レギオン
ハルモニアを荒らされていない綺麗な家へと連れて行き、そこで休ませることにした。
休んでいる間に俺とスケルトン、それに兵士たちと一緒に柵に串刺しにされたままの村人たちを葬ってやる。
スケルトンの残骸は一応、なにかの証拠として必要になるかもしれないので、埋めずに後でトレマへと運ぶことにした。
ゲヴィンの死体もトレマに持っていく必要があるだろう。
勿論、この男の身体を使ってスケルトンを造ったりもしない。
例えスケルトンソルジャーが造れたとしても、使う気にはなれなかった。
念のために、村の中に伏兵がいないか、あるいは生き残りがいないか調べて回ったが、結局は何も無かった。
やがてハルモニアが俺の前へと姿を現した。
そこにあるのはいつもの無表情。
なのだが、目の端が真っ赤に染まっている。
「ご迷惑を、お掛けしました」
「いいや、そうでもない。さて、任務は片付いた訳だから戻るか」
「……はい」
振り向きかけて、思わずハルモニアの顔を見直した。
今、微笑んでなかったか?
だが、その時にはハルモニアの方が馬を取りに離れてしまっていた。
「……見たか?」
「ん?なにをだ?」
思わず、エキオンに尋ねたが、エキオンも見ていなかったようだ。
肝心な時に役に立たない奴め。
思わず言ってやりたくなったが、エキオンもこんなことで罵られたくはないだろう。
まあいい。
これから笑うことだってあるだろう。
ハルモニアの望みは叶ったのだから。
馬を駆って戻ってきたハルモニアの目が細められていることに気付く。
……まあ、笑いもすれば怒ることもあるだろう。
だが、何に怒っているんだ?
そう思う俺へと放たれた言葉には緊迫感があった。
「カドモス様、新手です。いや、あれはブレーヴェ軍の本隊かと」
「……なんだと?」
どうやら復活したハルモニアに、兵士のひとりが報告したようだ。
この村にも物見櫓のひとつもある。
そこで監視していた兵士だった。
「エキオン」
「ああ」
「……は?」
あぁ……エキオンの馬鹿め。
直前まで俺と話していたからか、つい言葉を発してしまったのだろう。
お前の名前は今日からマヌケだ。
「今、言葉が……」
「ん?なんのことだ?」
「エキオンが話しませんでしたか?」
「いや?なんでそう思ったのかは知らんが、俺の声をエキオンのものだと勘違いしたのか?」
「いえ、勘違いなどでは」
「時間が無い。行くぞ」
強引に切り上げて、物見櫓へと急ぐ。
その間、ハルモニアはじっとエキオンを見ていた。
これ以上、何か言えば余計に怪しいから何かを言う訳にはいかない。エキオンもごまかすべきだと分かっていて、エキオンの言うところのスケルトンの振りというやつをしていた。
俺から見れば、逆に怪しくなるからやめろと言いたいところだが、ハルモニアの前でそんな命令は当然、出来ない。
物見櫓へとエキオンと共に登ると、確かに遠くに何かが蠢いているのが確認出来た。遠眼鏡で見ても、正確には認識出来ない。
ところが、エキオンには分かるようだ。
物見櫓は狭く、ハルモニアは入れなかったために、登ってきていない。
それでも小声で俺に告げる。
「スケルトンがいるな。勿論、人間の軍勢もだ」
「数は?」
「さすがにそこまではな。まあ、それは下で彼女に聞けば分かるだろう?」
確認が出来たならば、ぼんやりと眺めていても仕方無い。
「ブレーヴェが通常動かせる兵力はどれくらいだ?」
「情報部の話では、1万5千くらいが現状での戦力だと聞いております」
エキオンは念入りにハルモニアの視界から外れる位置にいた。
ちらりとエキオンを見れば、エキオンは頷く。
雰囲気的に、それくらいいてもおかしくないということだ。
「ここにいても、どうしようもないな」
「砦に行きましょう。それとトレマにも知らせなければ」
ゲヴィンが成功しようと、失敗しようと、ブレーヴェは侵攻するつもりだったのだろう。宣戦の布告なんておかまいなしだ。
もしかすると、アイツは大義名分にするために切り捨てられたのだろうか?
自国の兵士がウムラウトに捕らえられ殺されたとか、最初から言いがかりをつける気ならば、こんな無理のある話でも理由に出来る。
ただ、侵攻の前に俺の死体を確保できるならと待っただけか。
どうして失敗したことが分かったか?
