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スケルトンの述懐  作者: ぎじえ・いり
スパルトイ、ドラゴン、そしてフェレータ
20/48

サイクロン

2016/04/21 改稿。

 あれだけの怪力を誇りながら、その体は線の細い、普通の少年と変わらないそれだ。


「……話が出来るなら、聞きたいことは山ほどあるんだがな」

「そうですね。少しだったら構いませんよ。ですが、説教は御免です」


 そう言って微笑む姿は、これまで壮絶な戦いぶりを見せていたフェレータと同一にはとても見えない。


「……あのドラゴンはなんだ?」

「なんだって聞かれても……何を答えれば良いのかな?そうですね、友達、かな?」

「友達?」

「そうです。最初は殺してしまおうかと思いましたが、言うこときいてくれるようになりましてね。それならまあいいか、と。」


 あんなどうにもならないような相手を、簡単に殺そうと思った、と言う表情には無邪気さがあった。

 そして、当たり前のことを当たり前に話しているだけという自然さが。

 聞きたいことはそれこそ山のようにある。

 だが、サイクロンの説明は要領を得ていない。


「ドラゴンは、いや、お前たちはどこから来た?」

「セディーユ。タイフーンと会ったのはそこです。私が生まれたところなら、オゴネクです。ここからなら、大陸の果てと言って差し支えないかと」


 セディーユとは、西方にある都市国家の名前だった。

 行ったことはないが、名前だけは知っている。別の大陸から来たのかとも考えていたが、どうやら同じ大陸の人間だったようだ。サイクロンが生まれたというオゴネクというのは初めて聞く。どこにあるのかも見当がつかなかった。


「どうやって、その友達になったんだ?」

「羽根をもいで、殴って蹴ったらおとなしくなりましてね。そうしたら私の後をついてまわるようになりました」


 俺の傍らでエキオンが空いている手のひらを天に向けて、俺の顔を見た。ジェスチャーが意味するのは呆れだ。

 見るな。

 俺だって呆れている。

 だが、この子どもの力は本物だ。話していることも事実に違いないと思えた。


「……お前はなんだ?お前はなぜアキュートを滅ぼした?そしてなぜウムラウトに来た?」

「勿論、貴方に会うためです。私には何人か、会うべき候補者がいました。隠れられてからは、随分探しましたが」


 探した?国を滅ぼす行為を探した、と?


「それで国ひとつを滅ぼしたのか?」

「そうですよ?それが何か?」


 そこで、今まで笑っている顔のままだったサイクロンの顔が不安げに曇る。

 そこだけ見れば、子どもが大人に見せる自然なそれだ。自然に見えるのが、あまりにも理解できない。


「俺の怒りが想像できないなら、お前に説明しても無駄だろう。候補者とは何だ?なぜ俺を追う?」

「ひとつひとつ、答えますよ。そう焦らずともね。私は何か?と聞かれましたね。それは私も知りたい」


 淡々と、サイクロンは語りだす。


「私はただの農家の子どもでした。畑を耕し、種をまき、実れば刈り取る。それだけの毎日でした。ある時、村が魔物の群れに襲われました。駐在していた兵士ではどうにもできず、村は滅んだ。私以外すべて。私が人よりも丈夫なことに気がついたのはその時です。私はずっと周りの人もそうだと思っていました。だから大丈夫だろうと思って、畑仕事を続けていたのですが、そうではなかったようです」

「は?」


 コイツは周囲の人間が続々と襲われていく中で、ただひとり畑仕事を続けていたと?


「驚きましたよ。軽く叩けば死んでしまうような弱い相手に、死んでしまう人がいるなんて、思いもよらなかった」


 言葉が見つからなかった。

 常識が違う。

 前提が違う。

 姿形が同じだから、周りも同じだと思っていたと?

 そもそも誰か、コイツの異常性に気づかなかったのか?

