裏切り
2016/04/21 改稿。
ナーは俺の指示を受けて軍へと、俺とルークはスケルトンを連れてノヴァク家本邸へと向かった。目的はジャックの身柄だ。
時間的にはジャックがちょうど本邸へと戻っているはずの時間だ。ドラゴンの襲来前に、本邸へと戻れていれば、だが。
あれからドラゴンは二度、飛び立ち、さらに2本の尖塔と、外壁の一部を破壊。混乱が街の中へと広がり、通りはどこへ向かうとも知れない人々が走り、転び、ぶつかり、さらなる混乱を呼んでいる。
この混乱で、ジャックが隣国ブレーヴェへと逃げ出す恐れがあると俺は考えた。
ドラゴン対策には動き出したばかり、いや、何も動いていないに等しいと考えているとしたら、そうする可能性は高い。
なにしろ、あの村でスタンピードが起こった時に、ジャックはダニエルを逃げ出させた。正確にはイースが、だったがそのイースはジャックの飼い犬みたいなものだ。その意志はジャックのそれに基づいているに決まっている。
どうにかできる可能性があるにも関わらず、最悪の事態を事前に避けようとした。そういう考え方をする人間ならば、今の状態はこの国の終わりと考えてもおかしくない。
だが、今、ジャックに逃げ出されては困るのは俺だ。
ダニエルあたりはせいせいするのかもしれないが、そうはいかない。
俺にはこの国の後ろ盾となる存在が必要だ。
ナーの口ぶりでは、軍の方でもなってもらえる可能性があるが、会ったことがあるのはほぼナーだけ。そんな状態で、上層部でもない人間の言葉だけを信用する訳にはいかない。
以前にとある国で雇われ、スケルトンを大量に造ったことがある。そのまま戦場へと向かい、勝利した直後にスケルトンの所有権を国の依頼で造ったのだからとその国に主張され、揉めに揉めたことがある。
個人と個人の口約束、そんなものに何の効力がないということは痛みとして身に覚えがありすぎた。
これから少しばかり無茶をするつもりだ。
ドラゴンではなく、俺のしたことで街にも被害が出るだろう。
ドラゴンを討ち滅ぼしても、被害が大きすぎて損害を請求されたり、捕縛されたりしてはたまらない。
ドラゴンを前にすれば、どんなことでも許される。それほどの災厄なのだが、それが去り、何の危機もなくなれば、人は打算に走る。必ず走る。恩義で縛れる人間もいるが、気にしない人間も同じかそれ以上に多いというのが俺の人間感だ。
だから、俺は他人が簡単には信用出来ない。
少なくとも、今回のドラゴン騒動が終わった時に尻拭いをできる人間が必要だ。
力があり、他人を権力によって力づくに出来るような、そんな人間が。清濁合わせ持っているような人間の方が、この場合には相応しいとすら思える。
ダニエルでは少々、役者不足だ。スケルトンで押さえ付けてでも、まだジャックにはこの国にいてもらわなくては困る。
既にスケルトンに関する法案も通り、準貴族として認められ、軍にも面通しが済んでいる、そんな状況だったら俺も奴の身柄なんてどうでも良い。
「私が責任を持って、そんなことにならないように尽力いたしますって申しておりますのに。……カドモス様は、なんだか他にも色々と痛い目にあっていそうですね」
「どういう意味だ?」
「ご慎重な性格をされておりますから」
余計なお世話だ。
邸へと走りながらも、ルークには話をする余裕があった。ドラゴンが空を飛んだり、悲鳴が聞こえたり、煙が見えたりと、まるで戦場のような状況の中で、それなのだから精神的にも体力的にも頑丈らしい。
見た目通りの虚弱、ではないというのは心底意外だった。
人並みを押し分け、なんとか本邸へと辿り着き、扉を開ける。
「う……」
中へ入ると、ルークがうめき声を上げた。
なんだ?これは?
