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スケルトンの述懐  作者: ぎじえ・いり
スパルトイ、ドラゴン、そしてフェレータ
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スタンピード

2015/05/03 改稿OK。

2016/04/04 再度、改稿。

 不意に目が覚めた。

 夢を見ていた。

 あの災厄の日のことだった。

 なぜ今更と思いながら、もう一度、目をつぶる。

 天幕の中。

 マントに改めて包まり直す。

 静かな夜だった。

 虫の声すらしない静かな夜。


 すぐに再び目を開く。

 静かすぎる。

 何かが妙だった。


 気配に身を起こすのと同時に、その気配の主のドジっ子が天幕の下へと入ってくる。


「どうした?」


 身振り手振りで何かを示す。

 その意味するところは異変あり。

 鎧は着たままだったので、傍らに置いてあった剣を拾って天幕の外へと出る。そこには馬に乗り、すぐにでも動けるように準備を整えたゴキゲン、ガサツの姿が、俺の馬の傍らにはバンザイがいた。

 ゴキゲンが指さす。

 その先には騎乗し駆けるカタブツの姿があった。

 カタブツは剣を抜き、自らの後ろを指し示す。

 そして剣を空に向けて幾度と無く振った。

 意味するところは、敵がいること、そして多数であり、接近しているということ。

 エキオンの姿はなかった。

 俺の右手が無事なので、何かしくじった訳ではない。

 滅んでいるなら、俺の右手ももろともだ。

 ならばなぜ姿が見えないのか?


「ドジっ子、上がれ。確認しろ」


 指示を受けて、ドジっ子がすぐに山の上へと登る。

 そして遠くを見るようにその眼窩に手をやった。

 右手を筒のようにして、その中央を覗き見る。

 実際に、スケルトンの視覚がどうなっているのかは分からないが、それは単に生きていた頃の癖なのだろうと思う。

 すぐにドジっ子が空いた手で手振りを示す。

 そのサインが意味するのは魔物、いくつかある符丁の中からゴブリン、それに痩躯に犬頭の人型の魔物であるコボルトだと知れる。

 確認した瞬間に、ドジっ子を疑った。

 2種類の魔物がこちらへ迫っている。

 普通、そんなことはありえない。

 魔物、と人間から見ればひとくくりにするが、それぞれが全くの別の種類の生き物なのだ。

 種類が違えば、共存共栄をはかったりしない。

 そもそも奴らが意思疎通に使う声だって違うのだから、お互いにその意思をやりとりできるはずもない。

 だが、カタブツが示す通り、それは10や20の群れではないらしい。

 しばらく待つと、ドジっ子がサインを送ってくる。

 おおよその魔物の数を数えたのだ。

 示された数はどうも50ではきかないもの。

 通常、人の前に姿を表す群れとしてはありえない馬鹿みたいな数のゴブリンとコボルトの群れ。

 どうやらそれがまっすぐにこちらへと向かってきているらしかった。

 馬にまたがり、俺もすぐに動けるように準備する。

 そこにカタブツが到着した。


「エキオンはどうした」


 その言葉にカタブツは首を振った。

 どうやら途中で別れたらしい。

 カタブツが知らせ、エキオンが多少なりとも食い止める。

 そういう話だろうか?

 もしかすると、これでもエキオンがどこかで食い止め、分散させ、数を減らした結果なのかもしれない。それならば、エキオンの姿が見えないことにも納得ができる。

 あんなにも俺の身を案じていたのに、この状況で姿を見せないのだから。

 ドジっ子もするすると山から降りて、自らもスケアクロウの馬に乗った。バンザイは小柄なゴキゲンの馬の背に荷物を載せるようにしがみつかせる。


「移動するぞ。急げ」


 わざわざまともにぶつかる必要はない。

 どこに向かうつもりなのかは知らないが、移動中の魔物の群れに喧嘩をふっかけても疲れるだけだ。いくら小物とは言え、あれだけの数を始末すれば、そこそこの懸賞金にはなるものの、別段、金には困っていない。

