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スケルトンの述懐  作者: ぎじえ・いり
スパルトイ、ドラゴン、そしてフェレータ
17/48

再臨

2016/04/21 改稿。

 ジャックは夜会があって不在なので、今夜は本邸に顔を出さなくても良くなり、与えられた別邸でのディナーとなった。

 ナーが訪れたことを突っ込まれるかと思ったが、そんなことはなく、明日からどうするのかといった話題でディナーは進む。

 内密で。そう言われたことをルークは律儀にも守ったようだ。

 窺うようにルークを見れば、ルークは俺に笑顔を返すのみだった。

 世間話のように、ジャックの方の今日一日の進捗も聞かされた。どうやら2、3日もあれば俺も晴れて貴族の仲間入りをするらしい。それと同時にスケルトンに関する法案も成立する。

 それを待って、ヒュージスケルトンを造り出し、軍との作戦協議、そして訓練となる。

 もうこれは貴族院では確定路線になっている。やはり、ナーや将軍が望むように、軍主導でドラゴン対策を、とはならないだろう。

 法案成立までに俺はトレマの都市構造を理解し、極力、この地が戦場とならないように作戦を考えることとした。


 翌日、ダニエルが出かけ、地図が届くのを邸で待っていると、今度はテネシーが俺を訪ねてきた。

 貴族が予定も無しに他人を訪ねてくるというのは普通はない。

 そんな慣例通りではないテネシーの行動よりも、テネシーが自分から俺に再び会いにきたことに驚いた。いや、俺よりもルークの方が不意の来訪に驚いていた。

 もっとも、テネシーにとってみれば、親の物とはいえ、ここも自身の家に他ならない。どうやら最初に応対したルークは嫌味を言われたようで、最低限の礼をと、わざわざ服を着替えさせられた俺にとっては良い迷惑でしかない。


「準貴族になれば、着替えるのも役目みたいなものですよ」


 そう笑って言われたが、人に会う度、移動する度にいちいち着替える貴族という人種は早々に絶滅してもらいたいものだ。

 ダニエルが本当にこの国の上に行き、国を変えるというのなら、こうした慣例もなんとかしてほしいと俺は思った。

 待たされたことが不服だったのか、不機嫌な態度を隠そうともせずに座るテネシーの傍らにはなぜかイースがいた。

 テネシーは未だ俺のことを警戒しているのだろう。それでイースに警護を頼んだといったところか。

 日当たりの良い居間で向い合って座ったが、イースは立ったままだった。無表情に俺の傍らに立つエキオンを眺める。

 その目はナー以上に冷たく、何の感情も感じられない目だった。


「さて、今日は父上から言付かってきた。それを君に伝えるだけだ」


 スケルトンを10体ほど造れ。

 それも今日中に。


 端的にそれだけ告げると、自ら勝手に扉を開けて邸の外へと出て行ってしまう。本当にそれだけを伝えるためだったようだ。

 それなのに、ルークに言付けを頼むでもなく不機嫌そうに待っていたのは、直接俺に伝えるように言われたのかもしれない。

 入れ替わるように、茶を淹れに行っていたルークが戻ってきた。


「おや、お早いお帰りで」


 礼を失さないようにと、着替えまでさせた割には、ルークの反応はあっさりしたものだった。


「スケルトンが必要になったらしい」


 俺の言葉にルークが訝しんだ。ルークも知らない話らしい。スケルトンが急に必要になる理由に心当たりがないという。

 ルークは直接会うことが少ないとはいえ、ジャックから指示をきちんともらっていて、そこに齟齬が生じるようなことはないとまで言い切った。

 ルークが俺の従者の真似事をしているのは、ダニエルの指示ではなく、ジャックの指示だという。

 そこには俺の予定管理も含まれていた。

 ルークの言葉に今度は俺が訝しんだ。

 あの御仁は、自分の息子を比べ、テネシーよりはダニエルの方を評価しているように見えた。何か緊急に伝えなければならないことがあったとして、果たしてそれをあの態度からしてガキと呼べるような奴に任せるだろうか?ダニエルはダニエルで忙しいらしく、今日も人に会いに出ている。それならば内密に動いている現在、言付け出来るのはイースかテネシーしかいないのは確かだ。

