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スケルトンの述懐  作者: ぎじえ・いり
スパルトイ、ドラゴン、そしてフェレータ
2/48

ネクロマンサー

 ◇◇◇


「エキオンは?まだその頃にはいなかったの?」

「エキオンを造ったのは、その後だ」

「そういえば!聞いてなかった!エキオンってどうやって造るの?デスナイトとも違うんでしょう?」


 自分自身が発したエキオンという言葉で、さっきまで目を輝かせていたドラゴンから、その興味はエキオンへと移ったらしい。

 子供だな。

 子供は好きじゃない。

 いや、はっきりと嫌いだ。

 近づいて欲しいとも思わない。

 そんな俺が、この少女を憎からず思ってしまっているのは、その笑い顔と髪の色のせいだろうか?


「スパルトイだ。エキオンは奴の名前だからな。もう一度、スパルトイを造り出しても、別にエキオンにはならんだろう」

「分かってますー。グリパンさんのことを何のかんのと言ってるのに、自分だって細かいじゃん!」

「……そうだな。まあ、そう怒るな。エキオンを造り出したのは、ある村だった」


 ◇◇◇


 人里を避けて山中を進み続けてきたが、そろそろ補給が必要になってきた。

 ごくごく少数になってしまった手勢を率いて適当な村を探す。

 あまり大きな街には出ない方が良いだろうという判断だ。

 最悪、手配されていると考えるべきなのだから。

 そんなことは無いと思いたいが、面倒事は極力避けたい。

 そうして見つけたひとつの村は、遠目に見てもはっきりと分かるほどに、とても奇妙だった。

 なにしろ真っ黒だ。なにもかもが真っ黒になっている。

 まるで山火事に巻き込まれて、まるごと村が燃え落ちたかのように黒い。

 燃えかすでできた村。そんな風情だった。

 そこに動く者の姿は確認できない。

 しばらくの間、用心深く遠眼鏡で確認したが、人影はおろか、犬や鳥も、どんな獣も、そして魔物の姿もそこにはなかった。

 影そのもののようになった村に、動く影はなにひとつとしてない。

 村の中にも外にも。

 まるで一枚の絵だ。

 どう考えても、人の住める場所ではなくなってしまっている。

 通常の火事でこんな風にはならないに決まっているだろう。

 この村は既に放棄されていた。

 いや、放棄というのは、そこから離れた者がいてこそ。

 その風情は、ただのひとりも助かった者がいなかったのではと、確信に近い疑いを見る者に持たせている。

 何もかもが燃え落ち、黒焦げになってしまっていた。

 影絵の村。

 俺は、そんな影絵の村に入り、中を調べ始めた。


 屋根は崩れ、家々は燃え落ち、燻る火などないというのに、未だ焦げ臭い匂いが村の中に充満していた。

 こういう光景はかつて見たことがある。

 世界中の国が戦争を愉しみ、そして人々が嘆いていた時代。

 人が人としてのタガを外し、どこまでも凶暴になれた。

 略奪するだけに飽きたらず、火を放つ。

 奪えるモノはすべて奪い、奪えないモノはすべて破壊する。

 人がつくり出した地獄がそこにあった。

 不意に目の前の光景が、過去の光景と重なり合う。

 燃えている。

 死んでいる。

 嘆きの中で、何もかもが。

 自分の耳に直接響いていた、かつての怨嗟の声が聞こえた気がした。

 炎が爆ぜ、家々が崩れ落ちる音が確かに聞こえたように思えた。


 大戦の記憶。

 過去の記憶。


 人が人を焼き焦がし、燃やし尽くす地獄の時代は終わった。

 そのはずなのに。

 この場に立っていると、何も終わっていないぞと、喉元に刃を突きつけられているような気分に俺をさせた。

 時代は落ち着いた。

 今では、どんなに野蛮な野盗でも、ここまではしないだろう。

 しかしこれは誰かがやったから、こうなったのだ。

 では誰がやったのか?

 何もかもを炎に包まなくては気が済まないと言わんばかりに?

