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スケルトンの述懐  作者: ぎじえ・いり
スパルトイ、ドラゴン、そしてフェレータ
3/48

バンザイ

 周囲に危険な何かはないか、その確認と警戒に動いていたゴキゲンが戻ってきた。

 ゴキゲンは成人男性なら確実に背の低い部類に入るだろう身長で、鈍色の輝きを放つ全身鎧を身に纏っている。

 腰には一振りのナイフ。

 顔をすべて隠せるように、全身鎧にはフェイスガードが付いているのだが、それは今は外させている。

 スケルトンの視界というのは、未だに良く分からない。

 それでも、付けているのと外しているのとでは、外している方が視界は広いのではないか。そう思っての判断で、もしかしたら変わらないのかもしれない。

 覗く顔は、今作ったばかりのスケルトンと同じく骨身のそれだ。

 その骨身の顔の下には肉体を思わせる意匠が、丹念に作られたおうとつによって表現された鎧があり、まるで何かの悪い冗談としか思えない。

 それも、ガチガチに鍛えたような筋肉のそれだ。

 断じて俺の趣味ではない。


「こいつらだってマッスルな筋肉の輝きが懐かしいはずだ」


 スケルトンが着て動きまわっても支障がないようにと、以前にまとめて作らせた

職人。そいつが馬鹿だった結果としてこうなっただけだった。

 無駄に技術の高い、まるで美術品のような見事なまでの細工が、最高に阿呆らしい。

 いや、はっきりと無駄が過ぎる。

 それでも鎧なんてまとめて作り直そうと思えばかなりの予算が掛かり、普通の鎧では、骨身のこいつらではまともに着ることはできない。だから、気に入らなくとも、使い続けるしかなかった。

 こいつら。

 そう、それは俺の部隊のこと。

 俺の兵士のこと。

 ドラゴンに出くわした時も、それより以前も、そして今も、俺に付き従う兵士はすべてスケルトンだった。

 死体あさり。

 死の冒涜者。

 付いたあだ名はそんなものばかり。

 それでも、俺はこのチカラがなくては生き残ってはこれなかったし、手放すつもりもない。

 あの時の戦いのせいで、今ではスケルトンは4体のみ。

 それが今、俺の持てる兵力のすべてだ。

 やっと1体増えて、5体に出来たが。


 今増やしたスケルトンを除いて、すべてのスケルトンが無駄筋肉の鎧を身に纏っているのだが、今も上空を警戒し、見回しているスケルトン、ドジっ子のだけは胸当ての部分が膨らんでいた。