 それならば、イースに頼んでも良さそうに俺には思えた。

 テネシーには俺に対する反感がはっきりと見える。それは今の対面からしても明らかだ。機嫌によっては、放棄したっておかしくない。そんな子どもじみた男に思える。


「卿と連絡は取れるか?」

「夜になれば間違いなく取れましょうが、昼の間はどうでしょう」


 今日はジャックは、昼過ぎまでは議会に出席する予定らしい。議場に入ってしまえば、間中、その扉が開くことはない。よほど緊急の事態でもなければ、例外はないそうだ。

 確かめたくとも、昼すぎまでは無理というわけだった。


「そうか……ならば仕方ない。進められるだけは進めておこう」


 そう口にしたものの、心のうちでそれは危険だと警鐘が鳴る。

 例えばジャックの書面でも持っていれば、違ったかもしれないが、現状では俺に反感を持っている男が口にしただけの内容しかない。

 ジャックはともかくとして、テネシーが俺をはめようとすることはないだろうか?

 ただのスケルトンを10体造ったくらいでは、俺の魔力はびくともしない。

 それでもテネシーとイースの態度は気に入らなかった。

 とりあえず、昼までに半分ほどを準備しておくことに決めた。

 魔力の回復をはかりながら造っていたことにすれば良いだろう。

 それで改めて子爵に確認を取ってから、残りを造れば良い。

 そこまで考えると、すぐに倉庫に向かうことにした。

 どうせ邸にいても、待っているしかやることはない。


「そういえば、ナーが来るんだったか」

「昨日の方ですか?」


 明日も来ると言っていた以上、ナーの性格上、必ず来るだろう。短い付き合いだが、間違いないと思えた。


「それならば、私がここで待っていましょう。さすがにあの倉庫にお通しすることは出来ませんが、お出でになりましたら使いの者を走らせます」


 今日のところは追い返してもらえば良いかと思ったが、昨日会って今日会わないというのも何か考えさせてしまうかもしれない。素直にルークの言葉に従うことにした。


「それならガサツに命令を出しておこう。あの倉庫に現状、俺がいて何かしているって他の人間に知られないほうが良いだろう?」


 部屋の前に待機させていたガサツを呼び、ルークから命令され次第、俺の下に来るように命じた。


「さて、じゃあ今日はゴキゲンでも連れて行くか」


 エキオンだけでも良いのだが、随分以前にそんな風に油断して痛い目にあったことがある。どんなに優秀なスケルトンでも、数で押されたりしたら対処は遅れる。だからこそ最低限、2体は配しておくべきだ。

 ゴキゲンと、ついでにバンザイも連れて行くことにする。最悪、身を守る盾の代わりくらいにはなるか、といった程度の能力しかないが、俺のいない間にルーク相手に何かやらかしても困る。

 バンザイに声を掛けて、ゴキゲンを呼びに行かせた。

 相変わらず大げさな敬礼をすると、バンザイはそのまま駆けるように表へと向かった。

 転ぶんじゃないか?あいつ?

 駆け出す様子は何もないところでもつまづきそうな、そんな子どもじみた動きに見えた。

 その様子を見て、不意にそう思ったが、スケルトンが何もないところで転ぶなんてことがあるのだろうか?と、しばし真剣に考えながらも傍らに掛けてあった剣を手にとる。

 わざわざまた着替えるのも面倒なので、略式の、それでも自分にとっては舞台衣装のようなそれを着たまま出ることにする。

 鎧はどうするべきだろうか?

 普通の鎧ならば、この街にだって傭兵の類はいるのだから見咎められたりはしない。

 ただ俺の鎧は街なかでは間違いなく目立つ。

 骸骨の意匠。

 それは見る者に不吉の印象を与える。

 目立って憲兵に何か聞かれるのも面倒くさい。

 ジャックの身元証明書があるとはいえ、使わなくて済むなら使わないに越したことは無い。面倒は少ない方が良いに決まっている。

 鎧は置いておくことにした。

 魔力の増強を得られるので、スケルトンを造るなら着ていたほうが良いのだが仕方ない。


「いってらっしゃいませ」


 ルークの声を受けつつ、鎧姿のスケルトンを連れて外へと出た。

 よく晴れた、雲ひとつない空だ。

 鳥の姿もない、一面の青だった。






 1体スケルトンが出来る度に、祝福でもしているのか、バンザイはくるくるとそのスケルトンの周りを回る。昼を過ぎて、そろそろ飯をどうするべきかと考えていると、倉庫の扉が薄く開いた。