 それにゴブリン、コボルトのような小物でも、多勢を一時に相手にすれば、相当に厄介なことになる。1体1体が大した相手でなくとも、剣の一振りの間で相手にできる数は誰しも決まっている。

 その間にまとわりつかれてしまう。手や足に直接掴み掛かってきて、動きを封じられてしまう。

 鎧の隙間に得物を通し、傷を与え、動きが鈍ればさらにまとわりつかれる。

 取りつかれ、場合によっては鎧を剥がされ、更なる傷が増える。

 そうなったらそれまでだ。

 こちらも連携をとって対処するにしても数の差は大きい。

 損耗は避けられない。

 ただのスケルトンよりも強力なスケルトンソルジャーであっても、だ。

 いくら血肉のないスケルトンとはいえ、細かな傷でも増えれば動きが鈍る。

 せめて、ドラゴンに出くわす前の戦力ぐらいは必要だ。

 それがあったなら、殲滅しろ、そのひと言だけで対処できた。

 別に、魔物たちが目指す目的は俺ではないだろう。

 ドラゴンやフェレータにけしかけられたなどということもありえない。

 それなら、奴らが直接俺を襲ったほうが早い。

 ただ、魔物がどこかへと向かうその進路上に俺がいるだけに違いない。

 ならば、ちょっと移動すればそれで済む。

 そこまで考えて、走り出しかけた馬の足を止めた。

 それに合わせて、俺を守るように四方に侍る、スケルトンたちの馬の足も止まる。


 どこに向かうつもりだ?


 カタブツとドジっ子が指し示した方角の先を見た。

 そして今いる小山の位置を頭に描く。

 そのふたつの直線上、そこには何がある?

 それはエキオンが気にした森と、俺が見てきた村とを一直線に結ぶ。

 思わず村の方角を見た。

 夜明けは近い。

 既に地平線が大分明るくなっている。

 村人たちは、どれほど起きているだろうか。

 村の兵士たちは、この状況にどれほど対処できるだろうか。


「ちっ」


 思わず舌打ちした。

 いくら朝が早い農村とはいえ、未だ寝ている村人が多数だろう。

 そんなところに小物とはいえ魔物の群れが襲いかかったらどうなる?

 示された魔物の数は異常なまでに多い。

 あの村に派遣された兵の数では必ず被害が出る。

 強力な魔法兵がいればなんとかなるかもしれないが、それがいるという確証はない。

 考えているうちにも魔物が迫る。

 魔物が迫ると指し示された方角を再び見れば、薄くモヤがかかっている。

 魔物の群れがあげる砂埃が、まるで霧のように広がっているのだろう。

 己の保身だけを考えるなら逃げれば良い。

 いつ、フェレータとドラゴンに相対するか分からない以上、スケルトンの損耗は極力避けたい。

 なにしろ、今、この瞬間に現れて、襲ってきてもおかしくはないのだ。

 こんなことを考えている間にも魔物は迫る。

 迷っていられる時間はあまりにも少ない。


 守る?

 どうやって?


 損耗を嫌わなければ出来る。

 死体へと返される覚悟で、4体のスケルトンソルジャーを飛び込ませれば良い。

 それで、全部でなくともかなりの数が減らせる。

 ただし、そうなれば、後に残るのはこの場にいないエキオンと、戦闘には役に立たないバンザイくらいのものかもしれない。

 有望な死体を手に入れるチャンスは今のところない。ならば、今の戦力は最大限、大事にするべきだ。

 手持ちのカードが少なすぎる。罠を張るにも、敵はすでに目前と言って良い。

 目視できるようになるのは時間の問題だ。

 思考を切り替え、別の角度から考えることにする。

 そもそも、今、何が起きているのか、だ。

 2種類の魔物が同時に一方向に走っている。

 これは武器や食料を得るために、人里に向かって走っている訳ではないことを示している。

 明らかに異常だ。

 なんで別種の魔物が一緒になって移動する?