 子ども同士の喧嘩ひとつで分かりそうなそれが、誰にも気づかれること無く育ったと?


「仕方がないので、私はひとりで畑を耕し、種をまき、実れば刈り取る、それをずっと続けました」

「ひとりで?ずっと?」

「ええ。そうですよ?仕方ないじゃないですか。だって誰もいなくなってしまったんですから」


 狂っている。

 コイツは生まれた時からずっと周囲とずれていることに気づかずに、そしてそのままひとりで生きていたのだ。

 気づこうとしなかったのか、それとも本当に周りの誰も気づかなかったのか。

 何にせよ、ひとりになった時点で誰かに気づかれる可能性は失われたのだ。そのままコイツを放置しておけば、コイツはひとりのままで最後まで何も疑問に思わずに、生を全うできただろうに。

 余計なことをした人間がいたのだ。


「そうしたら、巡回の聖痕教会の方がいらっしゃって、ここにいてはいけないという。僕はどうでも良かったのですが、あまりにも熱心なので、村を出ました。そこでは面白いことが結構ありました。自分の身体をうまく使ってできる事を追求することもそうです。それとやっと人というのがどういう生き物なのか、その時はじめて分かりました。弱く、もろい。でも、僕はその弱くもろいはずの人に勝てなかった。でも、それが面白かった。最初はね」


 どんなに身体が頑丈で、力が強くとも、技が無ければ戦い方はあるだろう。そうしてコイツは最初は負けていた。

 最初は面白くとも、やがては飽きる。

 そうした果てに何があったのか?


「最後はどうなった?」


 聖痕教会。

 サイクロンの言葉に、その胸の刻印を見る。

 胸に聖痕持つ英雄。

 ミレニアム1世。

 再来派。

 待ち望んだドラゴンを打倒する英雄。

 何を期待されたのかが分かった。

 だが、コイツは今、ここにいる。

 何か結論を得て、出てきたのか、出されたのか。


「誰も僕に勝てなくなった。それがつまらなくって仕方なくなりました。だから出ようと思い、そう打ち明けたら、ならば最後にと、タイフーンと遊ぶことになりました」


 言っている意味が理解できなかった。

 タイフーンと遊ぶことになった?

 教会がそう言ったのか?

 意味することに、戦慄した。

 教会はドラゴンの所在を知っていたのか?

 未だ絶滅せず、生き残っていることを?


「街を襲うタイフーン、それを僕が倒せたならば、出て行っても良いと言われて、僕はその通りにした。タイフーンがセディーユを滅ぼし、僕はタイフーンと戦った」


 滅んだ街はアキュートだけではないらしい。

 情報が入ってきていないだけで、既にセディーユも滅んだようだ。


「あの人たちが何を期待していたのかがよく分かりませんでしたが、約束は約束です。僕はタイフーンと共にあなたに会いに行くことにしました」

「そこだ。なぜ、そこで俺が出てくる」


 コイツは言った。

 候補者と。


「教会でいくつかの名前を知りました。ビフロンス、この名前もそうです。あなた達ならば、僕の遊び相手になれると」

「……誰が、そんな迷惑な真似を」

「さあ。ただ、そういうリストがあって、話の種にしていただけです。それで、あなたはデスナイトを手に入れたのですね?」


 エキオンを笑って指差す。

 違う。

 これはデスナイトではない。

 だが、それを正すことに意味があるのだろうか。

 同じ言葉を操っていても、少しも話せている気がしない。話す内容にひとつひとつが、理解したくもないようなものだったというのもあるのだが、

 候補者の意味は分かった。教会に何らかの候補のための人選があったのだ。それに、俺の名前も含まれていた。

 ドラゴンを倒す英雄?

 俺も待ち望まれている英雄候補だったとでも言うのだろうか?