 当然のことながら、スケルトンである奴の胸は骨身以外は空っぽだ。

 それなのに、無駄に魅惑的な胸になっているのは、無駄に技術の高かったあの無駄職人の仕業に他ならない。


「コイツだけは女なんだろう?なら、これは必要だろうが!」


 そう言い切ったあの職人は、やはり馬鹿だったとしか言い様がない。

 ゴキゲンは俺の前まで来ると、やや大仰に首を振った。

 つまりは魔物も人も、動物も、何もいないということ。

 ゴキゲンに別の役目を与えると、ゴキゲンはまた走り去っていった。

 村の中を歩き、実際に自分の目でも確かめていく。

 本当に生きているものはひとつとして存在していない村だった。

 影のように立ち並ぶのは墓標のよう。

 その中を歩くのは骨身のスケルトンとただのひとりの人間である、この俺だけ。

 空を飛ぶ鳥の姿すらない。

 虫さえも、いないのかもしれない。

 俺が知りたかったのは、こんな悪夢じみた状況ではなかった。

 小さな村ひとつとはいえ、村そのものが墓標の群れと化している。

 何か確かな情報が欲しかったし、そのためにはいくつかの村や街を回る必要があると思っていた。

 ……この村に入るまでは。

 他の村や、街を調べる気は、今や全くしなくなっていた。


 最早この国には何も期待出来ない。

 むしろ、いればいるほどに危険が増す。


「冷淡だな」


 そう自嘲したのは、脳裏で囁く声を聞きたくなかったからだ。

 今もこびりついている、嫌なあの声を聞きたくなかったから。

 舌打ちをして、ひとつの家だった残骸、その中へと足を踏み入れる。

 上では高い場所を軽々とドジっ子が移動して、俺が入ったのと同じ残骸の上で周囲を見回していた。

 塩や食料の補給を行いたかった。

 山の中では手に入る物は限られている。

 人里でしか手に入らない物が必要だ。

 保存食の類どころか、そもそもまともに食べられるようなもの自体がない。

 別の残骸の中を探しても、結果は同じだ。

 不意に戻ってきたゴキゲンが、無事だった畑から多少の芋を掘り出してきたのがせいぜいの成果。

 こんな物でもないよりは当然、あった方が良い。

 それでも、満足出来る成果では無い。

 こんな状況とはいえ、いや、こんな状況だからこそ、他にも出ている成果はある。

 死体はそれなりの数を見つけていた。

 ただ、すぐにスケルトンに変えようとは思えない有様だった。

 損傷が激しく、スケルトンにしても欠損が多くて使い物にならなそうなものばかり。せっかく作ったところで、足がなくては使えない。頭がなくてはスケルトンは意志を保てない。

 大分日が高くなっていた。

 まだ村のすべてを確認出来てはいない。

 俺の後ろで造りたてのスケルトンが太陽と、その近くに位置するドジッ子の姿を見上げている。

 麻袋を取りに行かせたゴキゲンが、いくばくかの芋を詰めて戻ってきた。

 このままこの影絵と化した村で野営するかどうか思案する。

 今まで通り、山に入って野営するのが一番安全だと思えたが、ここで野営しても良いとも思えた。


 周りに死体が溢れていても、精神的にはそれは気にならない。

 もともと俺の周りいるのは死体だらけだ。

 衛生的な問題として念の為に焼け焦げた死体を処理する必要はあるにしても、ドラゴンも、他の魔物も周囲にいない今の状況は久しぶりだった。

 山越えをしようと思えば無数の魔物に襲われることになる。

 山は人の領域ではなく、魔物の領域なのだから。

 腕の立つスケルトンの護衛がいるのでそれほど厳しい道程ではなかったが、いい加減ゴブリンだのオークだのといった小物の群れの対処に追われるのには、うんざりしている。

 ここから移動してドラゴンに出くわす可能性と、ここにドラゴンが戻ってくる可能性と、どちらも似たようなものだと考えたら、この場所に落ち着いた方が合理的だと思えた。

 何しろアイツにしろ、ドラゴンにしろ、何を基準に考えて動いているのか、まったく予測が出来ないのだから。


「ゴキゲン。カタブツとガサツを呼んで来い。一緒に野営の準備をしろ。その間、俺の護衛は良い」


 既にゴキゲンが調べ、俺自身でも粗方は調べた結果として、脅威となるべき対象がいないことは分かっている。

 それならさっさとやるべきことをやった方が良い。

 ゴキゲン、ドジっ子、そして今呼んできているカタブツとガサツ。これに先程の新顔スケルトンを加えて、5体のスケルトン。これが俺の今、持てる兵力のすべてだった。


 ゴキゲンが、村の外に繋いでおいた馬のところに向かい、そこに待機させていたカタブツとガサツと共に荷と馬を取って戻ってくる。ゴキゲンと共に現れた2体は体格の違いこそあれど、同じく筋肉を模した鎧をまとっていて、やはり無言のままに、指示に従って行動していく。

 俺が寝泊まり出来、スケルトンたちも身を隠しながら周囲を警戒出来る、まだ家としての形をギリギリ残しているような場所を探し、火を起こすのに必要な資材を集めるべく、作業を分けて動いていった。

 ずっと以前から付き従っているこの4体のスケルトンは、普通のスケルトンよりも融通がきき、それこそ人に指示を出すのと変わらないような立ち居振る舞いが出来る。

 造り出したばかりの新顔スケルトンは、ただただ立ち尽くし、そんなスケルトンたちの様子を不思議そうに首をかしげて見ていた。

 自分には指示はないのか?とでも言うかのようだ。


「お前はいい。俺に付き合え。もう少しばかり調べる」


 そう言うと、新顔は手を空に振り上げた。

 どうにも妙なスケルトンができたようだ。

 行為の意味は分かる。


 万歳。

 喜びを意味するジェスチャー。


 能力は肉体の記憶で決まるが、この意志というべき何かは本当にどこから来ているのだろうか?