 燃え落ちた村にはそんな強固な意志が確かに感じられた。

 その意志は人間のもののように思えた。

 ここまでするのは人間の所業そのものだ。

 燃え落ちたすべてがそう思わせる。


 同時にこれは別の光景にも似ていた。

 人の領域であるはずの村や街がまるで冗談みたいにぽっかりと空白になってしまうことがあるのだ。

 各地を転戦する中で、そうした光景を見ることが度々あった。

 普通、何もかもを置き去りにして逃げることは、なかなか人間には出来ない。

 土地に執着し、物に執着し、立場に執着する。

 その場所で築き上げられた人と人の関係を思い、そうしてひとつひとつに執着すればするほど足は重くなり、逃げることを簡単には決断させない。

 例え一度は逃げたとしても、すぐに帰りたくなるのだ。

 いや、必ず戻る人間が出る。

 遠くまでは行かずに、近くで様子を見続ける。

 燃え落ちる家を、決して止められないと分かりつつも、それでも呆然と眺め続けてしまう。

 どんなに涙で滲もうとも、最後までその光景を。

 煙に包まれ、見慣れた景色が真っ黒に塗りつぶされようとも。

 それが人というものだ。

 今、この村にはそんな人の影はない。

 生き残れた者がもしも存在したならば、誰かはここにいるはずだ。

 かつての光景を思い出して、嘆く存在がここにはあるはずなのだ。

 それがただのひとりもいない。

 逃げたのだ。

 一目散に。

 絶対に村が見えない遠くまで。

 そこまで決断させるのは、人の仕業ではない。

 それはいつも魔物の仕業だった。

 抗うことすら考えられないほどの超のつく大物の魔物が持つ、一切を諦めさせる暴力によって、決断させられたのだろう。


 それを見ていては死ぬ。


 それに近づいては死ぬ。


 だから離れなくてはならない。


 そして気配を悟られてはならない。


 遠く、遠く、決して災厄の訪れた場所には二度と近づくまいと誓って。

 そうやって逃げ出し、やっと助かる人間が出る。

 そうせずに残った人間はすべて死ぬ。

 戻れば生命の保証はない。

 どうか誰か助けてくれと、すべてを投げ出し、逃げ続けることしかできなくなる。

 戦う力を、抗う術を持たない人間にはそれしかできない。

 そうして人の気配がぽっかりと綺麗さっぱり消えるのだ。


 強固な意志。

 絶大な暴力。

 そのふたつがこの影絵の村を蹂躙していた。


 片方だけなら見たことがある。

 何度も。

 色んな場所をさすらってきた。

 そうすれば、こんな光景には何度も行き当たる。

 その両方が暴威を振るった土地というのはあまり見ない。


 魔物が人を襲うのは必要だからだ。

 食べる物を得るため、武器を得るため。

 そのために人を襲い、人里を襲い、そして得る物を得れば、やがてどこかに消えていく。

 こんな風に偏執的なまでに、人の村を焼いたりはしない。


 人に襲われたなら、必ず戻る者が出るのだ。

 どこかから兵士を連れてくるなりして、嘆きながらも少しずつ、なんとか元に戻そうと足掻く。

 人にされたことには恨みを持ちながらも、それを力として動けるだけの意志が人にはある。


 だから、その両方が起きたかのような、こんな風景は知らない。

 知らないはずなのに。

 胸に手を当てると、そこに何かがあるような気がした。

 どこか懐かしさすら感じられるような。

 自分が自分で無かったようなそんな古い記憶の欠片。

 古い記憶?

 そんなものが俺にあったか?