入ってすぐに従者や下僕が血溜まりに倒れこんでいた。逃げようとして背中から斬られたのか、そこには大きな刃による傷があり、中には内臓が飛び出ているものもある。
「混乱に乗じた押し込み強盗か……?出るにしても早すぎないか?」
エキオンに合図して、前へと出す。一瞬、フェレータの存在を疑った。奴が俺の正確な居場所を感知したのかと。
それにしては、そこらの死体はあまりにも、普通の死体だった。直感的には違うと判断していても、それでも警戒して進んでいく。
エキオンが剣を抜くのに合わせて俺も剣を抜いた。カタブツとドジっ子に指示を出して、ルークを守らせる。ガサツは俺のフォローに入らせた。
「ルーク、離れるなよ」
「勿論です。って言うよりも、置いていかないでください」
死体を散々見慣れている俺と違って、ルークは卒倒してもおかしくない。本当に意外に精神的にも強いんだな。ルークの声は震えてはいなかった。
ホールを抜けて、邸の奥へと向かう。従者ばかりでなく、ジャックの私兵の死体も転がっていた。だが、ジャックの死体はない。
さらに奥へ向かおうとして、エキオンが一方を剣で指した。
そちらに気配があるということだろう。
俺も、ルークも気配を殺して無言で、足早に進む。
不意が打てるなら、そちらの方が良い。犯人はそこにいて、まだジャックは生きているかもしれないのだ。ドラゴンも飛び回っていて、時間は無い。
場所は書斎。そこにあったのは、血溜まりに倒れこむジャックの姿だった。
壁際の巨大な書架には血しぶきが踊る。
床に新たな血の跡が生まれた。
そこにいるのは死体の側で血を払うイース、その傍らに立つテネシー、そして見慣れたジャックの護衛と同じ鎧姿だった。
「なぜ、お前がここにいる!?」
テネシーが血走った目で俺を見て、叫ぶ。引き攣った表情をしているのは、目前で父親が死んでいるからか。だが、これはどう見ても。
「さて、状況は見たままだと思うが、申し開きはあるか?」
テネシーは最初に叫んで、武装したスケルトンたちの姿を見て、それきり何も言わなくなった。どちらが多勢かは明らか。それに模擬戦でエキオンとイースの実力差も見ている。
そんなテネシーとは違い、イースは冷めた目で俺だけをまっすぐに見ていた。焦りも、昂ぶりもなく、黒と金の豪奢な鎧に身を包んだイースが口を開く。
「申し開き?それはお前がするものだ」
「……なるほどな。これの犯人は俺だと言いたい訳か」
イースの傍らの鎧姿を見る。
エキオンに教えられなくとも、俺には分かる。ナーから受け取った依り代が反応している。あれは俺のスケルトンだ。あの村で造り、ダニエルに渡し、そこからさらにイースへと渡ったスケルトンだ。
イースと出会った時のことが思い出された。イースは聞いた。スケルトンの所在が分かるか?と。
俺は正直に分からないと答えた。依り代がなければ、と。
今、俺の手元には依り代がある。だから、昨日の夜にこちらでディナーでもあれば、感知できた。だが、昨日は本邸には顔を出さなかった。
ほんの少しのズレだった。
もう少し、何かが違えば、この事態は防げたかもしれなかった。
護衛にスケルトンが混じっていることを指摘して、イース、テネシー、ジャックの反応を見ることができたなら。
きっとイースはあの時から、この状況を考えていたのかもしれない。それをテネシーに吹き込んだのだ。
スケルトンの所在が分かるかどうか聞いてきたあの質問、それが今の事態がイースが用意した筋書きだと、確かに思えた。
テネシーは言った。
今日中にスケルトンを用意しろと。
それを本当に実現しようと思えば、犯行時間に誰の目にも触れなくなる場所で、ひとりスケルトンを造り続け、状況として誰からも助けとなるような証言が得られなくなると考えたのだろう。
向こうにいるスケルトンは、ジャック殺しの実行犯。そして倉庫にいた俺には誰といたという証拠もなく、自身のスケルトンで殺害を行った殺人者として手配か。
テネシーではなく、イースを見据えて口を開く。
「随分と、分かりやすい筋書きだ。そそのかしたのはお前か?」
「そそのかす?心外だな。俺はジャックとは友だったんだぞ?」
そういうイースの顔は反吐が出ると言わんばかりだった。
「友ね。汚れ仕事でも押し付けられてきたのか?言葉と表情が一致していないぞ?」
「……ビフロンス。お前は昔からそうだった。昔から耳障りで、目障りで、いつだって俺の邪魔ばかりする」
「昔から?お前、西方の出か?」
「教える気はない。さて、少しばかり数が多いな」
「正直、こんな事態に関わっている場合じゃないんだがな……お前は外の状況を見ていないのか?」
