アカイモノ
2016/04/21 改稿。
「赤い鎧騎士がうろついているようです」
村に来た行商人が、ひとりの鎧騎士を見たという。
そんな話を他の兵士と共に現れたナーから聞いたのは、村での作業をもう1日くらいで終えられそうだという時だった。
道から外れた場所で立ち尽くす赤い鎧騎士。
村まではあとわずかという頃合に、遠目に見ただけだったので、確かなことは言えないが、鎧を着込んだ人影に見えたという。
人影はひとつ。
野盗の類、その下見の者ならば後々厄介になりかねない。
幸いにも村には軍属の兵士がいるというので、すぐに報告が入り、それは当然戦力としてあてになる俺にも伝えられたという訳だ。
赤い鎧騎士。
それを聞いて、すぐさま1体のスケルトンの姿が頭に浮かぶ。実際には赤いというほど赤くはないが、色彩感覚は人それぞれ。この付近にいそうな赤い鎧姿というのなら、エキオンのことで間違いないのではないだろうか?
何をしているんだ?あいつは?
人目には触れるなと言い含めておいたのに、わざわざ行商人なんかの前に姿を出して。
だが、エキオンにはすぐに指示を出すようなことを言ったのに、今まで放っておいたのは確かだ。指示がなくて焦れたのかもしれない。
大司教という想定外の人間が現れたことによって、どういう方針を取るべきか、まだ微妙に決めかねていた。
聞けば大司教は本都トレマへと、俺達と共に向かうという。
最初は大雑把にトレマに向かう道すがらに合流すれば良いかと考えていたのだが、大司教が同道している時にわざわざそんな場面を見せたいとは思えなかった。
ドラゴン相手に勇戦したスケルトンの帰還。着ている鎧からして俺とそっくりな、他とは明らかに違っているスケルトン。
それを見れば、大司教は知りたいと思うだろう。エキオンについて。スパルトイについて。
教会はドラゴンについて、他よりもかなりの知識を持っているはずだ。
なにしろそれを操れるくらいなのだから。
思い出されるのはフェレータの胸の刻印のこと。
それはどこか俺の右手のエキオンの依り代の刻印に似ていた。
フェレータは強大な魔力を持っていた。それはどこからだ?
人間では遥かに及ばない魔力を、どうして手に入れた?
最初はそれをフェレータ自身が持っていたのかと思っていた。
まるで伝説のように語られる人間の姿をした魔物、それ故にと。
だが、今は違う結論を持っている。
大司教によって聞かされたドラゴンを操る術があるという話によって。
俺はエキオンを造り出し、結果として従来以上の魔力を持てるようになった。
エキオンが持つドラゴンの因子、それがこの手の刻印によって俺にも働いているのだろう。
そして、フェレータの胸には刻印があった。ドラゴンを操る魔法の刻印が、だ。
きっとあのドラゴンとフェレータには魔力的な繋がりがあったのだ。見えないレイラインが確かに存在していたはず。
それによってフェレータは人間にとっては無限に等しい魔力を持っていたのだ。
元々、俺と同じように人間としての器以上の魔力の持ち主だったのは確かだが、それにしたってあの強力さは異常過ぎた。
それを施したのは教会に違いない。
ならば、どうしてその教会がスパルトイについて知らないと言い切れる?
