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スケルトンの述懐  作者: ぎじえ・いり
スパルトイ、ドラゴン、そしてフェレータ
19/48

スパルトイ、ドラゴン、そしてフェレータ

2016/04/21 改稿。

 ドラゴンが落ちたのはトレマのすぐ側にある、森というにはまばらな、しかし林というには広大な土地の一角だった。

 魔物が繁殖しないように人の手によって管理されたそこには本来、庭園のような綺麗な景観が広がっていた。

 しかし、日が落ちきった今、広がっているのは禍々しいまでの地獄を連想させている。

 月はなく、雲もない。

 砂を撒いたように星々が瞬いている。

 その下にあったのはもがき苦しむドラゴンの姿。

 翼は折れ曲がり、その目には剣が刺さったままで真っ赤な血が流れている。

 周囲の木々は折れ、そして焼け焦げ、少しの間に酷い有様になっていた。

 ドラゴンは1体の鎧姿を追っていた。

 茜色の鎧に身を包んだエキオンを。

 エキオンは走り回り、ドラゴンは踏み潰し、押しつぶし、炎に包もうと動き回る。

 だが、エキオンは離れるでもなく、あえてドラゴンの至近で動きまわることで、死角に入り、ドラゴンの攻撃を躱していた。

 相手のそれは点や線の攻撃ではない。

 面が、質量が、挙動そのものが暴力として機能する、個として対峙するにはあまりにも巨大な相手。


「これがスパルトイか」


 魔力によって強化された視力で見たのは、一蹴りで跳び、時にドラゴンの身体に手を付き離れ、轢かれず、ぶつからず、軽業師じみた動きで重大な被害をもたらす挙動を、無手で躱し続けるエキオンの姿。

 膂力の差は甚大。

 わずかな動きでも正面からぶつかれば、それはオーガの一撃などとは比べ物にならない打撃力を発揮する。

 だが、エキオンは恐れず、怯まず、いつまでも淡々と躱し続けていた。


「ガラクタ、動きを封じろ」


 俺もドジっ子も、ゴキゲンもガラクタから降りた。

 ドラゴンと同等の巨体が疾走する。

 バリスタを下ろしている時間はなかったので、その両手には何も握られてはいない。

 ドラゴンがそこでエキオンから視線を切ってガラクタを見た。

 そして空間が震えるほどの咆哮を吐く。

 地に落ち、片目を封じられたドラゴン。

 こちらにはヒュージスケルトンが1体。

 ここまでは前回の状況とほぼ変わらない。

 違うのはグリパンと魔剣という切り札たる武器がない。

 だが、向こうもフェレータがまだ姿を現していない。

 そして俺は騎乗していない。

 近づけば待っているのは確実な死だ。

 だが、俺はドラゴンへと歩を進める。


「ゴキゲン、ドジっ子、警戒頼む」


 俺を守るスケルトンはたったの2体。

 フェレータを警戒させて、周囲へとその眼窩を巡らす。

 ガラクタは疾駆し、ドラゴンの至近へ入る。

 ドラゴンはブレスを吐かなかった。

 ガラクタの中から人が飛び出してくるのを警戒しているのか、その短い両手を構え、咆哮し待ち構える。

 ガラクタとドラゴンでは足の長さがあまりにも違う。

 ドラゴンのそれは走り回るようには出来ていないのだ。

 翼を封じられた時点で、その動きはヒュージスケルトンと比べればあまりにも鈍重なそれへと変化する。

 ガラクタはドラゴンへと勢いそのままにぶつかった。

 長い首に腕を巻きつけるようにして、ぶつかり、押し倒そうとするが、ドラゴンの太く短い両足は耐え、自らの自重を支えに立ち続ける。

 長い首の先の頭はガラクタを噛み潰そうとのたうち、短い両手はガラクタの肋を捕らえて破壊しようと力の限りに引っ張る。

 ガラクタはそれには抵抗しなかった。

 ただじっと耐え、巨大な災厄の動きを抑え続けた。

 ただ待っていた。

 