 それはないだろう。かつては教皇自ら名指しで嫌悪感を示したくらいなのだから。


「まだ答えてもらっていない質問があるな。なぜ街を滅ぼす?」

「答えたじゃないですか。貴方を探すためだと」

「違うな。探すだけなら滅ぼす必要なんてない。もう一度、聞く。なぜ滅ぼす?なぜ殺す?」


 サイクロンは質問にすぐには答えなかった。やや考えるように、わずかに目をつぶった。

 エキオンが動きかける。視界を閉ざしたならば、チャンスだと言うように。手で制して止める。


 確かに隙かもしれないが、エキオン、今手にしている武器で殺せるのか?


 創造魔法には時間がいる。実際にサイクロンはすぐに目を開いた。


「だって、たくさんいるじゃないですか?正直、僕にはどれが貴方でどれが貴方じゃないのか見分けが付かない。なら、僕に抵抗し得るのがあなただ。それに、どうせ増えるんでしょう?弱いっていうのはそういうことなんでしょう?畑になる実りと何が変わらないんです?」


 ああ。

 終わっているな。

 コイツは最悪だ。

 クソババアなんて目じゃない。

 コイツは人から踏み外したんじゃなくて、最初から人じゃない。


「だったら、僕が刈り取ったって、良いじゃないですか。どうせまた実るのですから」


 何の倫理観もなく、人として当然の論理性も持たない。そう、これはやはり魔物なのだ。

 人の姿をした魔物。

 言葉を操る魔物。

 それに他ならない。

 ならば、魔物は退治されなくてはならない。

 人の姿をしているが、こいつは人とは別種の生き物。

 そして人に仇なす天敵なのだ。


「殺戮を趣味でやられてはたまらない。子どもの箱庭遊びで、世界が滅ぼされてたまるか」

「自由にして良い。僕はそう教わりました。この世界は僕のためにあるのだって」


 人に擬態した魔物が笑った。

 まるで人のように。

 そして天をあおぐように、その手を広げた。

 俺は自らの剣を抜き、構えた。

 頃合いだろう。

 知りたいことは大体知った。

 コイツももう話をするのには飽きている。


「僕のための世界。僕のための貴方だ」


 エキオンが片手のナイフ、もともと強化されていても、それでも欠損が生じていたナイフを造り変えてゴキゲンへと放る。

 ゴキゲンもドジっ子も己の武器を構える。

 ガラクタが俺の背後に控えた。

 そのガラクタをサイクロンが見上げる。


「ビフロンス、貴方は良いですね。今まで見たことのない世界を見せてくれる。さあ、次は何を見せてくれるんですか?」


 その手が光り輝いた。

 自らの発光に照らされた少年の目。

 それは真紅の宝石のように美しい目だった。

 サイクロンが地を蹴る。

 エキオンが俺とサイクロンの間に立ちふさがる。

 演目はどちらかが果てるまで終わらない遊び。

 最後の舞台の幕が上がった。






「あーっはっはっはっは!」


 人の姿をした魔物が哄笑する。

 上気した肌からはほのかに魔力の燐光が立ち昇る。


「コイツには怪物という言葉すら生ぬるいな!」


 一気に俺へと間合いを詰めようとしたサイクロンに、エキオンが立ちふさがった。あまりにも大きな動作で振りかぶり、その拳をエキオンへと振り下ろす。それをエキオンは躱せない。

 躱せば俺へとそのまま辿り着いてしまう。

 だからエキオンは自らの剣で受けた。

 その結果、あっさりと剣は折れた。

 エキオンによって強化された剣ですら、本気を出したサイクロンにはまるで紙細工。エキオンが自らに達しないようにと躱す動作は、どうにかギリギリで成功し、自身まで砕かれずには済んだ。

 エキオンの身体強度は通常のスケルトンの比ではない。だが、その強度を試したいとはエキオンだって考えない。すかさずに殴る動作から身体を回し、そのままエキオンへの蹴りへと変じる。