 表で周囲の警戒をしていたゴキゲンがちらりと顔を覗かせてすぐに引っ込むと、かわりにガサツが中へと入ってくる。

 くるくる回っていたバンザイは、入ってきたガサツに敬礼して迎えた。

 エキオンとは先程まで話をしていたが、ちょうど話題が尽きたところでもあった。


「来たか」


 簡単に問うと、ガサツは頷く。

 その様子を見るに、ここまで来るのに特に問題もなかったようだ。

 コイツが憲兵に声を掛けられる可能性はあったなと思うのは今更過ぎた。


「それじゃあ行くとするか」


 ぞろぞろと鎧姿を引き連れて歩いても仕方ないので、ゴキゲンとバンザイを残し、ガサツとエキオンを伴って倉庫を出る。

 本当に良い天気だった。

 一面の青。

 邸へと戻れば、昼食の用意があるだろう。

 何もせずとも食事が出てくるというのは良いものだ。

 さすがにスケルトンに何もかもを任せて料理が出てくるなんてことはない。

 必然的に、野営している時には自分でやる必要があった。

 自分のためにやる料理というのはどうしても適当になりがちだ。

 最悪、喉を通ればそれで良い。

 勿論、俺にだって上手い物を食べたいという欲求はある。

 しかし、手間を思えば、それよりは楽をしたいという思いが勝ってしまう。

 寝るところがあって、食事が用意されていて、俺が望んだ平穏が今なのではないだろうか?

 そう思って進んでいると、傍らを歩いていたエキオンが肩を掴んで足を止める。

 思わず体勢を崩しかけたが、エキオンが体を引いたので倒れるには至らない。


「何をする?」


 エキオンは言葉を発しなかった。周囲に人目があるからだろう。かわりに空を指さした。

 建物に挟まれ、狭くなった空。

 そこにひとつの点があった。

 黒い点。

 まるでそこだけ穴が開いているように黒い。


「まさか……」


 エキオンは口を開かない。

 だが、俺の肩を掴む手に僅かに力が込められた。

 ……今の俺の内心を聞いていたようなタイミングだった。

 俺には平穏など似合わないと、そう言うように。

 思わず周囲を見たが、そこにフェネクスの姿はない。

 いるはずがないだろう。

 何しろ、あの女は事が起こる場所には絶対にいないのだから。

 青空の穴はあっという間に広がり、いびつにひび割れたようなシルエットへと変 わっていく。

 まるで押し広げられていくように。

 もちろん、それは空に穴が開いたわけではない。

 だが俺にはそれが、世界に穴を開けているように見えた。

 日常を壊し、容易に世界を壊し得る存在。

 ドラゴン。

 人間の敵。

 最も強大な天敵。

 それがついにアキュートから、この土地へとやってきた瞬間だった。


「ははっ」


 思わず笑ってしまった。

 ドラゴンがわざわざ宣戦を布告してくるなど有り得ない。

 現れるならば唐突に決まっている。

 こちらの都合なんて最初からアイツには関係ないんだ。

 来週には行くから宜しく?

 そんな風な挨拶があるはずがない。

 だからこんな風に現れるのは当然だ。

 こちらが何をしているかなんて、あいつには関係がない。

 もう十分だろう?

