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スケルトンの述懐  作者: ぎじえ・いり
スパルトイ、ドラゴン、そしてフェレータ
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エキオン

 ……何も見えない。

 俺の目は開いているのか?

 開いている、そのはずなのに焼き付いた茜によって、他のなにものも映さなくなってしまっている。

 目をきつく閉じても、何も変わらなかった。

 ひどい耳鳴りがしている。

 何も見えず、何も聞こえず、だから何も分からない。

 いつまでそれが続いたのか。

 やがて耳鳴りはやみ、視界もゆっくりと戻ってきた。

 症状が一時的なものだったことに安堵を覚えるよりも先に、視界の中に立っている影に気が付く。

 ぼやけた視界に映る影。

 それは、身の丈5メートルの巨大スケルトン、ではなかった。

 明らかに小さい。

 いや、人間のサイズで考えれば、大柄な部類だ。

 そう、人影。

 背は俺と同じくらい。そんな人影が立っている。

 目がやっと落ち着きを取り戻し、熾火に照らされた影を注視した。


 色はさっきの閃光と同じ茜色。

 成人男性サイズの骨身のスケルトンが、ややうつむきがちに顔を伏せ、直立している。

 首が動いた。

 ぎこちなさはない。

 滑らかに、自然に、当たり前に。

 眼窩を俺へと向けて動きを止める。

 そしてその顎が開かれた。

 他のスケルトンのように、無意味に揺らすのではなく、はっきりとした意志によって動いていた。

 意志がある。

 それはスケルトンなのだから、あるに決まっている。

 それによって俺の意志を理解するのだから。

 だが、その動きにあわせて響いた音に、その声に、俺は心の底から驚きを覚えた。


「私の名前はエキオン。スパルトイに名を連ねる者のひとりなり。身命を賭して、マスターに仕えよう」


 声だ。

 ただの声じゃない。

 それはきちんと意味のある言葉だ。

 幻聴などではなく、確かに俺の耳に声が届いた。

 魔法の衝撃によって、おかしくなった訳ではない。

 低いくせに、妙に通る声でスケルトンが、しっかりと自らを紹介するように名乗っていた。

 人間として、当たり前の自然さのある声だった。

 どこかで聞いたことのあるような、そんな安心感すら抱かせる声を、茜色のスケルトンが発していた。


「は?」


 状況がまるで理解できない俺に向かって茜色のスケルトンは礼をする。

 式典に参列する騎士を思わせるような優美さがそこにはある。

 言葉を話すスケルトン。

 それは他でもなく高位のスケルトンの証。

 今まで、一度として造ることのできなかった、より人に近い魔物。

 どうしてこうなった?

 俺はいったい、何をしたのか?

