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スケルトンの述懐  作者: ぎじえ・いり
本物のビフロンス
30/48

アカツキ

 頭部のみ骨身を露出させ、他は全身を鎧われた1体のスケルトンが眼前に立っていた。

 骨身の色はエキオンのように茜色に輝いている。

 鎧の色はグリパンのそれと同じく緑色なのだが、ほのかに茜色の燐光を放っているようにも見えた。

 すぐに気付く。

 このスケルトンは鎧もその身体の一部としているのだろう。

 全身を覆う燐光、それはフェレータから写し取られたあのレイラインによるもののようだ。

 胸に一際大きな光がある。

 あのフェレータと同じ刻印、それが光っている。


「きれい」


 ぽつりとハルモニアが漏らした。

 確かに綺麗だった。

 エキオンを創造した時にも思った。

 まるで美術品のようだと。

 死体、死、肉体が朽ちた後に残るもの、そんなおぞましい印象はそこにはない。

 見ている間にも、燐光は空気に溶けていくように淡く、ほのかに、やがて消えた。刻印からも光が消える。

 胸に痛みが走る。

 思わず膝をついてしまう。

 胸の痛みによるものじゃない。魔力が底をついている。燐光が消えたのは、俺の魔力が足りないからか。


「大丈夫ですか?」

「……ゴキゲン、水を」


 急に座り込んだ俺をハルモニアが無表情のままに覗き込む。

 心配ない、そう返している間にも、ゴキゲンがかがみ込んで差し出してきた水筒を受け取り、中の魔力の含まれた水を飲む。

 飲みながらも見ていた。

 新たなスケルトンを。

 ……?

 スケルトンは立っている。

 ずっと立ったままだ。

 エキオンが生まれた時には優美とすら思える礼を取ったのに。

 まるで普通のスケルトンのようにじっと佇み、俺に空の眼窩を向けていた。

 周囲をくるくるとバンザイが祝福するように回っていても、なんの関心も示していない。

 ただ、俺を見ていた。

 失敗したのか?

 思わずエキオンを見ると、エキオンは僅かに首を傾げた。

 エキオンにも分からないということか。

 いや、それはそうだろう。

 エキオンを造り出した時と同じような思考に苦笑した。

 そんな俺をハルモニアは窺うように見つめていた。

 このスケルトンはスパルトイではないのかもしれない。

 ドラゴンの因子があっても、ドラゴンそのものの肉体の一部を使って生まれた訳では無い。

 それでも込められた魔力だけは、膨大なのだ。

 なにしろエキオンを造った時と、今の俺とでは魔力量が違う。

 そのすべてを注ぎ込んだ。

 それにハルモニアの魔力すらも注がれている。

 これでただのスケルトンが生まれるはずが無い。

 デスナイトでもなく、スパルトイでもなく、ただのスケルトンでもない。

 ではこれは何なのか?


「俺の言葉が分かるか?」


 言葉にスケルトンは頷いた。

 確かにそこに意志はある。

 俺の意志が、そこにある。

 ならば喋らなくとも大丈夫だろう。


「俺を守り、俺と共に戦え」


 スケルトンは胸に手を当てて頷いた。

 そこにはあの刻印があったはずだ。

 その刻印に掛けて誓うと言うように。

 俺の胸に誓うと言うように。

 俺の胸にあるであろう、依り代たる刻印、それに誓って。

 ずっとずっと夜に生きてきたような気がする。

 スケルトンと共に。

 闇に同化するように。

 人の死に包まれて。

 いつも暗かった気がする。

 どの街にいても。

 どの国にいても。

 どの戦場にいても。

 仲間、そう言えるような者たちもいた。

 でも、すぐにいなくなる。

 いなくなったのに、その身体だけは俺の側に残った。

 俺を守り、俺と共に戦った。

 どこか冷えた感情を持って。

 誰も一緒にはいれないのだと、諦めて。

 俺も胸に手を当てて頷きを返す。

 胸の痛みが消える。

 かわりに熱を感じる。

 まるで火が灯ったようだった。

 誰がくれた火なのかは考えずとも分かる。

 この温かさは忘れない。

 凍てついた大地に、日が昇ったような確かな熱。

 この熱を消してはならない。


「アカツキ、お前の名前はアカツキだ。俺を守り、民を守り、国を守れ。英雄になるんだ、お前は」 


 このスケルトンはグリパンではない。

 サイクロンでもない。

 では何なのか?

 その答えは明快だ。

 英雄だ。

 このスケルトンは英雄になる。

 誰が望まなくとも、俺が望もう。

 誰が叶えなくとも、俺が叶えよう。

 今までの縁のすべてがこのスケルトンにはある。

 俺自身の力で、願って造り出したスケルトンだ。

 だからこそ、英雄にしなくてはならない。

 そうだろう?

