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スケルトンの述懐  作者: ぎじえ・いり
本物のビフロンス
27/48

エキオンの帰還

2016/04/21 改稿。

 アカイモノ、そのスケルトンは強かった。

 兵士たちが囲み、全周から斬りつけても、ただの一度もその刃はかすりもしない。

 およそ人間ではあり得ない動きだ。

 印象は道化師のそれのようでありながら、身をよじるムカデのように、なめらかに、細かく身を動かして剣閃から逃れていく。

 なまじ、人の姿をしているから、対処する側もつい人と対するようにしてしまうのだろう。しかし、相手は人型ではあっても、人ではない。それは魔物なのだ。造り出した者の意志を反映したかのように、その動きは人を裏切っていく。俺が造り出すスケルトンとも違う、魔物そのものの動きで。

 そうしてひとり、またひとりと逆に斬りつけられて、戦列を離れていっていた。

 致命傷ではなかった。

 数の優位もあってか、即座に殺される者はいなかった。

 だが、異常な身のこなしを見せるスケルトンを相手に戦い続けるには決して見過ごせない傷を負って、ハルモニアの指示によって離れる。

 俺の前にもスケルトンはいる。

 俺を守るように、微動だにせず、ただただ立ち尽くしていた。

 俺が造ったスケルトンだ。心配はいらない。

 分かっている。分かっているのだが。

 俺もまた動けなかった。

 本当に魔法を掛けられたかのように、立ち上がることができなかった。

 まるで閃光のようにはじけた過去の記憶。

 いつかの自分の感覚が、目にした光景が溢れだしていた。

 それが今の自分自身であるかのごとく。

 既に自分が何者なのかは取り戻していた。彼女を見て、その名前を思い出して。

 それでも、手足は重く、動悸はおさまらない。

 揺れる視線。

 揺れる度に姿を探してしまう。

 どうしても。

 見えないことが不安なのだ。目にしてしまうことが不安なのだ。

 真っ黒な鎧姿と、枯れ木のように細い老婆の姿とを。

 目を閉じれば、すぐにでも目の前に現れるような、そんな気がして仕方がなかった。

 ひとり、またひとりと兵士が傷を負う。

 その度に前進してくる不吉な赤。

 アカイモノ。

 レッドスケルトン。

 翻るように体が動く度に、赤い煌めきが尾を引く。

 血肉の変換。エキオンがただの鎧の残骸を自らの鎧に作り変えたように、魔力を込めた結晶とすることで、通常のスケルトンよりも長く動け、そして能力の向上を果たしているのだろう。

 俺の知らないスケルトンだ。姿も、その動きも。知らないスケルトンだからこそ、それを造り出した相手の姿がスケルトンごしに見える気がした。

 それはミストレスが、いやあのババアが作ったに違いない。

 かつて強要された呼び方を、ついしてしまって舌打ちしたくなる。

 俺に魔法を教えたあのババア。


(ミストレスと呼びなさい)


 声が蘇って、胃液が込み上げる。

 思い返すくらいはなんでもないはずだった。

 別れてから長い時が経っている。

 その間、まったく思い返さなかった訳ではない。

 不意によぎったり、考えたりすることはあった。

 もうその存在は、はるか彼方。

 どこにいるとも知れず、何をしているとも知れない。

 つまりは過去。昔話。

 客観的に考えられるくらいに時が経ち、思い返して苛立つことはあっても、ここまでの嫌悪感が蘇ることはなかった。

 しかし、それはあのババアのことを近くに感じなかったからなのか?

 近くに感じてしまえばこのザマなのか?