 俺がドラゴンへと至るのを。


 走る。


 全身の魔力を励起させるように。


 俺にはグリパンやフェレータのように、魔力による肉体の強化は使えない。


 全身の魔力を効率よく、無駄なく筋繊維のひとつひとつにまで作用させることなど不可能だ。


 だが、力がいる。


 だから俺は俺のやり方で強化する。


 使う魔法式はインシネレイションにアレンジを加えたもの。

 それを自らにかけるように、全身の血に流れる魔力に結びつける。

 このまま魔法を発動させれば待っているのは自滅。

 俺は一瞬で燃え上がり、後には骨身しか残らない。

 全身の血液が沸騰するような、熱を感じた。

 ただ走っているだけの時とは比べ物にならないほど、心臓が高鳴る。

 鼓動は規則的に、だが一歩ごとに早まり、噴火前のマグマを連想した。

 身体の中の魔力が心臓の動きに合わせて高速で巡り、回る。

 魔力が回る。

 魔力が生じるのは流れの中。

 それが高速で回る。

 ドラゴンの牙によって、生まれ変わったような心臓が膨大な魔力を生じさせる。

 魔力が巡る。

 心臓から出でて、全身へと行き渡り、やがて心臓へと帰る。

 それはひとつの循環。

 それはひとつの螺旋。

 ひとつ回るたびに速度が上がる。

 ひとつ巡るたびに魔力が高まる。

 手持ちの魔力が膨大になったからこそ可能になった、魔力を糧に魔力を高める無謀な強化。

 人が持ちうる魔力とは、本来一定なものだ。

 それは魔力の流れるサイクルが一定だからに他ならない。

 それを無理やり早めれば、激しい動悸からやがては心臓の機能障害、あるいは血管への過度な負担から細い血管から千切れ、全身に耐え難い痛みを生じさせる。

 そして何よりも、熱かった。

 まるで自身が太陽にでもなったかのように熱い。

 このままでは俺の身体は燃え上がってしまう。

 視界が赤く染まった。

 熱く苦しい。

 このままでは魔法の発動を前に、俺の意識が持たなくなる。

 ここが限界。

 ここが到達点だ。

 そう思った刹那に、魔法式に意味のない無駄な魔法式を重ねあわせた。


「かはっ」


 その瞬間、魔法式同士が相互干渉を起こして、バラバラに砕け散る。

 心臓が止まった気がした。

 その間にも俺の身体は命じられたスケルトンになったように走り続ける。

 膨れ上がった魔力が、魔法式を失い、循環が淀む。

 送り出される魔力が一瞬止まった。

 既に送り出された魔力が高速で走り回れる経路を失って、行き場を求めて再び心臓へと流れこむ。

 殺到する魔力。

 それはまるで体内に生じた津波。

 心臓が再び動いた。


 鼓動がひとつ。


 そして俺の身体から一度に大量の魔力が溢れだした。


 跳ぶ。


 飛ぶ。


 翔ぶ。


 一蹴りで宙へと投げ出される。

 溢れだした魔力が光となって流れる。

 原始的な魔法とは魔法式を用いずに、ただ魔力を溢れ出させ、それによって起こった、ただの現象だったという。

 これもただの現象。

 急激に溢れだした魔力がそのままエネルギーへと変換されただけ。

 そこにはいかなる制限も、法則もない。

 ただの力だ。

 一蹴りでドジっ子とゴキゲンを置き去りにして、俺はドラゴンへと飛翔した。






 人間が生身ではとても到達できない高み。

 ドラゴンの頭。

 その目に刺さったままの剣を俺は掴んだ。


「ぐっ」


 腕が引きちぎられんばかりの衝撃が走る。

 魔力の残滓によって強化されたままでなければ脱臼していたかもしれない。

 だが、俺の身体は耐え、巨大な災厄の王様、その頭上へと至った。

 ここならば、踏み潰されることもないし、わずかな挙動の膂力で吹き飛ばされることもない。

 目をかき回されて、ドラゴンが苦悶の叫びを上げる。

 至近で放たれた轟音に、耳がしびれたように音を無くす。


「ガラクタ!首を押さえろ!」


 俺の声を、俺は聞けなかった。

 だが、それは果たして声としてきちんと響いていたようだ。

 ガラクタがその両腕でもって、抱きしめるように首を押さえた。