 あるのはあのババアの元にいた地獄のような日々だけだ。

 それなのに、何かを思い出したような気がした。

 伸ばした小さな手。

 煤まみれの真っ黒な子どもの手。

 思わず手を持ち上げかけ、捕まえようと手を伸ばす。

 それはあっさりと消えた。

 自分の目に映るのは鎧われた自身の手だ。

 それが青空の光を反射して、鈍く光った。


 何だったのか。

 思い返そうとしても、何も引っかかるものはない。

 何もなかった。

 だから俺は目の前の現実に意識を戻す。


「やってくれたな、フェレータ」


 火を扱う大物の魔物。

 それは別にただの一種ではない。

 しかし、今、思い浮かぶのは戦場に舞い降りた災厄、あの魔物の王様だけだ。

 ドラゴン。

 この村の惨状はどう考えても、それによるものにしか見えない。

 大物の魔物は存在そのものが災害に等しい。

 人が襲われて死ぬだけでなく、場合によってはひとつの街が滅ぶ。

 例えば今いる村のように。

 この影絵と化した村の、災厄の痕跡はまだ古くない。

 人が住まなくなった土地というのはあっという間に自然の中へと溶けこんでいく。

 ひと雨ごとに雑草が伸び、何もかもを覆い尽くす。

 人の手による物は風雨にさらされて倒壊していく。

 今いる場所はまだそんな風に自然の中に帰ろうとしている気配がない。

 雑草はなく、打ち壊された家はドラゴンによって打ち壊されたままの断面をさらしている。


 まるで昨日襲われたのだと言われても納得できてしまう風情だった。

 普通は何らかの魔物の被害が起これば、人の調査が入るのが道理だった。

 助かった人間の証言を元に、その魔物がどこに向かったのか、他に助かった人間はいなかったのか、それを調べ、然るべき兵力を派遣し、新たな被害を防ぐ。

 魔物は退治されなくてはならない。

 そうでなければ、人里など築けない。

 だが、村には何ら調査が入った痕跡は無い。

 この村は見放されたのだ。

 ドラゴンが現れ、そして滅んだ。

 いくらかの村人は逃げられたかもしれない。

 そんな人間が助けを呼んだとしても、誰ひとりとしてこの地を訪れることはないだろう。

 ドラゴンが現れた場所に行きたいなんて思う人間はただのひとりもいないのだ。


 この国にドラゴンが現れたのは、この村がはじめてではない。

 何人助かったか知らないが、あの戦場では数千人単位で人が死んでいる。

 全滅、壊滅という言葉すら生ぬるい、虐殺、皆殺し。


 戦争をやりに行った軍隊ですらそうなる相手が現れた場所に、どうして、誰が行きたいと思える?


 ドラゴンを滅ぼして、すべての人間を統べたというミレニアム1世は既にこの世にいない。

 聖痕教会では、ドラゴンスレイヤーの再来を謳っているが、あの大戦の時ですら、自然消滅的に終息するまで、すべての争いを止められるような大英雄というのは現れなかった。

 今更だろう。

 誰もあれは止められない。

 分かりきっている。


 相手は個だ。

 どこにでも行け、どこにでも現れる。

 いつだって不意を打てる。

 事前の準備も、事後の憂いも無い。

 糧食なんて概念もなく、進行速度は馬の比じゃない。

 好きに振る舞って、暴力を振るうだけだ。

 災厄は未だこの国の中をうろつき、周囲の村や街では防備を固めているだろう。

 どんなにそれが無駄なことだと分かっていても、ひとつの国の人間すべてが逃げ出せる先なんてないのだから。


 どうか来ないでくれ。

 今のまま、たまたまでも助かることがいつまでも続けば良い。

 そう願い、耐え続けるしかない。


 そんな時に、小さな村のひとつやふたつ、どうなったところで気にかけてなどいられない。

 俺はあれ以来、完全に人目を避けて野山の中を進んできた。

 それで知らなかったが、アキュートでは警報が発令されているのかもしれない。

 どうか災厄よ、訪れるなと願いつつ、空の影に怯えていることだろう。

 この状況を作り出す原因となったのは、ある意味、俺とも言える。


 一度は戦場で対峙して、敵わないと分かって逃げ出した。

 逃げ込んだ先の街は一夜で滅んだ。

 いくつもの死体を踏み越えて、手勢を増やすことすら考えずに逃げ出した。

 野山に分け入り、息を潜め、目立つ人の群れから離れてただの個となり、災厄から逃れた。

 以来、空を飛ぶ巨大な影を何度も見ている。


 まるで俺を探すような影を。

 自らの敵を求めるような影を。


 舞台の上には今やドラゴンとアイツだけしかいない。

 誰も彼もがもう御免だと、舞台の上から飛び降りた。

 それが不満で、客席で息を潜めている人間を捕まえて、舞台に上がれと、今も客席をうろつき、誰かいないかと声を張り上げる。


 この結果は俺のせいと言えるのだろうか?