 頭を振る。

 それだけの動作で、体がふらつく。

 そうだ。

 まるで暴走するように魔法式が勝手に展開していったのだ。

 書き変わり、俺の意志を超えて、俺の知らない魔法式が発動していた。


 初めて目にするスケルトンだった。

 それは今まで目にしてきたスケルトンのどれにも似ていない。

 まるで輝くように美しい茜色の骨。

 その印象は美術品が立っているかのようだ。

 俺に魔法を教えた者からも、こんなスケルトンが存在するなど聞いたこともない。


 鎧や剣の類いは持っていない。

 丸裸同然の、ただの骨身が立っている。

 言葉を操る高位のスケルトン、デスナイトは創造した時点で剣や鎧、盾を持って現れると聞いていたが、目の前のスパルトイなるスケルトンはそうではないらしい。

 物音に振り返るとゴキゲン達が側まで来ていて、全員ひざまずいていた。

 なぜかバンザイは万歳をしている。表情がないのに、テンションが高そうな雰囲気が伝わってきて思わず眉をひそめる。


「つっ……」


 痛みに右手を見ると、そこに俺の手だけがあった。

 そこにあの巨大な牙は無い。

 魔法式を展開している間、離さずに、確かに握りしめていたはずなのに。

 依り代たるドラゴンの牙が消えてしまっていた。

 消えた依り代。

 代わりとでも言うように、右手の甲には、その肌に印が直接刻まれていた。

 魔力経路レイラインが固着して刻まれた入れ墨のような茜色の紋様。

 三重の円の中に何やら文字のようなものがびっしり書いてあるが、はじめて見るものを読むことなどできやしない。

 中央には何やら複雑な模様が何かの紋章のように刻まれている。

 誰に説明してくれ、などと聞いても意味がないことは分かっている。そもそもここには尋ねるべき誰かなどいやしない。

 いや、聞かなくとも、理解していた。

 初めて見るスケルトン。

 初めて見る紋様。

 このふたつに関わりが無いはずがない。

 確かめるように、魔力の流れを意識すると、茜色のスケルトンへと繋がっていることが分かる。

 この紋様は依り代なのだ。

 あの茜色のスケルトン、その魂の一部がここにある。

 俺の身体に、依り代としてこの紋章が現れた。

 つまりは、俺自身が依り代なのだ。

 俺はもう一度、茜色のスケルトンを、エキオンと名乗ったそれを見ようとして、思わずしゃがみこんでしまう。


 視界が揺れていた。

 めまい。

 いつもの魔法の影響による頭のしびれとは違う。

 これは魔力の枯渇だ。

 体の機能を維持するために必要な栄養素のひとつふたつが、急に喪失してしまったかのような欠乏感がある。

 体がわずかに震えていた。

 これはギリギリの状態だ。

 極度の空腹状態にも似ている足元がおぼつかなくなる感覚に、力が抜けていく。

 人によっては、錯乱や極度の眠気を引き起こすというが、俺にはその症状が現れたことはない。

 枯渇を自覚した瞬間に呼吸が浅くなる。

 短く、荒い呼吸へと変じる。

 大気中の微量な魔力を少しでも多く取り込むためにだろうか。

 急激な体の変化にむせた。

 無理矢理に一度大きく吸い込み、声を出す。


「……ゴキゲン、水を」


 直接見て確認する余裕すらない。

 遠ざかっていく足音を信用するより他にない。

 めまいは簡単には収まらず、じっとうずくまるようにして耐えた。


「大丈夫か?」


 声がした時には、肩に手が置かれていた。

 そのままぐいっと引っ張られて顔を覗き込まれる。

 今、この場に声を発する存在は俺の他には1体しかいない。

 ひとりではなく、1体しか。


「待て。そう近づくな。近い」


 自分でも分かるほどに、声にはトゲが、拒否する色合いがこもっていた。

 俺が造ったとはいえ、何も分からないスケルトンだ。

 無邪気に信用して、何かされたくはない。

 なにしろコイツは、あのドラゴンの牙から造られたと言って良いような代物なのだ。

 なにはなくとも、確かめるべきことがたくさんある。

 ありすぎる。


「ああ、すまない。しかし顔が青いぞ」


 エキオンが手を離した。

 声には俺の言葉を気にするような雰囲気は無い。

 純粋に俺のことを気づかっているような声色だった。


「分かるのか?」

「それだけ青ければ分かるだろう」


 眼球は無いんだがな。

 いや、見えてなければ普通のスケルトンでも動くのには困る。

 スケルトンに聞いて確かめたことが無かったとはいえ、見て考え、見て動くのは当たり前のことだ。

 俺の顔色が分かるか?なんて質問は、無意味にもほどがある。

 やはり俺は今の事態に動揺しているらしい。


 それが自覚出来たことだけは、意味があったか。


 考えていると、ゴキゲンが俺の側へとやってきてかがみ込み、やや大きめの黒い筒を俺へと渡す。

 それに入っているのは水だ。

 水なのだが、これには魔力が込もっている。

 そのように精製されている。

 魔力というものは、どんな物質にも多少は含まれているものだ。

 だが、魔力というものは、放っておけば時間とともに拡散してしまう性質もある。

 普通の水を筒に入れて持ち歩けば、やがてはほとんどスカスカの魔力しか残らない。この水には、今、そんな普通の水に比べれば、かなりの量の魔力が込もっている。

 方法は単純で、筒の中で魔力を生じるように、魔力経路レイラインを張り巡らしているだけだ。

 魔力を生じさせる方法、その基本は流れを作ることにある。

 川の流れ、大気の流れ、地脈の流れ。

 そうした流れは魔力を生む。

 人間が魔力を持っているのは、心臓から流れた血が全身を巡り、また心臓へと戻る、この流れによって魔力が生じるから。生じた魔力を心臓や血管が保持するからなのだ。

 流れのあるところにしか生じ得ず、停滞すれば拡散して消え去ってしまう魔力を、筒の中に張り巡らせた魔力経路レイラインによって循環させ、拡散、喪失するのを防ぎ、また普通の水よりも多くの魔力を保持できるようにこの筒は内部で水を精製していた。

 魔法を使う者ならば、誰しもが自分で作り、持ち得る者だ。

 旅路に大型の物を持ち歩くのは不便なので、必然、小型の物しか持ち合わせはない。

 あおるようにその中身を飲む。

 魔力は血の中に。

 胃の中におさめるだけでは、瞬間的に、劇的に回復させることはできない。

 魔力を精製してあるとはいえ、水は水でしかない。

 零だった状態がいきなり百や万にまで増えるような代物ではなく、無いよりはマシという程度の魔力。量として、ネクロドライブ1回分にもなりやしない。

 それでも零と一とでは隔絶した差がある。

 多少の効果を見せて、荒くなった呼吸が落ち着きを取り戻した。

 文字通りに、これでようやく一息つけた。

 残っていた水を少しずつ飲みながら、きちんとエキオンに向き合い、質問を続けることにした。


「エキオンと言ったな。お前は何だ?スパルトイとは何だ?」


 スパルトイ。

 それは俺に魔法を仕込んだババアなら分かるのだろうか?

 他人にも世界にも興味を持たず、死体を弄び、スケルトンを造り続けているあの隠者なら。


「何だ?と聞かれても、答えに窮するな。私は私だ。……そう、不機嫌そうな顔をするな。すまない。私がスパルトイであるという事は分かるが、それがどういう存在なのかと聞かれても、私にはその知識は無い」


 名乗ったからとはいえ、すべてを知っているということでもないらしい。

 例えば、自分は人間だ。

 だが、人間とは何だ?

 そう聞いて、どれだけの人間が、人間のことを説明し得るのか?

 そもそも造った本人がよく分かっていないのだ。

 本来、説明するのが誰だとなれば、造ったお前が説明しろという話になるだろう。

 考えて、思いつくのはドラゴンだ。

 その牙を依り代に使ったことが原因と考えるしか無い。

 魔法を使う時に、その依り代もその魔法式の一部として取り込み、それによって魔力経路レイラインを結び、魔法を成す。

 つまり、ドラゴンの牙が魔法式の一部となったことで、そのドラゴンの牙が持っていた何らかの因子、あるいは何らかの魔力経路レイラインが影響して、こうなったのだ。

 あれほどの暴威を人に振るったドラゴンの因子を持った割には、エキオンは人に敵対的な存在、人を憎むような存在では、どうやらないらしい。

 俺を害する気なら、魔力が足りていない今の俺を殺すことは簡単なのだから。

 話せるほどの高位のスケルトンなら造作も無いはず。

 立ち居振る舞いからも、そう感じさせる。

 エキオンは動きのひとつひとつに無駄が無い。

 どれほどの肉体の記憶を持っているのかは分からないし、村民を元にしたということから考えれば、大した技術というのは、その身体に宿っていないのかもしれない。

 だが、俺とドラゴンの牙の魔力をごっそりと持っていったスケルトンの膂力がただのスケルトンと同じなはずがない。

 あれほどの量の死体が、たった1体分のスケルトンの中に消えたのだ。

 技など無くとも、素早く、力強く動ければ、それだけで人を殺す最良の武器足りえる。

 自ら名乗って話をする必要なんて無い。


 ……自ら名乗って?