 ここまで来て、振り落とされたくはない。


「エキオン!!」

「……にいる」


 呼ぶ声に答える声。

 それはドラゴンの叫びによって一時的に音を失くした俺の耳へと微かに届く。

 見ればそこにエキオンが立っていた。

 ガラクタの肩に、ドジっ子がそうしていたように、ガラクタの頭に手を添えて。

 エキオンが空いている右手を差し出した。

 俺へと手を伸ばすように。

 手に武器はない。

 それは既に目に刺さっている。

 無手のそれが伸ばされる。

 そこにひとつの魔法式が浮かんでいた。

 光の紋章。

 茜色の光の軌跡。

 それをエキオンの右手が掴む。

 俺の右手が疼いた。

 急速に血の気が引いていく。

 魔力が失われていっているのだ。

 エキオンが使う魔法によって、共有されている俺の魔力が引き出されていく。

 連続して魔力が急速に減り、軽いめまいを覚えた。

 だが、今、気を失うわけにはいかない。

 まるで、種子が芽吹くように、茜色の一筋の光がエキオンの握った拳から伸びる。

 芽吹いた光はやがて拳ふたつ分ほどの長さで成長をやめた。

 形状は牙のよう。

 先が細く尖り、根は太い。

 それは一振りのナイフ。

 茜色の短くちっぽけな刃。

 エキオンがそれを握ったまま、ガラクタの頭から跳んだ。

 空中で持ち替え、逆手に持つ。

 魔力によって生み出された魔法の刃。

 形持つ魔法。

 それが振りかぶられ、振り下ろされる。

 俺の立つすぐ脇へ。

 ドラゴンの頭頂へ。

 鋼の硬度を持つドラゴンの肌がやすやすと裂けた。

 エキオンが切り裂き、その肉を露わにする。

 血が溢れだした。

 粘つくようにドロッとした、赤黒く、そして膨大な魔力を含んで僅かに発光している血液が。

 ドラゴンが痛みに身を震わせる。


「ガラクタ!耐えろ!魔力を使い果たしても良い!!」


 エキオンの手からナイフが消えた。

 あまりにもちっぽけなナイフを生み出すのに、失われた魔力はあまりにも大きい。これならヒュージスケルトンをもう1体造った方がまだマシと思えた。

 だが、その効果はあった。

 目の前には露わになった血肉。

 俺は手を伸ばし、血をすくい、ひと口飲んだ。

 ここにあるのは魔力水よりも濃い魔力を含んだドラゴンの血。

 ごくりと喉がなる。

 胸が熱くなる。

 ガラクタを造り、エキオンに創造魔法を使わせ、消費した魔力は膨大だ。

 それを戻すためには何でもしなくては。

 決着はまだまだ先だ。

 そして俺は手を、目前の傷へと伸ばす。

 揺れるドラゴンの頭上、傍らのエキオンが俺を支えた。

 ひとつの魔法式を浮かべる。

 それはインシネレイション。

 死体を燃やし、血肉を灰に変える魔法。

 対人戦で使うことはない。

 いや、魔物が相手でも使うことはない。

 なぜなら、相手に魔力経路を張り巡らせるには時間がかかる。

 そんな時間があるなら、くびり殺したほうが余程早い。

 手を溢れだす血へと浸す。

 魔法式によって、俺の身体の中の魔力の流れが変わる。

 俺の魔力が、それによって造り出される新たなレイラインが、ドラゴンの魔力の流れ道たる血流へと繋がっていく。

 頼むから、現れるなよ、災厄の魔人。

 願う俺の心を理解しているように、エキオンが頭を巡らしていた。

 もう油断はない。

 まだ勝ってはいない。


 早く。

 早く。


 ドラゴンの傷の再生が始まっていた。

 俺の手が、その肉の中に埋まっていく。

 骸装が軋みを立てる。

 例え、骸装を壊されようとも、この手を抜くわけにはいかない。


 繋がれ。

 繋がれ。


 背後から枝を折るような、不気味な音も響いている。

 それは折れた羽根が再生していっているのだ。

 無理矢理に繋がれ、元の機能を取り戻し始める。

 時間がない。

 ドラゴンのあまりにも巨大過ぎるレイラインに、俺自身のレイラインを繋いでいく。

 ドラゴンの心臓と、俺の描く焼却の魔法式とを。


 届け。

 届け!


