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スケルトンの述懐  作者: ぎじえ・いり
スパルトイ、ドラゴン、そしてフェレータ
15/48

ルーク

2016/04/17 改稿。

 中庭に一同が集った。

 既に日は沈みきり、空には月の姿はない。

 中庭に設置された4つの灯りが橙色に中庭を染めていた。

 さして広い空間ではなかったが、1体1で剣を交わすには十分過ぎる。

 良く手入れされた芝の上を歩き、その中央にエキオンとイースが立った。

 周囲は邸に囲まれているために、誰に見られることもない。

 エキオンは言うに及ばず、既にイースも鎧に身を包んでいる。


「さて、木剣のような気の利いた物はないが、どうする?」


 ジャックの問いかけにはイースが答えた。


「カドモス殿さえ良ければ使い慣れたコレでお願いしたい」


 手にしたのはエキオンと同じ幅広の片手半剣だった。

 鞘や柄を見るに、金は掛かってそうだが魔剣の類には見えない。

 同意する代わりにエキオンにも剣を抜かせた。

 揃って剣を抜いたひとりと1体を見て、ジャックが微笑む。

 テネシーには緊張が伺えた。自分で言い出したのに、ここに来て万が一でも想像したのか。

 ダニエルも口元には笑いを浮かべているものの、目は笑っていなかった。

 イースの実力とエキオンの実力、それを測りかねているのだろう。

 ルークには面白がっているような表情が浮かんでいた。この中で、どちらが勝ってもあまり関係が無い以上、この男だけが良い見せ物として楽しめる立場だ。


「では、合図は私からしよう……はじめ」


 ジャックの声にイースが構えもせずに突進した。

 剣の位置は低い。

 まるで剣を地に突き立てるようにしてエキオンに迫る。

 その動きは早く、とても中年の男の早さとは思えない。

 エキオンは動かずに構えた。

 相手に剣を突き出すように、構えられた剣。

 イースはそれを邪魔だと言わんばかりに、下から払う。

 エキオンならば剣を下げられるはずだった。

 しかし、払われるままに刃がぶつかり、エキオンの胴ががら空きになる。

 イースの払った剣はそのまま円を描き、吸い込まれるように空いたエキオンの胴へと斬りつけられる。


「やった!」


 声を出したのはテネシーだ。だが、結果はテネシーの期待していたそれにはならない。流れるような二連撃だったが、斬撃は空を切る。

 簡単なことだ。

 エキオンが1歩、後ろに下がっていた。

 一瞬の内に。

 この二連撃だけでもイースの剣士としての技量が分かる。

 確かにこの男は並ではない。

 既に空を切った斬撃が突きへと変じている。

 どれほどの腕力なのか、剣の軌跡は自在に動く絵筆のような滑らかさをもってエキオンへと襲いかかる。

 しかし、そのどれもをエキオンはいなした。

 そして、一瞬、こちらを見た。

 いや、ヘルムがわずかに動いただけだったが、俺を見たように思えた。

 俺とて剣の動きを追えていない訳ではない。

 決して明るい中庭ではない。

 備え付けられた灯りに照らされているとはいえ、この明るさでの剣は見極めにくいはずだった。しかし、俺にもはっきりとその剣線が見えた。

 ならばエキオンにも見えているだろう。


 随分と余裕だな。

 確かに腕はあるが、この程度だったか。


 エキオンは時にかわし、刃を払い、イースの剣を寄せ付けない。

 エキオンに、イースに対して思う間にも剣は薄闇を裂くように走り、橙色の灯りを反射してきらめく。

 下がれば下がった分だけ、イースを押し返し、中庭の中央から剣戟の場は移らない。


「惜しい!あと少しなのに!」


 テネシーにはエキオンがただ押されているだけに見えているようだ。

 実際には、エキオンは先ほどからちらちらと俺を見ながら戦っている。

 どうする?もういいか?