 どうにか躱すエキオンをフォローしようと、ドジっ子が矢を放つ。

 その結果に俺は目をみはった。

 矢は当たった。

 意外だったが、あっさりと当たったのだ。

 だが、矢は鋼鉄にでも弾かれたかのように、回転しながら弾かれ飛んだ。

 当たった瞬間に、その肉体の表面に密集したレイラインの光がまるで波紋のように広がった。

 なるほど。

 コイツは全身が魔剣と同じようなものなのか。

 筋力によっての膂力ではなく、魔力によっての超常。

 サイクロンが鎧を着ていたのは、俺のスケルトンと同じ理由らしい。

 つまり、ただの身を隠すための衣装でしかないと。

 それはこの瞬間に、手持ちの武器では打倒し得ないことを指し示す。

 ドラゴンを倒した手段をもう一度使うのか?

 エキオンの創造魔法、それならば傷つけうるだろう。


 だが、当たるのか?


 サイクロンの動きは素早い。

 疾風がエキオンの目前で渦巻く。

 手を伸ばした時には既に避けられ、攻撃へと転じている。

 現に、さっきまでのエキオンよりも全く余裕が無い。あまりにも近すぎる間合いを嫌って、エキオンが半ばになった剣を造り変えつつも後ろへと下がる。

 俺も今いる位置だから目で追えるが、あれが目前だったならば、とてもではないが追い切れない。

 着地したエキオンは俺の目前。

 そして極小に押し込まれたあまりにも膨大な災厄が異常とも思える圧力で迫り、駆ける。

 ゴキゲンがナイフを投じ、ドジっ子が矢を放った。

 サイクロンはうるさい虫を叩き落とすように、軽く払う。

 目前に迫り来るサイクロンに、背後のガラクタが拳を振り下ろした。

 サイクロンはその瞬間にさらに地を滑るように、地面すれすれを飛翔するように加速してガラクタの拳を躱した。

 その顔は狂気にゆがみ、そして笑っている。

 どれも躱す必要のない攻撃だったが、それをそうしたのは俺へと最速で至るため。

 笑っている目が語っていた。


 早く。

 早く。

 早く!

 新しい世界をこの目に見せろ!


「マスター!」


 エキオンが叫ぶ。

 意味は分かる。

 創造魔法を使わせろと。

 だが、今、エキオンに魔力を持って行かれては、昏倒しかねない。

 俺は応えない。

 コイツを押さえうる戦力はない。

 創造魔法を使っても、当たらなくては意味が無い。

 インシネレイションをコイツに使うのはどう考えても不可能。

 ガラクタの拳をすり抜けたサイクロンがエキオンの至近に達する。

 コイツを倒す方法はないのか?

 あらゆる攻撃は無意味なのか?

 サイクロンの狂気の顔を睨む。

 その額から、一筋の血が流れる。


 血?


 それはドジっ子が放った矢によるもの。

 二度目は弾かれたが、一度目は届いていた?

 それが致命傷でなくともだ。

 そうだ、コイツ自身が言っていたじゃないか。

 最初は勝てなかったと。

 脆く弱い人間に負けたのだと。

 傷をつける方法はあるのだ。

 額が弱点?