 棲家であった森には叫びが響いていたという。

 魔物同士が争っていたに違いない。

 ならば争っていたのは、ゴブリンとコボルトだったはず。

 今の状況は違う。

 争うよりも先に、争っていた魔物同士が共に移動している。

 有り得ない。

 どちらの魔物も逃げ出すような、余程の大物に襲われでも……。


「そうか、スタンピード……!」


 異種族の魔物が手を取り合うように逃げ出すことはある。

 そんな異様な光景を、今までに実際に目にしたことはない。

 だが、耳にしていたことならばある。

 傭兵同士の雑談で、一度となく、二度、三度と。

 それに出くわして、肝を冷やした、と。

 なるほど、確かにこんな事態に出くわせば、肝も冷える。

 それは恐れを抱いた魔物の全力の逃走だ。

 極度の恐怖によって引き起こされる本来の魔物にはありえない行動。

 大物の魔物が現れたり、火砕流や竜巻などの天災によって、魔物の種の別もなく、まるで手と手を取り合うように逃げ出すことがあるという。

 そんなものに巻き込まれたら、人里なんてどうなる?

 それは通常の魔物の襲撃よりも酷いものにならないか?

 案外、家の中へと隠れていれば、そのまま通り過ぎることだってあり得る。


 いや、これは自分が関わらなくて済むように言い訳しているだけだ。

 再び自分に問う。

 誰かを守るのに必要なのは意志だけではない。

 意志だけでは何もできない。

 守るに足る能力がいる。

 それは自身の身に備わっているもののことじゃなく、戦術であり、戦術を実行できる兵力のことだ。

 今の手の中にある兵力はそれほど多くはない。

 間の悪いことに、最大戦力であるエキオンもいない。

 エキオンがいれば、エキオンただ1体を送り出して、殲滅しろと命令すれば済んだ。エキオンの身体はオーガですら傷つけられないのだから、それこそ造作も無い。

 だが、エキオンはこの場にいない。

 エキオン抜きの戦力で、考えなくてはならない。


 ならばやはり関わらずに逃げるか?


 逃げろ。


 そう、声が聞こえた気がした。

 しわがれた、嘲るような声が頭にこだました。


 逃げれば良い。

 関わりのない人間を守って何になる?

 誰もがお前を見れば恐怖するぞ。

 お前は何だ?

 お前が率いる兵は何だ?

 それにチャンスじゃないか。

 村に魔物が押し寄せれば、簡単に死体が手に入るぞ。

 そうして今度こそ、ヒュージスケルトンを造れば良い。

 死体が必要なんだろう?

 丁度良いじゃあないか。


 ……うるさいぞババア。

 俺はお前の操るアンデッドじゃない。


 目を閉じ、しわがれた声を否定する。

 己の目的のためだけに、殺戮を行うお前らとは違う。

 お前とも、フェレータとも。

 相手は数が多いだけの小物だ。

 死の危険は少ない。

 そう思えば今度は笑い合った声が、気軽に告げる声が、胸の内に響く。


 なら勝算を立ててみろよ。

 あんたがなるんだ、英雄に。


 英雄?

 なんで俺が?


 あんたは偽悪的なんだよ。

 己を悪だと嘯く癖に、こういう事態に迷い、悩んでいる。

 本当に悪なら、さっさと逃げ出しているさ。

 これを偽悪的だと言わずして、何と言うんだ?

 出来ないことに言い訳なんてしなくて良い。

 人間なんだ。

 出来ないことなんて、いくらでもあるのが普通さ。

 ひとりの癖になんでも出来ると思い上がるな。

 だから孤軍なんて呼ばれるんだ。

 手が足りてないんだろ?

 なら、どうすれば良い?