 そんな声が聞こえるようだった。

 その様子に万が一はないだろう。

 そっと、もういいと言う代わりに、右手の人差し指と中指を立てて、小さく2回振った。

 それを確認して何合目だったか、イースの剣をエキオンがやや強めに払った。

 最初の鋭さがイースの剣から欠けたように感じた瞬間だった。

 エキオンには疲労がない。

 このままずっとでも打ち合える。

 だが、人間であるイースは違う。

 連撃を続ければ続けるほどに、息は詰まる。

 エキオンはそれを測っていたのだろう。

 払われた剣に合わせて歩を進める。

 それはイースが払われた剣を止めるよりも早い。

 そのまま差し入れるようにイースの首もとへと刃が当てられた。

 そこでピタリとエキオンは動きを止める。

 イースは動けなかった。

 やがて、イースが静かに、ゆっくりと剣を下ろした。


「私の負けだ」


 静まり返った中庭にポツリと呟くような声が響いた。






「これほどとはな」


 ジャックからこぼれた言葉は上機嫌そうだった。

 友だというイースが負けたのに、まったくそこに他の感情は見られない。

 イースは一礼すると、ひとりで邸へと戻っていく。

 テネシーが俺とエキオンを見て、口を開いたが、何も言葉は発せられなかった。

 イースを追って、テネシーも邸へと消えた。


「すべてのスケルトンがこの強さ、という訳ではないのだな?」


 俺の元へと歩いてきたエキオンを見ながら、ジャックが尋ねる。

 傍らにいたルークが興味深そうに目を開いて俺とジャックを見た。


「前にダニエル様にも申し上げましたが、この1体だけは特別製なのです。このスケルトンを造り出すには師の助力がいります。私では未熟ゆえに、私ひとりで造り出すことは叶わず」

「そうか。それは残念だ。だが、イースを負かすとはな。私はこれまでイースが剣で遅れを取ったところを見たことがなかった。本当に驚いたよ」


 これを簡単に造れると思われては困る。

 だが、エキオンだけがこの強さだと思われては、売り込みがいがなくなってしまう。ルークは聞くべきこと聞き、見るべきことを見たと判断したのか、一礼して邸へと戻っていった。


「まだお時間はよろしいでしょうか?よろしければ、他のスケルトンの実力もお見せしましょう。他のスケルトンは私自身が独力で生み出したスケルトンソルジャーです。この1体には劣りますが、しかしいずれも並みの戦士では相手にならない力を持っております」


 提案に、上機嫌そうに頷いたが、それはまたの機会となった。


「是非とも見せてもらおうか。だが、今日はもう遅い。それは明日にしてもらおう」


 ジャックがダニエルを伴って邸へと戻っていく。

 ちらりとダニエルが振り向いて俺に笑いかけたので、うなずきだけを返し、俺もその後へと続く。

 エキオンはちらりとヘルムをこちらへと向けた。

 言葉はない。

 だが、言いたいことはなんとなく分かる。


「あれで良かった。良くやった」


 そっと右手をエキオンへと差し出す。

 出した拳、それにエキオンもそっと拳を合わせた。

 その日はジャックの邸に泊まり、翌日になって、再び中庭で模擬戦となった。

 今度はイースが相手ではなく、エキオンに対してカタブツとガサツが打ち合った。俺の見立てでは、カタブツもガサツも、イースには劣っている。

 多分1体1ではどちらも敗れるだろう。

 しかし、これまでに多くの戦場を共にしてきた2体のスケルトンはまるで一対によって完成したかのようにエキオンに攻めかかる。

 エキオンの剣をカタブツが盾で受け、その間にガサツが重い一撃をエキオンへと振るう。

 エキオンがガサツの斧を、体勢を変える最小の動作で躱した。

 鎧の表面を火花が走る。

 その間にカタブツが盾ごと体当たりを仕掛けた。

 だが、エキオンはそれを左手で受け止めた。

 オーガの一撃に比べればあまりにもカタブツのそれは弱い。

 逆にカタブツを蹴り飛ばし、刹那に回転してガサツへと剣をその胸へと打ち付ける。打ち付けられたガサツも吹き飛んだ。


「いかがでしたでしょうか?」


 エキオンに敗れはしたが、ガサツとカタブツ、その強さが分からないはずがない。あの連携ならば、イースでも倒せるだろう。

 それくらいに油断の無い連携であり、刃の鋭さだったはずだ。


「申し分ない。君のスケルトンを疑う余地はないさ。そうだな?テネシー?」


 何も言わずに演武を見ていたテネシーは、やはり何も言わずに頷いた。

 その傍らにはこちらも無言のイースが佇んでいる。


 何だ?こいつは?