 それもそうなのかもしれない。

 諦めてはならない。

 両手剣を構え、サイクロンを見据える。

 そして、再び自らに魔法をかける。

 心臓が一度、強く脈打った。


「行くぞフェレータ!」


 エキオンをすり抜け、サイクロンへと剣を振る。

 サイクロンは左手を振り上げて、俺の剣を迎撃した。

 その左手に波紋が広がる。

 俺の剣は砕けた。


「マスターは馬鹿なのか!?」


 そのまま突き出されたサイクロンの右手は俺に至る前に、エキオンの短くなった剣が叩きつけられて軌道を変えられる。

 エキオンの剣は砕けない。

 身体に触れるだけで、武器が砕かれる訳ではないのだ。

 放たれたドジっ子の矢はサイクロンの挙動に追いつかずに、むしろエキオンを掠めて飛び去る。

 だが、それで良い。

 必要なのは攻撃の手数だ。

 守っているだけでは、コイツは絶対に倒せない。

 折れた刃を拾ったゴキゲンが走り、サイクロンの背中を打った。

 うるさいとばかりに振り返りざまに蹴ろうとしたサイクロンに頭上から巨大な拳が降る。

 その時には俺もエキオンも下がっている。

 俺自身が完全に動きをコントロールしての、一息のズレもない連携。

 まるで自身が複数いるかのように、すべてのスケルトンが俺の意を組んで動き出す。

 そうだ。

 強力な魔法だけが俺の強さじゃない。

 攻めろ。攻めろ。攻めろ。

 ここにいるのは俺の命令を完璧にこなすスケルトンしかいない。

 決して恐れることはない。

 恐れるのは俺だけだ。

 もしも、今、この場に弱い者がいるとしたら、それは俺自身に他ならない。

 弱さを斬り捨てろ。

 裏切る者はいない。

 無謀を試みて失敗する者もいない。

 すべては俺自身の力のみ。

 これが俺の戦い方だ。

 勝つかどうかは俺次第。

 フォローしてくれる相手はいない。

 僅かな油断も許されない。

 孤軍。

 ひとりでも、戦い続けられる。

 暴威を恐れるな。

 濁流の中でも、呼吸することを諦めてはならない。

 じっと我慢し、吸える時に一度に吸う。

 エキオンを意識させて、俺が攻撃する。

 俺を見た瞬間に、ドジっ子が、ゴキゲンがサイクロンを襲う。

 水平を意識したなら、直上から拳を見舞え。

 あまりにもめまぐるしい連携に、サイクロンの対応が追いつかずにガラクタの一撃に再び押し潰される。

 だが、それは奴にとっては体勢が崩れただけにすぎない。

 すぐにガラクタの拳を上げさせる。

 掴まれたり、殴られ、蹴られたりすれば、破壊されてしまう。

 ガラスの靴でダンスを踊るようなものだ。

 一度、ステップを間違えれば、すぐに砕け散り、二度と踊ることはできなくなる。


「ビィフロンスゥ!」


 サイクロンから笑みが消えた。

 まるで駄々をこねる子どものように、立ち上がると、一度強く地面を蹴る。

 衝撃に砂埃が舞う。

 俺は相対しながらも笑った。


「どうした?フェレータ?人間のフリをするのが難しくなってきたか?」

「僕の名前はサイクロンだ!フェレータなんて呼ぶな!」


 再びサイクロンが地面を蹴った。

 さらに強い光を残像のように残して、俺へと向かってくる。

 その背後を、回りこんでいたドジっ子の矢が襲う。

 まともに後頭部に直撃したが、僅かに頭を揺らしただけでダメージは見られない。

 頭部が弱点という訳ではないということか。

 サイクロンと俺の間のエキオンが半身になって短剣と化したそれをサイクロンへと突き出すように構える。

 その構えには余裕がある。

 もしも表情があったなら、きっと笑っていたに違いない。

 今の俺のように。

 動きは確かに怒りと共に鋭くなった。

 だが、その動きはあまりにも読みやすく、安易だ。

 どんなに驚異的な力を持っていても、やはり子どもなのだ。