 俺の内心の不安と恐怖とないまぜになった苛立ちを代わりに叫ぶように、不意に声が響く。


「くそっ!なんて早さだ!」

「余計な口をきくな!」


 叫んだ兵士にレッドスケルトンが振り向くようにして斬りかかる。

 それを叱責したハルモニアが槍で防いだ。

 その間にも、またレッドスケルトンは俺へとまた1歩、歩みを進める。

 近づいてくる。

 それを俺は見た。

 赤い輝きが迫る。

 赤い輝き。

 血と肉。

 しぶいた血が輝く。

 裂けた皮から見えた肉が艶めく。

 痛み。

 恐れ。

 何かが壊れた記憶。

 何かが壊されたという思い。

 迫る度に、何かが脳裏を砂嵐のように行き過ぎる。

 熱いのに冷たい。

 熱いのは手に触れた血。

 冷たいのは血が抜けていく自分の身体。

 感情が抜けていく。

 思いが無くなっていく。

 その先にあるものを想像して寒くなる。

 砂嵐の中に浮かぶ骨身の頭身。

 真っ黒に塗りつぶされた骸骨。

 まるで死だ。

 砂嵐が吹き荒ぶ。

 アーレス。

 その名前を思い浮かべて、体が冷える。

 迫り来るレッドスケルトンに黒い骨身が重なる。

 現実に見ているものと、脳裏にこびりついていた記憶とが重なる。

 砂嵐の中を、1匹のカエルが飛び跳ねた。

 頭が半ば潰れたカエル。

 生きているはずがない。

 それでも死んだカエルは跳ねる。

 まるで俺に飛び込んでくるように。

 思わず伸ばした手に乗り、すぐに跳ねた。

 そして消えた。

 俺の手の中から。

 その俺の手を掴むものがあった。

 鎧われた手だった。

 だが、人の手ではなかった。

 バンザイ。

 役に立たないスケルトン。

 それが俺の手を掴んでいた。

 そして頭を俺に向ける。

 大丈夫か?と気遣うように。


 熱はない。

 ただそっと、包むように俺の手を掴んでいる。

 確かめるように。

 気遣うように。


 大丈夫?と女の声。

 大丈夫ですか?と焼けただれた顔の男の声。

 無事なら無事って言え!と怒鳴る男の声。

 あんたなら、大丈夫だろう?と笑いかける男の声。

 勝算は?あるんだろう?とそれが当たり前のように確かめる男の声。

 いくつもの声がこだました。

 いつかの声がまるで残響のように脳裏に響く。

 もういない。

 だが、それは姿を変えて共にいる。


 バンザイを見返す。

 まったく。

 お前は。

 役には立たない。

 確かに役には立たないのだが、コイツは他のスケルトンとは違う。

 瞳のない眼窩で俺を見ていた。

 見ている者がいる。

 あのババアや、ババアのスケルトンとは違う。

 価値で測る視線ではない。

 俺を、俺として見ているのだ。


 握られた手を改めて見た。

 俺の手は小さいか?

 違う。

 握られた右手に力を込める。

 そこに力は入らないか?