 多少なりとも今のこの国の状況を調べたかったが、これでは調べようがない。

 不意に思ってしまった。

 アキュートが差し出したいのはこんな無辜の村ではなく、一度は望んで舞台に立ったのに、それをあっさりと投げ出した三流役者のこの俺の首に違いないと。


 ドラゴン、それにアイツが本当に俺を探しているのかは、定かじゃない。

 だが妙な確信があった。

 アイツもドラゴンも、俺を探していると。


 この村はアイツに選ばれたのかもしれない。

 俺が進んでいる方向を予測し、それでこうして惨状を残す。


 次はお前だとでも言いたいのだろうか?


 すべての舞台を劇場ごと燃やし尽くし、すべての観客を殺し尽くす前に、舞台に上がれと?


 随分と派手な脅しだ。

 思わずため息が出た。


「ゴキゲン、警戒たのむ」


 背後についてきていた手勢の中から、ゴキゲンに指示を出す。

 ゴキゲンは分かったとでも言うようにカクカクと顎を揺らした。

 ゴキゲンに言葉はない。

 そのことに不審はない。


 災害級の大物が通った後ならば、逆にこの場は安全だ。

 人間も、魔物も、何も現れないだろう。

 魔物が襲うのは何も人間だけじゃない。

 魔物は魔物も襲う。

 さすがにドラゴンほどの大物ならば、どんな魔物も避けて通る。

 村ひとつをまるまる潰せるような大物が通った後ともなれば、もはやこの村は完全な真空地帯と化しているに決っている。

 その大物が戻ってきたりしてこない限りは。


「ドジっ子、お前は空だ」


 意識を切り替え、やるべきことをやることにした。

 こんな風になってしまっていては、今更ここの土地のために、ここの土地の人間のためにできることはない。

 それなら俺のためにできることをするべきだ。


 村の奥へと消えていくゴキゲンと手近な家の残骸にするすると登るドジっ子を確認して、村の中へと足を踏み入れていく。

 そうして進んでいった先に、早速目当ての物のひとつを見つけた。


 どこもかしこも真っ黒に染め上げられた中に、どこか見慣れたシルエットが地に落ちていた。

 横になっていたが、膝は曲がり、腕を上げ、まるで祈るような姿勢の人型のシルエット。

 真っ黒なそれは一瞬彫像か何かのようにも思えるが、この村の惨状からそうでないことが分かる。

 人の死体だ。

 まるまる炎に包まれ、死んだのだろう。

 男だったのか、女だったのかすら定かで無い。

 表情も消え、そこに浮かんでいるのが苦悶のそれなのかどうかすら判断できなかった。


 手近な家の残骸、その天辺で空を見回すドジっ子を確認する。

 ドジっ子も俺の視線に気が付き、問題無いというように大きく頷いた。

 空に奴の影はない。

 地の果てからでもあっという間に飛来できる相手に警戒しすぎるということはない。


 死体の表面はこんがりと焼き上げられていた。

 そのおかげで腐乱していないのは幸いだ。

 ハエもここまで焦げて水分の抜けきった死体は好みじゃないのだろう。

 衛生的な問題が無いのは助かる。


 壮絶な見た目に反して、死体の状態はそこまで悪くはないと思えた。

 あくまでも俺にとっての都合の問題で、ではあったが。


「さて、いつまでもそんなシケたツラをしているな」


 人形のようなその真っ黒な顔から分かるのは口が開いていることくらい。

 そんな死体の頭に手を置いた。

 そうして頭の中にひとつの魔法式を展開する。

 体の中に、その血の中に流れる魔力が置いた手に集まっていくのを感じる。


 この死体が生きていれば、その体に血が流れていれば、消費する魔力はもっと抑えられたのだが。

 そんな埒もないことを考えた。

 魔力は血にしか通わない。

 それが生き物にとっての大前提。


 川や大気の流れ、地脈といったところにも魔力は流れるが、目前の死体にはもはやそれは通っていない。

 あってもごくごく僅かな魔力の残滓だけだ。

 展開した魔法式によって、体の中の魔力の流れが変わり、手のひらから死体へと俺自身の魔力が流れこむ。

 細かく分岐した魔力が俺とつながったまま張り巡らされた。


「燃えろ」


 魔法を完成させるキーワードに反応して死体が一瞬にして燃え上がる。

 インシネレイション。