 生前の意志や記憶ではないはずだ。

 それは肉体が最初の死を迎えた時点で消失する。

 何しろコイツには既にそれを備えるべき脳も心臓もない。

 しかし、今、目の前にいるスケルトンには明らかに意志というべき何かが生じている。


 その意志がどこから来ているのか?


 俺はずっとそれを知りたいと思っている。

 高位のスケルトンは言葉を話す。

 そして備わっている意志もやはり強いものだ。

 意志を言葉に変える。

 その方法とは何なのだろうか?

 話せるスケルトンの造り方が分かれば、高位のスケルトンを造り出す方法にも繋がるのかもしれない。

 高位のスケルトンがいると分かっているのに、俺には造り出せないのだ。

 それが悔しく、もどかしく、そして何よりも腹立たしい。

 より意志の強いスケルトンを造る。

 そうして自分の手足となるべき、より上位のスケルトンを造れれば、それは自分自身を強化することと同じ意味を持つ。

 より上位のスケルトンを造るには、単純により強い肉体の記憶を持った死体があれば良いという訳ではないらしい。

 様々な死体を使ってみたが、未だに自ら話せるほどの上位のそれを造り出せたことはない。


 魔法式にアレンジを加えながら、色々と試し、より強い意志を持ったスケルトンを造ろうと努力してきた。

 そうすると、この新顔スケルトンのようにただのスケルトンから逸脱する存在が生まれることがある。

 昔、俺がこの魔法を覚えた頃に造り出したスケルトンは皆、意志というものが薄弱だった。

 指示には従うが、その指示が複雑になると動きが止まってしまったりする。

 そんな初期のスケルトンと、今、俺の周りにいるスケルトンたちは違う。

 あの4体のスケルトンたちは、他のスケルトンの指揮すらできる。

 そこから考えれば我ながら凄まじい進歩だ。


 考え事をしながら新顔スケルトンをただ見ていると、万歳をしたまま新顔は僅かに首をかしげた。

 本当にまるで人間が人間に対して行う反応のように。

 それを見て、少しおかしくなった。

 言葉を話せずとも、こいつは確かに俺の言葉に、興味を示している。

 それはただ指示を聞くためにではなさそうだ。


「なんでもない。行くぞ、バンザイ」


 最初、それが自分のことを指しているのが分からなかったのか。

 さらに大きく首をかしげた後に理解したのか、新顔は急に俺に飛びついてきた。

 うっとおしいな、コイツ。


 普通のスケルトンと区別するために、強い意志を持ったスケルトンであるゴキゲンやドジっ子たちを、戦力的に上位の存在としてスケルトンソルジャーと呼んでいる。

 今のところ感情表現が異常に明確であるというだけだが、もしかするとこの新顔にもそんな区別のための名前が必要になるかもしれない。

 しかしながら、引き剥がしつつ歩き、思う。


 お前はどこから来たんだ?バンザイ?






 改めて村の中を歩き、バンザイと共に調べて回った。

 今、目の前にある死体は、頭から肩にかけてがまるごと無くなっていて、明らかに大型の何かにかじられたようだった。

 無くなった先は何かの腹の中か。

 そうして残った部分は捨てられたのだろう。

 俺が見つけた場所は壊れた家の、その崩れたガレキの下だった。


 他にはこんな死体もあった。

 上半身が無く下半身だけ。

 ただ、下半身だけといっても膝から下は黒焦げ。


 こうした死体はひとつやふたつではなかった。

 何でこうしたのかは想像がついた。

 これをやった奴はまず足をつぶして、逃げられないようにしたのだ。

 あらかたをそうやって逃げられなくしてから、戻って来て、順に頭を食べて回ったのだろう。


 下衆なやり口だ。

 まるで羽をちぎった蝶がどうするのか、それを観察する子どもだ。


 これはドラゴンの意志だろうか?

 それともアイツの意志だろうか?