 いいや、握った分だけ力は入る。

 バンザイが握り返してきた。

 それは驚くほどに弱い力だ。

 これでは戦えないのも当たり前。

 それでも、バンザイが力を込めて握り返してくる。


 エキオンの依り代たる紋章が輝いていた。

 まるで俺を鼓舞するように。


 そうだ。


 力はある。

 ただのひとりの小さな子どもなどではない。

 力のある手だ。

 ここに力はある。


 左手でバンザイの手をほどく。

 安心しろと言う代わりに、軽くその頭を叩く。

 空いた手を開き、強く握りしめる。

 紋章の刻まれたその手を。

 もうひとつは、首に下げた鍵束に。

 そして呼ぶ。


 来い。

 俺の力。

 俺のスケルトン。

 俺の元に。


「来い。ここへ。俺の元へ」


 口にして立ち上がる。

 剣へと手を伸ばし、抜き放つ。

 ハルモニアがちらりと俺を見た。

 俺は大丈夫と言う代わりに頷く。

 ハルモニアはそれを確認しただけで分かったとでも言うように、それきり目の前の敵に集中する。


「俺のスケルトン!エキオン!来い!」


 叫ぶと同時に、足を踏み出す。

 この声が、直接エキオンまで届くことはないだろう。

 カタブツやドジっ子にも。

 だが、直感がある。

 この声は届いている。

 アイツは必ず来る。

 動き出した俺に、立ち尽くしていた2体のスケルトンが頭を向ける。

 瞳のない眼窩を。

 ゴキゲン。

 ガサツ。

 物言わない俺の兵士。

 かつて俺を助け、今なお助けてくれるモノたち。

 いや、ゴキゲン、ガサツだけじゃない。

 叩かれた頭を、その意味が分かっていないように首を傾げて手でさすっていたスケルトンを見た。


「バンザイ。下がっていろ。……ありがとう」


 バンザイが動きを止めて俺を見た。

 そのまま、固まったように俺に頭を向けている。


「馬鹿。早く動け。下ってろ」


 慌てた様子で立ち上がり、ようやく動き出したバンザイから目を切り、敵へと視線を向ける。

 敵。

 今まで、明確に敵として認識してこなかった相手。

 いや、認識できなかった相手。

 戦えると思えなかった。

 絶大な力を持った絶対者。

 俺にとってはドラゴンよりもフェレータよりもなお悪い、最悪の相手。

 敵というのは戦える力があって、はじめてそう呼べるのだろう。

 俺には戦える力がなかった。

 だから戦わなかった。

 だから逃げた。

 俺は、ババアの敵ではなかった。

 俺は、ババアの敵にはなりたくなかった。

 逃げ出して、なお。

 ダニエルやエキオンに話しても、この様とは。


 このアカイモノと戦って起こることはきっと良くないことだろう。

 予感がある。

 今、立っているのは岐路なのだと。

 これと戦えば、次に来るのはあいつらだ。

 かつて逃げ出し、今なお現れるのを恐れる最も忌むべき相手だ。

 ならば逃げるのか?

 槍を懸命に振るい、声を上げ、俺を守るために戦う女がここにいるのに?

 右手を、剣を、握りしめる。

 もう行く路は決っている。

 どこかで期待していた。

 ババアが寿命で俺の知らないところでくたばっていることを。

 戦わなくて済むんじゃないかと。

 俺は逃げ切れたのだと。


 フェレータと一緒だ。

 ああいう手合はどこまでも追ってくる。

 絶対に諦めない。

 国を滅ぼしても、誰を敵に回しても。

 そういう相手からは逃げようとしたって結果は決っている。


 だから戦う?

