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スケルトンの述懐  作者: ぎじえ・いり
本物のビフロンス
29/48

真なる創造、真なる理解

※この話の公開に先がけて、2016/3/31〜4/21にかけて、全話完全改稿を行いました。初公開時、最初の改稿時と話の流れが変わっております!特に12話「新たなる貴族」から17話「再臨」までが顕著に変わっております!※

「アキュートで最初にドラゴンと戦った時、俺はひとりで戦った訳ではなかった」


 話しながらグリパンとサイクロンの死したる身体を隠してあった岩穴から引き出し、並べた。


「共に戦い、俺を逃がして死んだ。英雄になりたいと願い、戦い続ければそれを実現できるような武勇の持ち主だった」


 ハルモニアは黙って聞いていた。いかにグリパンが優れていたかを。


「俺はその願いを叶えてやりたい。だからこの地へと連れてきた」


 俺が何をするのか、その説明をしなくともハルモニアには分かっているだろう。

 ただ、グリパンの隣にある、明らかに子どもと分かる死体には疑問を持ったようだ。説明を求めるように、じっと見る。


「戯言だと思って聞いてくれ。その子どもはフェレータだ」

「そんなものをどうやって?」


 ハルモニアはフェレータであること自体は信じたようだ。

 ハルモニアにしてみれば、出会ってからにわかには信じがたいようなことばかりが起こっている。スタンピードもそうだし、ドラゴンもそうだ。

 だから、人間なのか、魔物なのかも定かでないようなフェレータなんてものの死体を、俺がどこかから手に入れてきてもおかしくないと考えたのかもしれない。

 それはノヴァク家の倉庫に大量の骨身が事前に準備してあったように。

 ……あれは俺ではなくて、むしろルークが有能だったが故に、そしてフェネクスが関わっていたが故のことなのだが。


「縁があった。それだけのことさ」


 縁、そう言いながらも俺は笑いそうになった。

 俺が望んでいなくとも、確かに俺とサイクロンにはそれがあったのだろう。

 誰かが何かを望み、それを叶えようと願う。

 そうして誰かと出会い、繋がっていく。

 それが縁というものなのかもしれない。

 グリパンは英雄になりたいと望み、それを叶えようとして俺と出会った。

 サイクロンは自らを試し、確かめたいと望み、それを叶えようとして俺と出会った。

 そうして縁が出来た。

 どうせならば、教会の連中がもう少しうまくやってくれれば、そんな思いもある。

 もしも人としての正しい感性を持ち、少しでも他者に理解を示せれば、確実になれただろう。

 英雄に。

 人々から敬われ、その肉体の輝きでもって人々を救う、真なる英雄に。

 サイクロンは自ら英雄になることは望まなかった。ただ周囲に勝手にも望まれただけだ。

 望む、望まないとに関わらず、グリパンも、サイクロンも英雄にはなれなかった。

 俺は英雄になれたのだろうか?

 そう考えて、思わず苦笑しかけた。

 いいや、違う。

 俺がいなければ、アキュートは滅びなかっただろうし、ウムラウトにもドラゴンは現れなかった。

 ふたつの国に危機を招いたのは俺だ。

 俺がドラゴンを、フェレータを招き入れた。

 俺自身の望みでなくとも、俺自身の縁によって。

 それを倒して英雄などというのは、おこがましいにもほどがある。

 そして、またこれから危機を招こうとしている。

 断ち切れない縁がある。

 まるで見えないレイラインで結ばれているように。

 

 本物のビフロンスが来る。

 デスナイトを連れて。


 これでは俺自身が災厄を振りまいているようなものではないか。

 自ら災厄を誘い込んで、それで英雄なんて馬鹿馬鹿しい。

 俺が死から逃れようと足掻くたびに、周りに死が振りまかれる気がした。

 炎を振りまき、その炎に包まれた者が、さらに多くの人々に炎を振りまく滅んだ魔物、ビフロンス。

 これではビフロンスは俺ではないと言っても、何の説得力も無い。

 俺もまたビフロンスなのだ。

 どれだけ望んでも、周囲の死からは自由になれない。

 だから、出来ることをやろうと決意する。

 考え、考え、考え、諦めない。

 少しでも周囲の死を減らすのだ。

 あのババアとの戦いでは、それこそが勝利の鍵と成る。

 今までのように、死者が俺の力となってくれるとは限らない。

 あのババアにも、あのババアにこそ、力と成る。

 お互いに死を積み重ねても、待っているのは最悪の消耗戦だ。

 いくつ死者を積み上げれば、ババアに勝てる?