 血管を模した、擬似的、短期的な魔力経路レイラインを形成し、そこに流し込んだ魔力を一気に燃え上がらせる魔法だ。

 生き物相手なら、相手の血液、つまりは相手の魔力経路に直接繋いで燃え上がらせることも可能な強力な魔法。

 相手に直接触れなければならないため、そして相手の魔力経路レイラインとの直結に多少の時間が掛かるために、攻撃として使うには、あまり実戦には向いていない。

 実戦向きの魔法ならファイアーボールやコールサンダーのような、軍の魔法兵たちが教え込まれる、単純化、効率化された魔法の方が何倍も使いやすい。

 そうした事情からも俺の使うこの魔法は多くの国の魔法教育機関からは消え去っていた。


 しかし、俺にとっては使い勝手の良い魔法だった。

 燃え上がった死体は黒焦げの肉体を一気に吹き飛ばし、まるで手品のように、後には焦げ跡ひとつない骨身が残る。

 確認すると、やはり状態は悪くない。

 これで準備はできた。


「良い顔になったじゃないか」


 骸骨に笑いかけても、骸骨はなんの反応も返さない。

 それはそうだろう。

 死体が死体として動かないのは当然のこと。

 今はまだ。


 まとっていた鎧の腰にまとめられている古鍵。

 その中からひとつを右手に取り、左手を積み上げられた骨にかざす。

 それはいつか見た、聖痕教会の聖職者がする洗礼の仕草にどこか似ていた。

 聖書の代わりに古鍵を、洗礼の代わりに魔法を。


 今度の魔法はさっきよりも複雑なそれだ。

 一瞬だけ目を閉じ、再び開くのに合わせて頭の中で魔法式を展開した。


 今度の魔法は直接触れる必要はない。

 左手から骸骨に光の粒子にも似た物が放たれ、集まっていく。

 インシネレイションよりも強い魔力を流し込んでいることによる発光現象。

 光の粒子は物理的な効力を持ち、世界に干渉し、書き換え、そして力を発揮する。

 この粒子も魔法式の一部と化す。

 自らの内だけでなく、外にも魔法式を広げてより強い魔法と為すのだ。


「応えよ」


 魔法の進行に合わせて手にした古鍵に黒いモヤのような物が集まっていた。

 同時に軽い虚脱感を覚える。

 魔力を失うことによるものではない。

 この魔法を使うといつもそうなる。

 黒いモヤ、それは俺の手から生じているが、必ずどこか頭がしびれるような感覚をともなった。

 何か頭から、大切なものが、それこそ魂の一部が抜けていくような、そんな気すらする時がある。

 魔法を終えてから確かめたところで、本当に魂が抜けていたとしても、俺にはそれで何が変わったのか、分かりはしない。だから気にせず、魔法を続ける。


 光の粒子と黒いモヤ。

 それは再生と死を連想させる。

 ネクロドライブ。

 死せる肉体に再び造られた魂を吹き込み、偽りの再生を与える魔法。

 それがただの骸骨を人造の魔物、スケルトンへと変えていく。


「力を求めよ」


 こんな普通の村に、それも街道沿いでもないような農村では、造れるのはただのスケルトンだろう。

 肉体の記憶。

 長年の動きによってしみついた体の癖。

 それによって造り出されたばかりのスケルトンでも戦う力を持つ。

 肉体の記憶によって格とも言うべき違いが生まれ、生前強かった死体を使えば、より上位のスケルトンを呼び出す事も出来る。

 この死体では強力な個体にはならない可能性が高い。

 それでも今の状況では贅沢は言っていられない。

 1体でも多くの兵力が欲しかった。

 この状況で、熟練の兵士の死体を求めても埒がない。

 そう思う端で、ちらりとグリパンの存在が過った。


 あいつのようなワザを持った身体ならば、強力なスケルトンになるだとう、と。


 ……何を考えている。

 奴は生きている。

 そう簡単に死ぬような奴じゃない。


 意識を脳裏の魔法式へと集中させる。

 光の粒子に引かれるように、やがて骸骨の頭が浮かび上がる。

 頭だけじゃない。

 肋が、背骨が、腕が、骨盤が、脚が、そしてすべての骨がまるで人体標本のように宙に引かれていき、立ち上がる。

 立ち上がった骸骨に重なるように、光の粒子が宙に魔法式の門扉を描く。

 そこで気がついた。

 別のことを考えてしまったからだろうか。

 光の粒子が描く門扉がいつものそれとは微妙にズレて違っている。


「我に従え」


