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スケルトンの述懐  作者: ぎじえ・いり
本物のビフロンス
39/48

マジックマスター

「エキオン!そのまま押さえていろ!」


 ルークの左手には依り代がある。

 つまり、それさえ破壊すれば、イースは無力化できる。

 そう思ってアカツキと共に迫ろうとすれば、ルークは右手を振り上げた。

 その手にはひとつの鍵束。


「守れ」


 気配を察知して、飛び退く。

 上から落ち来るものがあった。

 スケルトンだ。

 赤いのも、白いのも、ホールの上から無数に飛び降りてくる。

 ルークとの間がスケルトンで埋め尽くされる。


「時間稼ぎのつもりか?」


 俺にも従えるスケルトンがいる。

 アカツキだけじゃなく、すべてのスケルトンがフォローに入る。

 アカツキに優先的にレッドスケルトンの相手をさせて、他のスケルトンをゴキゲンが、ガサツが、カタブツが、ドジっ子が押さえる。

 すぐには突破はできないが、突破できない戦力じゃない。

 そう考えた時に、ルークはひとつの魔法式を展開した。


「あれは!?」


 その魔法式がなんであるかを察知したハルモニアが魔法式を展開する。

 直後にルークが魔法を発動した。


「ブレスオブドラゴンフレイム」


 ルークの右手から炎が吹き荒れた。

 さながらドラゴンの息吹のように。

 飛来するのは炎の柱だ。

 巻き込まれれば、ドラゴンブレスと結果は同じ、そういう魔法だった。

 最初に炎に巻き込まれたのはルーク自身のスケルトン。

 スケルトンは足止めに過ぎなかった。

 動きを封じ、魔法でもって焼き尽くす。

 もしもこの場にいたのが俺だけだったならば、それは成功していたかもしれない。


「トライアングルストーム」


 俺を突き飛ばすようにして、強引に前に出たハルモニアが手にした槍で三角に空を切る。

 空間が裂けて現れたのは、雷と暴風、そして雨とが混じり合った極小の嵐。

 それが炎を割き、吹き散らし、威力を減少させた。

 それでも完全にレジストするには至らない。

 ハルモニアが描いた三角を焼き尽すようにして襲来する炎から守るために、ハルモニアを抱えるようにして飛び離れる。

 エキオン、アカツキは言うに及ばずだったが、ガサツだけがその炎から逃げ切れずにその肩に炎を受けた。

 ルークのスケルトンはほとんどが炎に巻き込まれてレイラインが壊れ、その場に崩れ落ちる。

 異様なのはレッドスケルトンだった。

 炎に包まれながらも、未だに立ち、こちらへと歩を進めようとしている。

 その脇をすり抜ける存在があった。

 真っ白なスケルトンが刃を手に俺へと迫っていた。

 俺のスケルトンじゃない。

 それなのに、俺のスケルトンはどれも反応できなかった。

 それは襲いかかってきているスケルトンが、俺自身が造り出したスケルトンだったからか。

 俺はそれにソウコという名前を付けた。

 この街を訪れ、ルークとともに訪れた倉庫で造り出し、与えたスケルトン。

 まさか、あの時からこの瞬間を思い描いていたのか?

 ハルモニアをかばって手に剣はない。

 ただのスケルトンであっても、アキュートの兵士の身体で造られたスケルトンだ。決して弱くはない。

 一瞬、迷いがあった。

 ハルモニアをかばう?