 そんな考え方では必ず負ける。

 生きて勝つのだ。

 あのババアに。

 俺だけじゃなく、俺の周囲の誰もが死んではならない。


「さて、それじゃあ一応、講義だ。とはいえ、今までにも他人に教えることはあった。誰も使うことはできなかったがな」


 地面にいくつかの魔法式を書き出す。死者を操り、使役する魔法を。

 より正確に、知ってもらう。

 スケルトンがどうやって成すのか、何が出来て、何が出来ないのか。

 以前に語った概要などではなく、全てをだ。

 質問には基本的なことから丁寧に答え、俺の知る全てを嘘偽りなく伝えていく。

 時間は掛かったが、どうやらおおよそについては理解をしたらしい。

 理解出来ない部分も多かっただろう。

 俺自身、理解できていない部分が未だにあるのだ。

 だが、今ならば分かる気がする。

 俺がこれから為すことがそれを証明してくれるはず。


「エキオン」


 俺とエキオンとが向かい合う。

 間にはふたりの、いや違う、ふたつの死体。


「応えよ」


 俺は依り代を手にしていない。

 エキオンを造り出した時を想起する。

 その魔法式を。

 俺の手から放たれる光の粒子に反応して、サイクロンの身体が輝き出す。

 その胸の刻印に、そして全身のレイラインに魔力が注がれていく。

 このレイラインそのものを、依り代のように扱う。

 俺の左手から黒い渦が現れる。

 サイクロンの肉体の白い輝きと混ざり合う。

 白く輝き、黒く輝く。

 そこに茜色の光が差し込まれる。

 エキオンの創造魔法だ。

 それがサイクロンの肉体と、グリパンの死体と鎧とを茜色に輝かせる。


「力を求めよ」


 眼前に光の門扉が現れる。

 ふたつの死体のそれぞれが、一対の扉となるように。

 複数の死体から、ひとつのスケルトンを造り出す術を俺は知っている。

 ヒュージスケルトンを造り出すのと同じだ。

 そしてエキオンを造り出した時とも、今の状況は同じはず。

 ドラゴンの因子が今、ここにはある。

 それは俺の右手の依り代もそうだし、エキオンもそうだ。

 それに、サイクロンの胸の刻印もそのはず。

 それが間違っていないことを証明するように、今、展開されている魔法式は、かつて見た、エキオンを造り出したものと酷似していた。

 そっくりそのまま同じになっていないのは、ドラゴンの牙そのものではないからか。


「我が求めに応えよ」


 デスナイトは剣を持ち、鎧と共に現れるという。

 それを言ったのは誰か?