 アカツキは頷いた。

 何もないはずの空の眼窩で俺を見つめて。

 確かにそこに意志を感じる。

 グリパンとも違う、サイクロンとも違う、コイツとしての意志を。

 笑って俺も頷きを返した。

 不意に気配を感じて視線をエキオンに移せば、エキオンは、驚いたとでも言うように、僅かに頭を仰け反らせるような仕草をして見せた。

 以前に名前についてごちゃごちゃと言っていたな、そういえば。

 アカツキという名前がそれなりに普通なことに対する反応だろう。

 見るなと指示する代わりに振り払うように手を振った。


「カドモス様」

「なんでもない。気にするな」


 これで戦えるはずだ。

 例えババアがアーレス以外のデスナイトを連れてこようとも、こちらにも力がある。


「そろそろ戻るか……スケルトンが増えているのは、どうごまかしたものか」

「以前に村に訪れた時に、スタンピード騒ぎではぐれていたことにしましょう」

「そんなんで良いのか?」

「他に何か良い理由がございましたなら、どうぞ」


 そう言われても、何も思いつかなかった。

 わずかに憮然とした様子で返されれば、もう俺の答えは決まったようなものだろう。


「いや、それが良い。それで頼む」


 あのレッドスケルトンから救われたことで俺はもう決めたのだ。

 この女を信じると。

 この女が真実俺を助けようとしてくれているのだと。

 例えそれがその指にはめられた契約によるものだとしても。

 将軍や他の誰かに言われた思惑があったとしても。

 俺を助けると言ってくれた。

 初めて、手を差し伸べられた。

 その手を信じて進む。

 そう俺は決めていた。






「あの赤いスケルトン」


 村へと戻る馬上でハルモニアが呟く。


「何だ?」

「あれはとても普通の兵士で対応できるような相手ではありませんでした。カドモス様の言う、ビフロンスなる老婆はあれをいくつくらい用意出来るのでしょうか?」

「そうだな……」


 俺の語るババアの脅威から、実際にどういう状況が起こるのか?

 そう考えた時に、一番最悪なのはあのレッドスケルトンがそれこそ軍勢となって襲いかかってくることだろうか?

 そうなったらこちらにエキオンが小隊規模でいなければ対処できないだろう。

 果たして、そんなことが有り得るのか?

 いくら通常とは違った魔力が込められていたとはいえ、デスナイトやスパルトイほどではなかった。それにババアと別れてもう随分になる。

 その間にずっと造り続けていたら?


「もしかしたら100を超える数が現れることもあるかもしれない。ただ、あんなものがいくつもいたら目立つ。そうなれば必ずどこの国を通ってきても誰何されるはずだ。そうして正体が知れたら必ずいざこざが起きる。あのババアがごまかしたり、説得したり、相手に恭順を示すなんてことはありえない。力尽くで通るはずだ」


 そうなれば、騒ぎになる。

 兵士が死ねば、より多くの兵士がババアに敵対し、争うはずだ。

 それでも数が減らないなんてことはないだろう。

 そのままということはいくらなんでも有り得ない。


「多ければ多いほどに騒ぎを避けては通れなくなる。だから俺もスケルトンを過剰なまでに増やしたりはしなかった。確実に俺を目指すなら、そう多くは造らないだろう」


 多ければ数が減るはずだし、少なければ現状の俺のスケルトンの兵力でなんとか出来る。

 ただ、多く造っていた方が情報が得られる可能性が高まり、むしろ良いのかもしれない。


「そうですか……ちょうど魔法審問が行われておりますので、もしもあんなものがこの周辺の国で何かしていたら、議事にのぼるはずです。私の方で調べてみましょう」

「頼む……ハルモニアは」


 なんと聞いたら良いのか迷って、言葉が続かなくなる。

 そんな俺をハルモニアはいつもの目でじっと見る。

 笑えばきっと周囲を引きつけるだろうに。

 そう思っても、一度も笑ったことなんてないとでも言うような目だ。


「俺が原因で、またこの国に混乱が訪れるかもしれない。そのことをどう思っているんだ?」

「どう、とは?」

「……こうは思わないのか?俺がこの国に関わり合いにならなければ、そんなことは起きないのに、と」


 ぷいと、ハルモニアは正面へと顔を背けた。

 馬が少し俺の先を行き、その顔が見えなくなる。


「カドモス様がいなければ、私は死んでいたでしょう。ドラゴンに焼かれ、潰され、そして望みを叶えることなく終わっていました」

「望み?お前の望みとはなんだ?」


 この女にも望むことがあるのか、そんな意外な思いがあった。

 それに罪悪感が胸を打つ。

 ドラゴンを呼び込み、危機に巻き込んだのはこの俺なのだ、と。

 打ち明ければ、楽になれるかもしれない。

 そう思っても、思うだけだ。そうする気はない。

 許されて、楽になって?

