでも魔物の数は多い。すぐに後続の魔物たちがスケルトンへと押し寄せる。

 やはり、俺とスケルトンだけだったら、数の暴力の前に対処できなくなっていただろう。

 だが、ここにいるのは俺の兵士だけではない。

 そこに、はかったかのようなタイミングで、騎兵が突撃し、交差した。犬頭人身の魔物、コボルトが轢かれ、切り落とされていく。

 コボルトは、一応は手に木の枝を削って造ったような槍を手にしていたが、それが振るわれる機会はなかった。縦横に交錯する騎兵によって、逃げ場を失った魔物たちが、種族の別もなく踏み潰される。

 駆け抜ける3体のスケルトン、その後ろに俺とドジっ子も続いている。

 不意に、何体かのゴブリンが飛び跳ねた。

 これまで、ただひたすらに走ることを第一としていたゴブリンが、極限まで追い込まれて、攻撃へと転じていた。

 ゴブリンは連携するように、4体がカタブツに、2体がゴキゲンへと向かう。


「ドジっ子、カタブツのフォロー」


 呟きながらも、狙わせるべきゴブリンを指さす。

 ドジっ子の邪魔にならないように、ドジっ子の近くに入ったコボルトを俺自ら斬り飛ばす。

 ふと気づいた。

 自ら敵に対して振るう斬撃は久しぶりだ。

 強力なスケルトンに囲まれていれば、自分自身で剣を振る機会は少なくなる。

 指揮に徹したほうが実際に高い成果が出るのだ。

 それならば自分で剣を振る必要はない。


 久しぶりの肉を切り、骨を断つ感触が手に伝わる。

 刃を走らせる。

 なぞるように。

 線を引くように。

 それだけで、コボルトは簡単に千切れた。

 あっけない。

 周囲に目を走らせれば、今の様子を見ている者はいないようだった。

 いや、視線を感じて見れば、あの女が俺を見ていた。

 一瞬だけ、視線が交わる。

 次の瞬間にはもうそれは離れている。

 悠長に見つめ合っている余裕はない。

 俺のフォローを信頼するように、ドジっ子は周囲の魔物に頓着せずに矢を放った。

 先ほどよりも短い時間で引き絞られた矢は一矢、二矢、三矢と続く。

 そしてそれは的確にカタブツに飛びついたゴブリンたちを射抜いていく。

 射抜かれたゴブリンは矢を受けると脱力し、飛びついたカタブツから振り落とされる。

 その間にもカタブツは手にしていた剣で自ら残った1体を串刺しにする。


 ゴキゲンにはフォローはない。それは必要がないからだ。

 即座に抜いていたナイフで1体の首を裂き、すぐにもう1体の胸へと刃を突き入れる。

 ゴブリンに何かをする暇はなかった。そのまま止まることなくスタンピードを駆け抜けきり、再び村の兵士と連携して突撃する。

 ゴキゲンの背後のバンザイも健在だった。

 ゴキゲンにしがみついているだけのバンザイが何の役にも立っていないのは言うまでもない。一度、邪魔だと言わんばかりのゴキゲンに頭を叩かれていたのを見かけた。

 数はみるみる減っていく。

 スタンピードから散じた中でも3体で固まっているコボルトへと、ガサツが馬を向けると、その目前で強引に馬の頭を横へと引く。

 馬は頭を引かれてバランスを崩すように体を傾けた。

 ガサツの身体が地に近づく。

 その斧は既にその手にある。

 決してリーチのある武器ではないそれを、傾いた馬から乗り出すようにして振るった。

 斬撃は疾風。

 斧を振るっているとは思えない速度で刃が走った。

 一切の手抜きのない本気の斬撃。

 それによって空気が切れる音を聞いた気がした。

 たった一度の疾風で3体のコボルトが、まとっていた獣の皮ごとまとめて千切れた。それはとても人間技とは思えない膂力。

 スタンピードの数は減り、空白が増える。千切れていく。

 そこまでやれれば、後は簡単だった。

 所詮は小物。

 それぞれ単体での力は決して強くない。

 もはや群れとは呼べないほどに、ただ散り散りに逃げ続ける魔物がそこにいるだけだ。方向性を失い、それぞれが何処とも知れない方向へと走って行く。


 俺はそれを見て、馬の足をゆるめた。

 ドジっ子だけを残して、残りを追撃へと向かわせる。

 ドジっ子には無言で上を指差し、警戒を指示する。

 勝ったと思った時が危ないというのは、つい最近、痛切に実感させられた。

 ここにもあの災厄の影が現れないとも限らない。

 そこまで終えて、確認して、これならば良いだろうと気を緩めたところで、女が近づいてくるのが目に入った。


「助かった。熟練の傭兵というのは、間違いではなかった」

「そいつはどうも」


 女がするにはキツいと思える目つきがヘルムの隙間からわずかに覗けた。戦闘に気が立っているのか、それとも素なのかは読めない。

 ここまで来れば終わったようなものだ。

 笑顔のひとつも見せて良いものと思ったが、たったひと言だけを残して、女は通り過ぎる。途中、二度投擲して地に突き立ったままになっていた槍を拾い、他の騎兵たちと追撃に走り去っていった。

