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スケルトンの述懐  作者: ぎじえ・いり
本物のビフロンス
35/48

百舌の速贄

 途中の砦に寄り、馬を替える間に情報を集めた。

 現状、他の村には被害は出ていないと言う。

 それどころか、スケルトンらしき集団は今も襲撃した村にいるのではないかと思われるなんて話だった。

 襲撃し、留まり、それでどうするのか?

 強盗目的なら、さっさと奪う物を奪って去れば良い。

 たかだか50人程度で占拠をして、それでどうするつもりなのか?これが盗賊の仕業ならば、意図が良く分からない。

 その正体がブレーヴェだったとするならば、僅かでもウムラウトの兵士を誘い出したいというところだろう。それにしたって留まったりはしないはず。居所を掴ませないようにして、近隣の村を荒し回るのが上策というものではないか。

 村の近くまで馬を進め、遠眼鏡で確認すると、どうやらそれらしい影はある。頭まで隠した鎧姿がいくつか見えた。

 だが、それ以上に気になるのは。


「待て、ハルモニア」

「あのような非道を放置する訳には」


 すぐにでも飛び出しそうなハルモニアを抑える。

 村の周囲には魔物避けの柵がある。

 その柵の先にはいくつもの死体が連なっていた。

 まるで死体の壁だ。

 見せしめにしたって、これはやりすぎだ。

 未だに大戦が終わっていないとでも勘違いしているんじゃないのか?


「まずは周囲に伏兵がいないか確認だ」


 わざわざ村の中に入り込んでいるのは、こちらに入り込んで欲しいからというのは十分に考えられる。

 ハルモニアの兵をいくつかに分け、手早く行う。

 結果、村の周囲に伏兵の姿は確認出来なかった。

 その間にも監視を続け、事前の情報の数は村の中にいる可能性は高いと思えた。

 あの柵の死体の数を見るに、村の中に生きている人間が残っているとは考えにくい。人質がいないのなら、突入してしまうのが手っ取り早い。


「じゃあ、まずは俺とスケルトンが突入する。ハルモニアはもう一方の出口に兵を配置しておけ」 

「敵の数は決して少なくありません。全員で突入した方が宜しいのではないでしょうか」

「それだといくらか取り逃がす可能性も出てくる。あんな馬鹿をやる連中だ。逃したくない」

「しかし」

「少しは信頼しろ。ドラゴンだって倒したんだ。盗賊相手に後れをとることはない。行くぞ」


 スケルトンに号令をかけ、馬を走らせた。

 今回はすべてのスケルトンにスケアクロウの馬を用意したので、それぞれが騎乗している。

 ただし、バンザイだけは騎乗出来ないので、ゴキゲンの後ろにへばりついている。連れて来ても仕方無いのだが、置いておいても仕方無い。それに、出がけに迷うと、こいつは抗議してきた。

 言葉はない。身振り手振りで不満を示す。まるで駄々をこねる子どもだ。

 こいつは本当に俺自身の何が反映されているというのか?こいつの魂の根源が俺であるとはとても思えない有様だった。そうまでされて置いていっては、邸で何をやらかされるか分かったものでは無い。

 最悪邪魔になったら、村の外にでも放置すれば良いと思っていたのだが、今のところはおとなしくしている。頼むからそのままおとなしくしていてくれ。

 村の入り口は開け放たれていた。

 どうぞ入って下さいと言うように。

 じりじり様子を見ながら入っても仕方無い。

 エキオンを先頭にして飛び込むように村に入る。

 接近する騎影を確認して動いたのだろう。

 村の中には誰ひとりの姿もない。

 柵に連なる死体を下ろすのはすべてが終わってからだ。

 村の奥へとスケルトンを称する者たちの姿を探す。

 馬にかける紐も、落とし穴もない。何か罠があるかもと疑ったのだが、それすらもなく、中央広場にさしかかる。

 不気味なほどの静けさだ。

 聞いている数は決して少なくなかったのに、どこに隠れているというのか?