「知っている。だが、俺にはそれはどうでも良い」
イースはそう言うと、1本の小さな鍵を取り出した。そして命じる。
「行け。その男に斬りかかれ」
言葉を受けて、イースとテネシーの傍らにいたスケルトンが走りだす。手には抜身の剣がある。こんな弱いスケルトンなど、エキオンの手を煩わせるまでもない。
俺も1本の小さな鍵を取り出した。そして口にする。
「開け」
その瞬間に、向かってきていたスケルトンに光の魔法式が現れる。
扉だ。
それが開くと一瞬で何もなかったかのように消え去る。
そして、走りこんできていたスケルトンがそのまま倒れ、二度と立ち上がらない。
「な、なんで」
テネシーが驚きの声を上げる。誰が造ったスケルトンだと思っている。
今のは依り代を使って強制的にレイラインを開放、中の魔力をすべて放出させただけ。それだけで、魔力を糧に動くスケルトンは無効化できる。
あくまでも、そのスケルトンの依り代を持っていないとできないが、スケルトンの無効化、封印はこうやって行うのだ。
ナーのおかげで、最小限の手間で無力化できたのだが、もともと大したスケルトンでないことはイースも分かっていたのだろう。
結果を見るよりも前に、イースは行動していた。
イースの目的は逃走だった。
「イース!待て!どこに行く!?私を置いていくな!?」
イースはテネシーの言葉を顧みず、既に窓際まで走りこんでいる。
「ドジっ子」
俺が声を掛けるのと同時に、イースが窓を破って外へと飛び出す。ルークを守れと命じられていたドジっ子は、反応が遅れた。
同じく窓際まで走りこみ、弓を構えたが、結局矢を射らずにそのまま下ろした。
「もういい」
逃げられたか。後には、イースに逃げられ、エキオンに目前に剣を突きつけられ、それが理解できないとでも言うように崩れ落ちるテネシーだった。
テネシーに何がどうしてこうなったのかを聞きたいところだったが、時間がない。ルークにこの場は任せて、次へと移ることにした。
ルークは今までそれなりに世話になったであろう人間が死んでいたというのに、自然な振る舞いでこれからどうするべきかを思案していた。最初は気丈な奴だと笑えたが、少しばかりルークの人間性にも疑問が生じた。
あまりにも実際的すぎないか?
そうは思うのだが、時間は無いし、余計なことを考えられる余裕は無い。
イースが戻ってきて、ルークまで殺されたら、俺の身が潔白であることを照明できなくなるので、ルークにはこちらに来てから造ったスケルトン、ソウコに加えてガサツとカタブツの2体を護衛に付けた。
ゴキゲンも連れていたら、付けたいところだったがゴキゲンとバンザイは倉庫で警備においてきたままだ。
まあ、エキオンと打ち合った時のイースが手抜きに手抜きを重ねていなければ、十分に対処できるはずだ。
「余計なことに構っている時間はないんだがな」
「やりがいがあって良いだろう?」
「まったくだ」
ナーもルークもいなくなったので、遠慮無くエキオンと話しながら進んだ。周囲は混乱の渦で奇妙な骸骨柄の鎧を着た俺とエキオンを、それにドジっ子を気にする人間などいない。
向かったのはゴキゲンたちを待機させている倉庫。
辿り着くとすぐに中へと入り、造ってあった5体のスケルトンに改めて魔力を注いだ。過剰に魔力を注ぐ必要はない。
これからするべきことに最低限必要な分さえあればそれで良い。
身を隠す物はあいにくとここにはなかった。骨身をさらしたままの骸骨が命令を待って立ち尽くす。
「さて、それじゃあエキオン、頼む」
「ああ、分かった」
エキオンがスケルトンを連れて、倉庫の外へと出る。エキオンもヘルムを外し、骸の姿を晒したままで。途端に悲鳴が聞こえた。
適当に騒ぎを起こして、この区画から人を遠ざけるためだ。ドラゴンがどう動くかにもよるが、ここでヒュージスケルトンを造り出せば、すぐにでも襲来し、戦場になるだろう。
穏便に逃げすなんて悠長なことをしてはいられない。今も被害は増え続けているのだから。力ずくでも逃げてもらうしかない。
エキオンが動いている間にも、俺もスケルトンを操って、すべての死体を倉庫の外へと運び出す。
そうしている内に、ナーが自ら率いることのできる兵士を引き連れて、倉庫に現れた。
「派手にやっているな」
「この時点で、もう十分な犯罪者か?」
ナーは俺の言葉に答えを返さなかった。答えを返す代わりに部下に命じて、馬車で持ってきたものを用意し始める。
ナーの部下たちも、道すがら多少は話を聞かされたのか、スケルトンの姿を見て、一瞬唖然となったものの、周囲には見向きもせずに死体の運び出しを進めるスケルトンと同じく、自分のやるべきことへと取りかかった。