 イースを見て思う。

 殺気を感じる目は相変わらずだったが、その口元には若干の笑みが浮かんでいた。昨日、負けた相手に対して笑みを漏らす。その意味が分からない。

 ジャックが口を開いたので、ジャックへと向き直る。


「さて、君の力は十分に証明された。あとはいかにしてドラゴンに備えるか、だ」


 ジャックがルークに目配せをすると、ルークは数枚の証書を俺へと渡した。


「1枚目は君の身元を私が保証するという証書だ。もしもこの街で何か困ったことがあったら、それを見せれば大抵は面倒がなくなる。常に持っていると良い。2枚目以降は君にサインを貰いたい」


 ざっと内容に目を通すと、どうやら俺をルークと同様に準貴族とするための各種の手続きに関する書類のようだった。準貴族とはいえ必要な領地というのも、土地勘のない俺にはどこだか分からないが確かに記載されている。気前良く提供してくれるらしい。


「最初は君を軍の方に紹介して、軍に借しを作るのも良いかと思ったが、昨日君の実力を見て、考え直した。それになによりもダニエルの推薦があったことを思えば、君は色々と不自由が多い軍属になるよりは、独自の裁量が持てるようになる貴族身分の方が良いだろう。まさか、今更、拒否などはしてくれまいだろう?」


 ダニエルを見れば、ダニエルは笑っていた。

 笑って、頷いた。

 事前には聞かされなかったが、どうやらこれはダニエルの望みでもあるらしい。

 ダニエルは俺を貴族か将軍に、と言っていたが、実際にこの国には絶大な信頼のある将軍がいる。それならば貴族の方が頭角を現しやすいとでも考えたのかもしれない。

 なんにせよ、俺は力が欲しい。

 それならばこうした身分というのも必要になるのだ。

 確かに、これを拒否すると言うのは今更だった。


「勿論です。ご厚意、ありがたく頂戴いたします」

「そうか。悪いが、私はそろそろ出なくてはならない。この後のことについては、ダニエルとルークに任せてある。ふたりから話を聞いて動いてくれ。決して君を悪いようにはしない。傭兵という稼業の者の中には、貴族というだけで、嫌い、警戒する者も少なくないというが、心配しないでくれたまえ。そこのイースが良い例だ。イースはずっとなに不自由なく、この国で暮らしてきた。必ず君が力を発揮出来るように、私が手を尽くそう。では、ダニエル、ルーク、カドモス君を頼んだぞ」


 笑顔で手を差し出してきたジャックの手を握り、玄関口まで見送る。

 俺は見送りながらも考えた。

 イースがこの場にいるからもあってかもしれないが、邸を出るまで俺を警戒するような形でジャックの護衛の姿は無かった。

 俺の兵たるスケルトンがいるというのに。信頼を勝ち得た証だろう。

 スケルトンを何の用意も無しに他の人間に明らかにはできない。それもあって護衛を遠ざけただけかもしれないが、俺がどこかの国の暗殺者である可能性はジャック自身、否定できなかったはずだ。

 あのくらいの貴族ともなれば、考慮しないはずがない。

 証書や準貴族の話だけじゃなく、こうしたことからも、この家の人間に対して、俺の有用性、そしてスケルトンの有用性を証明できたという確信が持てた。

 これで後は時間だ。

 そろそろアキュートを出て2ヶ月近く経つ。

 色々と限界が近いはずだ。

 周辺国家の動きも考えれば、フェレータもドラゴンも、ずっとあの国にとどまってはいられまい。

 その場の機転だけで倒せるような甘い相手ではない。

 早く力を。

 そう思った俺の拳は硬く握りしめられていた。






 ジャックを見送った後、俺はジャックの別邸へと、ダニエルとルークによって案内された。

 距離はジャックの邸からそう離れてはいない、ひとつ隣の区画にあった。

 自由にして構わない、そう言われた邸はあの村のダニエルの邸と変わらないくらいだったが、内装、調度品の豪華さはこちらの方が断然上だ。

 俺はこれからここで暮らすことになる。本邸でジャックやイース、それに多くの従者の目を気にしながら暮らすよりは、全然良いので助かる。

 驚いたことに、世話係として付けられたのは邸の従者ではなく、準貴族と紹介されたルークだった。

 ルークによって邸の中をひと通り案内された後、日当たりの良い居間へと通され、そこですぐに香りの良い茶が手ずから振る舞われた。

 部屋の中にはエキオンのみが侍り、他のスケルトンは邸の外にドジっ子とゴキゲンを、邸の入り口にカタブツを、この部屋の前にガサツを配置した。

 バンザイだけはどうしたものかと迷ったが、ルークの前で妙な行動をされたくはない。仕方が無いのでガサツとともに、この部屋の前でおとなしくガサツに見張られていろと命じた。

