騙り
「まさか、貴方までもが疑うんじゃないでしょうね?」
将軍の呼び出しに執務室を訪れると、将軍は見るからに難しそうな顔をしていた。ビリヤードを終えて、ダニエルが去ってすぐのことだった。
「大司教の件か?あいにく、俺はそんなに暇じゃない。お前もな。ナー、説明してやれ」
ハルモニアは事前には説明をしてはくれなかった。ただずっと眉根に皺を寄せたままで、俺をここまで急がせた。
「本日の朝、ここから東にある村から救難の要請が入りました。曰く、スケルトンに村が襲われたので、助けてほしいと」
「……なに?」
大司教の件に続いて、スケルトンの襲撃?
なんの冗談だ?どちらとも、だ。
「一応、兵力を派遣する前に、確認しておこうと思ってな。どう思う?」
「私じゃありませんよ」
「暇じゃないと言ったろ。例の本物の方だ」
憲兵隊に疑いをかけられたのが、自分で考える以上に堪えていたのか、つい否定してしまった。憲兵隊にあれほどスケルトンの所在を確かめられた以上、いきなり俺が知りもしない村にスケルトンが現れるはずがないというのは、合理的な判断だ。
将軍が疑うのはババアか。
確かにババアならば、どこであっても襲いかかって不思議はない。
ないのだが、今、この時にわざわざ村を襲うか?俺となんの関係もない、俺がどこにあるかも知らない村を、だ。
「スケルトンとはっきり村人が言ったのか?」
「そのようです」
違和感。
だが、それをハルモニアに尋ねても、報告を受けただけのハルモニアには答えようがないか。
「村とはどんなだ?」
「ここから東に向かった先にひとつの砦がございます。その先、ブレーヴェとの間にある村です」
あまり豊かではない村だ。ブレーヴェが侵攻してくれば、被害が出ることもある。魔物の被害があまり出ないので、ブレーヴェさえ攻めて来なければ、収穫高は悪くなく、放っておいても良い村では決してない。
ブレーヴェが攻めてくるにしても、普通は宣戦の布告がある。だからこそ、常時において、それほどの兵力が常駐している訳では無い。
もしもババアが兵力の補充を狙うならば、いきなり砦を狙うのではないだろうか?
「今も砦は無事なのか?」
「何かあれば、魔法を使って特殊な知らせが打上ります。それがないということは、無事であるはずです」
いくらババアでも、砦の知らせすら上げさせずには落とせまい。
砦落としが出来ないとは思わない。
俺でも昔、出来たのだ。
俺が出来るならばババアにも出来る。
村を狙い、それだけで終わる。
いくつも違和感があった。
救難を知らせに来れた者がいたということが、まずもっておかしい。
あのババアが襲いかかったならば、誰ひとりとして助からない。誰も逃げられない。誰もがあのババアの奴隷となる。勿論、死んだ後に、だ。
「……騙りではないでしょうか?例えば、全身鎧を着て、その頭に頭蓋骨を括り付けたとか」
その村にはドラゴンの被害はなかった。だから俺は赴いてはいない。スケルトンも同様だ。
ならば、村人は知らなかったはずだ。スケルトンがどういうものなのか。見たことがなかったはず。その実態を。
頭蓋骨が見えて、そう思っただけではないか。
俺の言葉にハルモニアも将軍も黙っていた。考えているのだろう。俺の言葉にどれくらいの妥当性があるのか。騙りだとして、スケルトンを騙る意味はなんなのか。
俺にも気になる事がある。
なぜ、村人がはっきりとスケルトンだと言い切ったのか?
まさか俺はスケルトンだ、なんて名乗ったりしたのか?
それとも骨身の魔物が噂になっていたからそう思った?