ネクロマンサーの存在は今では貴重だ。その存在は俺と、俺にこの魔法を教えたババアくらいのものだろう。大戦を通して、そして大陸の東西を渡り歩いて、今まで決して出くわすことはなかった。
希少なネクロマンサー、それは現在の話というだけだ。
大戦前にはどうだったかは分からない。
もしも、大戦前、それこそミレニアム1世の時代にそれが存在していたなら、教会がスパルトイについて知っている可能性というのは無視できなくなる。
情報というのはひとつの武器だ。
知っている人間だけが、知らない人間に先んじて動くことができる。
知らない人間は対処が必ず遅くなり、場合によっては対処どころか知った時にはもう死は目前ということだってあり得るのだ。
ギャンブルで最初から全財産を場に放り込む馬鹿はいない。
卓についている同席者の実力も、カードを配るディーラーの素性も知らずにそんなことをすれば、あっという間に良いカモだ。
スパルトイの存在は伏せて然るべき。特にその素性を知っていそうな相手ならば尚更。
そう考えれば、安易な合流など出来るはずがない。
教会は一枚岩ではないのだから。それはエンデに聞かされなくても分かりきっている。
スパルトイの存在を知って、また教会の中の別の一部が何かを考えるかもしれない。
それはウムラウトにしても同じこと。
既にナーやダニエル、ルーク、それに逃げ出したイースなどにも知られていることもある。現状、味方ではあるが仲間というには日が浅い。これ以上の情報を渡さないように動く必要もある。いつかは知られても良いかもしれないが、今はまだ早い。
そう考えると、尚更エキオンをどうやって手元に戻すかが悩ましく思えた。出来ることなら、誰の目にも触れないところで、いつの間にかなんてことが実現できればと、都合の良いことを考えたくなるほどに。
そんな矢先にエキオンの方が焦れたのだろうか?
もしかすると、緊急に報告しなければならない事柄があったのか?
考え、すぐさま否定する。
そんなことがあったとしても、エキオンならばもう少しうまくやれそうなものである。
ならばエキオンじゃない何かだろうか?
「作業は順調に終えられそうですので、いくらか手勢を率いて確認に向かっても問題ないと思われます。これから出ようと思いますが、カドモス様はいかがされますか?」
当然、意図の分からない鎧騎士なんてものがウロウロしているのをわざわざこの生真面目な女指揮官が見逃すはずがない。
早速に探しに行くらしい。
それがエキオンだったならば、そこに俺がいないのはマズイだろう。
さすがにエキオンが自ら攻撃を仕掛けたり、あるいは仕掛けられて過剰な反撃をして殺したりはしないはずだが、機転を利かせたいなら俺も行くべきだ。
「俺も行こう。身体を動かしたいと思っていたところだしな」
エキオンじゃなく、ならず者だったというなら捕縛に協力してもよい。
その場合には他に仲間がいる可能性は高くなる。
ナーにとっても、腕の良い人手があって困るものでもないだろう。
作業で多少なりとも動いていたが、それは充足感よりも疲労感の方が大きいものだった。エキオンじゃないが、簡単に言ってしまえば飽きたのだ。
村を出立する前に、馬の調子を見るにもちょうど良い。
あまり大勢で向かっては、警戒感を強めて出てこないかもしれないし、村の防備が空くのも良くないのでは、とナーと一緒に来ていた兵士が口にしたが、それを俺は一蹴する。
「村に元々いた兵士だっているんだ。俺が抜けても防備は十分だろう。確かに大勢で固まって捜索というのはマズイが、少数で探しても日が暮れる」
村の周囲の巡回が行われている現状で、相当な規模の団体がいきなり村の目前に現れるなんてことは考えにくい。
速度を出すには馬が必要だし、少数ならまだしも、大規模な騎馬団が動くには相当な馬草が必要になる。つまりはどうしたって目立つ存在にならざるを得ない。それをまったく関知されずに、国内で自由に動き回れているとは考えにくい。
近くに山でもあって隠れている分には話は別だが、それもない。
村の防備で不安が起こるなんてのは、相当な規模の盗賊団の出現という場合。だが、つまりはそれはあり得ない。
その赤い鎧騎士というのが、村の兵士の釣りだしにしては、分かりにくすぎるというのもある。兵士の釣りだしがしたいなら、行商人を遠くからただ見送っただけということはないだろう。
多少なりとも兵力があるところを見せつけるべくして襲いかかり、村から遠方に陣取っているように見せかけ、そこに向かわせたところで物理的な罠をはるか、防備の空いた村を少数精鋭で襲うというところだろうか。
罠らしい雰囲気があるようには、どうしても思えなかった。
簡単に現状での危険性が薄いことを言い出した兵士に説明するのをナーは黙って聞いていた。これくらいのことはナーも分かっている。特に異論は出ない。
とは言え、わざわざスケルトンすべてを率いて行く必要が薄いというのは俺も思っていたので、連れて行くのはゴキゲンとガサツだけにした。
村での作業が終わった訳ではないのだから、継続して作業をする必要もある。
俺の警護としては最低限と言えたが、ナーもいれば他の兵士たちもいる。
出ようかとした時に、1体余計なのがいることに気がついた。
勝手に作業を切り上げて、素知らぬ風を装ってバンザイがついてきていた。
コイツも飽きてきていたのだろうか?まるでエキオンのように?