それはどこかですべてのスケルトンの依り代が壊れたからだ。
つまり侵攻の合図を俺自身が出したようなものだった。
「マヌケだな」
俺の言葉にエキオンが俺へと眼窩を向けた。
……俺も、お前もな。
エキオンは念入りにハルモニアの視界から外れるように移動していたので、今のは見ていなかった。
ただ、そういう行動をあまり念入りにされると、余計に怪しいからやめろと言いたい。
溜め息を吐く。
「余計なことを考えている場合じゃないな。行くぞ」
集結し、すぐに村を出た。
スケルトンの残骸をそのままにして。
ゲヴィンの死体だけは持ち去った。
こんな奴がデスナイトにでもなって再び現れるなんてことがあったら、またハルモニアに負担を掛ける。
例え、そのデスナイトの精神が生前とまるで違うモノになっていても。
砦を目指して駆け出した。
ブレーヴェが砦の前に布陣している。
その数は2万。
中でも異質なのは最前に並んでいるスケルトンの兵たちだった。
背格好はバラバラ。
装備もちぐはぐ。
鎧を着るものもいれば、骨身の裸身をさらすものもいる。
武器にいたっては剣からこん棒、それこそそこらで拾ってきたような石を持つものもいた。
大人も子どももない。
まるで国中から死体を集めてきたような、そんな印象だった。
「これが無敵の軍隊か」
笑い飛ばしたいところだったが、その数は5千どころか7千もいた。
これだけの死体がブレーヴェにはあったというのか?
どうにもそうは思えない。これではあまりにも近い時期に死に過ぎているだろう。
むしろアキュートから持って来たのではないだろうか?
そう思えば納得ができる。
ひとりの女の顔が浮かぶ。
フェネクスはババアを毛嫌いしていた。手を貸すことは絶対にないはずだ。
ならばこれはフェネクスとは関係ないことなのだろうか?
こんな事態になる前に現れても良さそうだったが、フェネクスの姿はどこにも見えなかった。向こうから現れない以上はこちらから望んで連絡を付けることはできない女だ。確認のしようはない。
スケルトンたちは彫像のように、動くことなく立ち尽くしている。
スケルトンは文字通りに死兵だ。
死を恐れず、身体のどこに損傷が起ころうとも、顧みずに突き進み、命令をまっとうする。動けなくなるその時まで。死を恐れて逃げ出そうとすることもなく、怒りも悲しみもなく、淡々と役目を全うする。
ただのスケルトンでもこれだけの数を揃えて押し寄せてくれば、ただでは済まない。確かにある意味、無敵の軍隊だ。
「だからこそ、ネクロドライブを戦術魔法とはしなかったのですね」
ハルモニアの言葉に頷いた。
もう明らかだ。
ババアはどうやらブレーヴェにいるらしい。それで急遽、戦術魔法指定とはしたくなくなった訳だ。
俺も、ハルモニアもあれから砦に向かい、そのまま残った。
トレマに戻る前に、ここで出来ることがあるならやっておきたかった。
俺がいれば、敵も味方も死ねばそれだけ兵が増やせる。
砦の兵力を少しでも増強し、砦の防御力を酷使して消耗戦を強いれば、トレマからの援軍をギリギリ待てるのではないか?
そう思ってのことだったのだが、ブレーヴェは動かなかった。
砦を包囲するでもなく、対峙するように布陣したまま1日、2日と時が過ぎる。
まるで何かを待つように。
こちらにしてみても、トレマからの救援が来る時間を稼ぎたかったのだ。だから、下手に突ついたりせずに睨み合った。
時折、魔法兵らしきものが魔力を補充するのが確認できた。
が、ババアらしき姿は見えないまま。デスナイトらしき姿も確認出来なかった。
そうこうしている内に将軍が自ら率いて、トレマからの救援が到着した。
兵力はもともと砦にあった5千に加えて1万6千となった。今のウムラウトの総力に近い。
ぼろぼろのトレマよりは、無傷のこの砦で戦う方が良いと将軍は判断したのだろう。
不自然を通り過ぎて、ブレーヴェの人間の無能を疑ったのは、トレマからの救援が砦に至っても尚、微塵も兵士を動かそうとしなかったからだった。
「どう思います?」
完全にもう俺ではこの状況を判断することが出来ず、自分の考えを述べるよりも先に将軍に尋ねた。
作戦室には俺と将軍だけじゃなく、参謀、それに有力な部隊の隊長の姿もあった。
悠長に作戦会議か、なんて皮肉のひとつも言いたくなるような状況のはずなのだが、依然としてブレーヴェは動かない。あれで士気が保てるのだろうか?