「ドラゴンの現在地は?」
「こことは反対側の区画だ。本当に大丈夫なのか?」
「まあ、任せろ。揃ったな。それじゃあ離れろ」
すべての死体の運び出しが終わり、倉庫の前に骸骨の山が現れた。俺だけがそれに近づき、ひとつの鍵を手にする。
そういえば、結局ルークに頼んだ依り代に良いような代物というのは手に入らなかったな。
人の身で、何もかもを操るかのように、事を進める事などできないということだ。
「応えよ」
放たれる魔力光。
集う黒いもや。
それをナーも、周囲の兵士たちも固唾を呑んで見守った。
さあ、再戦だ。
俺はヒュージスケルトンを造りながらも、その名前を何にするのか、考えた。
スケルトン、ナーと兵士たち、そしてヒュージスケルトンと共に通りを進む。
ドラゴンだけじゃなく、さらに現れた骨身の怪物がさらなる混乱を生む。
しかし、それを取り押さえるべき兵士たちは現れない。各所で起こっている混乱によって兵士たちは最早それどころではないのだ。
出来ればもっと兵士たちを集めて動きたいのが本音だったが、もうナーの手勢と、俺のスケルトンでなんとかするしかない。
たまたま近所にいた兵士が誰何を上げて、押しとどめようとしたが、それはナーに任せて先へと進む。俺が何か言うよりも、同じ軍属の人間の方が説得しやすいのは明らかだ。
ナーの言う「軍の戦術魔法の成果だ」という言葉に思わず笑ってしまうと、ナーが俺を厳しく睨んだ。
目指すのはドラゴンの元、ではない。むしろ反対だ。
気ままに飛び立ち、降り立ち、破壊を振りまく相手に対して、真正面から正直に突っ込んでいっても仕方ない。
こちらの望む状況で戦いたいのなら、例え多少の被害が広がろうとも、こちらの用意する状況で待ち構える必要がある。
辿り着いたのはドラゴンの一撃によって崩れた尖塔と外壁のすぐそば。
そこへとヒュージスケルトンは登り、そして、俺やエキオン、スケルトンを引き上げる。幸いなことに、気付かれるよりも先に辿り着けた。
外壁の上はそれほど広さはない。
ヒュージスケルトンが動き回れるだけのスペースはなかった。
変にこの場所から空中のドラゴンに飛びかかろうとしようものなら、踏み外して落ちそうだ。
それに助走も取れないのだから、今回はドラゴンに飛びかかるのは不可能だろう。
外壁の上へと辿り着いたことでトレマ全体の状況がやっとつかめた。
もう地平線へと太陽が落ちるところだ。
思った以上に時間がかかった。
夜になる前には片を付けたい。
「思ったほどではないな」
破壊された外壁は今いる場所も含めてただの2ヶ所。尖塔は3ヶ所が潰されている。
降り立ち、炎を振りまかれたのか、黒く焦げ跡が目立つ破壊された区画がいくつもある。だが、それでも俺の思ったほどの最悪な被害ではなかった。中央近くにそびえ立つ城塞はそのまま無傷で残っている。
ドラゴンはその城塞近くを旋回するように飛んでいた。
やはりこの国の軍はうまく機能できていない。
密集すれば、まとめてファイアーブレスの餌食か、遥か上空から降り立つだけてひき肉へと変えることが出来る。
だが、密集しなければドラゴンの鋼の鱗の守りを突破出来るだけの攻撃はできない。
それで、虎の子の魔法兵の部隊を失えば、完全に抵抗する手段は無くなってしまう。
それも一瞬でだ。
空を飛ぶあまりにも規格外の質量と魔力、そして空を自在に行き渡れる機動力を持ち合わせた相手に対して、抵抗するための手段は既に失われている。
人間の最大の敵は、大戦によって人間になった。
その結果がこの様だ。
かつては確かに滅ぼし得たはずの相手に、良いように蹂躙されている。
ヒュージスケルトンが、俺に昨日言われてナーが用意した兵器を引き上げ、後は仕上げをするばかり。
「さて、エキオン、頼む」
「ああ。任せろ」
それは弩だった。
だが、そのサイズは人間が使うにはすさまじく大きい。
前方にはまるで扉のような四角い構造物。
そこから伸びる2本のアームには1本の太い弦。
まるで尻尾のように後方へと伸びる太い角材の上に載せられているのは、矢というよりも槍、それも人が扱うような槍ではなく、まるで破城槌のような野太いそれだ。
それはバリスタという攻城などに使われる兵器。
エキオンがそれへと手を伸ばし、触れる。
エキオンの手から放たれる光、それがバリスタを包む。エキオンの創造魔法、それがどこまで応用が利くのかは実験済みだ。
存在している物を自身の望む形に構築し直し、内部にレイラインを組む。それが出来るなら、構築し直さずに物質を強化する目的でレイラインを仕込むことが出来ないか?