 そう聞いてくるように、遠く叫び声が響く。

 平穏を割り裂く。

 日常は、今、この瞬間に壊れたのだ。

 平和な街が、戦場へと変わる。

 最初に訪れたのは衝撃。凄まじい地響き。遥か上空からドラゴンが降下してきた、ただそれだけとは思えないほどの轟音が響く。

 降下地点は見えない。

 見えなかったが、明らかに何か起きたと分かる轟音がトレマに響き渡った。

 多くの人間が通りに顔を出し、何事かと周囲を見回す。

 一度だけじゃない。

 何度も響く。

 今も、続いていると見えなくとも分かる。

 なんとか確認しようと家屋の屋根へと登る者もいた。

 そして声が響く。


 化け物。

 怪物。

 尖塔が。


 断片的な叫びが響き、それによって徐々に人々の間に混乱が広がっていく。

 どうやら6本の外壁の尖塔、そのひとつにドラゴンが飛びつき、倒壊したらしい。通りにいる俺からではその様子は見えない。

 通りを急ぎ、邸へと走る。

 一度、ドラゴンが飛び立ち、上空をよぎれば混乱は爆発する。

 そうなれば、街中を移動することすら困難になる。

 何はなくとも骸装がいる。

 あの鎧がなくては、始まらない。

 ちょうど、別邸へと辿り着くと、ナーが入り口から飛び出してくるところだった。俺の顔を見て、睨むような目で俺へと問いかける。


「今のは何だ!?」


 いつもの無表情はそこにはない。焦りと緊張が浮かんでいた。


「……落ち着いて聞け。ドラゴンだ。飛来して、尖塔を倒壊させたらしい」


 聞くやいなや、ナーは駆け出そうとする。俺はその手を掴んで止めた。


「何をする!?」

「どこへ行く?いや、何をする気だ?」

「決っている!私が動かせる部隊を動かす。戦わなければ!」


 冷静な性質かと思っていたが、どうやら意外と激情家なのかもしれない。いつか、グリパンに言ったように、俺は意識して平然とした声でナーに言う。


「言ったろう。落ち着け。お前の前にいるのは誰だ?お前は何のためにここに来た?」


 俺の言葉にナーが怪訝そうな顔を俺へと向けた。そして、目を見開く。

 ここまで表情が動くのは初めて見た。

 俺はこんな状況にも関わらず、それに笑ってしまう。俺が何を言いたいのか、分かったのだろう。そして、笑いすら見せる俺に、やっと落ち着いたかのように表情を普段のそれへと戻した。


「ドラゴンに、そこにあるものだけ持って考えなく向かうのは無謀だ。良いか、英雄なんてものは無謀の結果としてなるものではない。戦略を立て、戦術を用い、戦うべくして戦ってなるものだ」

「戦ってくれるというのか?」

「言ったろう。あのドラゴンは倒すって。こうなったら貴族院も軍もない。そこにいて、力がある者が対処しなくてはならない。それに、言ったな、ナー」


 邸の入り口から、ルークが現れた。俺とナーがいることにすぐに気づいて近づいてくる。騒然となっている街の様子に、その表情はいつもの楽しげなそれではなかった。


「俺ひとりで戦うわけじゃないと」


 ナーとルーク。

 十分だ。

 俺にとって必要な役者が揃っている。


「……考えがあるのか?」


 ルークは俺とナーの会話に口を挟まず、近くまで来て、ただ俺とナーの顔を見た。


「あるさ。ルーク、俺の鎧を頼む。

「かしこまりました」


 ルークはすぐに邸へと戻った。

 ガサツにも指示を出して残っていたドジっ子とカタブツを連れてこさせる。


「さて、既にドラゴンは現れた。人間の天敵が今、この街にいる。だが俺ひとりでは、あれはどうにも出来ない。そんなことは前にも試した。だから、他にも力がいる。ナー、お前が俺の力となれ。全部を説明している時間はない。お前が上に許可を取って回る時間もだ。これから俺の独断で、軍に話を通さずに動いてもらうことになる。お前にとって、負担や苦痛に思うこともあるかもしれない。それでも俺を信頼して動けるか?」


 ナーは無言で俺の顔を見たが、ややあって顔を逸らした。

 それは否定を意味する。

 どうやら俺はまだ、ナーの信頼を勝ち得ていないらしい。

 それはジャックの存在が気になっているのだろう。

 この国を裏切っているという貴族の元にいる男に言われるがままに動く。

 それがこの女には納得できない。

 昨日、会って、すぐにナーのために力を尽くそうと言えば、話は違っただろう。

 だが、あの時点で、俺はナーよりも子爵を選んだようなものだ。

 俺の言うことは、どれだけ子爵の意志が反映されているのか?

 これから、自身も子爵のために動かなくてはならないのではないか?

 そう考えれば、ナーの性格ではすぐに、うんとは言えまい。


「ハルモニア・ナー、良いか、俺の目を見ろ」


 強引に肩を掴み、その顔を俺へと向けさせる。ナーは抵抗をしなかった。その目は揺らいでいる。いくつもの感情が浮かんでは消えていく。


 今もドラゴンに襲われている街。

 助けねば、戦わねばという使命感。

 だが、自分ひとりの力で何ができるのか?

 アキュートの惨状を聞いての諦観と焦燥。


 そして、目前の男について。


 かつて大戦で単独で砦すら落としたという男。

 人ならざる部隊を率いる傭兵。

 ドラゴンに抵抗し、生き延びた人間。

 その力は本物でも、その本質を信じられるのか?