 多少は冷静になったのか、新たな疑問が生まれる。

 何で名前を最初から持っている?

 ゴキゲン、カタブツ、ガサツ、ドジっ子、バンザイ。

 こいつらの名前はすべて後から付けられたものだ。

 ……今となっては、どうしてこんな名前なんだ?という名前だが、既にお互いに馴染んでしまった名前だ。今更、変えずとも良いだろう。

 そう、誰かが付けなければ、名前など無いのだ。

 死体になる前の名前?

 それは別人の名前だ。

 別の存在の名前だ。

 スケルトンには名前など無い。

 死んで、死体になって、そしてスケルトンになった。

 死体の魔物、スケルトン。

 その魂は別物なのだ。

 名前とは身体につくものじゃない。

 名前とは魂に付くべきものなのだから。

 じゃあ、コイツの魂には、なぜ名前が付いているのだ?


「エキオンというのは自分で付けたのか?」

「それは違うと考える。なんて説明すれば良いのだろう?例えば私は右手を右手と呼ぶ事を知っている。私が右手と名付けた訳じゃない。マスターは人間だ。人間という種族の名前を私が付けた訳じゃない。なんと言えば良いのだろうか……そう、これは常識だ」

「常識?」


 造られてすぐの普通のスケルトンでも言葉を理解する。

 そのための意志であり、思考だ。

 そして最低限の知識がなければ、思考は生じ得ない。

 言葉なき思考など、獣の直感と変わらないのだから。

 意志があり、言葉を解し、思考が存在する。

 そうでなければスケルトンが使役されることなど到底ありえない。

 ネクロドライブとは、そういう魔法だ。

 ネクロドライブにも例外があるとしたら、魔物の死体にこの魔法をかけた時。

 生きているゴブリンを捕まえてきて、魔法を使って無理矢理に言葉を覚えさせる事が出来ないことと同じように、ゴブリンの死体にネクロドライブをかけても使役することはできない。

 ネクロドライブがまったくかからない訳ではない。

 それで出来るのは命令を聞かず、まったく人間の意志を理解できないスケアクロウやボーンヘッドと呼ぶべき役立たず。

 これは人語を解さない生き物の死体で造るとできる。

 馬なんかであれば、人に使われた肉体の記憶によって多少は扱うことができるが、それも言葉を解しているわけではなく、人に使われていた時の肉体にしみついた動作が単に反映されているだけに過ぎない。


 スケアクロウには言語を理解させることは出来ない。

 魔法式ひとつで何でも好きな常識を造られた存在に植え付けられはしない。

 魔法は万能だ。

 世界に新たなルールを造り出すことができる。

 それによってあらゆる現象を顕現させる。

 しかし万能であるということは、決して全能であることを意味しない。

 ルールとは制約でもある。

 世界に対して新たな制約を造り出すかわりに、世界からそれ以上の大きな制約が課せられる。

 例えば魔法には火を操るものが極端に多い。

 人の生活に欠かせないものでありながら、暴力として機能させれば強力な害を及ぼすからだ。人に仇をなし、害をなす。熱はあらゆるものを溶かし、炸裂させれば衝撃を生じて破壊を振りまく。

 だが、魔法で生み出された火は、魔力によってしか燃えない。

 熱によってあらゆるものを焦がすが、燃やしはしない。

 炸裂する衝撃によってあらゆるものを吹き飛ばすが、炸裂した後に炎を撒き散らし、辺りを火の海には変えない。

 そこに十分な魔力が引き込まれなければ、引火や延焼というのは生じ得ないのだ。

 さすがにドラゴンほどの魔力に裏打ちされてブレスを吹きつけられれば引火も延焼も関係なしに何もかもを燃やし尽くすが普通、魔法で生じた火は魔力が欠ければあっという間に消えてしまう。

 自然に存在する火とは比べ物にならないくらいに一瞬で。

 いくら魔法でも、消えない火というのは生み出せない。

 一瞬で魔力を食らいつくして消え去る。

 限定された状況で激しく燃えるという制約は、魔力によってのみしか燃えないという大きすぎる制約を持つ。

 そんなふうにして、出来ないことは出来ないのだ。


 無数に展開していった魔法式。

 その中に造られた存在に名前を持たせる何かがあったのだろうか。

 思わず否定するように首を振ってしまう。

 とてもそんなものがあるとは思えない。

 あまりにも意味が無いからだ。

 常識と言う以上は、このスケルトンは名前が魔法式の中に組み込まれていたと言っているのに等しい。

 名前を持たせる、それにしたって制約だ。

 一切の他の名前を持ち得なくなるかわりに、世界からどんな制約を受けるというのか?

 分からない。

 こんな時、自ら調べる以外に真実を知る術がないことが、もどかしい。

 エキオンというのが、あの死体の内の誰かの名前と言う可能性はない。

 まさかあの中に英雄クラスの肉体の記憶持ちがいて、それに名前が付随していたとでもいうのだろうか。

 息を吐いた。

 考えたところで、分かることは何もなさそうだ。


「デスナイトは造られた瞬間から武器を持っているらしいが、スパルトイは違うんだな」

「そうなのか?必要ならば造ろうと思うのだが……造ろうか」

「造る?まさか創造魔法が使えるのか?」

「使える。確かにその術を知っている」


 エキオンは自らの手を開いて、閉じて、そうして眼窩を手へと向けていた。

 それはエキオン自身が、何が出来るのかをどこか思い出すように、確認しているように見えた。

 創造魔法。

 物を造り、生み出す魔法。

 魔物の中にもそれを使える存在は確かにいる。

 勿論、それも高位の魔物だ。

 間違い無く、エキオンは普通の魔物ではないということ。

 それがこんな訳の分からない状況で造れるとは。

 嬉しく思うよりも前に、訳の分からなさばかりが気にかかってしまう。


「いや、今はいい……大丈夫だ」


 わずかばかりの魔力を回復させている状況で、また使い切りたくはない。

 エキオンが無駄に魔力を使えば、依り代たる俺がエキオンに魔力を補充しなくてはならないのだ。

 もう他に魔力を補充する当ては無いのだから勘弁願いたい。


「そうか。残念だ」

「しかし、ヒュージスケルトンを造るつもりだったんだがな」


 エキオンに言ったつもりはなかった。

 ひとり言。

 常にもの言わぬスケルトンと共に過ごしていると、多くなる。

 それにエキオンが答えた。


「そうなのか。すまない。私は、私が決してこの世界で低級な存在でないのは分かる。私がこうして存在するためには相応の対価が必要なはずだ。きっとマスターがそれほどまでに疲弊しているのも私のせいなのだろう」