 そうだな、グリパン。

 俺は負けた。

 あの時、あの場所で。

 今までの俺が通用しなかったから、この国へとやってきた。

 できることなんて考えるまでもない。

 決意は必要ない。

 ただ、そうあるべきだと意識する。

 それだけで良い。

 それだけで良いはずだ。


「ドジっ子、時間を稼げ。無理をする必要はない。矢がある分だけで良い。カタブツ、ゴキゲン、お前らはドジっ子を守りながら、無理せず数を減らせ。1体、2体でも良い。自らの損耗を何よりも避けろ。ガサツは俺に続け」


 スタンピードの最中の魔物はそう簡単には止まらないという。

 進路が変えられればそれが一番ベストだが、それには余程の大物か、大軍を相手にしない限り、そうそう変えられはすまい。

 そして相手の数が多い以上、こちらは正面からぶつかれない。

 こちらはすべて騎兵という優位があってもだ。

 現状の戦力では、機動戦で押し切るにしても無理がある。


「ああ、そうだ。バンザイ」


 ゴキゲンの後ろでバンザイにしがみついている鎧姿に声をかける。

 バンザイは一瞬、ぴたりと動きを止めると、ヘルムをこちらへと向けた。

 そんなバンザイに念の為に依り代の鍵を握りこんで言った。


「お前は余計なことをするな。いや、何もするな。そうしてそのまま文字通り、荷物として振る舞え」


 余計なことをされてもたまらない。それこそ、適当な場所で放り出して、何もしないで座って待ってろと言いたいのが本音なのだ。

 そんなことを命じて、暇だから、という理由でどこかに放浪に出られでもしたら、それこそ厄介なので、これが一番良いのだろう。

 俺の言葉を受けて、バンザイはがっくりと、そのままバラバラになって元の骨に戻るんじゃないかと思えるほどにダラっと力が抜けた。

 そうしてそれでも命じられたままに、ゴキゲンの背中にしがみつく。

 その様子を確認して、一応の安心を覚え、声を上げた。


「さあ、始めるぞ。行け」


 俺の言葉を受けて、ドジっ子とカタブツ、バンザイを乗せたゴキゲンが走り去る。

 残ったのは1騎のみ。

 自身の胸ほどの面積のある斧を背に担いだ鎧姿が馬を寄せてきた。

 背はそれほど高くない。

 ゴキゲンよりも多少高いくらいだろう。

 しかし、細身のゴキゲンよりも、その鎧姿は肩幅が広い。

 ガサツと呼ぶスケルトンソルジャーは、決して軽くはない両手で扱うような斧を、苦もなく片手で担いでいた。

 ガサツは、じゃあ行くかとばかりに、右手で己の左肩を叩き、首を左に、右にと振った。

 凝り固まった肉体をほぐすように。

 凝り固まる肉体など既にないというのに。

 これもただの癖だ。

 ガサツが今のガサツじゃなかった頃、生きていた当時の肉体の記憶に過ぎない。


「お前はもう、おっさんじゃないんだがな」


 元々が俺の年齢以上のおっさんの肉体だったとはいえ、筋力の衰えなどスケルトンにはあり得ない。

 ただ込められた魔力経路レイラインの流れにそって魔力が流れ、それに応じた力を発揮するのみだ。

 むしろ、おっさんは俺だ。

 もう少しで、ガサツがガサツじゃなかった頃の、あのオヤジの年齢に達する。


「そう考えれば年を取ったな。まったく」


 あんなオヤジに俺がなるなんて思えなかったが、考えれば俺も説教くさい時は多々ある。うるさい、と淡々と返していたあの頃が遥か昔に思えた。

 ガサツが「どうした?」とでも言うように、ヘルムを俺へと向けて固まった。


「分かっている。昔を思い返している場合じゃないな。続け」


 俺はガサツと共に、村へと走りだした。






 村にはガサツを先行させた。

 俺の乗る馬よりも、スケアクロウの馬に乗るガサツの方が早い。

 何しろ、魔力さえ切れなければ、最初から最後まで全力疾走を続けさせられる。途中で潰れる心配は皆無だ。

 先行したガサツにはとにかく門を叩き、人を呼び出せと伝えた。

 もの言わぬスケルトンでも、そうやって騒いで人を集めるくらいは出来る。

 そんな怪しい相手に、いきなり門を開けたりもしないはずだ。

 俺が到着すると、既に騒ぎになり始めていて、門番が閉じた門の上から何がしかを馬から降りているガサツへと問いかけていた。


「ご苦労だった。下がれ。後は俺が話す」