 心を、意志を、信じられるか?


「俺はドラゴンと戦って生き残った。今、この国にいる者で、俺だけがドラゴンと戦った。俺だけだ。お伽話に出てくるドラゴンと現実はまるで違う。あれは英雄が単独で挑んで戦いになる代物じゃない。必要なのは戦術だ。個人の武勇は関係ない」


 俺は能力によって生き延びたのではない。戦えるだけの策を用意した結果だ。

 どんな決意も、あの威容を前にすれば諦めに変わる。ドラゴンと戦えるかどうかは、気持ちだけの問題じゃない。


「お前の決意なんて、簡単に吹き飛ぶ。目前にして思うぞ。なんでこんな馬鹿なことをしたと」

「そんな!」

「いいや、そんなことはある。アキュートの軍はそうやって壊滅していった。皆、優秀な軍人だった。この国の人間と比べた時に、並外れた劣っているなんてことはなかった。それでも壊滅させられたんだ」


 俺への信頼はひとまず考えるなと、現実的な問題として、アレと戦えるだけの状況を誰が用意できるのか、それを理解させる必要がある。

 この女は激情家かもしれないが、確かな理性を持っている。

 落ち着けば、必ず理解するはずだ。

 だからひとつひとつ、ナーに対して理を説いていく。

 必要なのは覚悟じゃない。

 ドラゴンの目前に無策で身を晒す前に、準備が必要なのだと。

 今、まさに被害が出ていて、人命が失われていても、それでも準備しなくてはならない。


「お前に奴を空から落とす策はあるか?強固な鱗を破り、血を流させる術は?ナー、お前にあるのか?」


 ドラゴンの話を聞いて、軍では既に検討がされたのだろう。

 ナーに答えはなかった。

 空を自由に飛び回るというのはそれほどに厄介だ。地べたをのろのろと行軍してくる人間とは訳が違う。

 急降下ひとつで外壁も、尖塔も簡単に壊せる。そんなのが相手では、まずそもそも攻撃を当てることすら難しい。

 蹂躙だ。

 蹂躙されるしかない。


「俺ならば、それが出来る。俺はそれを既に一度やってもいる。ナー、俺に動いて欲しいなら、お前は一時的に俺の命令に下れ。良いか、それしかアレと戦う術はない。俺と子爵の関係は忘れろ。ただ、ドラゴンとどうやって戦うかだけを考えろ」


 ナーから完全に言葉が消えた。


「もう一度聞く。俺を信頼して、俺の命令通りに動けるか?」


 これは最後の問いかけだ。

 駄目なら、俺は軍をあてにしないで動く。子爵から得たあの身元を証明するという書類と、ルークの能力だけを使って、何とかするしかない。

 あまり良い手ではないが、これ以上、ナーの説得に掛ける時間はない。

 揺れていたナーの目が、定まった。

 そしてやっと口を開く。


「本当に出来るんだな」

「出来る。俺なら奴をまず街の外に出せる。まずはそれを俺が為そう」


 ナーが決意を口にするまでは一瞬だった。迷いを捨てた目が、冴え冴えとした澄んだ目が俺をまっすぐに見た。


「分かった。この命、貴君に託す。だから、カドモス・オストワルト、この国を守ってくれ」


 ナーが跪き、頭を垂れた。


「良し。では、これは契約だ。お前は何があっても、俺と、俺の命令を守れ。そうすれば、俺がこの国を守ってやろう。良いか、これはこの国と俺との契約じゃない。俺と、お前との契約だ」


 腰に付けた鍵束、そこから1本を取った。

 それをエキオンに渡し、渡した指を小さく回した。

 それだけで、俺が何を言いたいのか理解したらしい。

 エキオンが鍵を握りしめると、握りしめた指の間から茜色の光が溢れる。

 再び開くと、そこにはひとつの指輪があった。

 茜色に輝く指輪をエキオンから受け取り、ナーの前へと俺も屈みこむ。


「受け取れ。これを見るたび忘れるなよ。契約を」


 ナーは指輪を受け取り、しばらく眺めてから、無言で深く頷いた。

 ルークとスケルトンたちが邸から鎧を持って現れる。

 すべては揃った。

 これで俺の望む通りだ。


「さて、それじゃあ始めるか。ドラゴン退治のはじまりだ」


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