「いや、今のはひとり言だ……対価ね」


 右手の甲を見る。

 ドラゴンの牙はもうない。

 それはつまりもう一度、同じことをして確かめることは出来ないということだ。

 あの時に展開されていった魔法式。

 断片的に覚えてはいるが、すべてはとても覚えていない。

 きっとあの中に、高位のスケルトンを造るための魔法式があったはずだ。

 そうでなければ、ここに喋る高位のスケルトンは存在しない。

 俺に魔法を仕込んだクソババアを思い浮かべた。

 もしかするとあのクソババアすらも知らないことなのかもしれない。

 そう考えて、つい首を振ってしまった。

 あのババアは自分のすべてを誰かに譲り渡すような殊勝な性格はしていない。

 自分だけが知っていることを残す。

 一部を共有し、別にアドバンテージを持つことでより自身が優位に立っていることをアピールする。

 共有した相手は知らないことがあることを嫌でも自覚する。

 その方が何も知らない相手に誇るよりも余程効果がある。

 あのクソババアのしそうなことだ。


 改めて、エキオンが創造された位置を見た。

 エキオンにまるごと持っていかれて、そこには骨のかけらひとつ残っていない。

 この1体を創造するのにそれだけの素体が必要だったということだろう。

 災害級の魔物に対するために用意しようと思ったヒュージスケルトンはもう造れない。

 そうなれば、あとはこのスパルトイなるスケルトンに期待するしか無い。

 立ち上がり、エキオンを見る。

 するとエキオンが口を開いた。

 そこに肉はないので、正確には顎をだったが。


「マスター、あなたの名前を聞きたいのだが」

「ああ、そうか。スケルトンに名乗るなんて事は普通無いからな」


 相手に呼ばれることがなければ教える必要はない。

 これまでスケルトンが顎を動かしても、そこから言葉が響いてくることはなかった。

 だから名乗ることもなかった。

 しかし、目の前のスケルトンは言葉を使えるのだ。

 エキオンは既に名乗った。

 ならばこちらも名乗る必要がある。


「ビフロンス……いや、カドモスだ。よろしく頼む」


 最初、傭兵としての呼ばれ名を言いかけて、やめた。

 このスケルトンは普通じゃない。

 疑うべきことも、確かめるべきことも多い。

 安易に普通のスケルトンを使うように、信用して使うべきじゃない。

 だからといって、邪険に扱っても仕方無いだろう。

 造ったのは俺だ。

 そうである以上、誰かに操られているはずが無い。

 むしろ、操るのは俺なのだから、

 コイツはこちらの言葉を人間のように理解して、言葉を返してくる。

 仲良く、なんて考えても何ら意味がないことだが、無用にギスギスしても疲れるだけだ。

 ならば率直であった方が良い。

 それがお互いのためになる。

 エキオンが手を差し出してきたので、それを茜色の紋様が刻まれた手で握り返した。

 熾火を受けて茜色に輝く骨身。

 それは見た目に反して、ひどく冷たかった。






「さて、それでマスターは何を目指しているのかな」

「何って……当てが外れたしな」


 再びあの裏切者フェレータとドラゴンに対峙する。

 そんな決意をしたはずだが、今、この場所にヒュージスケルトンはいない。

 完全にあてが外れてしまった。

 未知のスケルトンを抱えて、今すぐ再戦を望みたいとは思わない。


 また何か考えなくては動きようがない、か。


「今はとにかく、この国を出るか」


 エキオンは俺の言葉を聞いて、周囲を見回した。

 そこには荒廃した村が全周に広がっている。


「ふむ。確かに酷いな。戦争中なのか?」


 その言葉に思わず苦笑した。

 こんな風に村々を滅ぼして回るような戦争がまた起きたら、今度はどれほどまでに人の世界は後退してしまうのだろうか。

 そこまで人間が愚かなら、ドラゴンなんていなくても、今いる普通の魔物たちにすら対抗できなくなるだろう。

 否定し、エキオンに説明する。


「ドラゴンの仕業さ。しかも飼い主付きのな」

「ドラゴン?」

「そうだ。分かるか?とにかくデカくて重い。鋼のような硬い鱗を持ち、遠距離から攻撃しようにも生半可な魔法は効かず、近づけば他のどんな生物だって簡単に踏み潰される。羽を広げれば空だって飛べる」

