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スケルトンの述懐  作者: ぎじえ・いり
本物のビフロンス
32/48

協力者

 翌日、ダニエルの予言通りに軍からの呼び出しが入った。

 ハルモニアに従って軍本部に向かうと、すぐに将軍の執務室に通される。

 エキオンとアカツキを連れていたのだが、軍の方でも俺が暗殺でもされたら事だというのは分かっているのだろう。剣を預けるだけで、簡単に通された。


「すまんな。急に呼び出して」

「いえ。予想はしていましたので」

「まあ、そうだな。お前さんが外に出ている間に状況が大分動いた。正直、ドラゴン騒ぎで兵の数は足りていない。すぐにでもスケルトンを増やしてくれると、助かるんだがな」

「既にそれもある程度、こちらの身内で議論してきましたが、やはり元となる死体が用意出来ないのでは?」


 ドラゴン騒ぎで死んだ者も多かったが、それをそのままスケルトンにする訳にはいかない。既に埋葬もされている。それを掘り起こしてスケルトンにするのは、さすがに民衆も眉をひそめるだろう。


「そうだな。少しお前さんのところの準貴族殿を呼び出して確認したが、結局は難しいだろうという話になった。問題は、この冬の間にブレーヴェが動くかどうかだ。俺は動くと読んでいる」

「でしょうね」


 ドラゴンに荒らされて兵力は不足気味。それに対してブレーヴェは元気いっぱいだろう。冬の行軍は厳しくなるものだが、この状況ならば攻め込んで損はない。

 例えば火を起こすにしても、薪がいる。冬ともなれば煮炊きだけじゃなく、暖を取るにも必要になる。一国の軍隊ほどの規模にもなれば、そこらで拾って済ます訳にもいかない。そんな風にして荷物は増える。

 一度の行軍で消費される秣だって馬鹿にならない。そこらの雑草を食べて、なんてことも出来ない季節だ。

 どうせやるならば、動きやすい季節の方が負担は色々と少なく出来る。常に揉めている相手とやるならば、負担は少ないに越したことはない。

 失敗すれば、それはそのまま次の行軍負担へと繋がるのだから。

 それでもこの状況でブレーヴェが動かない理由は無い。

 こちらは防備の負担を強いられるだけでもキツいのだ。今、攻め込まれては、破られかねないし、負担が増大すればそれだけ復興も遅れる。

 もしも、同時に魔物の被害なんてものが出たりしたら、ブレーヴェ、魔物の双方を撃退出来たとしても、その次が危うくなる。後方を整える時間もないままに。

 将軍じゃなくとも、そんな想像をするのは簡単だ。


「まあ率直に言って、今のところでは壁の修復だったりの復興を継続してくれれば良い。それだけで防備は増すし、民衆の安堵にも繋がる。これ以上のスケルトンを、それこそ部隊を創設するだけの死体はない。ない以上、現状の部隊に組み込んでの訓練なんかも出来ない。実際に、戦場で現地調達してお前さん自身の部隊を造ってくれ」

「まあ、私にとっては今まで通りです。分かりました」


 今日のところは共通認識をつくっておきたかっただけのようだ。

 いきなり戦地に引っ張り出されて、さあ頑張れ、では気持ちの面での張り合いが違う。自明のことでも、こうして直接会って言われていた方が、心づもりができる。

 もしかすると、英雄なんて呼ばれていながらも、軍にはそのまま編成しにくい人間を将軍は扱いかねているのかもしれない。


「それと、だ。俺はこっちの方が気になっている。赤いスケルトンが出たそうだな。それも、お前さんが造った物ではない奴だ」


 ちらりとハルモニアを見た。ハルモニアは無表情のままに頷く。

 つまりは俺の望む通りに報告してくれたということだろう。

 少しばかり、ダニエルの言葉が思い返された。


 ただの監視。

 俺の味方ではない。


 そういうこともあるかもしれない。

 だから、どうした?

 何にしたって、俺ひとりではあのババアに対処できないかもしれない。

 何をしてくるか分からない相手だ。

 それこそ100を越すレッドスケルトンがいきなり強襲してきても、おかしくない。

 それを対処してもらいたいというのならば、備えて貰わなくては。事前に事情を説明し、理解を得なくてはならない。


「あれは本物のビフロンスが造った物に違いないかと」

「俺も噂くらいは聞いたことがあった。言われてみれば確かにそうだった。ビフロンスってのは女のことだった。いつの間にかお前さんのことになっていたがな」

「あれが現れたということは、この近くにビフロンスがいる証。出来ることならば捜索を。被害が出てからでは遅いのですから」

「お前さんが会って話をすれば、それで終わるような相手ではないんだな?」

「それは有り得ません。私は逃げ出してきたのですから。ビフロンスが私にネクロドライブを教えたのは、そうする必要があったからです。弟子を取って、後世に自らの成果を残すなどというためではありません。アレが望むのは死のみです。私もその例外ではありません」


 ドラゴンと同じような災害。

 人の死を願い、その死を自らのために利用する邪悪。

 あれこそ裏切者フェレータと呼ぶにふさわしい人間はいないのではないだろうか?