 立ち上がった骨そのものが光り輝く。

 それは刻み込まれた魔力経路レイラインによるものだ。

 太古よりの遺跡に存在する、神殿と神殿を結ぶ地脈になぞらえた、魔力の筋道。

 その魔力経路レイラインを人工的に死したる骨身に再現する。

 血がなければ魔力は生じず、流れない。

 それは生き物の大前提。

 しかし、目の前で生まれようとしている人造の魔物は違う。

 それは正確には生き物ではないのだ。

 ただ形成された魔力経路レイラインに魔力が流れることによって生前の刻み込まれた肉体の記憶が反射として再現される。

 それによって生き物を模倣するだけの、ただの人形に過ぎない。


 光の門扉、それに生じていた些細な変化によって、何か起きるかもしれないかと身構えたが、魔法が失敗するような雰囲気はなかった。

 ここまで進めてしまったら完成させるしかない。

 大きな問題はない。

 そうでなければ、ここまで使った魔力が無駄になる。


「開け」


 最後の言葉に応じて集まっていたモヤが手にしている古鍵の中へと吸い込まれた。

 それと同時に宙に描かれていた光の門扉が開く。

 魔法の完成。

 開いた門扉は何もなかったかのように消失していた。

 それとともに、自らの足で立った骸骨がかくかくと顎を鳴らす。

 これでコイツは路傍の石と変わらなかったただの死体から、俺によって造られた魂を持つスケルトンへと生まれ変わった。

 骨身の魔物スケルトン。

 既に死した肉体を動かすアンデッド。


「良し。俺の言う事が分かるか?」


 かくかくと顎を鳴らす。

 先程まで、死体でしかなかったモノが、人の言葉を解し、そして生きているかのように反応していた。

 造られた存在とは言え、そこに意志はある。

 格にもよって程度は変わるが、きちんと思考も存在しているようだ。

 その思考が言葉としてコイツから発せられる事は無いが、そこに魂に似た何かがあるのは間違いない。


 人の意識がどこから生じているのか?

 魂とは何か?


 その問に誰も答えられないように、目の前のスケルトンの空っぽの頭蓋骨の中にどのような意識が生じているのか、どこから魂と呼ぶべき何かが来ているのかは術者である俺にも分からない。

 それでもコイツに意志はある。

 意志を理解できるのは、意志を持つ者だけなのだから。

 意志がなければ、こちらの意志を理解して使役することは決してできない。


 なにしろ、さらに高位のスケルトンになれば自在に話す者もいるのだ。

 肉体を持っていないにも関わらず、その空っぽの頭の中に声たる音を反響させて。

 自分が造った訳ではなかったが、かつてそういうスケルトンと共に過ごした時期があった。


「あるものはある。ある以上、どこかに理屈は存在するだろうが、自身でそれを確かめる術はないだろう。お前はお前の思考を知るために、自らの頭の中を切り開いて覗けるのか?」


 それがそいつに聞いた問の答だった。


 目前のスケルトンは空っぽの眼窩でしばらく俺を見ていたが、すぐに微妙に首が動き、やがては大きく首を回した。

 俺の後ろを、そして周囲を見たのだろう。

 それはまるで目覚めたばかりの子供が旅先で今いる場所を思い出そうとしているようでもあった。


 スケルトンは、人の言葉が分かる。

 しかし、ただのスケルトンであるコイツには言葉はない。

 一方通行のやり取りでは困る場合もあるのだが、俺がこの魔法に習熟するほどに、その問題は解決されるようになった。

 何も意思疎通の方法は言葉だけではない。

 簡単な身振り手振り、あるいは動き方そのものでも意志というのは表せる。

 そうやって、気配というか雰囲気が伝わってきて、何となくスケルトンの思考を理解する事が出来る。

 あくまでも何となくであり、絶対でないのが難点ではあるが。


「それじゃあ取りあえずは俺に付いて来い」


 かくかくと顎を揺らすと新顔スケルトンは見回すのをやめ、俺の後ろへと移動した。

 手にしていた古鍵を首から胸に下げた鎖、既に4つの古鍵がぶら下がっているそれに付け、廃墟と化している家々の奥へと足を踏み出した。


2016/4/1 改稿

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