 違う。

 逃げられないから戦うんじゃない。

 戦うと自ら意志して戦うのだ。

 それこそが自分が生きている証なのだと信じて。

 決してあの異常者の人形などではないと証明するために。

 戦え。

 さあ、今がその時だ。


「ハルモニア!兵を下げろ!ソイツは俺が倒す!」

「下がれ!」


 俺の言葉に、即座にハルモニアが指示を出す。

 しかし、ふたりの兵士が下がらず残った。

 レッドスケルトンの剣が向いていたからか、それともさっきまでの俺に不信を持ったのか。

 今まで取り囲んでも傷ひとつ追わせられない化け物相手に、ふたりで対処できるはずがない。


「ゴキゲン」


 俺の意を受けて、俺のスケルトンが駆ける。

 疾る。

 二度の斬撃を受けて、ヘルムを飛ばされながら倒れかける兵士に三度目の斬撃が迫る。

 レッドスケルトンのそれは、もうひとりの兵士の攻撃を避けながら、それでも確実に死に至らしめる首への一撃。

 硬質な音が響く。

 小柄なスケルトンは自分よりも倍はあろうかというスケルトンの一撃を、あまりにも小さいナイフで受け止める。膂力の差は明らか。

 それでもかばった兵士と一緒に吹き飛ばされながらも、自らとともに守り切る。

 軽業と見切りは、ゴキゲンの十八番だ。それで今まで俺を守り、俺と共にここまで来た。


「ガサツ、先に行け」


 呼び、走ると、先駆けて行くのは幅広の斧を抱えたスケルトンだ。


「下がれ!」


 叱責に取り残された兵士がやっと下がる。

 レッドスケルトンももうそちらを気にはしていなかった。

 自らに迫る新たな敵だけにその眼窩を向けていた。

 ガサツが斧を振るう。

 それは間合いの外。それでも振るったのは、転がっていた岩を幅広の斧頭で打ち出すため。人の頭ほどもあるそれが、簡単に弾かれ、レッドスケルトンへと向かって飛翔する。

 他を圧倒する膂力、それは何も対峙しているレッドスケルトンだけが持つ力じゃない。

 状況を変え、ひっくり返す。そのための余人が持ち得ない単純な剛力。

 ガサツが持つ剛力には価値がある。俺はその価値を信じている。

 しかしその剛力が向かうのはたった今まで、兵士に取り囲まれながらも、何の手傷も負わなかった相手だ。

 当然、それも簡単に上半身をそらすだけで躱した。

 躱されるのは見越した上。

 ほんのわずかな動作でも、それは攻撃へのわずかな間を生む。

 その時にはガサツは己の間合いに入り、重く、鋭い一撃を放つ。

 それでもレッドスケルトンにとっては致命的な隙ではなかった。それくらいで当たるのなら、ハルモニアたちによって既にコイツは倒されている。

 レッドスケルトンのそれは、躱す動作と攻撃する動作が一体となった回転だった。斧の斬撃、その線からは逃れつつも、己の斬撃の速度と威力を増して弧を描いてガサツへと襲いかかる。

 その一撃は俺が背の低いガサツの背後から、間に剣を差し挟むことで防いだ。

 剣と剣とがぶつかりあって、今度はさらに長い間が生まれる。

 そこに、ガサツの振り上げる動作での斧。刃の向きはレッドスケルトンとは逆のまま。俺の剣が邪魔となって、満足には振り回せなかったが、やっとレッドスケルトンに一撃が届く。

 当たったはずのレッドスケルトンの動きはあまりにも軽やかだった。

 直前に自ら飛んだのだろう。

 俺の剣に当たっていたレッドスケルトンの剣があまりにも軽く離れていき、そのまま難なく着地する。

 そこに迫るのは体勢を立て直したゴキゲンだ。

 地を這うようにナイフを手に迫る。

 確かにレッドスケルトンの頭はこちらを向いている。

 ゴキゲンが迫るのは普通に考えればその死角。

 気づかせまいとするように、そして挟撃するために、俺自身も走る。

 死人のスケルトンの特性は何か?

 それは俺こそがよく知っている。

 コイツらは決して疲れない。

 決して息が上がらない。

 休まず攻めれば普通は息が上がる。集中力に僅かな切れ目が生じる。

 人間が相手なら。普通の魔物が相手なら。

 油断していないつもりでも、一度でも目で剣を追ってしまえば、その反対側から迫る剣には対応できない。

 それが、コイツらは対応する。呼吸など元よりない。疲労を蓄積するべき筋肉など存在しない。だから動き続ける。

 多分、コイツらは視線ではなく、視界で物を見ているのだ。常に視線で追わず、何かに定めず、視界のすべてを見ている。

 だから、兵士たちでは対処できなかった。

 だが、こちらも同じように動き続けたらどうだ?一切の休みなく、しかも兵士たちよりも一段上の連携で迫ったら?