 そう、あれは人に生まれた魔物だ。理解は出来ない。こちらを理解しようともしない。


「それでもお前さんが名を上げたタイミングで現れたからには、会いに来たんじゃないのか?お前さんに」

「否定は出来ません。もう別れてから随分と時が経っていますし、ビフロンスが今、何を考えているのかは、私には分かりません。しかしながら、アレは私とは違います。人とは違います。会って話して涙して、そんなことなど有り得ません。あのレッドスケルトンが襲いかかって来たのが、何よりの証拠かと」


 ハルモニアに報告して欲しいと頼んだのは、あのババアの危険性についてだ。

 俺にはあのババアが、俺にこそ会いに来たのだと分かる。

 だがまあ、これもひとつの心証だ。確実な証拠はどこにもない。ハルモニアにはその心証を話したが、これは報告しないで欲しいと頼んでいた。どうやらその通りに動いてくれたらしい。

 もしも、ダニエルが危惧した通りならば、ハルモニアは将軍に報告していただろう。俺を目指してババアが来ることを。

 ちらりとハルモニアを見たが、いつも通りの無表情だった。ただ、気にするようにその指にはまる指輪にそっと触れていた。


「お前さんは?今更そのビフロンスの手先だった、なんてオチはないだろうな?」

「そこに確認は必要ですか?もしもそうならば、私はウムラウトがドラゴンによって滅ぼされるのを待ちました。そうして死体を操って更なる力を手に入れますよ。そうすれば人と話して、手間をかける必要が無い」


 結局、俺の人となりはこのドラゴン退治の一事によって保証される。それでこそやった価値があったというものだ。


「話は分かった。だが、捜索は無理だ。そこに割けるだけの人手は無い。で、だ。俺が気になったのは、そのスケルトン、どこから湧いて出た?」

「どこから?」

「そうだ。歩いて来たならどこから歩いて来た?そうでないならば、どうやって来た?俺はそこが気になる」


 言われて俺も気がついた。

 まさかババアがすぐ側まで来て、そこで創造したはずがない。

 それならば会いに来ていたはずだ。

 ババアが側にいなかったのならば、あれはどこからか来たはず。

 歩いて来た?

 それなら騒ぎが起きていたはずだろう。人に出くわせば、必ず騒ぎになったはずだ。それがなかった。

 まるで。


「まるで急に降って湧いたみたいじゃないか」


 確かに将軍の言う通りだった。そこに突然現れたように。


「捜索には人手は出せない。だが、調査にならば少しは出しても良いと思っている。俺はな、誰かが持ち込んだんじゃないか?って思うんだ」


 ババアじゃない誰か。

 それが俺の間近にスケルトンを置いていった。

 納得のできる推理だ。

 納得できないのは、あのババアにそんな人間がいるはずがないということだ。

 まだスケルトンがスケルトンを運んだのだ、という方が納得出来る。

 しかし、それでは突然降って湧いたことには説明がつかない。

 誰の目に触れないように、気を使い、いやもしかすると人の目に触れたのかもしれない。それでも疑問すら抱かせずに持ち運び、あそこで俺と接触するように謀ったのだ。

 それは人間にしかできないこと。

 あるいは、エキオンのような?

 ……まさか、アーレス?

 人の言葉を操るスケルトンはあちらにもいる。

 デスナイト。

 それがレッドスケルトンをあの地に?

 いや、違う。

 違う。

 そうじゃない。

 そもそもだ。

 なぜ、俺があの時、あの場所にいるとババアが知っているのだ?

 それこそ誰かが教えたのではないか?

 誰かは人間に他ならない。

 人から話を聞いて、判断し、それを他の人に話せるのは人だけだ。

 絶対に。

 ならば、これは確定事項だ。

 ババアに協力者がいる。

 未だ死なず、生きて人の世に潜む人間が。

 誰なのだ?

 心当たりは当然ない。

 あんなものと話し合いが出来る人間なんて想像がつかない。

 誰だ?


「カドモス」

「……ああ。いや、何か?」

「その様子じゃ、相当に厄介な相手ということか。ドラゴンを倒した英雄がそんな風になるとはな?」


 思わず顔に手をやる。

 すると、黙っていたハルモニアが口を開いた。


「顔が青いですよ」

「……そうか」

「少し忘れるんだな。ビフロンスの件はそのレッドスケルトンを手がかりに、こちらで少し探す。お前さんは復興の方に手を尽くせ」


 執務室を辞すと、ハルモニアもついて出て来た。


「大丈夫ですか?」

「ああ。大丈夫だ。まさかあのババアに協力者がいるなんてな」

「……何か人が変わるような出来事でもあったのではないでしょうか?」

「あのババアが!?有り得るものか!」


 思わず声が大きくなっていた。ハルモニアが僅かに目を大きくした。つい目を逸らすと、通路の離れた所にいた兵士が俺を見ているのに気付いた。


「すまない」

「いえ」


 気を使われたのか、ハルモニアは次の通路の分かれ道で、用があるからと離れていった。


「らしくないな」


 周囲に人の影がないことを確認してエキオンが話しかけてきた。俺は素直に同意する。


「そうだな」


 きっと俺にとって、ずっとあのババアは恐れの対象だった。そうでなくては困るとでもいうように。恐れ、憎み、そうやって今日まで生きてきた。

 それが今更違う人間像があるなどと言われれば、何が分かるのか?と、反発を抱く。これではまるで子どもじゃないか。

 そういうこともあるかもしれない。

 ババアとて人だ。人ならば変わることもある。

 あのハルモニアにしたって、昔はきっと違ったのだろう。父親が死んで今のハルモニアになった。もしかすると、そんなことを思ったのかもしれない。


「しかし、しばらくはまた土木作業か」


 エキオンがどこか疲れたような様子で言う。実際に疲れなんてない身体のはずなので、心理的なものなのだろう。

 傍らのアカツキに同意を求めるように頭を振ると、意外なことにアカツキは首を同意するように縦に振った。

 ……そんなに嫌か?お前ら?

 そう口にする代わりに、俺は口にする。


「お前らの活躍する舞台はすぐに来る。すぐに、な」


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