「兵力は?」
「報告では50人ほどだったそうです。決して少なくない数だったために、また、村人がスケルトンと言ったために、砦から討伐隊を出さずに、こちらに指示を求めて参りました」
周辺の村を荒らし回されても事だが、ブレーヴェの動きが怪しいこの時期に貴重な兵力を引きずり回されたくない。損耗なく、確実に50人を仕留めるには倍以上は投入したいところだが、そうなると簡単に動かして良い数字じゃない。
もしも本当にスケルトンで俺と何か関係していたら、別の作戦と干渉するかもしれない。
それでこっちまで話が来たのか。
「騎乗してるのはいたか?」
「数は分かりませんが、いたそうです」
「馬に乗っているのがいたのか?馬は?どんなだった?」
「……報告にはありません。ただ、騎乗していたとだけです」
「なら、それは普通の馬だったということだな」
決まりだ。
スケルトンは普通の馬には乗れない。
同じく死せる馬のスケアクロウくらいのものだ。
普通の馬はスケルトンを乗せるのを極度に嫌がる。
俺の馬のように生きているように偽装するにしても、やはり不気味な馬となってしまう。どうしたって普通の馬には見えないはず。
そんな馬だったなら、言ったはずだろう。
不気味な馬を乗りこなす騎兵がいた、と。
それにババアならば、そもそもそんな偽装なんてしない。骨身の馬を平気で乗り回させるに決まってる。
証拠として話すと、将軍も妥当だと認めた。
将軍の方で調べていたレッドスケルトンについても、調べ切ることはできなかったが、ババアの影はどこにもなかったという。
少なくとも、国外から歩いて来た訳では無さそうというだけだった。比較的新しい、放置された木箱が見つかったらしい。
でも、それだけだ。
ババアならば、木箱に詰めて運んだりはしないだろう。それこそ周囲の村をついでで襲いながら、まっすぐに向かってくるはずだ。
少なくとも、村を襲ったのがババアではないことだけは、確かだと思えた。
「どうにもきな臭いな。最近の流れが全部、お前のマイナスになればと思って動いている者がいるようにしか思えない」
最初は大司教との俺との不仲の噂。
次は死んだ大司教殺しの犯人が俺であり、好印象が広まり始めていた教会は俺と不仲であるという噂。
そして、スケルトンによる襲撃。
どれもが俺の名誉を傷つけるために動いているようにしか思えない。
「ならば、私がその村に行きましょう。私とスケルトンがその偽物を討伐すれば、村の者達もスケルトンがどういうものなのかが分かりますし、噂を晴らすきっかけにもなりましょう」
「私もそれが良いかと」
ハルモニアが賛成し、将軍は少しの間だけ目をつぶった。
開くと俺をまっすぐに見た。
「良し。それじゃあ任せる。出立は?」
「すぐにでも」
執務室を辞し、通路を歩く。
先日、この通路でハルモニアを叱責してしまったことを思い出す。
ちらりと見れば、ハルモニアの眉根に皺が寄っていた。
……もしかして、あの時のことを思い出しているのだろうか?
「すまなかったな?」
「……なにがでしょうか?」
どうやら違ったらしい。
「いや、以前にここで怒鳴ったことを思い出した」
「いえ、私は気にしてはおりません。あの時は私の方が浅慮を申し上げました」
そう言って、また黙る。眉根の皺はそのままだ。
「……なあ、何が不満なんだ?何を気にしている?」
怒っているのか?とは聞かなかった。
なぜなら、無表情ないつもの顔に、眉間に皺だけ寄せるという器用なことをしているその様は、怒っているようにしか見えないからだ。
「以前にも、あの村は襲われております。その時は、盗賊の仕業だとされました」
その言葉だけで、ハルモニアが何を考えているのかが分かった。
重ねているのだ。父親を失った襲撃と、今回の件とを。
「今回の件、私にはあの男がいるように思えてなりません」
ゲヴィン・クラン。
ハルモニアの父親を殺した仇敵。
それがいると?