カタブツに連れ戻させて任せるかとも思ったが、どうせ作業の役にはそれほど立ってはいない。俺がいない間にやらかされても困るのも確かだ。
「余計な事をするなよ?」
分かっているのか、いないのか。俺の質問を了承と受け取って、その両手を振り上げる。結局、赤い鎧騎士を探して村を出たのは昼を少しばかり過ぎた頃だった。
全員が騎乗し、3人ずつで別れて捜索し、時間を定めて集まると、どうやら兵士の内の1グループが目標を発見したらしい。
ふたりを残して見張り、ひとりだけが報告に現れていた。
もしも移動するならその場にひとりを残して、もうひとりが追えば後を追うのは容易になる。
報告に現れたひとりの先導でその場に向かうと、そこにはふたりの兵士がその場にそのまま残っていた。見つけてからまったく動かなかったらしい。
草むらに隠れるようにひとつの方向を監視するふたりに馬から降りて近づき、そちらを確認する。
確かに赤い人影が草原に枯れ木のように立ち尽くしていた。
ナーが遠眼鏡を取り出して確認を行う。
その確認を行う先へと視線を向け、再びナーに戻すと、まだナーは遠眼鏡を覗いたままだった。
いつもよりも少しばかり見開かれた目。
俺はその表情を見たことがあった。
それはいつのことだったか?
その時に思い至る前に、ナーは俺にも見るようにと遠眼鏡を差し出してくる。
「どうした?」
受け取りつつ尋ねる俺にナーは答える。
「まずはご覧ください。話はそれからです」
言われるがままに覗き込むと、そこには確かに赤い人影が立ち尽くしている。
それを見た瞬間に俺は思わず息を止めていた。
「……馬鹿な」
そこに立っていたのは人間などではなかった。
およそ人間ではあり得なかい。
そこにいるのは1体の魔物。
事前に予想していたエキオンではない。
スパルトイという魔物ではなかった。
だが、それは魔物でなければ、およそ生きているはずがない。
何しろその頭の肉は削げ落ち、その下にはまるでべったりと血を塗りたくったような赤い骨が覗いている。
死体。そうとしか思えない存在が立ち尽くしていた。
死体は立たない。それを支えるだけの力が死体には持ち得ないのだから。
力がなければ足といわず、体中の関節はくずおれ、地に伏せるのみ。あんなにも自然に立ち尽くすことなどできるはずがない。
それが見事に立っていた。
確かに遠目には鎧を着ているようにも見えた。
だがそれは鎧などではなかった。
その身体を覆う赤は、血と肉のそれだった。
いかなる魔法処理によるものか、ただの血でも肉でもない。
それは乾き、鎧と同じく陽の光を受けて赤く輝いている。
まるで宝石のように。
それがキラリと輝いた。
陽の光を受ける角度を変えて。
頭を動かしたのだと理解した時には、もう遅かった。
眼球のない暗い眼窩、それがはっきりと俺を見ている。
まるで目があったかのように。
いいや、違う。
合ったのだ。その瞳のない視線が。
俺の存在と奴の存在とが、今、接触したのだ。
奴のアゴが風を受けて揺れたのとは違うように、はっきりと動く。
み。
つ。
け。
た。
音はなかった。
もしかしたら他の言葉だったかもしれない。
だが、まるで直接耳にその言葉が届いたように、その言葉しかあり得ないと思えた。
……みつけた?
見つけた?
誰を?
俺を?
誰が?