 あのクソババアだ。

 多分、これは真実すべてでは無い。

 死体のみで造り出せば、現れるのはやはり骨身のみのスケルトンなのだ。

 鎧と共に現れるのならば、その素材にも鎧が必要になるはず。

 無から有は生まれない。

 どんな魔法にも、制約はある。

 グリパンの鎧に光の筋道が表れる。

 レイラインだ。

 サイクロンの肉体に宿るレイラインが写し取られるように全身を覆い尽くす。

 エキオンの創造魔法との複合によって、より密接に、ネクロドライブを発動させる。

 その試みは成功したようだ。

 俺の胸に熱を感じた。

 熱はすぐに痛みに変わる。

 ナイフで刻まれるように。

 黒い輝きが鎧を透過するように、俺の胸から現れる。

 輝きはすぐに白く、そして茜色に、また黒く。

 巡り、その巡りに呼応するように、ふたつの死体が、門扉が輝きを増していく。

 まるでそれは波紋のようだ。

 無数の雨に打たれたように、光が広がる。

 脈打つ。

 鳴動する。


「開け」


 言葉が漏れた。

 半ば無意識に。

 しかし、扉は開かない。

 まだ早い。

 まだ足りないと言うように。

 視界が黒く染まる。

 足下が揺れる。

 それでも倒れる訳にはいかない。

 真っ黒な視界に、光の門扉だけが浮かび上がっていた。

 この扉が開くまで、俺は立ち続ける。

 胸の痛みが強くなる。

 右手の刻印が破り裂けたような気がした。

 魔力が失われていく。

 少しの魔力も残さないと、俺の肉体に直接命じるように。

 あらゆる感覚が消えていく。

 痛みだけを残して。

 身体が冷えていく。

 ああ。

 俺はこの感覚を知っている。

 確かに覚えている。

 この感覚は。

 そうか。

 世界との繋がりが細くなっていく。

 光の門扉すらも霞んでいく。

 これは死だ。

 この魔法に必要なものがやっと分かった。

 火の魔法を操るには、火を知る必要がある。

 雷の魔法を操るには、雷を知る必要がある。

 魂に刻み付けなければならない。

 それがどういうものなのかを。

 その魔法がどういうことを為すのかを。

 ネクロドライブ。

 この魔法の根幹は、死だ。

 死を理解しなくてはならない。

 やっと分かった。

 俺はコレを知っている。

 この感覚を知っている。

 理解している。


 コレハ死ダ。


 確かに俺は昔、死んだことがあるのだ。

 理解が恐怖を生んだ。

 俺は死んだことがある。


 ならば、俺はやはりあのババアの、本物のビフロンスの造り出した死体人形なのではないか?


 俺が知らないだけで、俺は既に死んでいたのではないか?


 皮を剥ぎ、肉を削ぎ取り、そうして残った骨身だけでも、今と同じように思考し、動き回るのではないか?


 本当は、俺はずっと死んでいたんじゃないのか?


 冷たく、寒い。

 何も感じない。

 当たり前だ。

 それが死ぬってことだ。

 何も感じない。

 そのはずなのに、どこか温かさを覚えた。

 ほのかに。

 香るように。

 穏やかに。


「しっかりしてください!」


 声がした。

 それは叫びだった。

 そんな叫びを俺は初めて聞いた。

 向けた意識に視界が戻る。

 俺の伸ばした左手を掴む者があった。

 重ね合わせるように、細い左手が俺の手を掴んでいる。

 ハルモニアが俺の手を掴んでいた。

 後ろから俺を抱きしめるようにして、俺の身体に自らの身体を重ね合わせている。


「私の魔力を!」


 温かい。

 そう感じたのは、ハルモニアが俺を通して自らの魔力を注ぎ込んでいるからだった。

 ああ、そうか。

 生きている。

 生きているのか。

 俺も、ハルモニアも。

 死んでなどいない。

 確かに感じるのだ。

 今、重ね合わさっているのは、俺の命とハルモニアの命なのだと。

 門扉が光輝いている。

 日の光よりも、なおも明るく。

 その先に立つ者の姿を見た。

 エキオンが俺を見ていた。

 まっすぐに。

 その眼窩には何も無い。

 何も無いのに、人のように動く。

 スケルトン。

 偽りの魂。

 いや、偽りなんかじゃない。

 その瞬間、すべてが分かった。


「現れろ。空蝉の影たる我に従いて」


 スケルトン。

 それはすべて俺なのだ。

 肉体に宿る記憶を、俺自身の魂でもって操る。

 俺の影。

 俺自身。

 俺の記憶。

 依り代に封じ込めてきたのは、骨身に宿らせてきたのは、俺の過去だ。

 死んだ者の魂は消える。

 消え去った魂の代わりに、俺自身の魂の欠片をそこに宿す。

 郷愁が、追憶が、哀悼が、その魂となるのだ。

 だから、スケルトンは俺の言葉を理解する。

 俺の意志を理解する。

 その理解こそが鍵だったのだと言うように門扉は開く。

 光が溢れる。

 今、ここに魔法は成った。


「ネクロドライブ」


 世界が光に包まれた。

 白く。

 黒く。

 茜に。


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