 いつ、扉が薄く開いてヘルムが覗くのではないかと考えると微妙な気分になる。

 ソファに座ると、近くのソファにダニエルが身を沈めた。ルークはその前に距離を置いて立ち、子供のような笑顔を浮かべていた。


「すまないな。立場で考えれば君とは同じようなもののはずなのに、従者の真似事なんてさせて」

「とんでもございません。お気になさらずに。……実はダニエル様から話を聞いた時から、楽しみにしておりました」

「楽しみ?スケルトンが?」

「一度死んだ者が再び立ち上がり戦う。どんな夢物語かと最初は思いましたが、実際にスケルトンをこの目にして分かりました。これは世界を変える力に相違ないと」


 語るルークの目はどこか夢見がちな女子供のようだ。

 大丈夫か?こいつ?

 そう思ってダニエルを見れば、ダニエルは笑っていた。

 どうやら、コイツはいつもこんな調子らしい。


「ルークは商家の三男に生まれたんだが、成人する前にはもう家を出て、自ら事業を起こしていた。それを面白いと思って、私が土地を用意し、準貴族として取り立てたんだ。変わり者だが、商いの手腕に間違いは無い」


 つまりは才能ある商人といったところか。

 ダニエルは続ける。


「父上は都合良く使える小間使いが増えたくらいにしか思っていない。だが、実際には違う。ルークもまた、新たな世界を夢見る私たちの仲間だ。私とルークとの間に、隠し事はしなくて良いぞ、カドモス」


 ダニエルの言葉とは違って、ルークは俺にもダニエルにも丁寧な態度を崩さなかった。

 明らかに自分だけは下に置くような、そんな態度だった。それも性分というものなのだろうか?ダニエルはそれを気にしてはいないようだったので、俺も特には気にしないことにした。


「さて、君はこれですぐにでもこの国の準貴族となるだろう。それと同時にドラゴン対策の軍備が始まる。父上の計画では、これを貴族主導で進めることで、軍に対する発言権を増大させるのが目的だ。ドラゴンが来るかどうかは問題じゃない。それに対抗出来る戦力を、貴族院が独自に持ったという事実が欲しいだけだ」


 なるほど。話を聞けば、ジャックの思惑はあまりにも簡単だった。

 ドラゴンには通常の戦力、魔法では対処のしようがない。

 そこに、ヒュージスケルトンと、それを造り出せる人間を貴族院の人間として取り込めば、まさしく貴族院こそが名実共にこの国の守り手となる訳だ。


「とは申しましても、実際にジャック様は既に骨身の準備を私に命じておりました。来るかどうかは問題でなくとも、実際に来た場合の対処の準備を私の方で進めております」


 ルークは既に死体の準備を始めるどころか、終えているらしい。

 聞けば、スケルトンを造るのに都合良く処理した100近い死体が、既にこの街の倉庫に収めているという。


「カドモスさえ良ければ、実は今、この瞬間からスケルトンの準備を始められるという訳だ」

「どこから、そんな数の死体を……いや、そうか。北か」


 すぐに連想があった。

 確かに死体の調達には、今は事欠かないのだろう。

 ただし、大森林を超えられない以上は、別の国を経由したはず。それだけの死体をこんなにも迅速に仕入れたと言うのなら、確かにルークは有能に違いなかった。


「使役される魔物を国外から持ち込むこと自体は違法ではございません。ただ、新たにスケルトンを造るとなれば、その死体をどうするのか?というのが一番の問題でした。国内でこれだけの数を用意するのは難しいですし、民衆がもしも知れば、反応というのは良いものにはならないでしょう」


 仮に罪人の首を使ったとしても、それがついこの間まで同じ街の中で生きていたのだと聞けば、普通は眉を潜める。気持ち悪いと感じる者だって多いだろう。

 結局、問題なのは、人の反応に他ならない。

 どう思うか?