 いや、狙いは俺だ。

 その必要はない。

 腕の中のハルモニアが魔法を使おうとしているのが分かった。

 同時にそれが間に合わない事も。

 迷う間に刃が迫っていた。

 呼吸が止まる。

 そして、胸の鼓動がひとつだけ脈打った。

 それでどうするべきかを思い出した。


「アカツキ」


 守れ。

 俺を。

 そこまでは言葉になっていない。

 アカツキよりも、今はソウコの方が近くにいる。

 その刃が目前にある。

 それでも、アカツキは動いた。

 茜色の燐光を残して。

 まるで空間を渡ったように。

 ソウコの刃が蹴り砕かれる。

 それと同時にハルモニアが魔法を放った。

 コールサンダー。

 指先から雷が生じて、かつて俺が造り出したスケルトンを打ち抜く。

 骨身の魔物が震える。

 そして首が飛んだ。

 アカツキの翻った蹴りが刈り取っていた。


「惜しかったですけど、失敗は失敗です。それでは用意した策はこれだけですので、私はこれで失礼します。レギオンとどう戦うのか、楽しみにしています」


 炎から逃れていたイースと共に奥へと下がっていく。


「待て、ハルモニア」


 追おうとしたハルモニアを呼び止めた。奥に何があるか分かったものではない。

 今の流れでルークの戦い方が分かった。

 奇襲と奇策。

 はなからまともに戦う気などないのだ。

 「これだけ」という言葉を信じるべきではない。

 レッドスケルトンを包んでいた炎が消える。それでも俺へと向かって歩いてこようとしていた。

 動きは鈍っている。

 放っておいても、いずれは止まりそうだ。

 それでも止めを刺しておくべきだろう。

 そう判断した瞬間、レッドスケルトンが爆発した。


「くっ」


 幸い、爆発の規模は小さかった。

 爆発というよりも、破裂という方が良かったか。

 もしも、ルークを追おうとして、脇をすりぬけようとでもしていたら、深刻なダメージを受けたかもしれない。

 エキオンを見ると、首を振った。

 一応、これで邸の中にいるであろう敵はいなくなったらしい。

 それは同時にルークが逃げ切った事を示している。


「面倒な敵が増えたな」

「まさか、あれほどの魔法が使えるとは思いませんでした」


 あれは俺も知らない魔法だった。

 まさか、あれもババアから教わったというのだろうか?

 俺はデスナイトの造り方も知らない。

 そう考えれば、随分とルークはババアに愛されているということだろう。

 ただのスパイ。

 ただのババアの協力者。

 それだけだと思っていた。

 ところが、現実には俺と遜色ないような実力の持ち主だとすら思えた。


「こんな混乱の最中じゃなければ、すぐにでも探し出して、なんとかしたいところだが」

「……難しいでしょう。この状況で追いつめれば、それこそあの男は周囲の人間を皆殺しにしてスケルトンを造り出しかねません」


 デスナイトのもどきの造り方を知っていたというのなら、ヒュージスケルトンの造り方くらい知っているだろう。

 そうなったら、余計に混乱が増えて、仕留めるどころか街に被害ばかりが増えそうだ。

 昔、西方で俺が色んな街で恐れられていた理由がはっきり分かった気がする。

 悪意あるネクロマンサーが街に入れば、即座に街が滅びかねない。

 自ら進んで悪を為す者。

 悪魔か。


「俺もそう思われていたという訳だ」


 ハルモニアに出会ってすぐの頃、ハルモニアは俺を混乱の元凶になり得ると考えていた。実際に、もしも俺がルークのように、悪意を持ち、それをうまく隠していたならば、今の街の混乱は俺が起こしていたかもしれない。

 俺の苦笑にハルモニアは憮然とした様子で返す。


「カドモス様はあの者たちとは違います。今も、この国を救おうとしてくださっています」


 本物のビフロンス、アーレス、ルーク、そしてイースか。

 やっと姿を現したら、まさかデスナイトもどきに変えられていたとは。

 きっとルークはババアの存在を明かして説いたのだろう。

 スパルトイは強い。

 今のままでは敵対しても勝てない、と。

 自らの正体を告げ、スケルトンを造り出して見せ、そうして騙したのだろう。

 俺を殺すのに力を貸す、と。

 それで人間をやめさせられてはたまらない。

 もうイースの魂はどこにもない。

 悔やむ事すらできない。

 結局、アイツと俺に、どんな因縁があったのかも分からないままだ。


「一度、ダニエルのところに戻るか。情報が欲しい。ルークも放ってはおけないが、それ以上に放っておけないのが近づいてきているしな」


 邸を出ようとして、ガサツが膝をついた。

 肩から先がごとりと落ちる。

 かすっただけのように見えたが、どうやらそうではなかったようだ。

 鎧を脱がせれば、焦げ臭さが鼻につく。

 ああ、そうか。

 あの魔法はそういう魔法なのか。

 俺の使う魔法、インシネレイション。レイラインそのものを焼き尽す事も可能な強力な魔法。

 ガサツのレイラインが炎によって浸食されていた。重要な部分まで至り、燃え尽きている。触れただけでレイラインを浸食したのか。それはまるでドラゴンのファイアーブレスだ。