「分からんな。だが、このまま睨み合っている訳にもいかんだろ。あちらさんには兵站の問題だってあるだろうし、こちらも付き合ってやれるほど暇じゃない。結局、問題はあのスケルトンだろ?」
将軍の言葉に、室内の全員の目が俺に向く。
中には窺うような目をしている者もある。
それはそうだろう。スケルトンなんてものが国内にウロウロし出したと思ったら、この戦場だ。
まるで俺が起こした戦争みたいではないか。
既に本物のビフロンスについては事前の説明がなされている。それでもにわかには納得出来ないはずだ。
「スケルトンに恐怖はありません。ただ命じられたままに、命じられたことを実行するだけです。例え足をもがれようとも、腕がなくなろうとも、それで意志がくじかれることはありません。身体に欠損が生じれば、魔力が漏れ出て弱まりますが、それもすぐではないので、戦場のように多数の人間が入り乱れる状況では、魔力がなくなるまでにひとりくらいは道連れに出来るでしょう。敵はすべて死兵だと思ってください」
それが五百や千ならともかく、7千だ。1体がふたりを道連れにされたらそれだけで1万4千が吹き飛ぶ。
勿論、そんなことは有り得ない。ただ、普通の兵士とは違って容易に使い捨てに出来る戦力が潤沢にあれば、こちらよりも大胆な作戦が取れてしまう。
「無茶苦茶だな」
「一番良いのは、近づかないことです。広範囲に炸裂するような魔法が有効でしょう。ただ、それを向こうも分かっているでしょうから、スケルトンだけに突入させずに、レジスト出来る要員を混ぜてくるはずです」
向こうにババアがいるのなら、スケルトンに何が出来て、何が出来ないかなんて先刻承知だ。
なにしろ、向こうは大戦の最盛期に戦場で暴れ回っていたのだから。
「戦場で女の笑い声が聞こえたら、武器を捨て、鎧を脱ぎ捨てても逃げろ、か」
「……そう言われていたようですね」
「何を馬鹿なことを、と、こうして対峙すると笑えねえ」
スケルトンに人を殺させ、そして人が死ねばまたスケルトンが増える。
ゲームだったらバランスが悪過ぎるだろう。
こちらは盤上から駒を失ったら回復させられないのに、敵は新たな駒を入手できるのだから。
勿論、こちらにだって俺がいる以上は駒を増やせる。問題は、それを兵士達が果たしてされたいと思うか、だ。
俺は分かっていながらも、口にはしなかった。
「向こうには子どもまで使ったスケルトンがいました。スケルトンの実力は生前の肉体の記憶次第ですから、そう考えれば7千の内の半分以上は弱兵だと考えて間違い無いはずです」
言っているのはただの気休めだな。
そう内心で自嘲しながらも、口にした。ここには部隊を率いる者もいる。そうした者たちに、部隊を鼓舞し、勝てる要素を見出せるような言葉を持ち帰ってもらう必要がある。
例え気休めでも、言うべき言葉がなくてはならないのだ。
「まあ、向こうは砦を無傷で残した。もしかするとあのスケルトンが本当にただの虚仮威しっていうのは考えられるな」
将軍も俺の言葉を後押しするように付け加える。俺の言葉よりも、歴戦の将軍の言葉の方が重く受け止められたようだ。
たったひと言だったのだが、それだけで室内にややほっとしたような空気が流れた。
虚仮威しでも、そうでなくとも、もう敵は目前にいるのだ。勝つための作戦を用意し、それを実行しなくてはならない。
今までの雑談のような確認から、実際の作戦について話そうとした時に、扉が乱暴とも思える調子で叩かれた。
「なんだ!?」
扉の近くにいた隊長格の男が、うるさいと叱るようにして扉を開く。
入ってきた兵士の顔は蒼白だった。
蒼白にもなるだろう。
そいつが持ってきたのは、最悪の報告だったのだから。
「あ、アキュートより化け物が襲来しました!大森林を抜け、キャロン砦を襲撃!砦は半日ともたずに破壊され、現在もトレマに向かって進行中です!」
まるで無数の死体をくくりつけたような、砦と同じくらいに巨大な化け物。
それは俺もこの時はまだ知らない化け物だった。
後で名を知ることになるその化け物の名はレギオン。
数多の死体が絡み合い、それぞれが個別でありながらも、ひとつの巨大な生き物のように動き回る、群体アンデッド。
それがこのウムラウトに現れたのだった。