「何なんだお前らは?」


 朝早くから突如として現れた鎧姿に、いかにも怪訝そうに問いかける門番、その声には苛立ちが混じっている。

 物言わぬスケルトンが相手ではそうなって当然だろう。だが、時間が惜しかったのだ。こうなっても仕方ない。

 すぐに馬を降りて、手綱をガサツへと渡す。

 既に日が昇り始めていた。

 周囲はそれなりに明るい。

 起き出していた村人もそれなりにいたのだろう。

 村の中に、騒然とした雰囲気があるのが分かった。

 俺が話し始めようとしたまさにその時に、上役が騒ぎを聞きつけたのか、相手がふたりだからと考えたのか、門が開き、直接兵士が姿を現した。

 俺の前にはふたりの兵士、開いた門の向こうには5人の兵士の姿があった。


 先に俺が口を開き、話し始める。

 スタンピードが起きていると。

 魔物による狂乱のパレード。

 魔物は逃走本能だけを行動原理として、ひたすらに今も走り続けている。

 奴らの脳裏の恐怖がなくなるまで。

 周囲に一切の危険がなくなるまで。

 そこに秩序はない。

 ただまっすぐにゴブリンとコボルトがこの村に近づいてきているのだ。

 時間を稼いでいるが、このまま衝突するのは時間の問題だ。


 俺と対峙するように話を聞くふたりの顔色は最初から最後まで怪訝さを隠そうともしなかった。

 それは俺の風体が悪かったからかもしれない。

 ボサボサに伸びた髪と、剃らずにそのままの髭。

 山賊の類に見られても、あまり文句は言えない。

 はっきりとしない態度で、ちらりとお互いの目を確認しては、少しでも結論を引き延ばすように、何度も数や装備のことを聞いてきたり、スタンピードならば他にもっと大物の魔物がいたのではないか?と質問ばかりが増えていく。

 時間が無い、そう言っているのに、この兵士たちはその時間をこそ稼ぐようなそんな対応だった。


「お前らと議論している時間はない。指揮官を出せ」


 話の感じですぐに分かっていた。

 こいつらは指揮官では決して無い。

 だから決断など出来るはずがないし、話の手応えもなかった。

 俺がこのまま立ち去るのが一番良いとすら考えていそうだった。

 後ろにいる兵士たちも同様で、朝から面倒が起こったな、というくらいの緊張感のなさだ。

 普段から見回りは行っている。

 そんな予兆はなにもなかった。

 だから、そんなことは起こりえない。

 そう言いたげに。

 こいつらでは駄目だ。

 そう思っての俺の要求に、若干、兵士たちの目つきが変わった。

 どうやら自分が侮られていることには敏感なようだ。

 いや。どこの国だって、頭越しに話をされようとすれば、自分の立場がないがしろにされているってことは分かるか。


「出来かねる。お前の言葉を信じるに足る証拠が何もない。話が本当なら兵を出さなくてはならん。しかし、それで空になった村に盗賊どもが現れないとも限らないからな」


 兵士の言葉に、片割れが笑った。

 その盗賊はお前だろ?そう言わんばかりのからかうような笑い方。

 兵士の言葉はある面では正しい。

 兵というのは簡単には動かせない性質のものだ。

 特に守備を任されているのなら、尚更だ。

 兵士ふたりは20代半ば。10代で軍に入ったなら、場数はそれなりに踏んでいるのだろう。

 ふらりと現れた見知らぬ人間の言葉をそのまま信じていては、村を守ることは出来ない。それが行き届いた教育の成果なら、この国はなかなかにまともな国だ。

 しかし、それ故にこの兵士たちがたった今、村を危機にさらしていると気づかせるのは難しい。

 咄嗟の有事への対応というのは、普通の経験だけでは磨くことができない。

 北の国ではドラゴンが現れた。

 だが、誰も対応など出来なかった。

 そんなものに対応したことなどなかったからだ。

 今まで起こらなかったことが突如として起こる。

 まさしくそれこそが危機というものだ。

 その危機を、今まで起こらなかったから有り得ないと判断することは、危機どころか最悪と呼ぶ他ない。

 せめて1年でも2年でも、あの大戦を経験した者がいれば、そんなことは分かるはずなのだが、今、この村にはそんな兵士はいないのだろうと判断できた。

 お前みたいな若造が経験したことのない危機、それは今、目の前にあるぞ?