 これがすべてなのだ。

 罪か、どうかよりも、重い。


「そこで一計を案じた。いや、実はこれは父上が考えたのだが、私などではまだまだ及ばないと痛感させられた。あの人は民衆の心というのをよく知っている。それに法の抜け道についてもだ。おそらく明日にでも審議に通され、そしてドラゴンが迫っていることを知る貴族たちによってすぐにでも可決されるだろう」


 ジャックが法案として通すのは、スケルトンという魔物を奴隷と定義するというものだった。

 くすりと笑ってルークが告げた。


「この国では未だ奴隷制というのは廃止されてはおりません。まあ、実際には一部の貴族と商人だけが使っているもので、民衆にとってはそういう卑しい身分の人間がこの世に存在しているのか、という程度の認識でしかありませんが。恐らく何もしなくとも、百年と待たずに奴隷制というのはこの国からなくなるでしょう。しかし、今はまだ存在していて、民衆もそれを知っています。この、奴隷が卑しい身分の人間である、という心理を利用します」


 奴隷と聞いて、普通の民衆が想像するのは、どこか汚らわしい、身体か魂か、その両方かが自分たちとは違っている、人間以下のような存在だという。

 ジャックが考えたのは、スケルトンを魔物ではなく、奴隷と定義することで、人としての認識からずらすというものだった。


「元が人間の死体だと分かっていても、それが奴隷なのだと聞かされれば、もう民衆はそれを普通の人だとは想像しません。卑しい者が姿を変えたのだ、その程度の認識とすることができるはずです。そして法の上でもただの使役される魔物とは区別することが出来ます」

「そして、今、倉庫にある死体も奴隷の死体、そういうことにする訳か」

「いえ、既に実際にそういうことになっております。生前は兵士だったかもしれませんが、死体を奴隷にしてはいけないということはない。そうではありませんか?」


 俺は笑ってしまった。

 死者に権利はない。

 そう言ったのは俺だったが、この国の人間の考えることは更に先に進んでいた。


「なるほどね。そうして奴隷を魔法で別の姿の奴隷に変えて、何の問題がありましょう?って訳だな」

「仰る通りです。民衆も自分や自分の隣人が、化け物にされる訳では無いと知って安心する訳です」

「さらに、君がその奴隷でもってドラゴンを打倒したならば、誰も文句を言いやしない。いや、言えやしないだろう。これで、君の望む、日の当たる場所で、胸を張って力を発揮することができるという訳だ」


 実に鮮やかな解決策と思えた。

 民衆の心理を考えながらも、この国にスケルトンを根付かせるための方法というのが明確に示されていた。

 期待以上の話と思えた。

 ジャックという貴族はどうやらただ権力だけをかざす無能ではなく、実務的にも優れた能力を持っているらしい。


「大した男なんだな、ダニエルの親父殿は」


ダニエルもさぞかし学ぶことが多いだろうと思ったのだが、ダニエルが急に笑みを消した。


「……そうだな。権力を持ち、政治的手腕も鮮やかだ。父上が本気でこの国を良くしようと考え、行動したならば、この国はもっと豊かになれるだろう。しかしだ。実際にはそれはないんだ。カドモス、父上には別の顔がある。それはこの国の裏切者という顔だ」


 裏切者。

 そう聞いて思い浮かぶのは、ドラゴンの傍らの黒鎧だった。

 まさか、あの黒鎧の中身がジャックだ、なんて落ちではないだろう。

 そもそも体格が違いすぎる。


「父上はずっと隣国であるブレーヴェに通じている」


 ブレーヴェとは、ウムラウトの東に位置する隣国だったか。

 ウムラウトとの間に揉め事が絶えないと聞いている。


「父上はひた隠しにしているが、私は知ってしまった。父上はブレーヴェにこの国の情報を売っている。兵の数から、装備、糧食に至るまでの軍備の状況。それに将軍の体調までだ」


 スパイ。売国奴。

 大戦中にも随分いたが、今だにそんな人間はどこの国にもいる。

 しかし、それが大貴族で、となるとなかなかにない話ではないだろうか?