 あの時、アイツに言葉はなかった。

 しかし、そこにある意志は、はっきりと伝わってきた。


 あれは喜んでいたのだ。


 ドラゴンに抗える存在と、それを造り出せる存在に出会えて。


 街ひとつを簡単に滅ぼせるほどの武力。

 あいつはそれを持ちながらも飽いていたのだろう。

 振るうべき先のない力を、何の目的もなく持っていることに疑問があったはずだ。

 その疑問に対する答えを勝手にも俺に求めている。


「勘弁してくれ」


 思わず、呟きが漏れる。

 それにバンザイが反応して、首をかしげて俺を見た。

 ただのスケルトンがしない動作だ。

 追い払う動作で見るなと返す。

 ただのスケルトンでは理解しないはずの動作での応答をバンザイは理解したのだろう。

 バンザイは顔をそむけた。


 バンザイの見る先には巨大な足跡がある。

 バンザイの見る先だけじゃない。

 村の至る所にこれをやった奴の足跡が残っていた。

 満足な武力を持たないこの村で、空を飛ぶ必要なんてない。

 最初に村の周囲をひと吹きで燃え上がらせ、後はゆっくり歩き回れば良いだけだ。

 奴にとってはゴブリンの群れを相手にするよりも簡単だったかもしれない。

 そう考えて胸糞悪くなる。

 人を襲い、人を食べる魔物で有名どころだとオーガがいる。

 後はグールなどもそうだろうか。

 残忍な魔物。

 そんな奴らでも、こんなことはしない。


 黒い鎧姿を思った。

 アイツには人間の範疇を大きく外れた力があった。

 人以上の力を持ったことであいつは怪物になったのだろう。

 弱さになんの理解もなく、踏みにじることに躊躇がない。

 それこそ同じ人間でありながら、他の人間を、虫となんら変わらないと断じている。

 そんな人間を、俺は人間とは呼びたくない。

 奴こそが裏切者フェレータ

 人でありながら、人であることを裏切った、人の姿をした魔物。


 あまりにも大きい足跡が続く。

 その足跡を辿るように、村の中を歩く。

 ドラゴンの足跡を追って、その災厄の爪痕を見て回る。

 こんなことを簡単に成し遂げてしまう魔物を倒すのに、どれほどの力が必要だろうか?