 馬の足を止め、振り返る。

 そこには魔物の死体が血の道を作っている。

 斬られ、潰され、そして魔法によって身を焼き切られた無数の魔物の死体があった。


「勝てるかどうかは俺次第じゃない、か」


 あの女の魔法でまとめて潰せたのは大きかった。

 それに、連携の取れる騎兵の存在もだ。

 それによって、俺の望んだ通りに、損耗無く、スタンピードを潰すことができた。この結果は俺自身の思惑と、力によってのみではない。


 だから言っただろう?頼れば良いんだよ。

 あんたはもっと力を貸し、力を貸されるべきだ。


 実際に言われた言葉ではない。

 だが、グリパンがこの場にいれば、そう言うようなそんな気がした。

 やがて、追撃に出していたゴキゲンたちが戻ってくる。

 それを確認して、剣を収めようとその刃を見た。

 そこには欠けはなく、血の滴が刃先にわずかに流れるのみだった。

 綺麗に切れた。

 その結果がそこにあった。


 思わず口の端で笑んだ。

 戦える。

 スケルトンを使ってではなく、自らの手足で。

 体に満ちる充足感。

 それとは別の感情としての充足感があった。


 ゴキゲンが不意に一方を見た。

 バンザイもそちらを見て、腕を上げて大きく振った。

 飛来するドラゴン、なんて話だったらバンザイがそんな反応をしないだろう。

 俺もそちらを見る。

 ひとつの鎧姿が徒歩でこちらに向かってきていた。

 その色は茜色。

 日を受けて、輝いている。

 確認するまでもない。

 それは好きにしろと言ったきり、姿の見えなくなっていたエキオンだった。






 女は「休んでいてくれ」と、村の外れの広場に俺とスケルトンを案内すると、すぐさま何処かへと消えた。おそらくは再度の哨戒の指示と、殺した魔物の死体の処理に向かったのだろう。

 あてがわれた広場に村の男たちが水や食事と飼葉を持ってきて現れたが、すぐに消えた。

 無言で佇む鎧姿と青く不気味な馬。それが恐ろしく見えたのか。

 例え骨身をさらしていなくとも、スケルトンだと分からなくとも、そこには隠しきれない異様さがある。

 冗談を言い合うでもなく、おどけるでもなく、俺に言われるがままに従い動く、まるで傀儡のような鎧姿。

 顔はおろか、目すら見えず、何を考えているのか、その一切を知ることができない。

 これでは恐れられない方がおかしい。

 自覚があるので文句は無い。

 村人たちにしてみれば、魔物退治に協力したからといって、俺たちの正体が分かった訳ではない。過去も素性も知れない、それでも腕だけは間違いようがないくらいに立っている。

 そんな者たちが急に暴れ出したらどうなるか?

 知り合い、家の中に招いた客人が、実は野盗だった。

 そんな話は古今、珍しくもなんともない。

 ちょっとの労で得られる物が多く、間違いのないものとなるのなら、それくらいは盗賊だってする。

 この村の恩人であるはずなのに、待たされているのが屋外というのも、納得できた。

 昨日は確認するべき情報だけを確認して出てしまったが、腰を落ち着けて眺めてみると、実際の印象は大分街に近いな、と改めて思えた。

 木造の家が多いが、中にはしっかりとした石組みの丈夫そうな蔵もあり、村の中の道も人が集まる場所を中心に石畳が敷かれ、しっかりと整備されている。

 昨夜野営地としたあの山もそうだったが、この辺りでは石材が豊富に取れるようだ。

 資源が豊富であれば、交易が可能となり、蓄えられた財は新たな産業へと繋がっていく。このまま安定して開発が進めばやがては大きな街になるのではないだろうか?