「確かなのか?」

「ああ。以前に家の収支について調べていたら、どうにも合わない部分があった。おかしいと感じて調べようとしたら、資料そのものが見当たらなくなった。代わりに見つけた新しい帳簿にはあたかも整合性があるように記されていたが、それでも一度おかしいと感じた目で見れば、やはりおかしい。何も知らずに見ていたら気付かなかったかもしれないくらいに整っているというのも気持ちが悪かった」

「私もダニエル様に申し付けられて調べましたが、ジャック様には隣国に通じていると考えなければ説明の付かない資金があります。それに最後の会戦が起きたタイミングも、こちらの軍備の状況を知っているとしか思えないものでした。ジャック様が貴族院を通じて軍備の資料を開戦前に入手していることは確認してあります」

「……最終的な目的も把握しているのか?」


 単なる金目的か、それとも本当に国土を隣国に売り渡すことを目的としているのか。まさかスリルが欲しくてそんなことをしているはずがないだろう。


「そこまでは。だが、父上は次にブレーヴェと争いが起こった時には、決定的に肩入れするつもりがあったのではないかと思う。ルーク」

「はい。実は内密に、ダニエル様は勿論、決して誰にも知られることなく魔獣を他国から手に入れるように、そう命じられておりました。ドラゴンの出現で中止を命じられましたが、手に入れる魔獣は大物であれば大物であるほど良いと申し付けられておりました」


 大物の魔獣、そんなものを手に入れてどうするつもりだったのか?

 ペットにしたい、なんて奇特な趣味ではあるまい。

 きっとどこかで暴れさせるつもりだったのだ。例えば国内でもここトレマから離れた土地であれば、当然、現地の兵力では足りなくなる。トレマからも兵が派遣され、運が良ければ将軍すらも動くかもしれない。


「ルーク」

「ああ、そうですね。魔獣は全部で10は揃えるように、とのことでした」

「そんなに集めて、魔獣で動物園を作ろう、なんて話じゃなさそうだな」


 国内の各地で魔獣が暴れ回ったら、国内は大変な混乱に見舞われるだろう。

 討伐に大幅な兵力が割かれるのは勿論、なぜ魔獣が現れたのかの調査にも人員は必要になる。討伐に成功しても、ナーがスタンピードを警戒し続けたように、警戒のための兵力も各地に割かれる。

 その時に隣国が攻めて来たら?

 国内各地に魔獣を放つ、そんな大それたことをしたら、何かしらの証拠を掴まれるかもしれない。それでもやるつもりだったとしたら、それこそ決定的に移住する算段を付けたのか。


「計画書なんて残すような、そんな抜けたことをする人じゃないからな。詳細は不明だ。ただ、詳細を調べようと使った人間は消えた。恐らくイースに斬られたんだろう。その時に私は確信した。父上はきっとこの国に破滅をもたらす気だ。家族に対して何も言う気が無いのならば、私も母上も、テネシーも顧みられることはない」


 まるで暗殺者のよう、そんな風にイースを思ったが、実際にこの家お抱えの暗殺者だったという訳だ。イースはジャックの汚れ仕事をずっと引き受けてきた。それはこれからも変わらないだろう。

 ジャックがこの国をどうにかすることで単純に利益を得たいのならば、ジャックとダニエルの関係を見れば、ダニエルにも何か話しても良さそうだ。

 だが、実際にはダニエルにすら何も話していないという。それがなんともいえない不気味さをかもしだしている。信頼を見せながらも、決定的には信頼していない。


「私はもう子どもではない。自分で夢を見られる。父上の夢には既に興味はない。いや、父上が何らかの夢を見て動いているとは、私には到底思えない。私は私の手でこの国を変えたい。父上が何を顧みずとも、この国のことを顧みないというのは、私には我慢がならない」


 はじめてこの男の怒りを見た気がした。

 自分よりも、家族よりも、この国のことを。

 どこか青臭い政治屋のような言葉だったが、その言葉を聞いて、ひとりの顔を思い浮かべた。

 英雄になりそこねたひとりの男の顔を。


「それで?ダニエルは自分の父親をどうするつもりなんだ?」


 決して親子の仲は悪くはなさそうに見えた。それも貴族として、相手が父親であっても政治的に交流していただけで、この男には国を破滅に導こうとする男への怒りが確かにある。

 その怒りを、どう処理するつもりなのか?