「ああ、そうか」


 ぽつりとエキオンが呟き、馬足を緩めた。


「どうした?」

「すまない。そうか。まあ、まずくはないんだが、してやられたな」


 周囲の家の扉が一斉に開く。

 ひとり、またひとりと剣を手にした鎧姿が歩いてくる。

 手にする剣には錆び付いたように濁った赤で彩られていた。

 俺とスケルトンを取り囲むように、ゆったりとした足取りで近づく鎧姿。

 全身を金属で覆い、その頭だけが覆われていない。わざわざ自らが何であるのかを証明するように。

 その頭にあるのはただの骨身。

 かぶっているのではなく、それしかない。

 スケルトン。

 骨身の魔物。

 40を超える死体の群れが取り囲んでいる。


「村人が正しかったって訳か」


 思わず苦笑した。

 今まで実態の伴わない噂ばかりに晒されてきた。

 それで気が緩んでいたのかもしれない。

 本当のことなんてあるはずがないと。


「でもまあ、やることは変わらない訳だしな」


 エキオンの言葉に頷いた。

 どれも普通のスケルトンばかりだった。

 中には俺のスケルトンソルジャー並みのものもいるかもしれない。

 だが、それでも何も問題は感じない。

 ババアは俺を舐めているのか?

 これでは足止めにもなりやしない。


「さて、命令だ。すべて滅ぼせ」


 俺の従えるスケルトン達が武器を手に取り、馬を駆る。

 骨身と骨身の争い合いが始まった。






 悲鳴も呻きもない。

 武器と鎧の立てる金属音だけが無人の村に響き渡る。

 そんな奇妙な戦場は俺自身も初めてだった。

 右を見ても、左を見ても、スケルトンしか存在しない。

 そんな中を縦横に剣を打ち払って回る。

 味方と敵を間違えるはずがない。

 騎乗しているというのもそうだが、俺のスケルトンはすべて妙な鎧しか着ていない。

 かたや筋肉を模した鎧を。

 かたや骨身の装飾の施された鎧を。

 そして、鮮やかな緑の鎧を。

 ただのスケルトンとは違うのだと言わんばかりに打ち砕いていく。

 すべてのスケルトンをただの骨へと還すまでにはそれほどの時間は掛からなかった。


「これで終わりか?」


 そうエキオンに問えば、エキオンは広場の一方を剣で指し示す。

 そこから現れたのはひとりの騎兵。

 ヘルムを小脇に抱えた壮年の男だった。

 赤髪に白髪が目立つ、どこかキツネを思わせる男はニヤニヤと嫌らしい笑いを浮かべて近づいて来る。

 その後ろに歩きで従うのは、骨身に赤い輝きを宿したスケルトン、以前に俺やハルモニアを襲ったレッドスケルトンと同じものだった。

 数は9。

 ニヤニヤと笑うのは、俺の従えるスケルトンがどんなに優れていようとも、自らの従えるレッドスケルトンが負けるはずがないと確信しているからか。


「本当に英雄様がお出ましになってるじゃねえか」

「どういうことだ?」

「はっ!お前んところの国の貴族様が教えてくれたんだよ。こうして俺がスケルトンを連れて村を襲えば、必ず現れるってな」


 貴族。

 ダニエル?

 まさか?

 国を裏切っていたのはジャックであり、ダニエルは違う。

 ずっとそう思ってきた。

 なのに、実際にはダニエルもそうだったのか?

 瞬時に色々な可能性が浮かび上がる。

 ジャックは本当に死んだのか?

 いや、ジャックは死んだ。間違い無い。

 本当にジャックは裏切っていたのか?

 俺が確かめた事実はない。ただ、そう聞いていただけだ。

 誰に?

 ダニエルに。ルークに。ハルモニアに。

 そう、だがその誰からも特に証拠を見せられた訳じゃない。

 だから、それぞれがどういう真実を掴んでいたのか、俺は知らないままだ。

 ダニエルにはババアの捜索を頼んだ。

 そしてもしも、見つけていたのならば?

 接触し、ババアの協力者となっていたのならば?

 すべてに辻褄が合ってしまわないか?

