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スケルトンの述懐  作者: ぎじえ・いり
スパルトイ、ドラゴン、そしてフェレータ
11/48

人形劇

2016/04/06 改稿。

 呼ばれたのは俺と、そしてエキオンもだった。

 あのスケルトンと共に来て欲しい。

 そう呼びにきたナーの額には小さく皺が浮かんでいた。

 どうやらナーは自身で代官との話し合いがどう決着したのかは、話すつもりがなようだった。

 自分からは何も言い出さず、水を向けてもこれから代官が話すからと言うばかり。ナーと共に来た代官の私兵がそこにいるからだろうか。余計なことは何も言いたくないということのようだった。

 今度は時間の指定はないようだったが、着替えるべき礼服などない。

 そのままの格好で屋敷へと向かったが、何も咎められることはなかった。


「やあ、待たせたな。昨日はすまなかった」


 最初に会った時とはダニエルの態度がまったく変わっていた。

 見下すような目つきが消え、その顔には笑みすら浮かんでいる。

 対照的に控えるナーの額にはずっと小さく皺が浮かんでいた。

 何か気に食わないことでもあったのだろう。

 俺はそれを吉兆と受け止めた。

 スケルトンを認めたくないと言っていたナーが渋面、と言っても仮面じみた無表情にほんの僅かな変化があるだけだが、それが浮かんでいるということは。


「君のことをどうやら誤解していたようだ」

「と、仰られますと」

「昔の大戦時代のことを持ちだして、大した働きなんてできやしないのに、自らを大きく騙る年寄りが多いのさ。君ももしかしたらそうなのではないかと疑っていた」


 失礼を許してくれ、そう言って簡単に頭を下げた。

 この男が頭を下げるとは思いもしなかった。

 驚きを表に出さずに、答える。


「私にも覚えがあります。どこそこの戦場を勝利に導いたのは自分だなどと、大戦で戦ったのは少しの間だけなのに、それを歴戦してきたかのように語る者は西には大勢いました」


 俺の言葉にダニエルは声を出して笑った。

 最初に会った時の態度とはまるで別人だ。実はよく似た双子だと言われても信じられるくらいの豹変ぶり。

 こちらが地だと言われても信じてしまいそうになる。

 勿論、演技に違いあるまい。

 そんなすぐに人が変わるわけがないのだから。


「正直、君のことはそこまで詳しくは知らないのだ。だが、西方で転戦し、戦い抜いたというのが間違い無いというのは、調べるまでもなく確信している。これはスタンピードを防いだ君の働きに対する評価だ。持って行ってくれたまえ」


 ダニエルが指図し、脇に立っていた兵士が革袋を持って俺の前へと出た。

 差し出された革袋を手にする。拳ほどの大きさのそれには僅かに開くと金貨が覗いた。あまりにも大きい額だ。

 普通、傭兵にさらっと払うような額面ではない。


「これは……」


 多すぎるのではないか?