エキオンは分からないと答えたが、俺は必ず出来ると思った。
なぜならそれは通常のスケルトンを造る際にもやっていることだ。
俺に出来て、エキオンに出来ないはずがない。
バリスタを包み込んだ光がやがて幾重のラインを描き、やがてそれはうっすらと染みのような跡だけを残して光を失う。
「出来たぞ」
「良し。よくやった。エキオン、手はず通りに頼む。それじゃあ始めるとするか。ドジっ子」
言葉を受けて、エキオンがさがり、ドジっ子がヒュージスケルトンの肩へと登る。そしてドジっ子はその頭に手を掛け、その眼窩へと身を寄せる。
「さて、お前は、こんな時じゃないと役に立たない無用の長物だ。だが、今ならばお前はどんな魔剣よりも役に立つ」
打ち捨てられた者たち。
役目を果たせなかった者たち。
だが、俺の力によって最早その身体は朽ちることはない。
轟音を立て、立ちふさがる者すべてを塵芥へと変える。
「ガラクタ、構えろ」
名前を呼んだヒュージスケルトンがバリスタを構える。
本来なら荷車に据え付けたり、地面に固定しなければ使えない代物を、ガラクタは苦もなく構えた。
「さあ、落とすぞ。狙いはドラゴン。目的は打倒」
一度、深く息を吸い、静かに吐いた。
前に退治した時よりも緊張は少ない。
それはまだ距離があるからか。
それともエキオンがいるからか。
ちらりと下を見た。
そこには兵士やスケルトンを使って、この区画から人々を遠ざけようと動くナーの姿。
契約を果たす時だ。
「射て、ガラクタ」
俺の言葉を受けて、重い音が響いた。
風切音は一瞬。
それはありえないほどにまっすぐに、ドラゴンへと向かって飛び去った。
1発目は旋回するドラゴンの尾よりもかなり下方を通過していく。ドラゴンが旋回している真下なので、人影は少なく見えた。
街の通路に突き立ったが、人の被害があったのかはここからでは分からない。
あったとしたら、確実に死んでいるだろう。ドラゴンに食われるよりはマシだと思ってもらう他ない。
本来のバリスタなら決して届かない距離。
だが、エキオンが強化し、ガラクタの剛力で扱ったそれは遥か彼方まで矢を届かせた。
「ガラクタ、下ろせ。装填急げ」
下ろしたバリスタに次の矢を、ゴキゲンの指揮でスケルトンたちが装填する。まるで熟練の兵士のように無駄がないとは言いがたかったが、普通の人間以上に力だけはある。問題なく装填は終わる。
しかし、ドラゴンもこちらの存在に気がついた。旋回をやめ、こちらへと飛来する。口を開けると、咆哮がこだました。
「ドジっ子、修正頼む。ガラクタ、構え」
声を受けて、ドジっ子がガラクタの右手を叩く。その度に、ガラクタは少しずつ角度を調整していく。
「良し、ドジっ子。タイミングは頼む。いつでも良いぞ」
遥か彼方に思えたドラゴンが瞬きするごとに大きさを変えていく。
改めて見たそれはやはりでかい。
既に俺は命令を下した。
ぐんぐんと見る間に大きさを変えていくドラゴンをまんじりともせず見つめる。
揺れるように動いていたガラクタの腕とバリスタが、やがてピタリと動きを止めた。瞬間、ドジっ子がガラクタの頭を叩いた。
再び重い音と、風切音が響く。
それは吸い込まれるようにドラゴンへと飛んでいった。
「躱したか!?」
そう、まっすぐに飛んできたドラゴンが矢を視認した瞬間に、翼のはためきを止め、高度を下げた。
躱された矢は家屋のひとつに突き刺さる。
「ガラクタ、下ろせ。急げ!」
またドラゴンが高度を上げた。こちらよりも低所に位置する不利を知っているかのようにグングンと高度を上げる。
そして、ドラゴンの持つ最大の武器、ファイアーブレスの範囲内へとそれが至る。
圧倒的な質量がこちらを見下ろしていた。
その口が開かれる。
バリスタの装填はまだ終わっていない。
間に合わない。
「くっ」
ドラゴンが息を吸う。
深く。
深く。
すぐにはブレスは吹き荒れない。
だが、ガラクタの持つバリスタは間に合わない。
「くっくっ、はっはっは」
漏れたのは笑い声。
笑っているのは誰か?