 それでも、レッドスケルトンは戦い続ける。

 同時に迫られたなら、先にどちらかに迫れば良い。

 見えているのか、感じたのか。迫るゴキゲンを無視して、最初から正面にいる俺へと向かって走り、その剣を振るってくる。

 俺は避けずに、あえて受けることで間を作ろうとしたが、受けると同時に飛んできた膝蹴りを受けて体勢を崩す。

 その時にはゴキゲンが迫ってナイフを差し出している。

 死角からの一撃、そのはずがそれすらも空を切る。

 バランスを崩した俺を、膝先の動きで無理やり蹴飛ばし、その反動で立ち位置を変える。

 迫っていたゴキゲンにはいつの間にか手が伸びていた。

 片手で剣を持って、空いた手だ。

 膂力の差でもってして、あまりにも簡単に投げ飛ばされた。

 同じく迫っていたガサツに向かって。

 あまりにも卓越している。

 どんな達人の死体を使ったのか、それとも何か別の技術が使われているのか。

 フェレータすらも圧倒した連携、その一端が防がれていく。

 それでも、俺も、ゴキゲンも、ガサツも止まらない。

 止まる必要がない。

 問題があるなら、俺の息の方だが、それでも俺が抜けて止まるわけにはいかない。ハルモニアたちではできなかったことが出来ているのだから。

 この連携は俺たちだから出来ること。休みなく動き続け、決して諦めず、決して集中力を切らさず。

 ゴキゲンとガサツの力量を、出来ることを知り、最適な支援を行って、対等に渡り合っている。

 誰も傷を負っていない。

 それだけで価値がある。

 何しろ俺は待っているのだから。

 既に手は打った。

 もう、力は使ったのだ。

 だから。


「さっさと来い!」


 俺の斬撃が躱される。その隙を埋めるようなガサツとゴキゲンの同時攻撃を嫌って、レッドスケルトンが大きく飛んだ。その着地点へと1本の矢が飛ぶ。

 ……そっちが先に来たか。

 唯一の弓矢の使い手。異常なまでの登攀能力を持ち、常に高所をおさえ、戦いを有利に導いていく。

 駆け寄り迫る馬上からドジっ子の放った矢は、躱し得ないタイミングでレッドスケルトンの足へと届く。それでもなお躱そうとしたその動きによって直撃はしなかったが、確かに足の一部の肉、結晶化したそれを砕き散らせた。

 出血はない。それでも、ここではじめてダメージを負わせる。

 勿論、それをただ見ていたりはしない。

 ゴキゲンとガサツがさらに迫り、そしてそれより早く迫る存在があった。

 ドジっ子と並走してきて、追い越し、騎乗して走り寄るラウンドシールドを構えたスケルトンが飛ぶ。

 指示に厳密に従う融通のきかない盾使い。あまり命令を重ねすぎると、動かなくなることもあるが、盾を、剣を操る実力は間違いなく熟練の兵士のそれだ。

 カタブツは馬の背から盾を構えたまま、まるで体当たりを仕掛けるようにレッドスケルトンへとぶつかり掛かる。押し返せないと判断したレッドスケルトンは距離を取るべく後ろへと大きく飛んだ。

 しかしそこにも放たれた矢が至る。

 二度目はないとばかりにレッドスケルトンは自らの剣で弾いたが、剣を振るって空いた胸へとまるで測ったようにもう1本の矢が飛翔する。

 矢を追走してゴキゲンが走る。

 さらにガサツもそれを追う。

 今までは散発的に生じていた間が、ここにきてピタリと重ね合わさるかのように、その間に集約されていた。

 完全なタイミングの連携だ。

 防げるはずがない。

 それでも、2本目の矢をレッドスケルトンは片手で掴みとっていた。

 ゴキゲンが迫る。

 矢を弾いた剣は戻すにはあまりにもその刃先は遠い。

 ゴキゲンが差し出したナイフ、それは確実にレッドスケルトンの太ももを切り裂いた。それは骨を断つほどではなくとも、これまでで一番深いダメージを与える。

 その時にはガサツの斧が天を指していた。


 振り下ろされ、それで終わりのはず。

 だったのだが、それはここにきて、振るわれた剣が弧を描いて戻る。ガサツへと向かい、刃同士がぶつかりあう。

 再び切りつけようとしていたゴキゲンのナイフは、掴みとった矢でもってふせがれた。

 そうして再び距離を取るように跳ぼうとして、しかしその距離はわずかで止まる。カタブツが振り下ろした剣によって。

 足を切り裂いてはいたが、こいつはスケルトンなのだ。

 その骨身を砕かない限り、まだ動き続けられるようだ。

 だが、包囲は狭まり、思うように距離を取れず、脱出もできない状況になり、レッドスケルトンの身体を徐々に削っていく。

 そして、最後の俺の力が来た。

 茜色の輝きが迫る。

 剣を抜き放って走ってくるのは俺と同じ意匠の鎧姿。

 俺の持つ最大の力。

 ドラゴンの因子を持った、唯一のデスナイトを打ち倒せるジョーカー。


「エキオン」


 呟く俺の隣に来ると、エキオンは簡単に剣を振るった。

 それだけで、今までにないくらいに大きくレッドスケルトンの剣が弾かれ、バランスを崩す。


「遅れたか?だが、役者は遅れてくるものさ」

「言ってろ」

「では遅れを取り戻そう」


 そう言って、エキオンが剣を振り上げる。

 その瞬間、まるで測ったように他のスケルトンが距離を空けた。最早、連携は不要だ。

 まっすぐに振り下ろされたエキオンの剣は、あっさりとレッドスケルトンの手にする剣を半ばから切り落とした。

 さらにレッドスケルトンの胸を掠めて、赤い煌めきが飛び散る。


「エキオン、手足を落として動きを封じろ」


 滅ぼすと、何が起こるか?