 どうすれば、それを理解させられるのか。


「魔物はもう迫っている。この村まで来たら対処は不可能になるぞ。この村に来る前に殺し尽くす必要がある」


 どう言葉を尽くしても、相手の言葉は「出来ない」「信じられない」ばかりだった。ならば、確かめれば良いものを、馬のひとつも走らせるような素振りもない。

 そこらの盗賊が猿芝居をしているとでも思っているのだろう。

 まるで見世物を眺めるような気楽さだ。


 時間の無駄だと脳裏にささやく声が聞こえた。


 いつもは苛立たしげに否定するが、今回ばかりはその通りだ。

 自分にとっての真実がたったひとつしかない人間に言葉を尽くしても意味が無い。

 コイツらは無能ではないかもしれない。しかし、頭の固い馬鹿だと、頭の中で断ずる。こういう手合に押し問答は意味がない。

 聞く気がない相手をその気にさせなくてはならない。

 ではどうするか?

 俺は大げさに溜め息をついた。これこそ演技、と言いたいが、半分以上はただの実感だ。

 仕方がない。言っても分からない奴には、結局は力で無理矢理にでも聞かせるしかない。

 事後の処理?

 そんなこと知るか。

 今は馬鹿の相手をしている暇はない。

 終わった後でいくらでも頭くらいなら下げてやろう。


「若造。お前の考え方は正しい。俺が指揮官ならお前を褒めたかもしれん。だがな、もう少し相手を見る目を養え。相手がどれくらい必死なのか、本心を語っているのか、相手の目を見て判断しろ、若造」

「なにを?」


 兵士の目に怒りがともる。

 嘲りは消え、今や俺を明らかな敵としていてもおかしくない。

 コイツはずっと俺の目を見ていなかった。

 俺の薄汚れた風体だけを見て判断していたし、話に聞いた状況よりも、俺についての判断だけをしようとしていた。

 本人は既に十分ベテランのつもりなのかもしれない。

 熟練の兵士、そのつもりなのだろう。

 俺の若造という言葉に予想以上に反応する。

 明らかに見下して話し始めた俺に対して、今、この場にいるすべての兵士が怒りを露わにしていた。


「お前たちがするべきは何だ?お前が指揮官なのか?状況の判断をするのはお前の仕事か?真にせよ、偽にせよお前は情報を得た。それを自分勝手に判断することはお前の仕事か?指揮官を出せとはもう言わないでやろう。だがな、さっさと情報を上に渡してこい。分かったか?若造?」


 思わず苦笑が漏れた。さっき、おっさんだなんだと考えていたばかりだというのに、早速おっさんくさく説教をしている自分がおかしかった。

 その笑いを嘲りと取ったか。

 兵士の語気が荒くなる。


「知ったふうな口を聞くなよ山賊野郎」

「本音が出たな。結局、お前は俺の身なりしか見ていない。山賊?お前は本当に山賊に会ったことがあるのか?無いんじゃないのか?俺の知っている山賊は、お前みたいな若造なんかよりも余程上品だ」

「なんだと、おっさん。今、この場で俺が処刑してやろうか?」

「兵士が私刑をするのか?そんな奴がこの国の兵士なのか?」


 訂正しなくてはならないようだ。この程度の挑発に乗ってくるようでは、この国の兵士の練度は低いと言わざるを得ない。


「無能だ」


 ぽつりと思ったことをそのまま口にすると、相手が腰に下げた剣に手をかけた。

それに反応するように俺の背後の気配が動く。

 2頭の馬の手綱を握っていたガサツがその手を離したのだろう。

 今はまだ武器に手を掛けてはいないはずだ。

 いつでも動けるように、その手を自由にしただけ。


 それを気配で察して続ける。


「抜いたら加減はしない。と、言いたいところだが、お前ら相手じゃ加減しないとかわいそうか。抜いても良いぞ。ただし、これ以上の時間の無駄はできない。ここは押し通る。それで指揮官に会わせてもらうことにしよう」