 そんなことを考えながら見回せば、姿はなくとも視線を感じた。

 ゴキゲンとドジっ子がそれを察して、周囲を警戒するように首を巡らしている。

 村人たちによるものか、それとも女の指示で監視がついているのかもしれない。

 だが、近くには誰の姿もないのは確かだ。事情聴取をするには今がチャンスだった。


「それで?好きにしろ、とは言ったがお前は何をしていた?」


 エキオンがいれば、どんな対応でも取ることが出来た。

 だが、エキオンはいなかった。

 俺の身を散々案じていたはずのエキオンが。


「森を見に行っただけさ」


 フェイスガードを下げたままのエキオンは、とぼけるように言う。エキオンがスケルトンであると、この国でも正体をばらす時がいつか来るだろう。

 しかし、エキオンがしゃべること、ただのスケルトンでないことは、タイミングを見た方が良い。それまではエキオンがしゃべっていたと、誰にも見聞きして欲しくない。

 だからこそ、エキオンには周囲に人が居る時には話さず、どうしても必要がある時にはフェイスガードをしたままで、俺だけに聞こえるように話すよう、指示していた。


「良く言う。まさかそれで説明全部だとは言わせないぞ」


 俺の言葉にエキオンは肩をすくめた。


「マスターは分かっているんじゃないか?」

「そうかもな。だが、俺はお前の言葉で聞く必要があると思っている。話せ」


 鎧の手甲を外し、右手の刻印をエキオンに見せる。


 お前の魂はここにあるぞ、と。


 言葉のないスケルトンに対してならば単純に使役し、命令しているだけだと思えたが、こうして言葉を交わす相手に対して依り代を掲げる行為は、どう考えても警告であり、脅しだ。

 フェイスガードの下で、エキオンはどう思っているのか。今回の件で、バンザイと違ってエキオンには未だ俺が掴まざる意志があるように思えていた。

 エキオンは刻印を見せたことに、何の反応も返さなかった。

 いや、表情などないから、俺には分からないだけかもしれない。


「そうか。森ではな、ゴブリンがコボルトと争っていたので、それを眺めていた」


 エキオンは淡々と語り始める。俺はそれを確認して、刻印を再び手甲の下におさめた。

 ゴブリンとコボルトなら、コボルトの方が勝ちそうだったが、意外なことに優勢だったのはゴブリンの方らしい。どうやら通常のゴブリンよりも、大きな個体がいて、それが多くのコボルトを討ち取ったという。

 疑問を覚え、眉をひそめながらも、全体を知ることが先だと思い、続きを促す。


「勝負が決まりそうになって、コボルトが逃げ出し始めた。それがたまたま村の方に向かっていくことに気がついた。そこで思案し、カタブツを知らせに走らせた」

「それだと、ゴブリンが現れた理由にはならないな」

「ああ。そうだな。その理由はこれからだ」

「まさか、暇つぶしにゴブリンを襲った訳ではあるまい?」


 ハーチェク大森林でのやりとりを思い出した。

 コイツはどうにも現状に飽いているような雰囲気がある。

 それで、そんなことをしたのではないかという疑念があった。

 そう、俺は確信していた。

 あのスタンピードを引き起こした原因たる大物の魔物、それは目前のスパルトイに違いないと。


「まさか」


 僅かな笑いが言葉に含まれている気がした。ひどくエキオンの態度が気に障る。この感覚は、あのクソババアと共にいた山でのことを思い出させる。

 なぜ、不意にそんなことを思い出すのか。

 自ら使役するスケルトンが自らの意志そのままではないこと、それが不快なだけ、単にそれだけのはずだ。


「ひと言では説明しにくいが、勿論マスターのために、そのためだけにその場にいたすべての魔物を襲った」

「俺のいる方に逃げ出してきたのに、か?」


 エキオンは俺の問いに迷わず答えた。


「ああ。すべてマスターのためだ」


 エキオンなら、ゴブリンだろうがコボルトだろうが、どれだけ束になっていようとも、恐れることはない。

 業物の武器をゴブリンが持っているはずがないし、持っていたとしてもそんなものを群れ全体で持ちえるなどあり得ない。

 どうあってもゴブリン程度では敵になどなり得ないのだ。

 改めてエキオンを見る。

 鎧には傷ひとつない。

 何しろエキオンが魔力を込めて造った鎧だ。

 ゴブリンの粗末な武器が相手では当然の結果だろう。

 もしも鎧が無かったとしても、スケルトンソルジャーと違って、オーガですら傷つけられないエキオンならば、例え万のゴブリンに囲まれたって何の問題もない。

 息を吐いた。


 ふたつの魔物の群れにスタンピードを起こさせ、そして村に向かわせた。

 俺の命令ではない。

 エキオンが勝手にやったことだ。

 村の兵士を利用して戦うことを想定すれば、決して危険性も高くはない。

 何しろ最悪、村に入って暴れているところで助けに入ったって良かったのだから。

 エキオンは俺がこの国の人間とうまく接触する機会を探していることを知っていた。現にうまく事を運べた今、この村の指揮官とうまく交渉すれば、さらなる好機が訪れるかもしれない。

 少しばかり自身がエキオンだったらどうしたかを考える。

 俺が魔物同士が争うその様を見ていたら、果たして同じことをしただろうか?