疑問と共に、俺の頭に向かって伸ばされる、まるで枯れ枝のような腕が見えた。
幻視だ。
マボロシに決っている。
あり得ない。
あのババアはここにいない。
あり得ないと思いながらも、俺の目は俺に向かってくる腕を追っていた。
腕は近づいてくる。
まっすぐに。伸びるように。
その腕は、俺の頭をしっかりと掴んだ。
驚くほどに力強く。
力強く、掴まれた。
「あああぁあぁァァ!!」
「カドモス様!?」
追ってきたのだ。あのババアが。
俺を。
そして今、掴まれた。
この俺の存在を。
視界が暗くなる。
暗い。
真っ暗だ。
その中にポツリとアカイモノが浮かぶ。
もう逃げられない。
追ってきたのだ。
一度は逃げ出し、成功したのに。
戦争を切り抜けて、やっと生き延びたと思ったのに。
もうその姿を見ることは、二度とないと思ったのに。
追ってきた。
俺を。
追ってきた。
そして。
追いつかれた。
「落ち着いてください!どうされたのです!?カドモス様!」
手から遠眼鏡が落ちた。
視界からアカイモノが消える。
目の前には女がひとり。
誰だ?
なんだ?
それより俺は。
俺はどうしないと?
「来る!来たんだ!逃げないと!」
そうだ、逃げなければ。
早く、ここから。
周囲へと視線を走らせる。
そこには驚く兵士たちの姿。
そして頭の骨身をさらしたスケルトンの姿。
スケルトン。
死の使い。
俺の死。
思わず下がろうとして、足がもつれて転ぶ。
転んだ視線の先に赤が見えた。
それは迫ってきていた。
俺へと、まっすぐに。
あの伸びてきた手のように。
逃げるように、腰をついたまま後ずさる。
来る。
来る。
奴が、死が近づいてくる。
恐ろしかった。
何もかもが。
ずっと忘れていた感情。
あの時、逃げ出してからずっと封じ込めていた。
その蓋が開いてしまっていた。
こんな恐怖、俺は知らない。
いや、知っていたけど、忘れていた。
忘れたふりをしていた。
助けてと願った。
結果を俺は知っている。助けはこない。
助けて。
知っている。助けはこなかった。
助けて。
助けて。
誰か。
救いを。
僕に。
右手がうずいた。
熱が走ったようなそんな感覚。
その感覚に驚いて、思わず声が出ていた。
「……助けて」
落としたつぶやきに、ずっと俺の顔を覗き込んでいた顔が遠のく。
今まで目の前にありながらも、まったく目に入っていなかった顔だった。
その目はいつもよりもキツく細められている。
いつも?
疑問を覚えるよりも先に、女は言葉にした。
「分かりました。必ず助けます」
助ける?
俺を?
この女が?
「私が、あなたを助けます」
そう言って、素手を晒して俺へと見せた。
その指には銀色の輝き。
指輪。
その指輪越しに女の顔を見る。
知っている女だ。
あの山猫のような女じゃない。
もっと後になって会った。
この女は?
その顔が俺からあのアカイモノへと向けられる。
既に近い。
剣を抜き放って迫っていた。
「構えろ!アレは敵だ!カドモス様には何らかの魔法が掛けられた可能性が高い!気を引き締めろ!近いから私の魔法はあてにするな!囲み、確実に仕留めろ!」
槍を構えて、女が離れる。
俺は思わず手を伸ばしていた。
その手は何も掴まずに、伸ばした先が遠ざかる。
待って。
待ってくれ。
女がちらりと俺を見た。
あれとは違って、はっきりとその目が合う。
生きているのだから、当たり前だ。
そうだ。生きている人間が側にいる。
そしてそれは知っている女だ。
愛想のない女だ。
有能な女だ。
綺麗な髪の女だ。
良く分からない女だ。
だが。
俺を守ると誓った女だ。
ナー。
そうだ。
この女の名前は。
ハルモニア・ナー。
「たすけてくれるのか?ハルモニア?」
降ってくるのは憮然とした声。
「当たり前です。カドモス様」
声はすぐに掻き消えた。
槍と剣とがぶつかる音に。
俺を守るために、戦ってくれる音に。
伸ばした手には複雑な紋様が光を放って輝いていた。
茜色に輝いていた。




