表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スケルトンの述懐  作者: ぎじえ・いり
本物のビフロンス
22/48

冬の気配

2016/04/21 改稿。

 秋も深まって、冬の気配がそこかしこで感じられるようになった。

 ドラゴンの襲撃から季節は進み、ウムラウトも大分落ち着きを取り戻していた。

 その間に俺が行っていたのは復興の支援だった。

 冬になると森や山の生命感は薄くなる。

 動物は冬眠し、昆虫は姿を消す。

 草木は葉を落とし、そうして魔物は飢え、人里へと下りてきての襲撃が増える。

 冬が来る前に魔物への対策を強化し、国の内部の安定を強化すること。

 それはこちらから魔物の側へと打って出てその数を減らすよりも火急の要件だった。

 まずはヒュージスケルトンやその他のスケルトンを動かして、トレマでの瓦礫の撤去の手伝いを行った。何しろ外壁の一部は未だ崩れたままだ。本都の防備に穴があるままではまずい。

 新たにスケルトンを造るのは魔法審問が未だに終わっていないために許可されなかったのだが、ヒュージスケルトンもいれば、ドラゴン騒動前に造ったスケルトンたちもいる。

 それらを用いての敢えて人目に多く触れるであろう場所での作業を行った。

 目的はスケルトンの周知と、民衆への融和。

 動く骨身への恐怖心を弱め、公的な存在としてウムラウトに根付かせる目的で、敢えてその鎧を外し、骨身を晒してスケルトンを日夜動かした。

 最初は恐れというのは確かに大きかった。

 何しろ一緒に撤去に働いていた兵士たちにも怯えがあったのだから仕方ないだろう。

 一度死んだ者が動く、その忌避感というのは理屈ではない。

 だが、ナーとタイフーン戦で一緒に動いた兵士たちが率先して動いたことで、1日1日と薄まっていき、やがては慣れたのか、スケルトンの挙動に時折笑みを漏らすようにもなった。

 敢えてバンザイを混ぜていた事も効果があったのかもしれない。

 やはり能力的には大したことはない。

 どういう理屈なのか、相変わらず命令無視していることもある。

 拾った瓦礫、その形が珍しかったのか、ためつすがめつするように持ち上げたりして眺めたり、ひと目で持ちあげられないだろうと分かる瓦礫を持ち上げようとして1ミリも動かせなかったり。

