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スケルトンの述懐  作者: ぎじえ・いり
本物のビフロンス
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救国の英雄

 キャロン砦というのは、俺がこの国に訪れて最初に見たあの砦のことだった。

 堅牢そうだった砦は、今はもう破壊され、戦略的には存在していないという。

 それはにわかには信じがたいことだった。あのドラゴン、タイフーンが現れた時だって、すぐに街が崩壊とはならなかった。ならば、その化け物はドラゴン以上の化け物ということになってしまうではないか。

 報告は続く。

 兵士には理解がなかったために、あやふやな部分もあったのだが、俺にははっきりとそれがなんなのか分かった気がした。

 おそらく、種類で言うならば、それはゾンビなのだろう。

 骨身のスケルトンとは違って、血肉を残したままアンデッドにした人造の魔物だ。

 要は血肉の有無による違いとも言えるゾンビとスケルトンは同じ魔法で造られる。ネクロドライブ。それを使える者がアキュートにいるということ。

 そのゾンビの塊は大森林をまっすぐに突っ切ってきた。まるで小山が動くようだったという。

 ゾンビの塊は何かの形をなすでもなく、ただ山ごと移動するように砦に近づいた。

 そして砦を目前にした時、まるで首をもたげるように空へと伸び上がり、それはそのまま砦の壁面を一撃の名の下に粉砕。そしてそこに取り付き、中の兵士たちはその餌食となった。

 通路という通路がゾンビで埋まる。兵士たちは追いつめられ、いくつものゾンビが手を伸ばし、掴みかかってきたという。

 武器も、魔法もなく、ただ掴み掛かるという単純な攻撃。そして掴まれた者は引きずり込まれる。無数の手に引かれるままに、ゾンビの山の内側へと。

 それは捕食だ。

 食われたのだ。

 そうして食われた兵士は戻っては来ない。圧殺か、窒息か。何にしても、助かるはずがない。

 表面の1体2体を斬り殺しても意味は無い。

 魔法で攻撃しても、何体かのゾンビが表面から落ちるだけ。

 それこそ今対峙しているスケルトンと同じくらいのゾンビがまとまっているのかもしれない。

 キャロン砦は遺棄され、残った僅かな兵士はトレマへと逃げた。

 それを追うように、今もゾンビの塊は侵攻しているという。

 ゆっくりと。人の歩みよりも遅いスピードで。

 俺は話を途中からは聞いていなかった。

 やっと全体像が見えた。

 アキュートはドラゴンに襲われた後、無政府状態のまま他国からも放置されていた。自らで自らを助ける術もなく、他国は手を差し伸べない。

 何もかもが破壊され、きっと死体を埋葬する気力すらなく、日々は過ぎていった。

 そこに現れたのだ。

 本物のビフロンスが。

 死体という死体を集め、生きている者を皆殺しにし、そしてそのゾンビの塊を造り上げた。

 ブレーヴェはそれをいち早く察知して、同盟を組んだのだろう。

 協力してウムラウトを滅ぼし、領土を分け合うつもりだったのか、それとも俺の死体を見返りとしたのか。

 俺はウムラウトを寄る辺とした。

 その力を頼りとして、ババアに対抗するつもりだった。

 それをあざ笑うかのように、ババアもまた利用したのだ。

 ブレーヴェを。

 俺がどこかを寄る辺とするならば、その寄る辺ごと壊し、殺すために。

 ウムラウトとアキュートの間にはハーチェク大森林がある。そのために、情報が遅れた。その遅れを有効に使い、ブレーヴェとババアに出し抜かれたのだ。

 ブレーヴェと対峙している間に、ババアがトレマを落としてしまえばゲームは終わり。だからと言って、この戦場を放棄してトレマに戻ろうとすれば、後ろからブレーヴェに襲われてやはりゲームは終わりだ。

 この場に将軍が出てきてしまった時点で、もはや策は完成していた。もう完全にはまり込んでいたのだ。

 室内に沈黙が落ちる。

 誰もが状況を理解し、同時にどうしようもないと考えてしまったのだろう。

 だが、果たしてそうだろうか?


「将軍」

「なんだ?」


 口を開くのも億劫だ、そう言うような気だるさがあった。いかに歴戦の猛将でも、この状況を即座に打破する策というのは出てこないようだ。


「ひとつ、ブレーヴェはミスを犯しました。兵力を惜しんで、してはならないミスをしています」


 俺の言葉に、室内の全員が俺を見る。浮かんでいるのは疑問だった。

 ハルモニアの目にすら、それが浮かんでいる。怪訝そうに、やや目が細められていた。


「その化け物が襲来するのを待つにしても、こうまで何もしないでいる必要はなかったはずです。スケルトンを使い潰すつもりで襲いかかれば良かった。数は向こうが上なのですから、普通に戦えば、向こうが有利。向こうが優勢の状況で今の報告が入れば、こちらは大混乱に陥り、勝負はついた。しかし、ブレーヴェはそれをせずに、ただ待った。どうしてでしょう?」

「それが貴君の言う、兵力を惜しんだ、からでは?」

「化け物がトレマへと襲いかかれば、何もせずともこちらは潰走すると?そこを後ろから攻めたてれば良いと?それにしたって、何もしなさすぎです。やる気がないとすら思えるほどです。急報が入った今ですら、ブレーヴェは動いていない。なぜか?答えは簡単です。動けないからです」