 怒りに身を任せて、さらに大ぶりになった攻撃をエキオンは余裕を持って躱した。ひとつ事がうまくいかなくなると、癇癪を起こす。

 コイツに負けた奴の敗因はすべてひとつだ。

 誰も、荒れ狂う竜巻に手を伸ばしたくはない。

 手は縮こまり、踏み込みは甘くなる。

 そして誰もコイツに勝てなくなった。

 それを自身の強さと勘違いしたな、フェレータ。

 周りの誰もがサイクロンを畏怖するようになった時点で、強くなれなくなったのだ。

 自らを恐れる相手に力を誇るだけでは、進歩は得られない。

 苦境に立ってなお戦う術を、逆境にあえぎ、なお諦めない術を、コイツはまだ得ていない。

 コイツの強さは未完成。

 精神的にも、頭脳的にも、技術的にも。

 技は力に頼った早さのみで、その攻撃パターンは組み合わせも少なく読むことができる。

 なによりも、だ。

 エキオンがサイクロンの攻撃を躱す。

 サイクロンの目に俺の姿が写る。


「あぁあああ!」


 もはや構えすらなくして、俺に掴みかかろうと両手を俺に伸ばす。

 掴まれれば死あるのみ。

 だが俺は一歩前へと踏み出した。

 既に魔力は俺の体内を巡って暴発寸前だ。

 それはつまり、今ならば大量の魔力が俺の体内を巡っているということ。


「エキオン」


 掴みかかってきた両手を屈むように躱す。

 そのまま振り向くように身体を水平に回転させて、サイクロンの足を蹴り飛ばした。

 そう、なによりも。

 気の持ちようで、ここまで視野が狭くなるのでは大人には絶対に勝てないぞ、ガキ。


「良いぞ。全部持ってけ」


 魔法式に意味のない魔法式を重ねあわせて破壊する。

 大量の魔力が一瞬だけ流れを滞らせる。


「貰い受ける!」


 エキオンが手にしていた短剣を放る。

 その手とは逆の、エキオンの空だったはずの左手に一振りの剣が握られている。

茜色に輝く光剣。

 まるでドラゴンの牙のように歪で、しかし長く鋭い両手剣が。

 体勢を崩したサイクロンに、背後から光剣を振り下ろす。

 サイクロンは地面に手を突くよりも早く、振り返るように空中で半身に直してエキオンの剣へと手を伸ばした。

 光剣を掴み取る。

 その腕の輝きが、夜とは思えないほどに明るくエキオンとサイクロンを浮かび上がらせた。

 エキオンの最上級の魔法に抵抗するように、サイクロンの全身のレイラインが浮かび上がる。

 呆れた奴だ。

 ドラゴンの鋼の鱗すらも切り裂くエキオンの創造魔法の刃、それを掴んでいる。

 手のひらごと腕を切り分けてもおかしくないそれを棒でも掴むように、力の限りに握りしめていた。

 魔力が急速に失われる喪失感に耐えながらも、俺は折れた剣を捨てた。

 手を空へと伸ばす。

 そこにエキオンが放った剣がまるで糸で繋がれているように落ちくる。

 サイクロンがエキオンの剣を掴みつつも、地へと落ちた。

 そこに振りかぶった短剣を、渾身の力を込めて振り下ろす。

 驚愕に開かれたまま目があるその顔、その額に向かって。

 その顔にもびっしりとレイラインが浮かび上がっていた。

 胸の刻印が真っ白に輝き、全身の魔力の流れが見て取れる。

 それは自らの腕へと向かって流れていた。

 その頭の魔力すらも。


「ぁ」


 あらゆる攻撃を弾き続けた魔剣のような肉体。

 そのはずのサイクロンに初めて刃が突き立つ。

 それはただの刃先だけ。

 だが、それは確実に骨を砕き、その内部へと到達する。

 どうしてドジっ子の矢が肌を割いたのか、その理由が分かった。

 全身のレイライン、絡みついた蔓のようなそれが、額の部分でわずかに細くなっている。

 額だけじゃない、全身の所々にそれはあった。

 普通の武器なら問題はなかったのだろう。

 あるいは正常に魔力が巡っているのならば、ドジっ子の矢と同じように防げたのかもしれない。