 そう尋ねようとして、しかし遮られる。


「いいや。正当な評価だよ。しかし、それには前払い分も含まれている。君はその骸の兵士を造り出せるんだろう?ならば、ちょっとした頼み事をしようと思っている」


 思わず笑みそうになってしまうのをこらえた。

 予想通りの展開だ。

 やはりこいつは欲しくなったんだろう。

 普通の人間では持ち得ない力を。

 スケルトンという怪しい魅力を持った魔物を。

 ナーからスケルトンについて聞き、その有用性について考えた。


 人のように動き、人でない魔物。

 それで何が出来るか。


 人の手が必要で、人では困難なこと。

 それは何か。


 ダニエルが頷くと、先ほど金貨を渡してきた兵士が部屋を出て行った。


「頼み事とは?」

「まあ、そう焦らないでもらいたい。そういえば食事は?必要なのは君だけで良いのだろう?ナー、お前はもう良い。お前にはお前の役目があるはずだ」

「しかし」

「ナー、二度言わせるな。行け」


 ナーはその言葉にしぶしぶながらも頷き、一礼して部屋を出て行った。


「まったく。頭の硬いことで困る。君もそうは思わないか?」

「有能だと見受けましたが」

「有能ね」


 ダニエルは一度、鼻を鳴らした。


「有能にも色々ある。まあ、そういうことさ」


 その言葉を最後に会話を切り上げ、ダニエルは部屋を出て行った。

 代わりに入ってきたのは壮齢の従者だ。

 さすがに貴族が使う屋敷だけあって、鎧を着たまま食事という訳にはいかない。


 鎧を脱ぎ、一度湯浴みをしては?と提案された。


 体を拭くくらいはしていたが、今日も動き回っていた。

 言外に臭うと言われているのだろう。

 骸装を脱げば、一時的に魔力の総量が下がるのだが、今は自分の魔力に余力があるのを感じている。

 逆に、骸装を脱ぐことで、どれくらいの落差が生じるのかを確認しておくのも悪くない。

 そう考えて、脱いでいても問題はないと判断した。

 せっかくここまでこぎつけたのだ。

 鎧を脱ぐ脱がないなんて瑣末な問題で揉める必要はまったくない。

 魔力の補充はここに来る前に済ませてある。

 エキオンの分にしても、創造魔法などを使うでもしない限り、不足が生じるはずがない。

 鎧を脱ぎ、預け、エキオンと一時的に別れ、湯浴みをした。

 その間にもつい色々と考えてしまう。

 鎧も武器もない今なら、俺を殺すにはやりやすい。

 だがまさかここで殺されたりはしないはずだろう。

 ただの1騎のみで出て行った馬のことを思う。

 誰に何を知らせるにせよ、何を調べるためにせよ、ここで俺を殺すのは早過ぎる。

 誰かに何かを知らせるためなら、知らせた相手の反応を確認してから行動するはずだし、俺に関する調査ならば、その調査結果が出てから行動するはずだ。

 そのためにも今は、適当にはぐらかしつつ、関係を変に悪くせずに、俺を引き止めておくはず。

 湯につかり、自らの体をさすって確かめる。

 鎧を脱いでも、疲労感や倦怠感はない。

 骸装を脱ぐと、そうしたダルさを覚えたものだ。魔力の総量が一時的に下がることによる、貧血のような感覚は、エキオンを造る前、この手に依り代たる刻印を宿す前にはあった。

 それが今は起こらないというのは、やはり魔力の総量が上がっていると考えるべきだろう。


 湯浴みを終えると、従者の手によって髭を剃られ、髪の手入れをされた。

 自分自身、なんとかしたいと思っていたので、されるがままに受け入れる。

 仕上がりは正直、俺の好みとは違っていたが、スッキリしたのは確かなので文句は言うまい。

 そのまま従者によって差し出された服を着る。

 流れの傭兵には不釣り合いな、上等な礼服だった。


 食事をするにも正装か。


 あまりにも馬鹿らしい。だが、これが貴族というものなのだろう。

 鎧は俺の目につく所にはない。

 あの鎧にも何かあるんじゃないかと疑い、調べているのかもしれない。こんなところに魔力経路レイラインの仕組みに詳しい研究職がいるはずがないので、見て触って、その程度しか出来ないだろうから、気にすることもない。