 不意に。

 エキオンが俺から離れて、立ち上がった。

 俺は視線をドラゴンの傷から逸らさない。

 俺と、エキオンの脇を1本の矢が通り過ぎる。

 それは下に残したドジっ子が告げる警告。


「エキオン、頼んだぞ。舞台に奴を上げるな」

「ああ。任せろ、マスター」


 エキオンが無造作に、ドラゴンの目から、剣を引きぬいた。

 ちらりと目の端でそれを確認する。

 そして剣が光りだす。

 茜色に。

 やがて剣が短く、野太いそれへと変化する。

 相手は鋼の武器をたやすく砕く。

 己の肉体のみによって。

 エキオンは剣を強化するだけでなく、少しでも強靭にするために短く太いそれへと造り変えていた。


「マスターが勝利を得る時、それは今だ」


 エキオンが剣を振るった。

 飛来する砲丸のような黒いそれを迎撃するように。

 それは鎧姿。

 頭から足の先までを鎧で覆う人の姿をした魔物。

 フェレータ。

 空中で身をねじるようにして放たれた蹴りがエキオンの剣と交わる。

 エキオンの剣は折れなかった。

 さらに、エキオンはフェレータの蹴りの衝撃にも耐える。


「はじめまして、フェレータ。では演じようか」


 受け止めた蹴り足を掴み、エキオンは跳んだ。


「私との戦いを!」


 ドラゴンの頭上から、フェレータとエキオンの姿が消える。

 フェレータとエキオンは観客席へ。

 舞台に残ったのは俺とドラゴンとガラクタのみ。

 これで邪魔者はいない。

 俺の胸でひとつの鍵が軋みを上げる。

 身をよじり、抵抗するドラゴンに、急速に魔力を失っていっているガラクタが耐え切れなくなっているのだ。

 背後から聞こえていた、枝を折るような不気味な音も小さくなっている。

 やはり時間はない。

 深く息を吸う。

 最奥を目指し、伸びていく魔力。

 細く細く伸ばしていたそれが、やがて手応えとともに太く太く変わっていく。

 そして突如としてドラゴンの傷へと埋めた手から光が漏れだす。


 掴んだ。


 相手の魔力の最奥にして、根源に。


 ドラゴンの心臓。


 溜め込んでいた息を吐く。

 既に手はドラゴンの肉に完全に埋まり、圧迫された手が痛みを伝えている。

 だが、今はその痛みすらも心地よい。


 俺はぽつりと呟いた。


「燃えろ」


 魔法、インシネレイションが発動する。

 俺は手を強引に引き抜き、そしてドラゴンの頭上から飛び去った。


「ガラクタ!」


 俺の叫びを受けて、ガラクタがドラゴンから手を離す。

 ドラゴンの手も、ガラクタから離れていた。

 ドラゴンの全身から煙が出る。

 そして肉が焦げる、独特の香りが漂う。

 ドラゴンの動きがぴたりと止まっていた。

 ガラクタが空中の俺を掴み、ドラゴンから離れた。

 燃え上がらせたのはドラゴンの心臓だ。

 いくら炎を吐き出す魔物でも、心臓が発火しては耐え切れまい。

 発火した心臓から溢れだした魔力、それすらも燃え出し、それは全身を病のように蝕む。

 ドラゴンの全身から炎が吹き出した。

 小さな山ひとつが燃え上がったかのように、業火を撒き散らす。

 空気が震えた。

 それは全身を焼かれるドラゴンの声なき悲鳴。

 絶叫し、いくら暴れようとも、全身に宿る炎は消えない。

 それはそうだ。

 なにしろインシネレイションは魔力すべてを燃やし尽くす、そういう魔法だ。

 ドラゴンが生きていて、その心臓が機能している限り、魔力は生じ続ける。

 ならばその炎は消えない。

 自らの絶命、それのみが炎を消し去る。

 ガラクタに命じて、ドラゴンから離れる。

 既にドラゴンに対して、武器は突き立てた。

 俺にも出来ることはないが、ドラゴンにも出来ることはない。

 自らの治癒能力と、魔力の焼却、その均衡が崩れた時、この災厄の王様は命を落とす。

 そのはずだった。


 炎のシルエット、それが大きくなる。

 翼を広げたのだ。

 そう思った時には、炎は宙へと舞い上がっていた。

 羽根の再生が終わっていたのだ。

 それで飛んだところでどうなる?