 そんなことをされれば、この兵士の面目は丸つぶれだ。

 兵士たちだけでなく、村の中でも揶揄される。

 口にしたこととは違って、俺は前には足を進めなかった。

 かわりに手を上げ、軽く振った。

 剣に手を掛けていた兵士が過剰に反応して、ついに抜き放っていた。

 もうひとりは手を掛けただけで抜かない。

 それを見ても、俺は背負った剣には手を掛けない。

 躊躇せずに後ろを向いて1歩踏み出す。

 大きな隙だ。

 背後で兵士が動いたのを感じる。

 そのまま斬りつけられれば刃は簡単に俺へと届くだろう。

 だがその時には既に、ガサツが俺と入れ替わるように前に出ていた。

 目の端でガサツを見る。前に出ながらも、流れるような動作で背後に背負った斧を抜きながらも、すぐに回転させて持ち手を変えたのを見た。

 金属音が響く。

 それは若造の剣を弾いた音だろう。

 そうしてまた振り返る。


 尻もちをついている兵士の手に剣はない。

 ただガサツが振り上げた斧を見上げていた。

 決して軽くないはずのそれが一瞬で天を指す。

 それが意味するのが何か、言葉にならなくとも兵士の頭にははっきりと分かったのだろう。

 俺はそっと呟いた。


「脅すだけだ。傷つけるなよ」


 小さな俺の呟きは兵士には届かなかっただろう。

 自身の今の境遇に、兵士の目は見開かれていた。

 そしてそのまま固まっていた。

 尋常の相手ではない。

 そう、今更ながらに察したのだ。

 振り上げるのが一瞬なら、それを振り下ろすのはより早い。

 既に自身の手に武器はない。

 防ぐ手段はない。

 斧による一撃は重さを伴って通常の剣による一撃よりも強力な暴力と化す。

 助けは間に合うのか?

 となりの兵士は果たして自分を助けてくれるのか?

 自分をかばって、こんな手練を相手にしてくれるのか?