 ババア、スケルトン、ブレーヴェ、いや、それどころかイースを操りジャックを殺したことも……。


「後は英雄様を殺して、死体を持ち帰れば任務完了だ。スケルトンってのは最高だな」


 男が笑う。

 こうやって何もかもをふっ飛ばすのは気持ち良いとばかりに。


「ひとつ聞く」

「なんだよ?」

「お前、もしかして、ゲヴィン・クランか?」

「お、良く知ってんじゃねえか。そうだよ。ブレーヴェが誇る第一騎兵隊を預かる男、それがこの俺だ」


 この男をここに配置すれば、ハルモニアは絶対に向かう。

 そうなれば、俺も動くと思ったのか。

 もしも、俺もハルモニアも動かなければ、きっと訳知り顔で情報を漏らしたのだろう。

 仇がここにいるのに、それを討たないのか?と。


「もう分かった。お前の役割はこれで十分だ。お前と同じ舞台にいるのは不快だ」

「なに?」


 ゲヴィンの顔が怒りに歪む。

 己の従えるレッドスケルトンへと命令する。


「やれ」


 胸に手を当てる。

 そこにある刻印を励起させる。

 鎧を着ているにも関わらず、刻印から光が放たれ表へと現れる。


「アカツキ。レッドスケルトンをすべて壊せ」


 馬から飛び降りたアカツキの胸に光が灯る。

 それは全身へと広がり、茜色の光に包まれる。

 俺はバンザイに向き直って、アカツキの馬の手綱を取るように命令する。

 もたもたとバンザイが馬から下りようとする間にも、アカツキとレッドスケルトンとが激突する。

 最初に2体が剣をアカツキにと振り下ろした。

 アカツキの手に武器はない。

 無造作とも言える動きで両手を挙げる。

 その瞬間には2本の刃が割れ砕けた。

 そしてアカツキの身体が翻る。

 蹴ったのだ。

 そう思った瞬間には、2体のレッドスケルトンの頭が砕けていた。

 ぐんと伸びるように一歩で加速するアカツキは手にしていた刃を1体へと投じる。

 飛来した刃をレッドスケルトンはかろうじてという危うさでもって己の剣で弾いていた。

 だが、まるで重ね合わさるように飛来していたもう1枚の刃でもって首を飛ばされ、崩れ落ちる。

 ゲヴィンの顔から血の気が引いていた。

 口をヨダレでも垂らすんじゃないか?と危惧するようなだらしなさでもって開いたままだ。

 レッドスケルトンの刃はアカツキには届かない。

 掴まれ、蹴られ、砕かれる。

 剣だけでなく、鎧も、その骨身も、何も変わらない。

 こんな相手と良く戦ったものだ。

 俺は笑う。

 何もかもをふっ飛ばす時にはそうするものだ。

 残りのレッドスケルトンが3体になろうという時には、ゲヴィンはもう馬を走らせていた。

 レッドスケルトンに何の指示も出す事なく、ただまっすぐに逃げた。


「アカツキ。残りも任せた。行くぞ」


 他のスケルトンと共に馬を走らせると、バンザイだけが、おろおろするように馬に乗ろうとして失敗していた。


「バンザイ、お前は後からアカツキと来い!」


 俺の命令に敬礼するバンザイを残して、ゲヴィンを追って走った。






 村の外、そこにはハルモニアが待機していた。

 ハルモニアの目が開かれる。

 すぐにハルモニアの表情が変わった。

 いつも無表情な女だ。

 その女がこんなにも感情を露にするのは、今までになかった。

 怒り。

 きつくゲヴィンを睨みつけ、噛み締められた口元からは赤い雫が垂れていた。


「ドジっ子、やれ」


 飛び去った矢は正確に馬の尻へと突き刺さり、驚いたようにその身を跳ね上げた。


「がっ、はぁっ」


 振り落とされたゲヴィンがうめき声を上げた。

 そこに剣を取る間もなく、ハルモニアが槍を突き付ける。

 その刃先はゲヴィンの喉に触れたところでピタリと止まった。

 震えた刃がゲヴィンの肌を割いて血を滴らせる。


「たっ、たぅけてくれ」


 誰も何も言わなかった。