 単純な疑問だった。

 例え、それで俺を殺そうとも、ガラクタを壊そうとも、その身に宿った炎は消えないのだ。

 俺の勝ちは揺るがない。

 だが、ドラゴンが取った行動は、あらゆる生き物が身の危険を感じた時に行うそれに他ならなかった。

 高く飛び上がった炎が彼方へと飛び去っていく。

 逃げたのだ。

 かつての光景とはまるで逆に。

 もはやどうにもならないと、その身に宿した炎は確実に自らの命を削り切ると。

 海や川、湖に飛び込んだところでその炎は消せない。

 それでも、この場にいても抵抗しきれない。


 ひとつの国を滅ぼし、ふたつ目の国を滅ぼそうとした災厄の王様。

 その姿が夜空の彼方に落ちる流れ星のように消え去った。


 その最期を見とることは出来ないだろう。

 だが、確かに勝ったのだ。

 俺はドラゴンに勝った。

 俺の耳に硬質な金属音が響く。

 それでも終わりじゃない。

 まだ災厄は残っている。

 俺を追い詰め、そしてグリパンを殺した敵がそこにいる。

 俺は音の元へと、ガラクタと共に急いだ。






 俺の右手はそのままそこにある。

 それはつまり、エキオンが未だ戦い続ける証。

 エキオンの姿はすぐに見つかった。

 そしてフェレータも。

 エキオンは自ら斬りかからない。

 ただ、フェレータの蹴りを躱し、受け、掴みかかってこようとすれば、下がり、距離を置く。

 その僅かな間隙に、エキオンの短剣へと造り直されたそれに光が走る。

 刃こぼれがいくつも生じていた剣が元に戻る。

 呆れることをしている。

 エキオンは闘いながらも、自らの武器を造り直しているのだ。

 フェレータの異常なまでの膂力。

 それによって、武器も、防具も、砕き、割り、握りつぶす。

 エキオンはそれに抗うために、武器を強化し、綻びが生じそうになれば直し、ただの1体で、ドラゴンと同等とすら思える怪物を抑え続けた。

 ドジっ子とゴキゲンの姿も、そこにはあった。

 だが、あまりにもフェレータの動きは早い。

 素早い動きには長けているはずの2体が、何も出来ずにそこにいた。

 ドジっ子は弓矢を構えたまま、ゴキゲンはナイフに手を掛けたままだ。

 俺はゴキゲンに近づきつつ、エキオンへと叫ぶ。


「エキオン!一瞬で良い!押さえろ!!」


 声を掛けた俺へと、フェレータのヘルムが一瞬こちらを向いた。

 その一瞬を逃さずに、エキオンが差しこむような片手で刺突を繰り出す。

 フェレータはのけぞりそれを躱した。

 そのまま縦に回って、エキオンへと蹴りを見舞う。


「それはもう何度も見たよ」


 エキオンは声にしながらも受け止めていた。

 いつの間にか握られていた、もう1本のナイフによって。

 それはゴキゲンのナイフ。

 刺突を繰り出すと同時に、ゴキゲンがエキオンへと投じていた刃。


「ドジっ子!」


 ドジっ子がずっと構えたままだった矢を放つ。

 エキオンが押さえたことによって、生じた僅かな静止。