「無茶苦茶だな」

「そして、だ。無茶苦茶なそれに、俺は追われている節がある」


 直接聞いて、確認したいとは思わないがな。

 苦笑したままそう続ける俺に、エキオンは間を置くように顎をかく仕草をして再び顎を開く。


「……放し飼いにされてるんじゃなければ、その飼い主とやらに何かしたのか?」


 今度は俺が言葉につまる。

 スケルトンから質問を受けるという経験はなかったために、今更ながらに驚きがあった。どうやらそれなりに頭が回る奴のようだ。

 事情を考え、そのために必要な質問を的確に俺へとしている。


「……一度、ドラゴン共々、中途半端に喧嘩を売って、それで負けたのさ。こっちはもう二度とゴメンだと思っているというのに、相手はそうではないらしい」


 そこで言葉を切って、エキオンに問いかけた。


「どうだ?そういうのと戦って、お前は勝てると思うか?」


 思案するようにエキオンは右手で顎をかきながら続ける。


「さてね。どうだろうな?」


 魔力の総量では、絶対にドラゴンが優っているだろう。

 いくらスケルトンばなれした魔力を持っているといっても、所詮は俺の魔力とドラゴンの牙に残った残滓によって生まれた存在だ。

 その牙の大元の魔物とは比べるべくがあろうはずもない。

 体格差というのもおこがましいほどの、サイズの違いもある。

 ちっぽけなスケルトン風情では相手になるはずがない。

 しかし、エキオンは否定はしなかった。

 現実的に、自分が出来ることを考え、結果を予測する。

 そこには感情などなく、判断があるだけ。

 そう言うように、言葉を続けていた。


「詳しく話を聞かせてくれ。まずは何か方法がないか考えてみよう」

「……そうか。ぜひとも良い案が出れば教えてくれ」


 疲れた口調を隠しもせずにエキオンに返した。

 いい加減、疲れていた。

 話はまた明日だ。

 エキオンにもう休むと言って、背を向けて歩き出す。


「それで、マスターはドラゴンを倒したら、何を目指すのかな?」


 俺は振り返らなかった。

 問は聞こえていた。

 何かを言うべきかと思ったが、特に言うべき言葉は思い浮かばなかった。


 何を目指すか?

 端的な質問だったが、その意味ははっきりと分かった。

 目的地などを指している訳では決して無いだろう。

 生きてその先に持つ展望のことだ。

 野望はあるか。

 野心はないか。

 人は誰しもがそれを持っている。

 俺が接してきた人間はそう言わんばかりに、望みがあった。

 だが、俺はどうだろうか?

 金が欲しい。地位が欲しい。名誉が欲しい。

 俺に今まで、そんな望みがあっただろうか?


 エキオンはこう言った。

 自分が低級ではないと。

 つまり力があると言っているのだ。

 そんな力を持ち得た俺が何を目指すのかと、そう聞いているのだ。

 力の振るいどころがなくては、自身に価値などないという、エキオンの自負なのかもしれない。

 しかし、俺はそんなエキオンの問いには答えなかった。

 まずは現実と戦わなくてはならない。

 ドラゴンという現実と。

 そして裏切者フェレータという現実と。

 エキオンの問が気になっていたのか。

 疲れていたのに、その夜、俺はあまり良く眠ることができなかった。






 影絵となった村を出発し、アキュートを南下すること1週間。何事も無く、アキュートと隣国であるウムラウトとの境へと入ることができた。

 その間、不気味なほどにドラゴンの影はなく、街道を避けて進んだ結果、旅人や商人、傭兵など、他の人間に会うこともなかった。

 誰に会うこともなく、誰にも会わなければ気にする必要もなかったこともあって、今もエキオンとバンザイは骨身にマントを羽織らせただけの状態で歩いていた。ここから先はさらに人目を気にしなくとも良くなる。

 なにしろアキュートとウムラウトの境に広がるのは無数の魔物がうごめく異境、ハーチェク大森林なのだから。

 街道を使っての国境越えはしたくなかったために目指した魔境。

 今までもそうだったが、いつ空からドラゴンが降ってくるか、いつ誰に見つかり情報を流されないか、そんなことを気にしながら進むよりも、魔物の出没する野山の中を突っ切っる方が余程安心して進める。

 どんな魔物でも、あのドラゴンよりはマシ。とはいえ、あまりにも厳しそうであれば、引き返すことも考えていたが、それは全くの杞憂だった。

 魔物が出なかった訳ではない。

 恐ろしいまでの魔物の棲家として有名だったが、実際にその噂通りにありとあらゆる魔物に出くわした。


 ゴブリン、オークといった小物から、オーガ、グール、バグベアーといった並みの戦士では手こずる魔物まで。

 まるで魔物の見本市だ。

 俺が率いているのが魔力さえ保たれれば疲労のないスケルトンじゃなければ、とても通り抜けられないと思えた。

 なにしろ昼夜を問わずに魔物が現れるのだ。

 ひとつ魔物を殺せば、血の匂いに釣られて別の魔物が現れる。

 ずっとそれの繰り返し。

 アキュートもウムラウトもここをほとんど放置したままだというのも頷ける。


 大部隊を率いて駆除に努めても、どこからかまた別の魔物が入り込んでくる。

 なんとかしようと思えば、この大森林をまるごと焼き払う必要があるだろう。

 そうしないのは、単に国防の観点からと言われている。

 大陸東側のほぼ中央、そこは今、小国が乱立していて常に落ち着いていない。

 大戦が終息したとはいえ、どこもかしこも小競り合いに精を出している。

 この大森林があることで、少なくともアキュートとウムラウトは不可侵の約束を交わしている。おかげで一方面については、懸案しなくても良くなる。

 これが無くなれば、より面倒が増えるだけで、それに比べたら多少の魔物対策に費用を出すほうが建設的という訳だ。

 魔物の温床と言ってしまえば、すぐにでも何とかする必要があるように思えるが、実際には魔物同士で喰い合いをしてくれるので、広大な大森林から溢れ出るほどに魔物が増えることはないらしい。