 だが、今、その守りはエキオンの光剣を防ぐために、過剰とも思える魔力がその腕へと回されていた。

 さらに力を込めたが、魔力を失った俺ではそれ以上、刃を内部へと通すことは出来なかった。

 エキオンの刃も消える。

 諦めるように、俺は剣から手を離し、サイクロンからわずかに距離を取る。

 エキオンも俺を守れるように、間へと入る。

 サイクロンは動かなかった。

 見開かれたままのサイクロンの目だけが僅かに動いて俺を見る。

 その口が動いた気がした。


「 」


 いや、気のせいだったか。

 サイクロンの身体から光が失われていく。

 末端から薄ぼんやりと消えていき、最後に残った胸の光も吹き消されたろうそくのように不意に消え、そして二度と光は戻らなかった。


「終わりか」


 足に力が入らずに、思わず座り込む。

 側へと寄ってきたのはゴキゲンとドジっ子。

 視界が暗くなる。

 目がおかしくなったのではなく、ガラクタも傍らへとやってきたからだ。

 俺は応えるように拳を上げる。

 そこにドジっ子とゴキゲンが拳を合わせた。

 ガラクタも、突き出した人差し指をそこへと合わせる。


「くっ、はっはっは」


 まさかガラクタまでが合わせてくるとは思わなかった。

 ガラクタに宿る意志もどうやら強いもののようだ。

 笑う俺に合わせるように、スケルトンたちがその顎を揺らす。

 そんなスケルトンたちの姿に、なぜかグリパンの姿が重なって見えた。


 お前ならなれる。

 英雄に。


 そうだ、俺は成し遂げたのだ。


 ドラゴン。

 そしてフェレータ。


 歴史上最も恐るべき人間の天敵。

 それをふたつとも打破したのだ。

 それもたったのひとりで。


 輪にただの1体加わらなかったエキオンが落ちていた俺の剣を拾う。

 さすがに造り直す魔力は最早、エキオンにない。なにしろ俺がこの様なのだから。


 エキオンは横たわったままのサイクロンに刃を振り上げる。

 念の為に、首を刎ねるつもりか。

 そう思った瞬間に、声をかけた。


「やめろ。エキオン」

「どうした?マスター?まさか子どもだからと情が湧いたのか?」

「殺した後にそれはないだろう」


 その言葉に、振り上げた刃を下ろし、それでも念の為にと言わんばかりにサイクロンの脈を取った。

 確かにそれは死んでいるのだろう。


「さて、それで?」


 俺も何とか立ち上がり、サイクロンの亡骸へと近づく。

 そこには驚いたような、何も理解できていない子どもの顔がある。

 胸には刻印。

 俺の手のそれと比べる。

 やはり印象が似ている。


「確かめることがある。それに、考えていたこともな」


 スパルトイとドラゴンの因果関係。

 依り代によって変化した魔法式。

 未だ知らないデスナイトの製法。


「エキオン、命令だ」


 俺はエキオンに命じ、そしてエキオンと別れた。






 街の正門の前、やや距離を置いたところで俺は待った。

 ゴキゲンとドジっ子が俺の両脇で跪き、背後には同様にガラクタが跪いている。

 正門の上の見張り場からは、いくらかの兵士が俺を見ていた。

 そして控える骸骨姿を。

 兵士たちが武器を構えることはなかった。

 おそらくはナーが多少なりとも配慮した結果なのかもしれない。

 いつの間にか夜は終わりを告げようとしている。

 地平線がやや白み始めている。

 見上げる街はまるで茜色の山だ。

 被害の状況を調べ、怪我人を救助するために、灯りを落とさずに人々が動き回っているのだろう。

 街が燃えている訳じゃない。

 酷い被害が出ているが、状況はアキュートのあの街よりは全然マシだ。

 これなら復興もなんとかなるだろう。

 どれだけ待ったか、開いた正門から複数の騎兵が寄ってきた。

 先頭の馬に乗るのは大柄な鎧姿の男。