 まるで興行を行う道化師だ。

 いちいち大げさな行動をして、俺が叱る度に大げさな敬礼を行う。

 それを見て最初に笑ったのはひと目で熟練と分かる中年の兵士だった。

 「まるで新兵訓練だな」そう言って笑ったのだ。

 一度笑ってしまえば、今更スケルトンを何か恐ろしいそれとして見るのも馬鹿らしい。そう思ったのか、明らかに態度が軟化した。

 兵士たちの態度がそうやって変わっていき、やがてはそれは民衆にも伝播していった。

 もちろん、すべての民衆がそんな様を自分の目で直接見たわけではない。

 だが噂は広まっていく。

 スケルトンたちがどこそこの建物で作業をしていた。兵士たちも笑って作業していた。

 どこそこはすっかり綺麗になった。それはあの骨身の魔物が作業したらしい。チリひとつ残さない綺麗な仕事だった。

 そうやってあらゆる民衆の目に、そして耳にスケルトンが認識されていく。

 恐怖の対象としてではなく、ただの日常の光景として。

 今では俺の警護のスケルトンもヘルムを外している。

 骨身の頭を晒したままで動かしているのだ。

 それを見て、ドキリとする人間はまだまだ多い。

 だが、スケルトンを率いてドラゴンを倒した英雄の話は広まっている。

 その話と、日常に溶け込みつつあるスケルトンの話を思い出して、「ああ、あれが噂の」そんな納得を後から示している者も多い。

 本来ならドラゴンに勝利したパレードのひとつが行われてもおかしくなかったが、それは俺の方からしないでくれと頼んだ。

 スケルトンを見る、それを日常とするためには、非日常の式典で見たって仕方ない。色々と実態の伴わない噂がきっと広まる。

 過剰な評価も、不誠実な噂も今は欲しくない。

 この国に暮らし、日々を過ごすならばスケルトンごと俺の日常がこの国の日常になってもらわなくては意味が無いのだ。

 式典を行うならば、そんな風にスケルトンがこの国に馴染んでからの方が好ましかった。式典は復興が成り立ち、魔法審問が終わってから。

 そう、それからだ。


 瓦礫の撤去がある程度片付くと、今度はトレマの外へと出た。

 ドラゴンの襲撃があったとはいえ、その災厄の牙は田畑には向かわなかったので実りは十分にあったが、いかんせんその収穫のための人手が足りていないという。

 あのドラゴン、タイフーンが襲ったのはウムラウトの本都、トレマだけではなかった。ウムラウトとアキュートとの間にあるいくつかの村にも被害は出ていたのだ。

 その中にはナーやダニエルと会ったあの村も入っていて、少なくない数の人死にと結構な規模の家屋の被害が出ていたという。

 そうした村々には既に支援の人員がトレマから差し向けられていたのだが、ナーとその兵士たちと共に、そして俺はスケルトンを引き連れて、ヒュージスケルトンはトレマの復興に残して、増援として巡回した。

 村々の人々のスケルトンに対する反応は、最初は酷いものだった。

 トレマと違ってドラゴン退治の話というのがそこまでは噂として広まっていなかった。それこそ野盗が現れるよりも、もしかしたら魔物が現れるよりも酷いものだったかもしれない。

 気絶する者も決して少なくなく、慌てて聖痕教会に駆け込むものもいた。

 ひとつひとつの村への滞在期間はそれほど長くは取れなかったが、なるべく人目に触れるようにして、しっかりと作業に従事して回った。柵を補修し、崩れた建物を撤去し、収穫した作物を運ぶ。

 誠実に、確実にそれらをこなしていく。

 最後まで視線が変わらなかった村もあった。

 まあ、何事も一足飛びに解決とはいかないのは当たり前だ。

 

 村々を回り、そうして最後に訪れたのはあのナーとダニエルと出会った村。

 そしてそこで待っていたのは茜色のスケルトン、エキオンだった。






 村に着いた当日は夕暮れが迫っていたので大した作業は行えない。

 挨拶もそこそこに村の外で野営の準備を進めていく。

 村を訪れた兵士とスケルトン、そのすべてが泊まれるだけの施設は村にはないので、自然、宿泊は村の外で野営するしかない。

 俺だけは代官の部屋に泊まってはと提案されたが断った。

 新たに着任していた代官がどうにも関わりあいたいとは思えなかった。典型的な貴族的な匂いが鼻について仕方なかったのだ。

 食事だなんだと共にすれば下らない世辞と、何とか英雄との伝手を得たいと賄賂すらも送られかねない。妹だの何だのがいるなんて話も聞きたくはない。

 今回は村の警備も兼ねているために、自身も村の外で寝泊まりして防備に尽くしたいと言い訳をして何とか辞退した。

 英雄が野宿なんて、と代官は散々しぶっていたが、ナーもそんな小男と縁を結ばせる気はないのだろう。

 俺の判断に何も言ってはこなかった。

 野営の準備をスケルトンと共に進めていると、一緒に作業を進めていたゴキゲンがふと手を止めて頭を上げた。

 その様子に俺もそちらへを見やる。

 日が沈みかけている。

 だがバンザイと違って、ゴキゲンがわざわざそんな景色をただ眺める訳がない。

 どうした?そう声を掛ける前に俺も気がついた。

 ぽつりと小さな点がある。

 遠いのだが、何故か俺にもはっきりとそれが人影のように思われた。

 そうか、やっと来たのか。

 手振りでゴキゲンに作業を続けるように示して向き直る。


「ナー、何もないと思うが、少し村の外を見てくる」


 少し離れていたナーにやや大きな声を掛けた。

 ナーはしばらく無言でじっとこちらを見た後に、俺へと近づいてくる。


「何か不審なことでもありましたか?」


 ナーが視線を周囲へと走らせる。

 気がつくか?