 もはや修復する事は不可能。

 燃え滓のような魔力でギリギリ立っていただけだったのだ。


「もういいガサツ。今までご苦労だった」


 笑い声が聞こえた気がした。

 豪放な笑い声。

 笑え。

 そう俺に言って笑い、そして死んだ。


「あんたがいたから、俺は笑えたんだ」


 残った手が肩に伸びる。

 そして届かずに落ちた。

 胸の古鍵が澄んだ音を立てて割れ砕けた。

 それきり、ガサツが動く事はなかった。






 ダニエルのところに戻り、これからの作戦を考えた。

 ハルモニアが残っていた兵士2千の中から士官クラスの人間を呼び集め、情報を精査する。

 このまま化け物が迫れば、3日としない内にトレマへと辿り着く。

 戦術魔法を使うべきだという話もあった。

 それも結局は廃案となる。

 詳細を軍側の人間は決して明かそうとはしなかったが、俺にはなんとなく察しがついた。

 戦術魔法にはヤバい系統がふたつある。

 ひとつは大規模破壊系統だ。

 俺が実際にこの目で見た事があるのは、空の彼方までレイラインを伸ばして、星を降らせるという馬鹿みたいな魔法だった。

 それで都市国家のひとつが地図から消えた。

 後には巨大なクレーターとガレキしか残らなかった。占領も統治もクソもない。何も残らなかった。

 だが、これでもマシな方なのだ。

 もうひとつは殲滅系統だ。

 生物に甚大な被害を及ぼす広域拡散する毒や疫病に近い。

 あらゆる生物の神経や血肉に作用し殺す。

 そういう魔法なのだが、これには副作用とも言うべき恐ろしい二次被害が出る。

 それが俗に言う呪いだ。

 大地に、川に、空気に、いつまでも残り、そこに生物が繁栄することを頑に拒む。

 人間、魔物、獣だけでなく、虫の一匹、草の一本すら存在しなくなってしまう。

 汚れ、染まる。

 永劫に。

 恐らく、ウムラウトの戦術魔法は後者なのではないだろうか?

 そういうえげつない魔法に比べれば、俺の使う魔法なんて可愛いものだ、と言いたいのだが、今ババアが差し向けている化け物のことを思えば、そんなことは言えないに決まっていた。

 なにしろ、何もかもを飲み込む死体の山が動いているのだから。

 話し合いは長く続いたが、最終的には俺が提案した作戦が採用されることとなった。

 ワグナー将軍から一任されてきているというのも大きかったし、なによりも成功すれば一番被害を少なく出来る。

 例え、この国の大地を汚染することになるとしても、その前に試せることがあるなら、試してからにしたいという思いもあったのだろう。


「カドモス。君は一度、休んだ方が良い。どれくらい寝ていないんだい?そんな顔をしていたら、成功するものも、成功しなくなるよ」


 その声に顔を撫でる。

 確かに満足に休んではいなかった。あの砦でも、いつブレーヴェが襲いかかってくるか分からなかったために、ゆっくりとは寝ていない。

 眠れる気はしなかったが、それでも魔力を十分に回復させたいという思いもあった。それに夜中にあの化け物に戦いを挑むよりは、状況を把握しやすい明るい昼の方がやりやすい。

 ダニエルの言葉に従って、俺は休むことにした。






 ダニエルの本邸、その客間のベッドに入った。

 さすがに自分の邸に戻る気にはなれなかった。

 あそこには何が仕掛けられているのか分かったものでは無い。

 ここももしかしたら何か仕掛けられているかもしれないが、俺の邸とは違って、ダニエルの従者や家族の目が多かったこの邸の方が遥かに安全だろう。

 それでも、念のためにと調べられるところは調べ、こうしてベッドに入った今でもアカツキもエキオンも調べて回っている。

 目を閉じても、ただ視界が暗くなるだけで、とても眠れるとは思えなかった。

 これからの作戦のこと。

 ルークのこと。

 今も戦っているであろう、将軍とブレーヴェとの戦闘のこと。

 気にかかる事はいくらでもある。

 ババア。

 アーレス。

 それを振り払えば、今度はガサツのことが頭に浮かぶ。

 生きて旅した期間は長かったように思った。

 だが、実際に骨身になってから旅した期間の方が遥かに長かった。

 バレット将軍。

 あんたの教えがなければ、俺は今まで生きては来れなかったよ。

 その教えは今も俺の中に生きている。

 生かされているのだ。

 生かされてきたのだ。

 死んでなお。

 今もなお。

 だからこそ思う。

 死にたくない。

 俺は死にたくなかった。

 ババアの声が聞こえる気がした。


 それで?

 生きてお前は何をするんだい?

 誰かを殺すんだろう?

 それでまた自らのアンデッドに加えるんだ。

 そうしないと生きられやしないんだから。

 お前も悪魔だ。

 自ら進んで悪を為す。

 悪を為せ。

 ビフロンス。

 悪と成れ。

 坊や。


 ノックの音がした。

 最初、俺はエキオンかと思った。

 だが、考えればエキオンがそんなことをすれば、またハルモニアがじっと俺とエキオンを見ることだろう。

 扉を開けると、そこにいたのは夜着の上にケープを掛けたハルモニアだった。



ブレス・オブ・ドラゴンフレイム=人間が使える炎の魔法でも最上位。ドラゴンのファイアーブレスを模した魔法。ただし、本物のドラゴンのファイアーブレスよりも範囲も威力も数段劣る。

トライアングル・ストーム=コールサンダーに代表される、天候再現系の魔法でも上位。悪魔フュルフュールの能力を模した魔法。

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