 俺がかつて戦った魔物の中で、最も大物だったのはグレンデルという巨大な人型の魔物だ。

 火を吐いたりはしないものの、肌は鉄のように硬く、倒すには有機的に動ける魔法大隊クラスの兵力が必要だった。

 それも相手の能力を理解した上で部隊を運用できる指揮官と、対峙するにふさわしい兵力、兵器を備えた上で。

 その経験すらも、何の役にも立たなく思えた。

 あんな巨体が空を飛ぶというだけで、悪夢でしかないのだから。


 村の中には鎧だったものの残骸を着ている死体もあった。

 おそらくは周囲に湧き出る魔物対策に派遣されていた兵だろう。

 いかに練達の兵士だったとしても、そんな超大物が相手ではできることなんて何もない。

 既にスケルトンソルジャーたちは役目を終えていたので、死体を集めて起こさせた火にくべさせている。

 どうせスケルトンの素材にはできない死体だ。

 使い道はないし、いかに大物が通った後とはいえ、死体に釣られて別の魔物が寄ってこないとも限らない。


 考えていたところで、バンザイが俺の視界に割り込んできた。

 身振り手振りで何かを示す。

 いちいちふらふらしていたバンザイには死体を見つけたら報告しろとだけ命じていた。

 いまいち分かりにくかったが、何かを見つけたのだろう。

 バンザイが指さした方向へと歩くと、やがて教会の残骸が現れる。

 俺がそれを見たのを確認すると、バンザイは走り出した。

 その足取りは軽く、こんな惨状の中を走るには不釣り合いな、葬式が理解できずに動きまわる子どものような走りに見えた。

 思わずため息が出てしまう。

 それでも無視したりせずに、後に付いて行った。

 辿り着いたのは、かろうじて残った扉のないアーチ。

 そこに掲げられた聖痕のエンブレムだけが、教会である事を示していた。

 アーチをくぐり、中に入ればそこはすべてが燃え落ちていた。

 天井もなければ壁もろくになく、なにもかもが露出してしまっている。

 見上げればそこには夕闇が迫る暗色の空と、ずっと上空を警戒させているドジっ子の姿。


 そして、見下ろせば無数の焼死体があった。


 ひとつふたつではない。


 数十人分の死体だ。


 瓦礫の下敷きになってしまっているものもあったが、外と比べれば、死体の状態ははるかに良かった。

 ドラゴンが歩きまわる中、なんとかここに逃げ隠れしたのだろう。

 教会というのは普通の家屋よりも頑強に作られることが多いため、有事の際に避難所になることが多い。

 しかし他の建物よりも頑強に造られている教会でも、災害級の魔物の前には無力だ。

 天井の砕け方は明らかに魔物の一撃によるもので、火災によってではない。

 死体を確認した。

 その死に方は外とは違って整然としていた。

 いくつかの死体の傍らにナイフがある。

 果物でも切るような小さなナイフ。

 食われて死ぬくらいなら自ら死を選ぶ。

 そんな決意の結果が並んでいた。


 死体は相当な数だったが、どれも黙して地に伏せている。

 動き出したりはしない。

 それはそうだろう。

 死体が魔物になるのは魔法によってだ。

 自然現象ではない。

 魔力経路レイラインがなくては動けず、そして魔力経路レイラインは自然に死体に宿ったりはしないのだから。


 至る所に積み重なる死体を淡々と見て回った。


 死んでいる。


 死んでいる。


 死んでいる。


 分かりきっていることだ。


 だが、俺はすべての死体を確認せずにはいられなかった。


 死んでいる。


 死んでいる。


 やがてすべての死を確認して、立ち上がる。

 その時には、ひとつの考えが頭に浮かんでいた。


 馬鹿馬鹿しい。


 そう思いながらも、考えずにはいられなかった。

 ヒュージスケルトン。

 ひと言でそれを表現するなら馬鹿でかいスケルトンだ。

 山のような死体を複合して造られるそれは、通常のスケルトンのサイズを遥かに超える。

 ちょっとした平屋が持ち上げられる程だ。

 造るには無数の死体が必要になる。

 かつて、攻城兵器の代わりに造ったこともあった。

 そして、舞台に自ら上がってドラゴンと対峙したあの時にも造った。


 造ったのは二度。

 それだけで、もうこのヒュージスケルトンの弱点も、難点も完全に理解している。

 連れ歩くには、とにかく魔力が掛かり過ぎる。

 俺にこれを教えた人間の話では、そもそも複数の人間の魔力で支えて運用するもので、個人の魔力で支え、扱うものではないらしい。

 なので、造った二度は両方とも、瞬間的に造ってその場での勝負とした。

 長期的に保持し、運用できる代物では無い。

 しかし、その掛かり過ぎる魔力に見合うだけの武力がヒュージスケルトンにはある。

 巨大さと力強さ。

 それはどんな技や能力にも勝る。

 一時とはいえ、あのドラゴンを抑えたほどに。


 でかければそれだけ狙われやすく、普通の戦では使いにくい。

 攻城戦で造った時には城壁の一部を崩すのに成功した後、雨あられと魔法を打ち込まれて撃破された。

 ドラゴンのように魔法を弾く鱗があるわけではないので、それは仕方ない。

 ドラゴンを相手にした時には良く戦ってくれたが、結局は敗れた。

 そのヒュージスケルトンを造ることに、果たして意味があるだろうか?

 そもそも、なぜ造るのだろうか?


 ヒュージスケルトンだけじゃなく、あの時従えていたスケルトンも、そのほとんどが死体に返された。

 ただのスケルトン、スケルトンソルジャーではドラゴンにも、アイツにも抗し得ない。一方的に蹂躙されるだけだ。

 それでも小回りの利かない、連れ歩くだけでも難儀するヒュージスケルトンを造るよりは、ただのスケルトンを量産しておいたほうがまだマシだろう。

 何しろ、そんなデカイのを連れ歩けば、逃げ隠れするのが尚更難しくなるのだから。ここにいるぞ。そう叫ぶのと変わらない。

 それが分かっているから、最初に死体を見つけた時、そのまま普通にバンザイを造り出したのだ。


 それでも、ヒュージスケルトンを造るべきだと思ってしまっていた。

 これだけの死体が手に入るチャンスはもう来ないかもしれない。

 上位のスケルトンを造る術は、未だ不明のままだ。

 そんな状況で、他に何が出来るのか?

 見回すまでもなく、周りには無数の死体が並んでいる。


 死だ。


 教会だった場所に、死が詰め込まれている。


 いや、教会だけじゃない。


 村ひとつに死が満ちている。


 この村だけじゃなく、逃げ出したあの街にも、そして逃げ出したあの戦場にも。

 この国の中に、死が溢れている。


 これは何だ?


 どうしてこんなにも俺の周りで人が死んでいる?