 ヘルムはなく、白髪を短く刈り上げ、頭と同じく白い髭をたくわえた精悍な顔は老いを感じさせない。

 すぐにそれが誰だか分かった。

 ワグナー将軍。

 この国の大英雄だ。

 馬上で話すかと思ったが、意外なことにワグナーは目前まで来ると馬を降りた。

 同じく降りた傍らの兵へと手綱を渡す。

 ワグナーの後ろにはナーの姿もあった。

 俺を見ると、僅かに頷く。

 つまりは、大丈夫ということだろうか。


「デカイな。なるほど。これならば、ということか」


 ガラクタを見上げてワグナーが呟く。その顔には恐れはない。俺は礼を取って、とりあえずは名乗ることにした。


「カドモス・オストワルトです。貴方にはビフロンスという名前の方が聞き覚えがあるかと思いますが」

「そうだな。カルル・ワグナーだ。お互いに自己紹介は要らんだろう。さて、一応説明を聞いておこうか。燃え盛る奴が飛び去るのは俺も見た」


 促されるままに、俺は話す。

 ドラゴンをいかにして倒したのかを。

 サイクロンのことは話さなかった。

 奴がいたと知るのは俺の他にはフェネクスだけだろう。

 そして、エキオンのことも詳しくは話さない。


「そうか。正直、最初の報告を聞いた時にはまさかと思ったが、本当に打倒し得るとはな」

「そちらのハルモニア・ナーの協力もあったからこそです」


 俺の言葉にワグナーはちらりとナーを見た。目礼を返すに留めたナーに軽く頷き、再び俺を見る。


「礼を言おう。この国を救ってくれたこと、本当に感謝する。さて、お前にはお前の望みもあるだろう。何でも与え、自由にさせてやりたいところだが、こちらにもこちらの望みがある。そのすり合わせをしたいと思う。その前に、お前の兵をこちらに預けてもらえると助かるのだがな」


 顎をしゃくって、ガラクタを示す。こんなものをそのまま中に入れて俺の側に侍らせておくわけにはいかない。

 それはそうだろう。

 それがドラゴンを倒した兵力の内だとしてもだ。俺は、首元から鍵束を外して、それをナーへと放った。


「当然、護衛はつけてくれるんでしょうね?」

「無論だ。正直に言って事情はまだ良く分かっていないが、ドラゴンとは別の面倒事があったことは聞いている」


 そうだ。既にジャックはいない。すぐにダニエルが跡を継ぐことにはなるだろうが、今は宙に浮いているに等しい。準貴族でもなく、世話になっていた家は混乱の最中。個人としては過剰な戦力を持った男がドラゴンを倒し、しかし何の立場も持っていない。

 ひとまずは、おとなしくこの将軍に身を預けることにした。

 余計なことは、今は何も考えたくはなかった。

 面倒事は片付いた。

 身も心もクタクタで、しばらくは休みたい。

 これからどうなるかは、この国次第だが、悪いようにはされないはずだ。

 ふたりの騎兵が俺へと近づいてきたので、従順を示すように折れた剣を鞘ごと渡す。

 渡された兵が、その剣の軽さに一度剣を引き抜き、折れた剣に口を開いた。

 ワグナーもそれに僅かに目を開いていたが、何も言わず、再び馬に乗って、引き上げていく。

 引き上げていく将軍の影で、ナーが動かずに俺のことをじっと見ていた。

 俺は右手の人差し指だけを、ナーに見えるように上げる。

 上を指す人差し指、それを小さく一度回した。

 そしてナーをそのまま指差す。

 ナーにも意味が分かったようだ。

 一度だけその目が僅かに開かれた。

 ぎくりとするような仕草におかしさが込み上げる。


 ナーはいつもの無表情へと顔を戻すと立ち去る前に、右手を、その手のひらを自身に向けるようにして、俺へと見せて、そのまま将軍たちと共に去っていった。


 その手の薬指、そこには確かに指輪が昇る朝日を受けて輝いていた。


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