 兵士の目に諦めが宿ったのを、俺は見た。

 この程度の兵士か。

 ならば、実際にすべての兵士を殴り飛ばすことは難しくない。

 しかし、それをしても意味はない。

 多少、すかっとするだけだ。

 ただ、話しても埒が開かない相手だったので、話以外の方法を選んだだけ。話を聞く気を起こさせたいだけで、実際にそこまでする気は最初からない。

 手加減してやる。

 そう宣言されたことを、もう兵士は覚えていないだろう。

 目前で斧の煌めきを見た兵士は、自らの死を連想していたかもしれない。

 仲間の兵士の危機であるにも関わらず、他の兵士も動けてはいなかった。

 皆、飲まれたように、立ち尽くしていた。

 そこまで確認出来た時、新たな人影に気づいた。


「ガサツ。十分だ」


 俺の言葉を受けて、ガサツの斧は、抜いた動作をそのままなぞるようにして元の背中へと収まる。

 腰を抜かしたかのように座り込む兵士のこわばっていた身体から力が抜けていく。


「やっと指揮官のお出ましか」


 片手に槍を、片手にヘルムを抱えた兵士。

 それは肩のあたりで切りそろえた金色の髪がたなびく女の兵士だった。

 背はそこにいる兵士の中で誰よりも低い。

 ゴキゲンよりは多少高いくらいだろうか。

 その目つきは軍人特有の鋭さを伴っている。

 女兵士が座り込む兵士の肩に手を置き、何事かを耳元でつぶやくと、よろよろと立ち上がって敬礼をして、村の奥へと下がっていく。

 ただの兵士の対応を見れば明らかだ。

 どうやらこの女兵士がこの村にいる兵士の指揮官らしい。


「呼ばれていると聞いた」


 誰かが呼びに走る様子はなかった。

 俺の話のどこからかは不明だが、もしかすると物陰ででも聞いていたのかもしれない。


「説明は必要か?」

「いや、必要ない」


 そう言って女が振り向くと、村の中から騎兵が2騎現れ、女に敬礼をして、そのまま村を出て行く。

 走り去ったのは俺が説明したスタンピードの方角だった。

 たった2騎ではスタンピードには対処できない。

 つまりは確認に行ったのだろう。

 そこに魔物がいるかいないか、今から確認してではギリギリのタイミングになる。

 それを思って顔を渋くした。

 俺の表情の変化には頓着せずに女が何かに気づいたように声をかけてくる。


「そういえば昨日の昼に村に現れたか?」

「ああ。益々怪しいか?」


 村を襲撃するための下見。

 そう判断されたのだろうと、すぐに思い至ってそのまま口にした。自分が疑われていることは分かっていると自ら認めての質問にも、女は動じずに否定した。


「そういう考え方もできるな。だが、もしも私が盗賊なら、別の者を寄越す。わざわざ同じ人間が顔を見せに来る必要はない」


 本当に大勢の盗賊が待ち構えているならな。

 そう付け加えると、俺の目をじっと見た。

 言葉はない。

 ただじっと見た。


「なんだ?知り合いにでも似ていたか?」

「いや、人を見る時には目を見ろと、熟練の兵士が言っていたので、そうしてみようと思った」


 随分と良い性格をしているらしい。

 それは俺がさっき兵士に言った言葉そのものだ。

 益々顔を渋くすると、女は納得したように頷いた。

 即座に最初に現れた兵士ふたりの残っていた片割れに指示を出す。

 それは馬を持って来いという指示だった。

 控えていた残りの兵士もそれに続く。

 あまりの対応の早さに驚いた。


「俺を信じるのか?」


 女の目に、俺はどう写ったのか。

 ただの山賊とは断じなかった。

 馬を持って来いというのは村から出ることを意味する。

 それはつまり、魔物が真実迫っていると認めたということだ。

 女の顔はまるで作り物の仮面のようだ。

 口が動いても、その目や頬に表情の変化として現れない。

 そんな何ひとつ表情の浮かんでいない女の言葉。

 そこにはあるかなしかのほんのわずかな自信があった。


「私の直感だ」

「直感ね。そんなもので村の命運を掛けて良いのか?」


 せっかく乗ってきてくれたのは良いが、女の直感なんてものを根拠にされたのは、俺の気に触る。

 時間もないし、ここで余計な言葉を口にして、相手の言を翻されても困ると分かっていながら、つい口にしてしまった。

 こういうところが、グリパンに偽悪的と言われる所以なのかもしれない。

 女はあっさりと俺の言葉に頷いた。


「目を見て信じるに足ると思った。他にも理由はあるが、今は説明している時間はないだろう」


 女、女と思いながらも、言動からは女らしさがまったく感じられない。

 顔立ちだけなら悪くないのに、これでは男受けは最悪だろう。

 実際に口にすれば、それこそどうでも良いと斬り捨てられそうなことを考えている間にも、村の中から複数の騎兵が現れる。

 女はすぐに自らの馬に乗り、俺をまっすぐに見た。


「まさかウチの兵に手加減するほどの熟練の傭兵が、知らせだけして逃げる気はあるまい?」


 仮面のような顔のその唇の端が、それに目の端がわずかに動いたような気がした。

 それではじめて冗談なのか?と疑ったが、とてもそう言っている顔には見えなかった。

 ここで黙って見送るくらいなら、最初からスタンピードなんて無視するべきだった。それは確かだ。


「それじゃあ、せいぜい熟練の傭兵って言葉を訂正されないくらいの働きはしよう」


 ガサツが引く馬にまたがる。俺が馬にまたがると、ガサツもすぐに自らの馬に飛び乗った。


「礼ははずめよ」

「……そうだな。善処しよう」


 女は手にしていたヘルムを被りながら答える。

 そうして女とともに、馬を走らせ、やっとスタンピードに向かう。

 太陽は既に完全に姿を現していた。

 新しい1日が始まる。

 そう、これがウムラウトでの日々の始まりだった。

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