 ……したかもしれない。

 何もかもを正直に話して、信頼してくれ、助けてくれ、そんな風にこの国の人間と接触する気はなかった。

 恩が売れるなら、それに越したことはない。

 その方が、こちらの話を真摯に聞いてもらえる公算が高いのだから。

 ただし、あの数の魔物は多すぎる。

 それこそ恩を売るなら、コボルトだけでも十分だった。

 ゴブリンまで必要だった理由は何か?


「もういい。分かった」


 エキオンの説明をこれ以上聞きたくない。

 スタンピードを知った時、俺の頭にこだました声。それと同じことをエキオンは考えたのではないか?

 俺がスタンピードを防ぎ、村に恩を売っても良いし、防がずに村を襲わせ、その混乱から死体を得ても良いと。

 どちらでも確かに俺の利になる。

 俺のため、そのために手段をエキオンは選ばなかった。

 そして、俺にどうするかを選ばせたのだ。

 この国に入り、エキオンは言った。

 今度は俺を試す番だと。

 俺は早速試されたのだ。

 自らのために他者に犠牲を強いるのか、他者のために自らのリスクを犯すのか。


「お前は満足したか?」


 お前にとって、合格だったのか?

 エキオンは俺にとって使役される存在だ。そんな相手の評価を聞くことに意味など無い。答えがどうでも、俺自身がエキオンの依り代なのだから、エキオンがどう思おうが、これからも俺に仕え、使役され続けるしか無い。


「まあな。好きにさせてもらっただけはあった。満足したとも」


 エキオンがとった行動は、あのババアのやり口に近い。

 俺はあのクソババアを認めていない。

 だからエキオンの行動を認める訳にはいかない。


「次はない。俺がお前に好きにしろと言うことは今後ない」

「そうか。それは残念だ」


 口ではそう言いながらも、エキオンの声はやはり淡々としていた。

 会話が途切れるのを待っていた訳ではないだろうが、不意に、視線の気配が消えたことに気がついた。

 俺の傍らに立ち、話していたエキオンが村の一方を見る。俺も見ると、女がふたりの兵を伴ってこちらに歩いてくるところだった。






「口に合わなかったか?」


 女は出された食事がそのままだったことに気がつくと、そう声に出した。


「いや、もしかすると、まだ他の魔物がいるかもしれないと思ってな」


 スタンピードが起これば、そこにはスタンピードを引き起こした原因となる何かがいる。竜巻などの天災でなければ、大物の魔物以外にありえない。

 それがスタンピードを追って、この村に現れないとも限らないのだから、のんびり食事なんて食べているような状況じゃないだろう?