 俺のせいか?


 いや、違う。


 アイツがいるからだ。


 ドラゴンがいるからだ。


 勝ったのはアイツだった。

 俺は負けて逃げた。

 ならばそれで満足すれば良いものを、何が納得できないのか、再戦を望まれ、こうして俺に贄を用意している。

 そこまで考えて、何が気に入らないのかがやっと分かった。


 そうだ。


 贄だ。


 これは俺のための死だ。

 俺のために用意された死だ。


 平坦だった感情が沸き立つ。

 怒りで一瞬、目の前が暗く染まった気すらした。

 確かに死体が必要だった。

 スケルトンを造るには何がなくとも死体がなくてはならない。

 スケルトンを造るための材料。

 死んだ後の肉体は、体ではなくただの道具。


 その考えは確かに俺の中にもあるのかもしれない。

 そんなことないと叫んでも、結局俺のしていることはそういうことだ。

 ただし、それはあくまでも死体に限定される。

 生きている人間は死体ではない。

 生きている人間を見て、やがて死体に、俺の魔法の材料になるとは思わない。

 あの、クソババアとは違うのだから。

 生きている者を殺して奪ってまで、スケルトンを生み出そうと考えたことは、これまでに一度としてない。

 死体に必要な材料が生きている人間とまでは絶対に考えないし、考えたくもなかった。


 もしもこの惨状が俺に対する「贈り物」ならば、あの裏切者フェレータには、明らかにその区別がない。

 食べたい料理があって、それに必要な下処理をしていただけだ。

 そう言っているに等しい。

 教会の死体はすべて手が付けられていない。

 ドラゴンはひとしきり火を吐いて燃やし、それで飛び去ったのだろう。

 足跡は教会の前で綺麗に消えていた。


 自らの両手を握る。

 魔力にはまだ余裕がある。


 ヒュージスケルトンは巨大だ。

 逃げ隠れしたいのに、そんな馬鹿みたいに目立つスケルトンをわざわざ造る阿呆はいない。

 そんなものを連れ歩けば、すぐにでも見つけられる。

 例え、山の中にこもっていようとも。いや、山の中になんてこもれなくなるのだから。


 それでも俺は決めた。

 力がいる。

 死は溢れる一方だ。

 せっかく大戦が終わり、争いが無くなった訳ではないとはいえ、かつてとは比べ物にならないくらい穏やかになった世界で。

 気に入らないことは多いが、それでもかつての世界ほどではない。


 俺はどこまで逃げるのだ?

 世界中の人間が、俺のためのスケルトンの材料にされるまでか?


 決意によって死んだ者たちを見た。

 そのひとりひとりの最後の姿を。


「バンザイ、あいつらを呼んでこい。すぐにだ。急げ」


 黒焦げの死体を黙って睨むように見ていた俺の傍らで、屈みこんで死体を眺めていたバンザイが慌てて立ち上がり、バネ仕掛けみたいなわざとらしい敬礼をして走り去った。

 しかしながら、大きな身振りで走っているにも関わらず、その速度はゴキゲンに比べるとかなり遅い。


「……残念な奴だな」


 思わず頭を抱えたい気分にさせられた。

 そうではないかと思っていたが、明らかに弱そうだ。

 せっかく造ったにも関わらず、少しも戦える気がしない。

 あれはゴブリン1体よりは強いのだろうか?