 依り代が壊れる。

 どこかでコイツを造った奴が手にする依り代が、だ。

 それは避けるべきだ。

 どんな情報でも、それがいつかは知れることでも、考える時間、行動する時間を稼ぎたい。

 そう思って指示した声に反応したのか。

 レッドスケルトンの口が動いた。

 それは最初に見た時とまったく同じに動き。

 そして、次の瞬間にはレッドスケルトンは自らの残った刃で、首を刎ね落としていた。

 あっさりと。

 あまりにも簡単に。

 自らの手にある武器では戦えないと判断したのか。

 新たに現れたスケルトンの力には対抗し得ないと判断したのか。

 己が滅ぶことで、伝えられることがあると判断したのか。


 苦い思いに吐き気すら覚えた。

 俺の考えなんて透けて見える。

 そう言われたような気がした。


(ミストレスと呼びなさい)

(坊や)


 打ち消すように目を閉じ、首を振ると歓声が上がる。

 それはずっと離れて静観していた兵士たちの声。

 

「見つけた?」


 エキオンが口にした。

 俺はそれには答えず、別のことを命じる。


「兵士たちが来る。しばらく黙ってろ」


 苛立つ俺に、兵士たちよりも、ハルモニアよりも先にバンザイが駆け寄ってきて、なぜか俺に抱きついた。


「……うっとうしい!」


 叫ぶ俺に、兵士たちが笑った。

 見れば、ハルモニアは何故か、その様を距離を取って見ていた。

 何故か、微妙に目も細められている。


「もうすっかり大丈夫なようですね」


 声もやたらに平板だ。

 いや、それは元々か。

 俺はバンザイをゴキゲンとカタブツに引き剥がさせつつ、レッドスケルトンの残骸となったそれを見る。

 始まった。

 始まってしまった。

 敵が来るぞ。

 ここに俺の憎むべき相手が。


 そう思っても、震えは来ない。

 不安がないわけではなかった。

 それでも、もう決めたことなのだ。


「妙な魔法を掛けられたのかもしれない。だが、もう大丈夫だ。すまなかった」


 ハルモニアだけでなく、その場にいる兵士たちにも頭を下げる。

 無様な醜態と呼べる有様だったはずだ。

 これがドラゴン殺しの英雄なのか?

 そう思われても仕方がない。

 だが、誰もが苦戦し、倒せなかった敵を倒したことで、多少は信頼を取り戻せたのか、俺を見る目に妙なものがこめられているようには見えなかった。

 ハルモニアに近づき、そして小声で告げる。


「話がある。あまり良くない話だ」


 ハルモニアはちらりと残骸へと視線を向け、俺へと戻すと静かに頷いた。

 明らかに死体と思える魔物。

 それはどうしたって、俺の兵士、スケルトンを連想させる。

 ハルモニアの命令で、残骸は回収され、村へと戻る。

 俺もスケルトンたちも従っていく。

 気がつけば、陽はだいぶ傾いていた。

 夕暮れが近づいていく。

 陽はやがて沈み、夜が来る。

 訪れるなと願ってもそれは絶対に。

 ならば、代わりに願うしかない。

 空には満点の星空を、円を描く月の光があらんことを。

 そんなことを、ハルモニアの後ろ姿を見ながら、俺は考えていた。






神よ 神よ 福音をもたらす 我らが神よ

私は恐ろしくて仕方がないのです

どうしても恐ろしいのです

私は知ってしまいました

今こそ私は恐ろしいのです

幻想なのですね

すべては幻想なのですね

神よ 神よ 福音をもたらす 我らが神よ

私は恐ろしいのです


……という、ACの某曲をリピート再生ですよ。

(訳はまあ適当ですけれど)


……しかし、誰がヒロインなんだか。

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