 湯浴みの間からずっと鍵束を首に下げたままだったことに、従者が難色を示したが、これだけは本当に外す訳にはいかない。

 細かな説明はせずに、ただこれは良いとだけ言って押し通した。

 服を着替え、身なりを整えると、相手の指示に従えとだけ言っておいたエキオンとようやく合流した。

 おそらく、どこかの部屋にでも待機させられていたのだろう。

 すっきりとした俺の顔を見て、驚いたとでも言いたかったのか、エキオンは僅かに頭を仰け反らせるような仕草を、俺だけが分かるようにして見せた。

 別に顔形が変わった訳ではない。

 見るなと指示する代わりに軽く手を振る。

 また余計な疑いを持たれるのは面倒だ。

 幸いなことに従者はそんな俺とエキオンのやりとりには気づかなかったようだ。

 ダニエルから何か言われていたのか、エキオンは鎧を着たままだった。

 その骨身を完全に隠せるような服の用意なんて簡単には出来まい。

 従者もそれを気にする様子はなく、そのままエキオンと共に食堂へと通された。

 長く、豪奢な卓につけば、朝だというのに酒が出る。

 弱くはないので、差し出されるままに受け入れた。

 やがて食事が振る舞われるだろう。


「やあ。見違えたね」

「恐縮です。今までお見苦しい姿をお見せしてしまって、申し訳ございません」

「いやいや、気にすることはない。戦いに身を置くとはそういうものだろう。何も無礼などは無かった」


 本当に、気味が悪いほどの態度の変わり様だ。

 さすがに思うだけで口にはしなかった。


「ところで変わった鎧だね。何か由来が?」


 ずっと気になっていたとばかりにダニエルが尋ねてきた。

 その視線の先には未だ鎧を着たまま傍らに立っているエキオン。

 俺が着ている鎧と同じ骸骨の意匠。

 この男も別に単純な馬鹿ではないだろう。

 いくつかの連想があって然るべきだ。


「昔ですが、魔法を教わった師からもらったものです」

「ほう。それは凄い」


 エキオンの鎧はエキオン自身が造ったものだったが、それを教えるつもりはない。なので、俺自身の鎧と揃いで貰い物ということにした。


「では君の魔法にも何か効果が?」

「いえ、特にはないのですが。ついゲンを担いでしまう性質でして」


 そう返されれば、この男には追求のしようがない。

 政治に明るくて、更に魔法にも明るいなどとなれば、代官なんてすっ飛ばして、もっと中枢の別の道に進んでいるに決まっている。

 俺の想像した通りなのか、ダニエルが聞いてきたのは主に大戦でのことだった。

 俺はそれを適当に受け流しつつ、差し障りの無い内容で、話し映えするような出来事だけを選んで話した。


「君のその魔法は教えてはもらえないのかな?」

「何度か戦場で請われ、そうしようとしたことがございました」


 当然の思考だろう。有用な魔法ならば、使い手は多ければ多いほど良い。

 結果は一度としてうまくいかなかった。

 魔法式が理解できない者が多く、理解できないままに使用しても魔法は一度として成功しなかったのだ。

 正直、このやりとりは疲れる。

 優秀だとされている魔法兵に教え、優秀なはずの兵士が発動できない。これを実際に見ないと多くの権力者は教えても出来ないということを信じない。

 そして別のことを疑い出す。

 嘘を教えているのだと。

 思い返せば、最初はババアですら、俺がこの魔法を使えるとは思っていなかったのだ。この魔法を使うのに何がしかの条件が必要であるということは、俺も分かっている。

 その条件がなんなのかは知らないので、説明することはできない。

 このことで妙な不信を持たれたくはなかった。

 だがそんな俺の内心を察した訳ではないだろうに、ダニエルはあっさりと引き下がった。


「そうか。才能が必要なのだろう。そういう魔法の存在を聞いたことがある。一番有名なのは、ミレニアム1世だけが使えたというドラゴン殺しだね。そんな才能のある者に出会えるとは。きっと私がこの村に赴任してきたのは運命だったに違いない」


 上機嫌そうに赤い血のようなアルコールを飲み干す。

 少し意外だった。

 欲しいのは魔法ではないということだろうか?

 俺はダニエルの言葉を曖昧に笑い、やり過ごした。

 食事を終えると、応接室に通され、そこでも話は続く。ダニエル自身の話というのも少しは聞けた。

 かなり力のある貴族の嫡男であり、村から中央に戻ればそこには貴族たちによる議会、貴族院による政治が待っている。

 そこで、ダニエルにはやりたいことがあるようだった。


「この国は大森林があるからアキュートとは争わないで済んでいるが、東のブレーヴェとは争ってばかりだ。今は小康状態を保っているが、それも少しの間だけだろう。私はそれを真の意味で解決したいと考えている」