俺だ。
俺は笑う。
やはり所詮は魔物、その程度の頭か。
ヒュージスケルトンに掴みかかられた恐怖がまだその頭にあるのか。
飛来した速度のままに、ガラクタにぶつかられていたら、それだけでドラゴンは勝てたというのに。
わざわざ間を置いて、悠長にブレスを吐こうと、息を吸っている。
「あっはっは!今だ!やれ!ナー!エキオン!!」
直下に陣取っていたナーに声を掛ける。
持ってきたバリスタはひとつじゃない。
それはナーのところにもあった。
台座を傾け、無理矢理に上へと向かせたそれの矢の先、そこにはエキオンの姿がある。
「射て!」
ナーの声が響いた。
そしてエキオンを乗せたバリスタが放たれる。
しかし、飛翔する矢は角度の調整も何もしていない。
ドラゴンからは外れて飛んで行く。
ドラゴンは突如として飛来した矢に、一瞬、身をよじった。
だが、それは外れた。
脅威は去ったと判断したのか、その両目がガラクタを捕らえる。
ドラゴンの胸が膨らみきった。
来る。
だが、俺はガラクタの傍らから動かなかった。
見上げたドラゴン、その上から降りくる者の姿をじっと見ていた。
その色は茜色。
沈みきる直前の夕日を浴びて、煌めくばかりの輝きを灯していた。
エキオンはそのままドラゴンの頭へと降り立つ。
そして、あっさりと、エキオンはドラゴンの目に、剣を突き立てた。
絶叫と熱気が空間に荒れ狂った。
目を突き刺されて、ドラゴンは炎混じりの絶叫を上げる。
それは何も存在していない虚空へと向かって放たれた。
何かから逃れるように、ドラゴンは前へ前へとひとはばたきごとに進んでいく。
エキオンは振り落とされずに、今だ目に刺さったままの剣を握っていた。
そして、ガラクタのバリスタの装填が終わった。
それが構えられ、目前の距離で暴れるドラゴンへと向けられる。
俺はもうドジっ子に任せたままにした。
城壁からやや外へと外れたドラゴンに向かってガラクタが構え、バリスタは揺れる。
やがて動きが止まり、ドジっ子はガラクタの頭を叩いた。
放たれた矢、それは寸分違わずドラゴンの翼、その付け根へと直撃する。
まるで時間が静止したかのように、ドラゴンの羽ばたきが止まる。
そして、ドラゴンは再び地へと落ちた。
「最初の約束は果たしたぞ、ナー」
両手を千切れんばかりに振り上げるバンザイ、歓声を上げる兵士たち、その中央で信じられないものを見たと言わんばかりに目を見開くナーが映る。
「さて、ガラクタ、行くぞ。まだ終わっていない」
これで機動力は封じた。
だが、ヤツの再生能力は既に見ている。
再び飛び立つのも時間の問題だ。
それに、今回はまだフェレータが姿を見せていない。
途中、何度と無く見回したが、どこにも黒鎧の姿はなかった。
ガラクタの手を借り、ドジっ子、ゴキゲンと共に外壁の外へと降りる。
そして、エキオンとドラゴンが待つトレマの外へとガラクタの手に乗って進んだ。