「証拠を揃えて、それを突きつけ、私にすべての基盤を譲ってもらい、後は静かに隠居してもらうつもりだ。いくつかの金銭の流れはもう押さえてある。最後に何か決定的となるものがひとつでも掴めれば、実現出来る」


 公に処断すれば、自らにもその責務が生じ得る。

 そうなれば夢は諦めなくてはならない。

 夢の実現と父親の処断、その両方の実現を考えれば、そんなところだろう。

 ダニエルの表情は硬く、厳しいものだった。俺に会わなくとも、ドラゴンが現れなくとも、もうずっと前に決断していたのだろう。

 そこに一切の迷いは見えなかった。


「そうか。それならスケルトンがうまく使えるかもな」


 例えばエキオンと偽の依り代をジャックに渡せば良い。エキオンほどの強力なスケルトンを手にすれば、必ず何かに使おうとするはず。その上で、エキオンに証拠となる何かを探させれば良い。

 他のスケルトンと違って、エキオンならば完全にスパイとして、機転を利かせながら実行出来るはずだ。

 不意にダニエルは懐から時計を出して、確認すると立ち上がった。


「考えがあるなら、それは次の機会にしよう。実は私にもこちらに来たからには、こちらでやるべきことがある。そろそろ私も時間だ。まあ、何にせよ、まずはドラゴンだ。ドラゴンに国を滅ぼされては、何も出来ることなど無い」


 ダニエルは見送りを拒否して、退室した。

 残ったルークを見れば、ルークは笑顔で俺を見返した。


「さて、それで俺はさしあたって何をすれば良い?」


 どうやら予定が決まっていないのは俺だけで、皆には皆の予定があるようだった。


「実は私ももう少ししましたら、所用がございます。その後に一度、倉庫を見に行きましょうか」

「そうだな。どんな状態なのか、確認出来るなら、しておきたい。所用というのはすぐに出るのか?」

「いえ、すぐそこなので、急ぐ必要はございません」

「そうか……ルークはどれくらい俺のことを知っている?」


 俺はルークのことは何も知らないに等しい。

 だが、ルークはそうではないだろう。ジャックやダニエルに言われ、俺についてひととおりは調べたはずだ。

 それに、ダニエルに頼んだ、ババアのことがどうなっているのかも、続報はない。もしかすると、ルークが調べているのかもしれない。

 ただ、ババアのことは誰にでも話したいことではないので、世間話程度に自分のことを聞いてみた。


「大戦末期、西方で活躍した孤軍。熟練の兵士でも敵わない死したる兵士を従えた恐るべき傭兵、でしょうか?」


 ルークが傍らのエキオンを見た。まるで置物のように静かに立ち尽くす鎧姿を。


「まあ、噂には尾ひれがつく。実際にはただの傭兵団みたいなものさ。違うのは生きているのが俺ひとりだけだったというだけで」

「実は少し不思議だったことがございます。記録ではずっと傭兵として戦地を点々とされておられるようでしたが、スケルトンを売って暮らす、あるいはスケルトンのみに戦わせよう、そうは思わなかったのですか?」

「……ルーク、お前はスケルトンを買いたいと思うか?」

「売って下さるのであれば、表裏を問わずに売り先は必ずあります。それだけの商材かと」


 商材、か。

 価値というのはそれを見出す人間によって生み出されるものだ。

 誰かが金貨を払えば、その時からそれは金貨と等しい価値を持つ。

 確かにスケルトンには、商材として考えられるだけの価値があるのだろう。

 だが、俺はスケルトンを売りたいとは考えていない。

 これは俺の力だ。

 俺自身のための力だ。

 戦うための力だ。


「今、俺の周りにいるスケルトンはどれほど金を積まれても売るつもりはない」

「……何か思い入れがございますのでしょうか?」


 思い入れならば確かにある。

 俺は知っているのだ。連中がただの骨身となる前の姿を。

 しかし、それを知り合ったばかりのこの男に話す気にはなれなかった。

 だから、はぐらかすように答えた。


「いいや俺の感情とは関係ない。もっと実際的な理由があるのさ。俺は生命を狙われている。最近では暗殺者の数はさすがに減ったが、大戦で恨みをかなりの国から買っている。戦争でのこととはいえ、それを忘れていない連中が西に大勢いる」


 実際に、俺の生死に関わらず俺の身柄を西方の某国に持ち込めば少なくない額の金が渡されることだろう。ルークに対しても正直にそれを話した。


「これはルークが商人の出だと言うから話した。賞金と俺自身の価値、どちらの方が上だと思う?」


 試すように笑いかける。


「それは確かめるまでもない問でしょう。カドモス様に決まっております。一時の金欲しさで動くのは盗賊の所業に他ならない。例え目先に損となることがあろうとも、それがリスクになろうとも、商人にはそこに金銭と時間を掛けるべき時があります」