 ブレーヴェはあまり豊かな国ではないと聞いている。

 しかし、傭兵にとっての働き口はそれなりに多いとは聞いていた。

 その相手がウムラウトということなのだろう。


「何か解決策をお持ちなのですか?」


 ダニエルからは自信が見えた。

 自分にならばそれを成し得ると。

 そう思うからには、根拠足り得る計画があるはずだ。

 俺の言葉に、自信に満ちた笑いを返した。


「君も私の力になってくれると約束すれば、それはいずれ話そう。今はまだお互いを知る時だ。焦ることはない……そろそろ、準備が出来たか。来たまえ。余興の時間としよう」


 通されたのは、何ひとつ家具が置かれていない部屋だった。

 よく見れば、かすかに机を引きずったような跡が床に見える。

 窓はない。

 屋敷の外からは、中をうかがい知ることが出来ない一室。

 そこにはダニエルの私兵5人がいた。

 そして、追い出されたはずのナーの姿もそこにある。

 俺と目が合うと、僅かに礼をした。

 その顔には何の表情も浮かんでいないように見える。

 多少は気分が落ち着いたのだろう。

 額に浮かんでいた皺が今はない。


 部屋の中央には白い塊。

 俺はそれを見て、眉をひそめた。

 本当は笑い出したいところだったが、今、それをする訳にはいかない。


 骸骨。

 どこから調達してきたのか、それがそこにあった。

 やはり見たくなったのだろう。

 相手をペテン師だと疑ったまま、ペテンか、真実か、判断しないで話をし続けたくないと思うのは、政治に携わる人間なら当然の感覚だ。


「さて、早速だけど、君の力が見たい。疑うわけじゃないが、この目でやはり見てみないとね」

「これは?」

「心配しなくても良い。別に法を犯すようなことはしていない。権力を笠に、殺して持ってきたわけじゃないさ」


 屈みこんで簡単に骸骨の状態を見る。

 よく洗ってあるようだが、わずかに湿り気のある土が付着している。

 胸の辺りの骨に傷があった。

 おそらくは刺されたのだろう。

 魔物によるものか、それとも人によるものか。

 さすがにいつ頃刺されたのかなんてことまでは分からない。

 ただそれが、今、この場のためだけに作られた傷でないことを祈るばかりだ。

 祈る?

 誰にだろうか?

 祈る宛など無い。

 聖痕教会とは無縁に生きてきたのだから。

 埒もない考えをしていることを隠しながら立ち上がる。


「本当によろしいのでしょうか?」

「無論だとも。まさか酔っている訳ではあるまい?」


 勧められるままに酒を飲んだ。

 魔法に影響が出るほど飲まされてはいない。

 馬鹿にされている訳ではなかった。

 ただ、ひどく上機嫌そうではあった。


「分かりました。離れてください」


 その言葉に部屋の中にいた全員が部屋の隅へと身を寄せる。

 骸装は未だ脱いだまま。

 しかし、既に使用済みの鍵束と、未使用の鍵束、いずれの鍵束も持っている。

 俺は未使用のほうの束から鍵をとった。


 そして魔法式を展開する。


「応えよ」


 不意にババアの顔が思い浮かんだ。

 それはババアの教えだ。

 他人に預けるのは多くても半分まで。

 嫌い、憎みながらもこうして従わざるを得ない時には自己嫌悪が襲ってくる。

 仕方ない。

 握った鍵に黒いもやが集まる。

 それは人差し指と親指で挟み持った鍵に、そして握りこむように隠し持った小さなもうひとつの鍵に。


「力を求めよ」


 この骨が生前なんであったのか、どれくらいの力と肉体の記憶を持っているのかは定かではないが、このままこの代官の力とするのは危険だ。

 例えばこのスケルトンでどこぞの領主殺しでもされて、それを俺になすりつけられてはたまらない。

 そのための保険としてふたつの鍵に偽りの魂を分ける。


「我に従え」


 骨が立ち上がるかのように浮き上がる。

 もう少しで魔法は完成する。

 今回は余計なアレンジは何もしてない。

 それは幼いころに教わったままの、ただの死体を動かす単純な魔法だ。

 これではきちんとした面倒な指示をしないと動かせない。

 誰それを殺しに行け、なんて指示しても、全く動くことができないように。

 変に融通が効きすぎるスケルトンは、素人の玩具には過ぎた代物だろう。


「開け」


 その言葉に骸骨が立ち上がり、そしてゆるやかに顎を揺らした。


「出来ました」


 掲げていた方の鍵を近くにいた兵士に渡した。

 もうひとつの鍵はそれとなく懐にしまう。


「その鍵があれば、私の言うことに絶対に従うのだな」

「ええ。ただし、指示にはコツが必要です。何もかもを察して思いのままに動くわけじゃありません」


 俺の言葉に、それまで造りたてのスケルトンを見ていたナーが目を向けてきた。

 じゃあ、その茜色のスケルトンは何なのだ?

 いかにもそう言いたげだ。

 それをあえて無視する。

 鍵が兵士からダニエルへと渡る。

 ダニエルはそれを手にして、簡単な指示をいくつか出した。


「跳べ。……おお、確かに跳ねた。良し、座れ。……これは面白いな。まるで良く躾けられた犬のようではないか」

「実際にどれだけ戦えるかは、そのスケルトンの生前の肉体の記憶次第です。それと魔力には注意してください。その依り代を使って魔力の補充を行わなくてはやがて倒れ、動けなくなります」