 俺も、ハルモニアの兵たちも、そしてハルモニア自身も。

 ハルモニアの目には怒り以外の感情が見えた。


 焦りのようだった。


 憎しみのようだった。


 哀しみかもしれない。


 ただ強く睨みつけた目の端からは涙が落ちていた。


 何を思っているのかはハルモニアにしか分からない。

 その目が不意に俺を見た。

 睨みつけていた目が開かれる。

 もう何の感情も読み取れない。

 ただ瞳が揺れて、それでも俺を見て、見つめていた。

 涙が落ちる。

 唇の端の血が落ちる。

 いつもの無表情からは想像もつかない、壮絶なまでの悲壮がそこにはある。

 ハルモニアの内に渦巻いているのは、きっと言葉なんかじゃない。

 今までのハルモニアの人生そのものが渦巻いているのだろう。

 ゲヴィンの嗚咽が漏れ聞こえた。


「たすけてくれ、なんでもする!なんでもするから!!」


 その言葉に、再びハルモニアがゲヴィンを見る。

 もうその目は自らの仇敵を睨んではいなかった。

 俺を見た時のまま、見開いた目で、目の前の男を見ていた。


「そうだ。お前はそうやってなんでもしてきた。お前は覚えているか?今まで自分が何をしてきたかを」

「お、覚えています……覚えていることは何でも話します!だから」

「お前が前にこの村を襲った時に、何人を殺した」

「へ?何人って……そんなの」

「そうか。覚えていないんだな」

「いや、違う!覚えています!ちょっとその、違う!違うんだ!!」


 ハルモニアの身体から冷気が漏れたような気がした。

 全身から放たれるような冷気。

 明確な殺意。

 ハルモニアの中で渦巻いていたものが、方向を定めて飛び去ろうとしている。

 感情が意志へと変わる。


「もういい。こんな男に私はすべてを奪われたのか」


 ハルモニアの槍を持つ手の震えが止まった。

 もうすべてが決まっている。

 もう男の結末は見えている。

 だからこそ、その刃先がゲヴィンの首を割く直前に、俺もまたその槍を掴んだ。


「奪われてなどいない。お前はここにいる」


 邪魔をするためじゃない。

 ただ、そうするべきだと思ったのだ。

 槍が突き進む。

 それは俺の力によるものか、ハルモニアの力によるものか。

 ハルモニアにもきっと分からないだろう。

 だから、それで良い。

 いつかこの時を思い出すかもしれない。

 その時に、ハルモニアはひとりで悩むことはなくなる。

 俺も、ハルモニアも、他人を殺すのなんて別に初めてじゃない。

 何人も殺してきた。

 それでも、これはただの殺しじゃない。

 だから、俺は手を添える。

 助ける。

 何からかも分からないが、それでもこれが助けになると信じて。

 刃先がゲヴィンの首に突き刺さり、ゲヴィンは目を見開いて何かうわ言を呟いた。

 そのうわ言すらもハルモニアに聞かせないように、俺は言葉を続ける。


「お前が俺を助けてくれたんだ。だから俺もお前を助けよう」


 血が流れる。

 痙攣する男をハルモニアは見ていた。

 その顔を掴み、俺へと向ける。


「お前は仇を討った。偉いぞ。だからお前はもう自由だ。やるべきことを、やりたいことをやったんだ。もう良いんだ」


 ハルモニアの目は見開かれたままだった。

 どこか焦点の合っていないような瞳に俺の姿を写している。

 その頭を撫でて、繰り返す。


「もう良いんだ。良くやった。終わったんだ」


 やがて瞳が俺を写す。

 とめどなく涙が溢れ出す。

 噛み締められ、血を流していた唇が緩んだ。

 嗚咽が漏れる。

 ハルモニアは泣いた。

 まるで生まれて初めてそうしたかのように。

 それは子どものようで、そんなハルモニアを俺はそっと抱きしめた。


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