 そう言う代わりに口にしたが、実際の原因はたった今聞いたばかりなので、それが決して起こらないことを知っている。

 それに食事がいるのは俺ただひとりということを教えるにはまだ早い。


「助かった。本当に危ないところだった」


 こんな所で待たせてすまない、そう詫びてから女は感謝の言葉を口にした。

 女は俺の半分とまではいかなくとも、俺よりも全然若い。

 しかしその物言いは率直で、明らかに年上の俺を相手にしても、敬うでも侮るでもなかった。

 女の礼に合わせて、伴っていた兵士が頭を下げる。

 それは朝に問答をしたあの兵士だった。

 その顔には既に嘲りも、侮りもない。

 内面はともかく、表面上は真摯に俺へと謝っていた。


「いや、俺も少しばかり子どもっぽいことをしてしまった。あの時は済まなかった」


 これでお互いにチャラにしよう。

 そういう大人の対応をするために、俺も頭を軽く下げた。

 こういう謝罪し、謝罪されというのは機を逃すと後々面倒になる。

 出来る時にしておいて損はない。

 話を変えるように、女に話しかけた。


「正直あれほどの魔法が使える兵がいるとは思わなかった。むしろ余計な世話だったな」

「そんなことはない。本当に助かった」


 たまたま通りかかって気がついただけ。

 それくらいに思われないとむしろ困る。

 俺自身が望んだ訳では無いが、結果としては恩の押し売りだ。

 恩を売るために、火を付け、その火を消しに自ら走っただけとは感付かれたくない。

 俺は礼に対して、実感として伝わるように、ただ「村が無事で良かった」とだけ返した。


「傭兵か?」


 微動だにせず、ただ立ち尽くしている周囲のスケルトンの様子を見つつ、女が尋ねる。雇い主を求めて移動を繰り返す傭兵団というのは珍しくない。

 その問には簡単に答えて、別のことを聞く。

 こちらを知られるよりも、今は俺が知りたいことの方が多い。

 質問の主導権はこちらが握っておきたい。


「まあな。それよりも後に続く大物は?見てきたんだろう?」


 スタンピードは災害の前触れ。

 通常のスタンピードなら、それなりの兵を動かさなければ対処できない魔物が後ろに着いてきている可能性が高いことは、指揮官たる女が知らないはずがない。


「いや、何の災害も、大物の姿も無かった。念の為に警戒は続けている」


 いったい何に追われていたのか?


 女が目を細めて疑問を口にした。

 正体が分からなければ対策を立てようがない。大物の魔物、その姿を想定してどう対処するべきか、言葉は悩んでいるようだったが、相変わらず女の顔には無表情という名の仮面が張り付いたままである。


「この村に余裕があるのなら、幾日かは滞在しても良い。この村には代官は?」


 代官は領主に任命されて、税や人の管理を行う。

 小さな村にはいないが、この村くらいの大きさならいてもおかしくない。多くは若い貴族が下積みとして任命されて派遣されることが多い。

 そして、この村に代官がいるということは、最初に村に入った時に確認していた。


「ああ。勿論いる……が、事情は話せないが今はいない」


 それを聞いて苦笑した。

 貴族や代官と一口に言っても色々なタイプがいるだろう。

 しかし、騒動が起きて、事情は話せないがいないでは、もう答えを言っているようなものだ。

 逃げたのだろう。

 それも村人を置いて。

 万が一、別の可能性もないではないが、俺の苦笑を受けて、女の額に僅かばかりの皺が表れたのは、そういうことに決っている。


 派遣されている兵士の指揮官が騎兵を率いて村の外へと出て行った。

 事情を聞けば、スタンピードの恐れがあるという。

 そうでなくとも、盗賊が現れるかもしれない。

 何にせよ、危機が迫っているのは確か。

 ならば、己が身の安全を何よりも優先し、村の外へと向かって行った。

 こんなところか。


「滞在してもらえれば確かにありがたい。だが、……怒らないで聞いてもらいたい。善処するとは言ったが、実は私の立場では大きな報酬は約束できない。確実に約束できるのは糧食くらいのものだ。勿論、代官には私の方からも強く申し立てる。……しかし、今の時点では確約は出来ない」


 この村を出る前に、確かに報酬を要求した。しかし、結果を出した今、その見込みは立っていないという。


「つまり、利用された訳か?」


 面白くなさそうに俺は口にする。

 傭兵ならば、報酬こそがすべてと言ってもおかしくはない。

 だが、俺は金に困っている訳じゃない。

 もらえずとも困らないし、怒る気もない。

 今、欲しいのはこの国との繋がり、それにドラゴンとフェレータに関する最新の情報だ。

 だからといって、今、そのふたつを要求するのは性急すぎる。

 まずはこの国の主要たる人物と知り合わなくてはならないだろう。

 そのためには恩だ。

 そんな俺の内心を悟られないように、傭兵らしい物言いで、余計な勘ぐりをされないように不満を見せる。


「代官が私の申し立てを承認すれば問題はない。だが、私が知る代官は、そう簡単に流れの傭兵に金を支払うような人間ではない。それを知りつつ、助力を願ったのだから、そう思われても仕方が無い」


 一見して無表情なままで出た言葉。

 それだけで判断すれば、開き直っていると思われても仕方ない物言いだった。

 しかし、無表情だったはずの女の眉間、そこに生じた僅かな皺がそうではないとも思わせた。

 よくよく聞けば、一介の軍人が立場的には上の人間を批判しているとも取れる内容でもあった。


「……今はとにかく代官の到着を待とう」

「すまない。代官が戻り次第、貴君たちのことは紹介しよう」


 そこでどう振る舞うか。

 それによって、この国での俺の扱いも決まる。

 まずは、一歩。

 それを考えれば報酬のあるなしなんて瑣末な問題だ。

 そう思うのとは裏腹に、渋い表情のままで頷いた。


「そうか。ならば了承した」

「そういえば名前を聞いていなかったな」


 確かにそうだった。

 俺も名乗らなかったし、女も名乗らなかった。

 特に手を差し出してきたりもせずに女が名乗った。


「ハルモニア・ナーだ。よろしく頼む」

「カドモス。カドモス・オストワルトだ」


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