「分かっている。しかし、君のそれとは色が違うのだな?」

「ナーにも話しましたが、これは特別製ですので。今は所在の知れない師がいなければ再びは造れないでしょう」


 嘘が増える一方だ。

 だが、何が嘘で、何が真実か、それをこの国の人間が調べる術はない。

 何しろ、スケルトンについては俺自身ですら知りたいことがたくさんあるのだから。


「さて、ご苦労だったな。私はこれから少しやらなければならないことがある。またすぐに呼び出すことになるだろうが、構わないね?」


 従者の名前を呼び、俺を見送るように言いつけた。

 ひとまず望んだ結果が出たと満足したのだろう。

 ダニエルは俺に満面の笑みを浮かべて退室を促す。


「ありがとうございます。では、失礼いたします」


 従者と共に部屋を出る。

 いくらも歩かない内に、先程のスケルトンを造り出した部屋の扉が開いた。

 振り向き見れば、出てきたのはナーだった。

 従者に話しかけ、少しだけ俺と話をしたいと願う。

 従者は快諾して、離れていった。

 そのまま通路で話す。

 すぐに出てくるかと思ったダニエルたちは出てこない。

 あのスケルトンで遊んでいるのだろう。


「どうした?」

「いや……良かったのか?素直に渡してしまって」


 スケルトンを渡したこと。

 もしかすると、ナーは俺が素直に力を使い、それを渡すとは思っていなかったのかもしれない。

 渡しても構わなかったのには理由がある。

 そう言う代わりにひとつの鍵を渡した。


「ナー」

「これは?」

「さてな。だがまあ、何かあったら役に立つだろう」

「……ふたつ造ったということか?」


 ナーは一層密やかな声で尋ねた。

 俺はその言葉を肯定も否定もしない。

 ナーの目が細められた。

 依り代については散々説明してある。

 これが何なのか、分からないはずがない。


「どういうことだ?」

「さてね。ナーは謎掛けは嫌いか?」

「あまり好きではない」

「そうか。だが俺は嫌いではない。まあ、考えてみるんだな」


 結局、ナーは鍵を自らの懐にしまう。


「どうして私に渡す?」

「だから考えてみるんだな。思惑があるのかもしれないし、単にあの代官に対するあてつけかもしれない」


 依り代があれば、あのスケルトンを操れる。

 それこそ武器を握り、あの代官を刺せとすら命じられるのだ。

 常に私兵を侍らせているあの代官を殺せるかどうかは判断が別れるところだが、新しい玩具に夢中になっている貴族様を相手にする分には決して不可能ではなさそうに思える。

 まあ、そんなことが起これば、真っ先に疑われるのはこの俺だ。

 そうなっては困るが、この女はそれを決してしないだろう。

 それに、この鍵は保険なのだ。

 これがあれば責任の所在を分散できる。

 何かあり、俺が疑われることになった時に、鍵が複数あれば、そちらの鍵が使われたのだと言い逃れられる。

 その保険は俺自身よりは、他の誰かが持っていた方が良い。


「少なくとも、贈り物をしたいと思う程度にはナーのことを信頼しているってことだ。何か不穏な感じがしたら使えば良い」


 ナーが俺の言葉をどう受け取ったのかは分からない。

 しかし、俺の目をじっと見て、それから頷いた。

 これで種まきは大体終わっただろう。

 後はこれがどう芽吹き、そして収穫へと繋がるかだ。

 スケルトンを人に認めさせる方法、一番手っ取り早いのは権力者に取り入ることだ。権力者が認めれば、他の人間も認めざるを得ない。

 今頃、ダニエルは意のままに操れる人形を得て、有頂天になっているはずだ。

 そして考えるだろう。

 人形の有効活用の仕方を。

 そして人形をいくらでも作り出せる職人をどう身近に置いておくかを。

 これから始まる人形劇には強大な魔物が登場する。

 人々を襲う悪いドラゴン。

 演目は既に決まっている。

 後は、自分がどの立場で参加するのかを選ばなくてはならない。

 選べる内に、だ。


 一番良いのは観客だろう。

 舞台の上で起こる喜怒哀楽をただ見ていれば良いのだから。

 それができるのなら。

 何しろ奴は観客席にも無遠慮に入り込み、舞台に上がることを強要する。

 既に舞台に上げられるのは避けられない。

 ならば舞台上での俺の役割はなんだろうか?


 人々を守る英雄か。

 それとも、亡国へと追い込む邪悪の象徴か。


 目の前の女指揮官を改めて見た。


 出来ればあとひとり、舞台へと上げられたなら。

 その方法はなんだろうか?

 金色の髪の女が俺を見た。


「なんだ?」

「いや、ただ綺麗な髪だなと思っただけだ」


 その言葉にナーの額に皺が寄った。

 どうやらお気に召さなかったらしい。

 話は終わったとばかりにすぐに振り向き、距離を置いた従者を呼びに行く。

 ナーがこちらを見ていないことを確認して、エキオンが俺の方へと頭を向けた。

 言葉は無くとも、何が言いたいのかは分かる。


 ふられたな。


 余計なお世話だ。

 そう言い返す代わりに、俺は追い払うように手を振った。


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