「私の考え過ぎだとは思います。ただ、やり口と申しますか、タイミングと申しますか、どうにも重なるものがあるように思えるのです」
ブレーヴェとの開戦。それは間近ではないかと噂される昨今に、国境に近い村が襲われる。
それが事前の下見である可能性は高い。
「今は、考えないことだな。行けばすぐに分かる」
馬で急げば捜索を含めても、2日と掛からないだろう。
スケルトンには休みが必要無いし、途中の砦で馬を替えることも出来る。
今、あれこれ考え悩むよりも、全力で向かった方が早い。
「そうですね。では、後ほど、落ち合いましょう」
ハルモニアは自身の兵を編成するために、歩き去っていった。
俺も自身のスケルトンに準備をさせなくてはならない。
後ろを歩いていたエキオンとアカツキを振り返れば、ちょうど2体が拳を打ち合わせるところだった。
……仲良さそうだな、お前ら。
「出番だな。そういえば、アカツキの実力を見るのは初めてか」
エキオンと打ち合うところならば見た。
比べてもなんら遜色のない剣技だった。
それどころか、エキオンと違ってアカツキは武器を持たずとも戦える。
グリパンのように剣を振るい、サイクロンのように身体を舞わせる。
それはあのサイクロンの完成形を見るような気持ちにさせた。
見ている俺が戦いたくないと思うような。
アカツキが胸に手をあてて頷く。
それだけの仕草なのに、どこか自信が見える気がした。
「格の違いというのを偽者には見せてやらないとな」
暇だ、なんだと日頃から不満を漏らしているエキオンの声には楽しげな雰囲気がある。
「浮かれて妙なことをするなよ」
好きにしろ。そう言ってしまって起きた事件を俺は決して忘れたりはしない。
それがエキオンにも分かったのだろう。
「あの一件があったからこそ、今の状況があるのではないか?」
ビリヤードをしていた時のルークの言葉を真似ているようだった。
確かに否定することはできない。
だからといって、やはり、俺がエキオンの行動を正当化する訳にはいかないだろう。
「調子に乗るな。別にアカツキだけ連れて行って、お前は留守番でも構わないんだぞ?」
盗賊にせよ、隣国の軍だったにせよ、エキオンとアカツキの2体を連れて行くのは、いかにも過剰戦力に思われた。
どこに行っても、不測の事態というのは起こるものだ。
どちらかを置いていったところで、何の意味もない。
置いていくことは自然、有り得ないのだが釘を刺す目的で言うと、エキオンはアカツキの動作の真似をするように、胸に手を当てて頷いた。
「マスターの御心のままに」
それはアカツキに言葉があれば、そう言っているのだと言わんばかりだった。
しかしながら、アカツキと違って、エキオンがしている動作には違和感しかない。端的に似合っていないとすら思えた。
ふざけたトサカ頭のヘルムなんてものをかぶっているせいかもしれない。
俺は笑い、エキオンは黙った。
遠くに兵士の姿が見えたからだろう。
笑ったまますれ違う。妙な奴だと思われたかもしれない。
それでも良い。
妙な噂は多いし、気苦労は絶えない。
だが、人の中で生きるとはそういうものだろう。
人の中で生きている。
共に戦う者がいる。
自らの手中に力があって、望む敵の姿は近い。
ならば俺は笑おう。
身近にいる笑わない女の分まで笑い、戦おう。
「何もかもをふっ飛ばしてやるって時には、良い顔をしてふっ飛ばすもんだ」
かつて傍らにいる骨身が生きている頃に言ってやった言葉を口にする。
何度だって英雄になろう。
アカツキとはそのための名前だ。
胸の刻印が消える時は俺の命も消える時。
だが、傍らのスケルトンにはそんなことが起こり得るとは微塵も思わせない力を持っている。
何者をも吹っ飛ばして進んでいける。
外に出ると日差しが目に入る。
右手をかざしてそれを遮った。
雲はひとつもない。
馬を走らせるには気持ちの良い日だ。
「良い天気だ」
邸に向かい、スケルトンを集め、馬に乗る。
多少の波風はあっても、穏やかな日常。
それが終わりを告げたのは、まさにこの時のことだった。
◇◇◇
薄ぼんやりとした小さな灯火に腕をかざす。
指先まである左手とちがって、右の腕にはそれがない。
肘から先が失われている。
かつてはそこにはひとつの刻印があった。
エキオンの依り代、それが失われている。
それは敗北の印だ。
負けるなどとは思わなかった。
何もかもを打ち倒せると思っていた。
その結果が今の骨身の身体だった。
それを見ても、後悔はない。
後悔するのは人間だけだ。
だから、そこにある事実を事実として見るだけだ。
あの時にもっと出来ることはあった。
考えれば分かることもあった。
今の理性しかない自分だからこそ、そう判断できるだけ。
消え去った右手で、何を守れたのか。
それが明らかなのだから、それで良い。
少女がそこで笑っているのだから、それで良い。
コレはカドモス・オストワルトではないのだから。
ならば、コレの名前はなんなのか?
時間ならば幾らでもある。
そう、幾らでもあった。
◇◇◇