 時にそこを抜け出す魔物がいても、それを想定して防備を固めていれば、むしろ人間に攻め込まれるよりはたやすく対処ができる。

 いつだって結局、人間の敵は人間なのだ。


「とはいえ、これはたまらんな」

「そうか?これはこれでそれなりに面白いと思うが」


 良い肩慣らしだ。

 そう言わんばかりに、エキオンは馬に備えた片手半剣を抜いて振る。

 斬撃は空間を両断しそうな鋭さで空を切った。

 現状、馬にも余裕がないので、エキオンはカタブツと相乗りさせていた。

 鞍なしで馬に乗れば、無茶はできないはずなのだが、それを気にしている様子はない。

 エキオンの剣さばきを見て、思い返す。


 確かにコイツの能力ならば、ちょうど良い遊びなのかもしれない。


 この地に入ってすぐに、1体のオーガが現れた。

 見るからに硬そうな筋肉に覆われた黒い肌の巨漢。

 身長は3メートルはあった。

 熊か何かの獣の皮を体に巻き付け、手には自身の腕よりも太く巨大な丸太のようなこん棒。

 力任せの一撃を人間がまともに食らえば、肉は爆ぜ、骨は砕かれるだろう。

 リーチは長く、その打撃力は強大だ。

 スケルトンとは相性が悪い相手。

 だからこそ、エキオンのテストにはちょうど良いかもしれないと俺は思った。

「さて、力を見せてくれるか?」と問えば、「分かった。では行こう」と、簡単に頷き、馬をカタブツに任せて降りる。

 さして気負いの無い声だった。

 オーガは徒歩で接近してくるエキオンに気が付くと、地響きを立てて走り寄る。

 エキオンは構えもしなかった。

 オーガは突撃しながらこん棒を振り上げ、それを力任せに振り下ろす。

 目の前で広がる光景に目を見張った。

 エキオンは避けなかった。

 振り下ろされた一撃は、エキオンの左手に受け止められる。

 剣を持たず、鎧もない、ただ挙げられただけの左手に。

 エキオンにダメージは見られない。

 左手を上げたまま、今度は右手を振るった。

 あまりにも無造作に見える斬撃だった。

 しかし、手にしていた剣は見事にオーガの手首を断ち切った。

 オーガは耳障りな叫びを上げ、その血がエキオンへと降りそそぐ。

 今度は無手の左手をその巨体が振り下ろした。

 オーガの表情に浮かぶのは憤怒。

 その憤怒がこもった一撃を、エキオンは同じように左手で受け止めた。

 こん棒の一撃を止めたのだ。

 ただの拳の振り下ろしなど、苦にもしない。

 そしてその腕も斬り飛ばされた。

 そのままくるりと回転すると、オーガの足が2本とも断ち切られる。

 オーガはなす術も無く前へと倒れていった。

 さらにエキオンが剣を振るう。

 倒れゆくその首が刎ね飛ばされる。

 叫びは消え、後にはバラバラになった大きな死体が残った。


 圧倒的。


 そのひと言に尽きる。

 それを端で見ていたバンザイが、カタブツとエキオンのように、同じ馬に相乗りしていたゴキゲンに感極まったように抱きついて、邪魔だとばかりに頭を叩かれていたのは余談だろう。

 オーガは馬鹿だ。

 力が強くとも、それを活かす技も知恵も無い。

 それでもその暴力は脅威だ。

 まともにぶつかれば熟練の兵士でも、ただでは済まない。

 それがスケルトンなら尚更だ。

 スケルトンは例え一部でもその身たる骨を砕かれれば、力は弱まる。

 血が流れずとも、魔力経路レイラインに欠損が生じ、そこから魔力が流れ出す。魔力の循環、それに淀みが生じるばかりか、やがては全身の魔力が枯渇してしまう。

 まして腕や足を砕かれれば戦うのは困難に、そして背骨を砕かれれば両断されるに等しく、それでほとんどお終いになる。

 あの振り下ろしは腕だけでなく、まさにその背骨を破壊する程の一撃だった。

 ゴキゲンでも、ガサツでも、今いるどのスケルトンであってもダメージは必至。

 それを、簡単に防いだ。

 今もエキオンは骨身をさらしたままだ。

 余程の大物や業物の武器を相手にしない限りは、という前置きがいるにしても、防御の面だけでみれば、鎧を着る必要がないと判断できる強靭さだった。


 そして、あの剣技。


 手にしていたのは俺が予備で持っていたなんてことのない鋼の剣。

 業物などでは決して無い。

 そんな剣であの硬い筋肉に覆われたオーガを簡単に両断した。


 「どうかな?」と聞いてくる声には自慢げな響きがあった。

 それには憮然として「俺といい勝負だろう」とだけ答えた。

 これでヒュージスケルトンどころかゴキゲンたちよりも使えなかったらどうするべきかと、俺は思っていた。

 しかしどうやらそれは杞憂だったようだ。

 こんな馬鹿みたいに強いスケルトンに満足できない奴は、デスナイトくらいしか需要を満たせないだろう。

 

 後は、ババアがたまに呟いていた最強のスケルトン、デスだけか。


 大森林を進み、数多の魔物が襲いかかってきても、エキオンはそれをあっさり退けた。どんな魔物もまったく寄せ付けない。

 多数の魔物が現れた時にはエキオンに指揮も任せてみたが、それも問題なかった。スケルトンソルジャーたちを率い、うまく展開させ、殲滅する。つまりは、戦術という概念もきちんと理解している。

 現状の戦力で対処できない大物の魔物は現れなかったので、撤退や長時間の継続戦闘が必要な状況はなかった。今までの戦いだけを見てこれからのすべての指揮を任せてしまうのは早計だが、実際俺が指揮を取る手間は大森林に入ってから全くなくなった。

 俺に何かを言われずとも、昼夜を問わずに襲ってくる魔物をすべて退けていく。


 自分がもうひとりいるようなものだ。


 そう考えてしまい、自嘲的に笑ってしまった。

 自分に隷属する自分自身を連想してしまったのだ。

 そう思ってエキオンを見れば、確かに身長も体格も俺自身と一緒だ。


 もしも肉があったとしたら、そこに俺の顔があったのかもしれない。


 埒もない考えだ。

 そういえば昔、スケルトンを奴隷として売ったら大儲けだな、と言われたことがある。何を馬鹿なことをと、その時は思ったが、確かにこれほどのスケルトンを量産できれば凄まじい対価が得られるだろう。