 空中で縫いとめられたように止まった時間の中で、フェレータのヘルムが俺を再び見ていた。

 ドジっ子が放った矢は、そのヘルムの中央へと突き立つ。

 いかな怪力を持とうとも、空中で自在に動ける人間はいない。

 それはエキオンによって、予め造り直されていた矢の1本。

 鎧が何らかの魔力じかけだったら、届かない可能性はあった。

 通じないかもしれない、そんな予感を持っていた俺の思いとは裏腹に、矢を受けてフェレータはそのまま地に落ちた。


「エキオン下がれ!ガラクタ!!」


 即座にエキオンが後退し、そこにガラクタが突進する。

 勢いのままに拳を振り上げ、全身の力をこめて、フェレータへと叩きつけた。

轟音と地揺れが夜闇を走る。


「ガラクタ下がれ!」


 フェレータはヒュージスケルトンでも、容易に砕く。

 相手の死を確認するまでは、油断はできない。

 ひとつでも舞台の上からこぼれ落ちていけば、この舞台は奴のものになる。

 土煙が消え、そこには膝に手を起きつつも、ゆっくりと立ち上がる人影。

 やはり生きている。

 ドラゴン並、そう考えて差し支えないようだ。

 だが、そこに立っているのは、先程までの鎧姿ではなかった。

 ひしゃげた鎧。

 歪んだヘルム。

 フェレータが立ち上がる。

 同時にヘルムが落ちた。


「な……子ども?」


 ぼろぼろの鎧をまとったフェレータの、明らかになった素顔は、どこかまだ幼さを残す、子どものそれだった。


「残念です。最後まで隠し通すつもりでしたが」


 高く澄んだ声、それがフェレータのものであると理解するのに時間がかかった。


「貴方には子どもだからと侮られたり、説教をされたりはしたくなかった」


 今までの無言ぶりが嘘のように話しだす。

 今まで話さなかったのは、その声ゆえか。

 聞けばすぐに分かる。

 ひしゃげて動きにくくなったのだろう。

 話しながらも鎧を脱いでいく。

 俺は動けなかった。

 フェレータはひしゃげた鎧でボロボロになった服も脱ぎ、ズボンのみを残して半裸になる。

 そこに血は流れていない。

 いや、正確には流れている箇所がひとつだけあった。

 それはドジっ子が射抜いた額。

 そこだけに薄く血が流れている。

 それ以外はまったくの無傷。


「さて、せっかくですから名乗りましょう。僕の名前はサイクロン。貴方に敗れたようですが、あのドラゴンの名前はタイフーンでした。孤軍、砦落とし、名高い貴方のようですから、貴方の名乗りは必要ありませんよ、ビフロンス」


 あどけなく笑ったその顔は、どう見てもそこらの子どもと変わらない。

 赤黒い髪を綺麗に切りそろえた少年。

 あれだけの被害をまき散らした災厄の正体。

 その胸には、俺の右手とどこか似たような印象を持つ刻印が、真っ黒に刻まれていた。



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