 表情には出さずに警戒した心持ちになったが、ナーは影には気が付かなかったようだ。


「いや。ここは前にも騒動があったからな。念には念を入れておきたいだけだ」


 簡単な警戒と見回り、それだけだと告げたが、ナーはごくごく僅かに眉を動かした。


「ここの村にも見回りの兵はおります。ご心配には及ばないかと」

「別にここの兵士が無能だって言いたい訳じゃないさ。……あの時のようにな」


 笑みを浮かべて返す俺に、ナーはやや目を細めた。

 ナーも俺と出会った時のやり取りを思い出したのだろう。


「あの時はそれどころじゃなかったからか、えらくあっさりとスルーされたが、近くの森でホブゴブリンまで出たんだ。余剰な兵力がある時に見ておくのは悪いことか?」


 俺の言葉にナーの返答はわずかに間があった。

 あの時はダニエルと何としてでも面会させたいという意志があったからだろうが、本来ホブゴブリンの出現はそんなに簡単に済ませる小事ではない。

 俺の言葉に一定の信があると思ったのか、俺の目を見たまま考えていたであろうナーが口を開く。


「何も日が落ちる寸前に行かれる必要はないと思いますが、どうしてもとおっしゃられるのならば私も」

「いや、それには及ばないさ。ナー達の方が大所帯だ。野営の準備にはまだ時間がかかるだろう?あくまでも念のためだ。それともお前は俺の腕で村の外に出られるのは不安か?」

「……それはございませんが」


 個では最強の存在であるドラゴンを撃退した人間をどうにかできる存在、そんなものがこんな田舎の村のすぐそばに出てくるのはどんな確率だろうか?いくらここにヒュージスケルトンがいないとはいえ、それでも生半可な敵にどうにかされるつもりはない。

 ナーもそれは十分に分かっている。

 あるとするならグレンデルのような災害級の魔物だろうが、何の前情報もなしにそんな馬鹿でかい魔物がいきなり現れたりはしない。

 ……ドラゴンのように異常なまでの移動力が無い限りは。だが、ドラゴンは倒した。つまり何の問題もない。


「明日でも良いのではありませんか?」

「俺は何事も自分の目で確認しないと気が済まない性質タチなんでな。すぐに戻る。俺も腹が減っているしな」


 カタブツが馬を引いて傍らまで来たので馬を受け取り跨る。

 カタブツの脇には妙にウキウキした足取りに見えるバンザイも来ていた。


「……バンザイ、お前は野営の準備を進めろ。そうだな、ドジっ子、お前も来い。それじゃあナー、頼んだぞ」


 引き続き作業をしているようにと言いつけられたバンザイは大げさな身振りで肩を落とす。それを見てカタブツがさっさとしろと言わんばかりにその肩を引きずって作業へと戻っていった。

 ……最近思うのだが、バンザイと関わる時の他のスケルトンの動きがどうにもおかしくないか?

 スケルトン全体に言いつけた野営の準備を済ます。他のスケルトンよりもより厳格な命令の受け取り方をするカタブツが、そのために命令から抜けるスケルトンを引き戻していくというのはおかしくないとも思える。

 ……思えるか?

 どうにもバンザイと関わるスケルトンが人間くさい動きをするように見えて仕方がない。

 考え過ぎだ、そう思うことにして意識を切り替える。

 ちょうどドジっ子が騎乗して傍らに来たので、馬を走らせた。

 ややあってから振り向くと、ナーが俺をじっと見ていた。

 表情はいつも通り。ただの無表情のまま。

 出会った時よりも良く分からないと思えるのはナーも一緒だ。

 軍人然とした女という印象は変わらない。

 だが、確かに無愛想であったが、もう少し口数はあった。

 何かあったか?と言えば我ながら大事件だと思えるドラゴン騒動はあったが、直接ナーとの間に何かがあった訳ではない。

 原因が分からないのはこっちも一緒だ。

 ならば考えても無駄なのも一緒だろう。

 しかも相手はスケルトン並に表情が読めない女だ。

 そういえばアイツが笑うところを見たことがあっただろうか?

 ナーの笑顔、そう言葉で考えた瞬間に何故か笑ってしまった。


「アイツが笑ったらきっとドラゴンが現れる以上の大事が起きそうだ」


 きっと雨程度では済まないだろう。

 笑顔ひとつで世界のバランスが崩れかねない。

 そう思えるほどに、あの女が笑うところは想像できなかった。

 再び振り返った時、ナーの表情は既に確認することはできなかった。

 前を向き、点にしか見えない影へと向かう。

 ある程度近づいていくと、その距離が縮まらなくなる。

 向こうが俺の接近に気付いて走っているからだ。

 それほど全力では走らせていないとはいえ、馬よりも早く走れるらしい。

 ドラゴンと接近戦なんて出来るのだから、当然といえば当然か。

 その行き先には見当がついた。

 その想像通りの場所へとたどり着く。

 それはいくつもの岩が重なりあって出来た小山だった。

 以前にも野営したその場所で、やっと茜色の鎧姿、エキオンと合流した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