 単体では最弱の部類に入る魔物と子どもの喧嘩のような戦いを繰り広げるバンザイの姿が思い浮かんだ。

 そんな想像によって、沸き立っていた怒りが思いっきり萎えた。


 息を吐いた。


 怒りは物事を前に進めるのに役立つ。

 しかし、それに囚われてしまっては、進むべき道も怪しくなるだろう。

 あの裏切者フェレータが人でないのは確かだが、そんな人間は他にもいた。

 大戦とはそんな人間同士の争いだった。


 冷静に対処しろ。


 そう自分に言い聞かせる。

 ここには誰も居ない。

 ここにあるのは死体だ。

 死体は嘆かない。

 怨嗟の声はここにはない。


 目をつぶり、開く。


「良し」


 誰にともなく呟いた。

 バンザイの姿は既にない。

 それからバンザイがゴキゲンたちを呼んでくるのにはかなりの時間がかかった。

 やはり、意志はかなりのもののように感じたが、肉体的な能力はどうにも大したことがなさそうだ。

 まるで言い訳するように頭を掻く仕草をするバンザイを見て、確かに意識を緩ませる自分がいることを自覚する。

 そういう意識が自分の中のどこから来ているのか、考えてみてもそのことに俺は結論を出せなかった。






 スケルトンたちが教会から死体を広場へと運び出していく。

 俺はその間に、野営するために整えられた廃墟の一角で、荷袋からひとつの巨大な牙を取り出す。

 自分の腕と変わりないくらいの太さと長さを持った魔物の牙。

 これはただの魔物の牙なんかじゃない。

 なにしろあのドラゴンの牙なのだから。

 あの時の戦いでグリパンが切り飛ばし、それを俺が回収していたものだ。

 ドラゴンから分かたれて既にかなりの時間が経っているというのに、牙に残っている魔力の残滓は尋常では無かった。

 俺の人よりも多い魔力量と比べても、2倍か、3倍か、もっとあるのではないだろうか?

 災厄の牙を持って、広場へと戻る。


 既に夜の闇がすべてを包み込んでいた。

 村の中央に位置する広場。

 四方にはドジっ子が起こした炎の後が熾火となって仄かに死体の山を照らす。

 広場の中央には使い物にならないと判断して既に燃え跡となったばらばら死体の骨と、教会跡から持ちだして積み重ねた死体がある。

 何にも使えないと燃やしてしまった、体のあちこちが欠け落ちた死体でも、あれだけの量を燃やせば、魔力の残滓がそこに残っている。

 死体の欠片そのものも、多少は底上げになるだろう。


「さて、それじゃあ、ヒュージスケルトンを造る前に、魔力を補充するぞ」


 ゴキゲン達の魔力を補充したのは、村に入る大分前だ。

 そろそろ補充する必要がある。

 このままヒュージスケルトンを造って、俺が魔力切れを起こすと、俺を護衛するスケルトンがいなくなってしまう。

 なにしろ、ヒュージスケルトンは魔力消費が激しすぎる。

 一度造ったら、最低限の魔力だけを残して、ひとまずは封印状態にするつもりでも、失った魔力というのはすぐには戻らない。

 並んでいるスケルトン、その端に立っていたゴキゲンの前に立ち、首に下げた鎖の先の古鍵を手に取る。


 それはゴキゲンの魂の一部が封じ込められている依り代だ。


 依り代にはふたつの意味がある。

 スケルトンには定期的に魔力を供給しなくてはならない。

 何しろ、スケルトンには自ら魔力を造り出す器官は無い。

 無い以上、それは他所から持ってこなければならない。

 その魔力の補充には依り代いるのだ。

 ゴキゲンへと古鍵をかざすと、かつてゴキゲンを造った時に使用した魔法式による門扉が現れる。

 この古鍵とゴキゲンには魔力経路レイラインが結ばれている。

 そこに魔力を通すことで、再び魔法式を強化し、行動するのに必要な魔力を全身の魔力経路レイラインへと貯蔵する。

 癖で古鍵を捻る動作をして、門扉を閉じるとそれは虚空に消えた。


 依り代にはスケルトンの魂の一部が封じられている。

 今の古鍵にはゴキゲンの魂の一部が、バンザイを造った時の古鍵にはバンザイの魂の一部が封じ込められている。

 スケルトンにはこの依り代が無ければ、魔力を補充することができない。


 依り代の意味にはもうひとつ。

 依り代を握っていることは、つまりスケルトンの魂を握っていることにも等しい。

 依り代を身につけることで、造られた存在であるスケルトンを束縛し、使役する人間が自由に扱う事が出来る。

 俺じゃなくとも、この古鍵を奪えば、従え、操ることができるのだ。勿論、そんな時のために、安全弁を用意しているし、他人に奪われたことは一度もない。

 依り代を破壊されれば、中に封じ込められた魂も壊れ、スケルトン本体までも破壊されてしまうという難点があるのは仕方無い。

 だからこそ、依り代に良い素材を使えば、それだけ破壊されにくくなるし、他にもメリットがあった。

 スケルトン本体の能力にも補正が掛かるのだ。補充出来る魔力量が増え、魔力量が増えれば、身体強度は高まる。身体強度が高まれば、運動能力が高まり、より強力なスケルトンとすることができる。