「そうか。期待通りの答えで良かったよ、ルーク」

「何よりでございます。改めて警護を手配しましょうか?」

「それには及ばない。スケルトンの実力は見せた通りだ。例えば魔法兵が束になって邸ごと俺を燃やそうとでもしないかぎりは問題ない」


 そんなことは他の国の暗殺者には不可能だろう。魔法の使える暗殺者、それも名も顔も知られていない暗殺者なんていう都合の良い存在が束のようにいるなんてこと自体がありえない。

 魔法なんて派手な方法で人を殺し続ければ必ずどこかでそんな存在は露呈する。名の知れた魔法の使える暗殺者を束で国の中に通す国というのは、もっとあり得ないはずだ。

 それに気配に敏いスケルトンが3体もいる。例えそうなったとしても、ドジっ子の矢の方が早い。

 ルークもそんなことは有り得ないと分かっているのだろう。警護の件は納得したようだ。その一方で、未だ納得がいっていないことを尋ねてきた。


「いつ、誰に狙われるか分からないから、例え1体のスケルトンであっても、手放したくない、ということでしょうか?」


 ルークが改めて、問うてくる。

 なぜ、スケルトンで利益を得ないのか?

 そのはっきりとした理由を求めて。


「俺の望みは金じゃない。ダニエルにはダニエルの望みがあるように、俺には俺の望みがある。それが叶った後ならば、お前にいくらでもスケルトンを売っても良いんだがな」


 ルークは俺の望みを聞かなかった。

 既にダニエルから聞いているのかは分からない。

 ただ、別のことを笑って言った。


「そうですか。ならば、私はその時が、一刻も早く訪れることを願っておりましょう」

「そうしてくれ。その時が来るまで俺は戦い続けるさ」


 ルークは時間となったと判断したのか、俺に何か必要なものは無いか、確認をしてから退室した。


「私は売るなよ」


 おそらくはこの邸の周辺に誰もいなくなったのを気配でもって確認して、エキオンが言葉を発する。

 今までの存在感の無さが嘘のように、置物などとは思えない存在感が姿を見ずとも感じられる。話に集中出来るように、俺に命じられずとも意図的にそうしていたのかもしれない。

 実際に、俺もエキオンの存在を途中、完全に意識していなかった。


「お前を売るのは俺自身を売るようなものだろう」


 俺に何かあればエキオンが危険になるのと同様に、エキオンに何かあれば俺の右手が失われてもおかしくない。


「そうだったな。やっと色々と動き出しそうで、少し安心した」


 エキオンが窓から外を眺めながら問う。窓の外には小鳥が飛んでいるのが見えた。

 イースとの打ち合いも、エキオンにとって退屈しのぎにすらならなかったのだろう。言葉には期待の色が見える気がした。


「暗殺者とやらは?」

「ここ1年ほどは見ていない。期待しているなんて言うなよ」


 暗殺者と一口に言っても色々いる。給仕の振りして毒を盛るような奴だっているのだ。そんなのが相手では、食事をしないエキオンでは対処できないだろうに。

 俺とエキオンが話しているのが聞こえたのか、それとも単に暇だったのか、居間の扉が音を立てて開いた。

 エキオンが誰も居ないと断じて話しかけてきている以上あり得ないことだったが、ルークだったら、と思って内心慌てて振り向いた先にいたのは相変わらず全身を鎧で覆ったバンザイだ。


「……なんだ?バンザイ?」


 大げさに敬礼をした後、身振り手振りで何かを示すバンザイ。俺では何を示したいのか分からなかったのだが、エキオンがそれに理解を示した。


「良く言えば邸の内部を調べたい、有り体に言えば邸を探検したいのだろう」


 退屈なのはエキオンばかりではないようだ。だが、それを聞いて、もう一度、ルークの目を気にせずに、邸の構造を自身の目で確かめておきたいとも思った。


「まあ良いだろう。エキオン、バンザイ、ついて来い。ガサツ、お前もだ」


 俺の言葉を聞いて、バンザイがその両手を振り上げた。

 振り上げたようとした両手は開ききっていなかった扉にぶつかり、ぶつかった反動でしまった扉にバンザイが激突する。

 バンザイは両手を振り上げた姿勢のまま倒れた。

 思わずエキオンと顔を見合わせる。


「くっ」


 俺の口から息が漏れた。

 エキオンが笑う。

 俺も笑った。

 こんなことで、と思ったが、どうにも可笑しい。


「はっはっは。バンザイ、お前は本当に」


 なんなんだ?バンザイ?


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