 そんなのは甘えだ。

 既に多くの人が死んでいる。

 それを今更になって許してくれなんて、そんな虫の良い話があってたまるか。

 許されたいから、そう思っての言葉なんて、甘えたいから、そう言っていることに他ならない。

 ならば俺は、俺の出来ることをしよう。

 勝手なのは分かっている。それでも許してくれなんて言うよりは余程マシだ。


「父の仇を。家族の仇を。それだけが私のすべてでした」


 ハルモニアは語る。幼少の頃の記憶を。

 母親はハルモニアを生んですぐに亡くなった。もともと、あまり体の強い人ではなかったという。

 父親もハルモニアと同じく軍の人間だった。ブレーヴェに近い村で警備の任に就いていた。

 そこにブレーヴェは宣戦の布告も無しに部隊を送り込み、村を壊滅させた。

 逃げ延びることができたのは僅かな者たちだけだった。

 ブレーヴェの兵士は占拠することなく、略奪だけを行って村を去っていった。

 ブレーヴェは当時、この一件を盗賊の仕業と言い張った。こちらのあずかり知らぬことであると。


「私は忘れません。柵に串刺しにされた無数の人々の姿を。その中にあった父の苦悶の顔も」


 逃げ延びた者の中にハルモニアもいた。そして見ていたのだ。襲いかかってきた兵士たちを。そのリーダーの顔を。


「家族を失った私は軍に入りました。力が欲しかった。何も出来なかった私を消し去りたかった。そして私は見たのです。ブレーヴェとの会戦で騎兵を率いるひとりの男の顔を」


 同じ顔だった。老けてはいたが、見間違えなどしない。

 そう呟くハルモニアの顔は見えないままだ。


「第1騎兵隊隊長、ゲヴィン・クラン。あの男だけはなんとしてもこの手で」


 ああ。それでハルモニアは笑わなくなったのか。

 今でも忘れられないのだろう。

 父親のその苦悶の顔を。


「そうか……」

「復讐なんて下らない。そう将軍から諭されたこともございますが、やはり私には忘れることなど出来ません。絶対に」


 奪われれば恨みに思う。

 殺されれば憎しみ呪う。

 誰だってそうだろう。そこから自由になれる人間は稀だ。

 もう無いのだ。

 失われたのだ。

 元には戻らない。

 それは分かっている。分かっているからこそ、余計に憎い。

 どうしようもない。そう自分に言い聞かせて幸せになれと周りは言う。

 周りが思うような幸せは消えたと確信しているのに。

 既に死んでしまった彼女を思い出した。

 彼女の最期の言葉を覚えている。

 彼女の最期の言葉は感謝のそれだった。

 どうしてそう言ったのかは分からない。

 だが、彼女は何も恨んでいなかったと、そんな気がする。

 恨んだのは俺の方だった。

 憎んだのは俺だ。

 そして報復した。

 それで何かを得たのかと問われれば、何も無い。何も残っていないと余計に虚しくなっただけだ。

 だからやめておけと?


「どんな望みであっても、願って行動し続ければ叶う時が来る。必ずだ」

「……そうです、ね」


 ゲヴィン・クラン、か。

 恐らく魔法審問でネクロドライブは戦術魔法指定を受ける。

 そうなれば、俺は戦場には出れなくなる。他国の騎兵なんぞに会うチャンスはない。それでも、その名前をしっかりと覚えておく。

 俺にとってのババアに等しい、ハルモニアの敵の名前を。


「ビフロンスなる老婆は、お話を伺ってますと、カドモス様が仮にこの国にいなかったとしても災いを振りまき、多くの人を傷つけますでしょう」


 ハルモニアがやっと俺を見た。まっすぐに。

 その表情はいつもの何の感情も浮かんでいないそれだ。

 なぜだかその表情を見て、ほっとする自分がいた。


「私はそんな存在を許しはしません。あのドラゴンと一緒です。そんな存在が好き勝手に動き回り、人に仇なして回るのを私は決して許しはしません」


 どうやら、俺の最初の問いに対する答えに戻ったようだ。

 俺が災厄を振りまいていると思わないのか?

 その問いに対し、ハルモニアはそんなことはないと答えてくれた。

 そんな答えに安堵するのは、甘えだろうか?

 俺はかつて言った。

 ドラゴン、あれはこの世にいて良い存在じゃないと。

 ハルモニアの答えは、それをあえて真似するかのようだった。

 人間の敵がそこにいるのなら、人間が敵対するのが当たり前だと言うように。


「ありがとう」


 感謝の言葉が口をついて出た。

 彼女もそうだったのだろうか?

 山猫を思わせる、彼女もこんな気持ちだったのだろうか?

 村が近づき、俺もハルモニアも口を閉ざした。

 この話題はもう終わりだ。

 ババアの存在はドラゴンと一緒。

 いたずらに話を広めても、混乱が起こるだけ。

 いや、混乱は起こる。

 必ず起こる。

 だからせめて今だけは、平穏を。

 つかの間であっても、人々がそれを享受していて欲しいと俺は願った。


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