 それなのに、こうして今も残っているスケルトンが揃いも揃ってただの古鍵の束というのは、なんとも皮肉な話だったが。

 次々と補充していき、終えるとスケルトンたちを広場から下がらせた。

 万が一にも、ヒュージスケルトンの魔法式に巻き込んでは困る。


 広場の中央の山となった骨身の前に立つ。

 手にはドラゴンの牙。

 手甲を外して、素手で巨大なそれを掴む。


 前回のヒュージスケルトンを造った依り代はただの古鍵だった。

 違う結果を求めるなら、違う方法を取らなければならない。

 封じ込められているのが一部とはいえ、魂の器たる依り代を見直すのは悪いことではないはずだ。

 今回の死体は村民のもの。

 前回は精強な軍の兵士の死体を使ったにも関わらず駄目だった。

 災害級の魔物を相手にするためには少しでもスケルトンの格を底上げしなければならない。

 最初、この牙を武器として使うつもりだったが、今は武器としての価値には疑いを持っている。

 ならば、スケルトンの強化の目的に使ったほうが良い。

 どの道、俺が持っていても、他に使い道なんてないのだから。

 魂の器にドラゴンの牙を使えば、もしかするとドラゴンの肉体の記憶が宿るかもしれない。そうなれば、ただの村民の肉体の記憶の集合体よりは、よほどうまく戦ってくれる存在となるだろう。


 目を閉じ、開く。


 そして魔法式を展開する。


「応えよ」


 放たれた光の粒子に反応して骸骨の山が赤く輝いた。

 何だ?

 まるで夕陽。

 それと相反するように手に持つ牙から真っ黒な渦が生まれた。

 これは何だ?

 いつもとは様子が違う。


 すぐに気づいた。

 脳裏に浮かべた魔法式が書き換わっていた。

 何故?

 昼間、魔法がおかしくなっていたのは俺が考え事をしていたせいだったかもしれない。

 だが今はそんなことはない。

 十分以上に集中している。


 それなのに、こんなことは初めてだった。

 すぐにその要因には思い至る。

 ドラゴンの牙。

 これのせいなのか?


 体中の生気が吸われるような虚脱感。

 途端、体が重くなる。

 そして生じる頭のしびれは痛みへと変わる。

 今、気を失う訳にはいかない。

 強く念じる。


「力を求めよ」


 瞬間、牙を持つ手が闇に包まれた。


「な!?」


 今までに見たことのない反応だった。

 何が起きている?

 何かが起きているのだ。

 意志を保てと自分に激する。


 やめるべきか?


 そう思ったのはただの一瞬だけ。

 自分で作り出しているにも関わらず、勝手に書き換わっていた未知の魔法式への興味が強かった。

 そして今、眼前に表れた見たことのない茜色の光の門扉の紋様の美しさに意識が吸い込まれていた。

 まさしく太古からの神殿がそこにあるような圧倒的な威圧感。

 そしてそこへと通じる太い魔力経路レイラインが目前に築かれていくのを感じる。


「我が求めに応えよ」


 呟くように漏れた言葉は無意識だった。

 ヒュージスケルトンを造るには、ここからネクロドライブを強化しなければならないのだが、それとは別にさらなる魔法式が頭の中にどんどんと勝手に展開していく。


 呪い?

 これはまさかドラゴンの呪いなのだろうか?


 浮かぶ魔法式は、消えては浮かぶ波紋のよう。


 それは頭の中だけでなく実際に手から落ちる光の粒子にも表れ広がっていく。

 波紋が描くのは閉じた門扉。

 これを開かなくてはならない。


 開け。


 それは俺が呟いた言葉だったろうか?

 それとも勝手に魔法式を書き換え、俺に魔法を使わせている何かだろうか?


 魔法式が浮かんでは消え、その度に光の粒子は強く輝く。

 急に牙を手に持つ感触が無くなった。

 持っていた右手に痛みが走る。

 夕陽と化した骸骨の山は今では直視出来ない程の閃光を放っていた。

 目を開けていられない。


 それでも念じ続ける。

 開け。

 現われろ。

 開け。

 開け。


「現われろ!俺の力となれ!」


 その瞬間、世界が茜色に染まった。


2015/4/26、最初から、ここまで改稿。

2016/4/1 再度、改稿。

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