 いや、エキオンほどの力がなくとも、十分に利益は得られるということは、随分前から分かっていた。

 今、こうして容易に大森林を進んでいるのは、この部隊がスケルトンであるということが大きい。決してエキオンだけの力ではない。


 生きているように動いていても、スケルトンは正確に言ってしまえば生き物ですらない。


 あるのは骨身のみ。

 そこに肉体はなく、肉体がない以上、疲労も生じない。


 つまり昼夜を問わずに戦え、魔力さえ尽きなければ、例え一月の間でも連続して戦い続けられる。集中力も、ストレスも、空腹も、飽きも、油断も関係ない。

 あらゆる持久戦に勝利し、あらゆる消耗戦に耐え、そして一切の兵糧を必要としない。

 そういう面から考えれば、この部隊で一番弱いのは俺だ。

 食べなければ死に、呼吸が出来なくなれば死に、内蔵が傷つけば死に、血が流れれば死ぬ。

 動けば疲れ、動き続ければ息が上がり、やがては休みを必要とする。

 人だけじゃなく、あらゆる生き物、それこそ魔物ですらこの特性は克服できない。

 さすがにドラゴン並みの甚大な魔力の恩恵があれば違うと思うが、程度の差であって、克服している訳じゃない。

 技と知恵さえ伴えば、これほどの特性を備えた存在はいないのだ。

 スケルトンの弱点は骨身であるということだけだ。


 砕かれればそれまで。わずかな欠けでも、魔力が零れ落ちていく。


 しかしそれも鎧を着せればある程度は克服できる。

 いついかなる時でも万全の体調で集中力にも変化がない。

 何度戦っても、いつまで戦っても。

 そんなことを考えながら進んでいると、傍らまで先行していたドジっ子が戻ってきた。

 身振りで何かを指し示す。


「さて、存外短かったな」


 指し示した先には光が見えていた。

 抜けるのに、2週間以上、3週間かかってもおかしくないとすら考えていた。

 その光は、ただの10日間で大森林を踏破できた証に他ならない。


「私は合格点だったかな?」


 エキオンが不意に尋ねてきた。

 その顔には何の表情も浮かんでいない。

 眉もなければ目もない。

 表情を表せるのはかろうじて顎だけなのだから、分かるはずもない。

 ただし、その言葉には明らかにからかうような響きがある。

 これまで自分が試されていたことを分かっていたようだ。


 スパルトイなるスケルトンの性能、そしてエキオンの実力。


 特にどちらにも不満はない。

 むしろ、ようやくこれほどのスケルトンを造り出せたのか、と自分自身に対する明らかな満足感すらある。

 これでエキオンを否定するのは自分自身を否定するようなものだ。

 疑うべきことは疑ったし、確かめることは確かめた。


 これは確かに俺のチカラだ。

 俺のスケルトンであり、俺の兵士。


「不足はない。これからも励むんだな」

「そうか。それは良かった」


 照れ隠しのように、ぞんざいに言うと、エキオンの返事には笑うような響きがあった。まるで、俺のことも大体分かったと言わんばかりだった。


 鬱蒼とした森が途切れる。

 その先は草原だった。

 はるか先に砦が見える。

 大森林から現れる魔物に対する備えだろう。

 森からは完全に出ずに立ち止まる。


 ここからが本番だ。


「今度は私がマスターを試させてもらう番かな?」


 エキオンが不意に言葉を放った。

 まだ先ほどの会話が続いていたらしい。


「生意気な」


 鼻で笑って返したが、不意に思った。

 他のスケルトンたちも今まで俺のことを試していたのだろうか?

 そう思って見回すと、バンザイたちが目に入った。

 森が切れているのを見て、馬から降り、走りだそうとしたらしい。

 それをゴキゲンが余計なことをするなと言わんばかりに捕まえていた。


 このバンザイと呼んでいるスケルトンは実際弱かった。


 試しに剣を握らせ、ゴブリン相手に戦わせてみたが、まったく役に立たない。

 ゴブリンは小さく、そして他の魔物に比べれば非力だ。大きさは人の子供ほどしかない。

 その肌の色は森に生える木々の葉と同じ緑。痩せた老人のような風貌をしていて、そのお腹だけがぽっこりと膨らんでいるのが奇妙で不気味な印象を与えてくる。

 髪はなく、獣の皮を身にまとうが、満足になめしてすらいないそれは、半ば腐敗しているようで、見ただけで異臭が漂ってきそうな代物。手にするのは石器にも似た形の、動物の骨を削っただけの単純なナイフが多い。

 切れ味はなさそうだが、生身に刺されば確かにダメージは与えられる。

 数を頼みに襲ってくる魔物だったが、数が少なければ、さらにそれがただの1体だったなら、スケルトンの実力を見るのにこれ以上危険の少ない相手はいない。


 そんな相手すら満足にバンザイはこなせなかった。


 エキオンとは比べ物にならないほどのへなちょこな剣の振りに逆の意味で目を見開いた。あの廃村でした想像よりも遥かに出来が悪い。これほどまでに残念なスケルトンは初めてかもしれない。