 俺の言葉に何人かが口を開けた。俺が何を言っているのか理解出来ないようだ。


「この状況をつくり出すためには、ひとりの存在がキーとなっています。本物のビフロンス。たったひとりのネクロマンサー。それを考えれば、どうしたって不自然なことがあります。それは、これだけのアンデッドをどれほどの期間で、たったひとりで造り上げたのか?です。魔力には限りがある。一朝一夕に造り上げる訳にはいかないはず。ましてやビフロンスがアキュートにいるのならば、ブレーヴェにあるスケルトンはいったいどれほど前に造り上げたのか?あれほどの数を移動させるだけでも、かなりの時間がかかる。7千なんて数は、私でもすぐに造り上げられやしない」


 それに、そのゾンビの塊なんてものが造れるならば、ババアは嬉々としてそちらに取りかかったはずだ。

 ただのスケルトンを数だけこなして造るのなんて、面倒でしかたなかったはず。

 やりたくないとすら思っただろう。

 ならば、手を抜いたはずだ。


「あのスケルトンは出来損ないだ。満足に戦うことすらできず、ただ立って、歩いて、それだけの木偶人形だ」


 それならば、魔力は最低限で済む。魔法も簡単なものとなり、大幅に時間は短縮出来る。

 俺でも似たようなことはアキュートでやった。

 サイクロンと対峙した時に、死体を立ち上がらせた。

 多分、その程度の魔法なのだ。

 魔力が残っている限り、その単純な命令を維持するだけの出来損ない。

 ブレーヴェはきっと頭を抱えたことだろう。これでは約束が違う、と。

 あの村にスケルトンがいたのには理由があったのだ。

 偽装のためだ。

 あそこでスケルトンと出くわせば、後に進軍してくるスケルトンが紛い物だとは思わない。あれほどのスケルトンにどう対処すれば良いのか?と頭を抱えることになる。


「歩くだけしか出来ないスケルトンだからこそ、攻めかかってはこなかった。ただ待ったのです。化け物が襲いかかり、こちらが浮き足立ち、自ら潰れていくのを」


 兵を半分に分けたり、トレマに戻ろうとしたり、どう対処しようとしても、今の兵力をここにそのままには出来なくなる。

 その瞬間を狙おうとしたのだ。

 実際の兵力、1万3千では、砦を落とすには損害が出てしまう。それを惜しみ、スケルトンが木偶であることを悟られないように、今に至っても待ち続けている。


「それでも問題は変わらないだろう。敵軍が目前にいて、魔物が後方へと襲いかかっている。7千がゴミの集まりでも、実際に1万3千の敵がいる。それをどうにかしなければ、動くことはできん」


 将軍が苦虫をかみつぶしたように、現実を告げる。

 ああ、そうだ。その通りだ。


「だから、将軍は目前の敵軍を可及的速やかに撃退してください。ここにあるウムラウト全軍で。化け物には私が向かいます」

「……お前さんが?たったひとりで?」

「お忘れですか?私が大戦時になんと呼ばれていたのかを」


 孤軍。

 ひとりだって軍と対等に戦える、恐るべき傭兵。


「お忘れですか?私がウムラウトを訪れ、何をなしたのかを」


 奇跡。

 同種の他に天敵を持たないドラゴンを個でもって打ち倒した英雄。


「今更、砦を落としたくらいがなんでしょう。それならば私もやったことがあります。それもただの子どもだった時分に」


 砦落とし。

 純潔と称された無敗の砦を単独で落とした恐るべき少年兵。


「お任せを。私がこの国を終わらせたりはしません。なに、ドラゴンよりも恐れるべき敵なんて、この世には存在しないでしょう」


 気軽そうに言った。

 なにしろ、そのドラゴンと同じくらいに恐るべき敵である、フェレータですら俺は打ち倒しているのだ。

 そう考えれば、敵なんていない。

 そう、周囲が信じ込めるように、笑って言い放つ。

 誰もが俺を見ている。

 その目にあるのは期待だった。

 信じて良いのか?という疑いはない。むしろ、信じたいという希望だったかもしれない。

 それでも、絶望に打ちひしがれて、何もせずに潰れていくより良い。


「そうだな。いや、そうだったな。ならば、今一度、英雄殿にお願いしたい。どうか、この国を救ってほしい。お願い申し上げる」


 将軍の言葉に頷いた。


「では、化け物は私が打ち倒します。将軍はブレーヴェを」


 俺が立ち上がると、皆が一斉に立ち上がり、敬礼した。見事な敬礼だった。

 俺はそれに返礼する。

 その中に見た。

 ひとりの女が笑っているのを。

 硬く閉ざされたつぼみが開く瞬間を見た。

 穏やかで、とても良い笑顔だった。

 ハルモニアが笑っていた。

 笑って俺を見ていた。

 そこには未来の希望がある。

 これからがある。

 それを潰えさせる訳にはいかないだろう。


「では、行きます。ハルモニア、行くぞ」


 ハルモニアがちらりと将軍を見た。

 将軍は頷いた。

 将軍も、ハルモニアも、もう疑っても仕方無いだろう。

 俺を。

 そして俺もだ。

 この国を救う。

 それだけの未来だ。

 未来を目指すように、トレマへ、敵の下へと急いだ。


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