 そのくせ、魔物が現れるとすぐに前線に出たがる。

 結局は荷物持ちをさせ、余計なことをさせないようにゴキゲンをそばに置いておいた。

 ただ、このスケルトンは普通のスケルトンとは比べ物にならないくらいに、こちらの言葉を、そして意志を解している素振りがある。

 挙動にしても、とにかく人間らしい何かがそこに見られた。

 そんなコイツが俺のことをどう思っているのか。

 真面目に考えかけたが、ゴキゲン相手にへこへこしている姿を見て、そんな気も萎えた。


 幸いなことに、大森林に入ってからも、ドラゴンの影を見ることはなかった。

 しかし、だからといって振り切れたとは考えないほうが良いだろう。

 アキュートに俺の姿がなければ、すぐに別の国に入ったと判断できる。

 俺がずっとアキュートの山林の中にこもっていると考えてくれれば楽だが、相手が馬鹿であることを期待していては、どんな戦いにも勝てなくなる。

 大森林を抜けている間、考えていた。

 馬鹿なこととは思ったが、このままこの大森林に奴が諦めるまでこもるというのも実際としては悪くない考えなのかもしれない。

 エキオンがいれば、可能に思えた。

 大物の魔物が出てもなんとかできそうだったし、後は食べ物と水さえ確保できれば良い。

 エキオンだけじゃない。

 他にもそんなことが出来そうな理由があった。


「エキオン」

「なんだ?」

「まあ見ていろ。その機会はこれからたくさんあるさ」


 エキオンを造り出し、そして魔力を回復させながらここまで来た。

 その間、妙に体に力が湧いてくるのだ。

 失ったはずの魔力は、大森林に入る前の時点で既に十分以上の充足感があったし、以前なら半日馬に乗っていれば、翌日には節々が痛んだのが、あまりにも不調がない。なさ過ぎる。

 年齢を重ねてくると、一度たまった疲労はなかなか抜けないものだ。

 ところが、その疲労すらも、忘れてしまったのではないかと疑いたくなるほどに、体の調子が良い。


 依り代にはスケルトンに対するフィードバックがある。


 魔法式の一部となり、魔力経路レイラインの一部となる依り代は、より魔力的に効果の高い素材を使えば、スケルトンの魔力と能力とに補正をもたらす。

 それは知っていたのだが、もしかすると、逆もまた真であるのかもしれない。

 高位のスケルトンは、その依り代にすら、魔力と能力に補正をもたらす。

 俺はこの状況をそう考えた。

 消えたドラゴンの牙、それによって生じた魔法式。

 その魔力経路レイラインが刻まれたのはエキオンだけじゃなく、俺自身にも刻まれている。右手の刻印がそれを証明している。

 こんなにも能力の高いエキオンを維持するためには、どれだけの魔力が日々失われるのかと心配もしていた。

 それが全くの杞憂だったとしか思えないほどに、魔力にも余裕がある。

 心臓がドラゴンと同じ物に作り変わったのだと言われても信じられるほどに。


 はるか先の砦を見た。


 気のせいかもしれないが、視力も上がっているのかもしれない。

 遠眼鏡を使わずとも、砦の様子がはっきりと見えた。

 砦には何の異常も見られない。


 もしも、砦が燃え落ちていたりしたら。


 あまり考えたくない想像だったが、しかし、砦は健在だ。

 未だドラゴンはアキュートを出ていないか、あるいは別の国に抜けたか。


 まるで全盛期のような、いや、それ以上の充足感。

 異常としか言えないほどに精強なエキオン。

 そして未だ無事な隣国。


 新たな舞台だ。

 新たな共演者もいる。

 さあ、第二の幕が上がる。


 エキオンが造れたからといって、あの巨体を誇るドラゴンに正面からぶつかっても、勝算はない。いくらなんでもエキオンが単体で、あのドラゴンより強いとは考えられない。

 個としての能力は向こうが上。

 さらにドラゴンの側にはあの裏切者フェレータもいる。

 こちらはただの人間と、人間を模した魔物の群れ。

 どうやってドラゴンと裏切者フェレータと、一国の軍隊以上の戦力を上回れば良いのか?

 個と個としてぶつかっても意味は無い。

 それぞれの個に、群れとしてぶつかるしか方法はない。

 しかし、現状、スケルトンには限りがある。

 群れとしても半端で、今の戦力はあまりにも足りていない。

 この大森林にいくらこもっていても、戦力は増やせない。

 それは明白だ。

 魔物では俺の力にはなり得ないのだから。

 だから、この森にはこれ以上、こもってなどいられない。


 出れば戦うことになる。そう分かっていても。


 砦を遠巻きに見ながらとりあえずは迂回した。

 砦の監視の目から逃れるように。

 今はまだウムラウトの人間に接触するべきではない。


 なにしろこれから俺の味方になってもらわなければならないのだから。

 どうせなら出会いは良いものとするべきだ。

 いきなりスケルトンの群れを率いて訪ねても、国を乱す盗賊のように扱われかねないというのは、今までの経験から分かり切っている。

 それも、街道ではなく、危険な大森林をそこらの山越えと同じようにして抜けてきたような人間は、疑ってしかるべきなのだから。


「まずは村でも探すか。すべてはそこからだ」


 自身で持てる戦力には限りがある。

 ならば自身以外の戦力を求めなければならない。

 ずっと考えていたし、エキオンとも話していた。


 どうやって戦うべきか。

 何を武器として、あのドラゴンに突き付ければ良いのか。


 エキオンの答えはシンプルだった。

 自分に出来ないのならば、出来るものを探さなくてはならない。

 ダメージが与えられないのは、武器がないから、威力の高い魔法がないからだ。

 だから、それを用意出来る人間を探す。

 あのアキュートではもう無理だ。あの国に何かがあると思えなかったし、そしてドラゴンと最初に戦ったあの場所で、死ぬことすらせずに逃げ出してきた俺が何か言って信頼されるとも思えない。

 だからこそ、ウムラウトに来た。

 ここでやりたいことは決まっている。


 必要なのは死体じゃない。

 スケルトンの材料ではない。

 俺はこの国で、生きている人間に、共に戦ってもらいたいのだ。

 ドラゴンと。

 裏切者フェレータと。


「さて、失敗したら自分の体でデスナイトでも造らないとな」

「なんだそれは?」


 ぽつりと呟いた科白に、エキオンが呆れるような笑いを含んだ声で返した。


「さあな?」


 俺はエキオンの問には答えずに笑った。

 これはただの自虐なのだから。

 何も説明する気はなかったし、それが決して裏切らないと分かっているスケルトンにでも、話したくないという気持ちが勝っていた。

 穏やかな晴れた日に、俺はウムラウトへと、運命の場所へと、足を踏み入れた。

2015/4/29 改稿。

2016/4/2 再度、改稿。

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