動き出した歯車(4)
「ふー、終わったー!」
執務室に戻ると、アルディーンはまず大きく背伸びをした。その後、ぼふっという音をたてながら、ふかふかのソファーに勢い良く座った。
「何年この日を待ち侘びてたことか! ああほんとスッキリした!! 気持ちいい! 清々しい!」
「お疲れ様でした。ご立派でしたよ?」
ユリウスは笑顔で言い、侍女たちが用意していた紅茶を出した。
「やっぱりやっぱり? 自分でも思ってたんだよねーっ」
「……お前は毎日楽しいだろうな。」
呆れたように言い、グレンはアルディーンの向かいに座った。大仕事を終えてきたと言うのに、いつもと変わらぬ様子のアルディーンを見て、大したものだと思いつつも、それは表に出さなかった。なんだか悔しかったので。
「え? 今そんな話だっけ?」
「……いや、何でもない。」
きょとんとしているアルディーンだが、グレンは気にせず話題を変えた。
「……これから、どうするんだ。」
「ん? どうって?」
「残った役人は半分くらいだろう。」
「あぁ、そのことね。」
アルディーンは紅茶を一口飲んだ。
「近いうちに役人の採用試験をするつもり。大臣の後任は、アリウスと相談して決めようかなって思ってるよ。」
「そうか。……なら、安心だな。」
「へへ。あ、ちなみに試験監督はユリウスに任せるつもりだから、よろしくね、ユリウス。」
「ええ、お任せください。」
ユリウスは、にっこり笑った。
「……恐ろしい試験になりそうだな。」
「殿下? なにかおっしゃいましたか?」
「いや。」
ユリウスが試験監督をするなら不正もなく、安心して新しい役人を選出できるだろう。ただ、ユリウスが鬼のような対応をするのは目に見えているので、受験者たちが気の毒に思えた。
「ユリウスが試験監督なら安心でしょう?」
「そうだな。」
「僕きっと、良い治世にしてみせるよ。アレン様や父さんがやろうとしてたことを、僕なりのやり方でやる。兄さんや皆が居てくれれば、怖いものなしだしね!」
グレンは微笑むと、しっかりと頷いた。
「俺に出来ることなら、協力する。」
「うん、ありがとう。」
アルディーンと共に、より良い国にしていけたらいい。グレンはそう思ったが、少しだけ、気になることもあって。
「……ところで、アルメリア様のことだが。」
全てが解決したとは、言い切れない気がしていた。
「うん…、アルメリア様自身がなにかを企ててたっていう証拠は見つからなかったんだよねぇ。そんな状態で、謹慎以上のことを申し渡すわけにもいかなかったし。とりあえず、ランス=アスカードが居なくなれば、この国にアルメリア様と通じている人は居なくなるから、なにもできないかなぁとは思うけど……油断はできないよね。」
「あぁ。」
「とりあえず、レオン達にこのままアルメリア様の動きを見張るよう言っておくよ。」
「そうだな。頼んだ。」
「うん、任せて。」
出来る限りのことをしていこう。
グレンはそう心に決めた。
* * *
「グレン様、お帰りなさいませ!」
アルディーンの部屋から戻って来たグレンは、アイリスを見て顔を綻ばせた。そしてそのまま、彼女を抱きしめる。
「……ただいま、アイリス。」
「ふふ。……はい、お帰りなさいませグレン様。」
アイリスが、ぎゅっと抱きしめ返してくれる。それがこんなにも、嬉しい。グレンは幸せそうな顔をしたまま、しばらくアイリスの温もりを感じていた。
「…………殿下、アイリス様、いい加減にして下さい。」
すると、冷たい目でカーネラが言った。呆れているのを、隠すつもりはないらしい。
「……なにがだ。」
アイリスを離すそぶりなど見せず、グレンはカーネラのほうを向いた。
「仲が良いのはよろしいですが、人目も気にして下さいませ。」
「……? どういうことだ?」
「どういうことだじゃありません。そのままの意味です! 周りの目を気にして下さい!」
「あ、ごめんねカーネラ。……グレン様、奥の部屋に行きましょう。ね?」
あまり納得はいかなかったが、アイリスの頼みだ。グレンは頷き、アイリスと歩き出した。
「俺はお前が愛しいと思ったから抱きしめただけなんだが……それのなにが問題なんだ? 咎められるようなことか? 夫婦なのに?」
奥の部屋に入り、アイリスが紅茶を用意していると、ソファーに座ったグレンが言った。まだ納得していないらしい。
「まあまあ、落ち着いて下さいませ。問題と言いますか、その……侍女たちが、仕事どころではなくなってしまうんですって。」
テーブルにティーカップを置き、アイリスが笑いながら言った。
「……は?」
「グレン様が素敵すぎて皆手がとまってしまうので、カーネラが困ってるそうです。」
「……俺に非があるとは思えない。」
「ふふ、それもそうですね。……でも、かっこよすぎるのもまた罪と言うか何と言うか。」
アイリスはそう言って笑った。
「…………まぁいい。」
もう少し人目を気にすれば、カーネラに小言を言われずに済むと分かったので、とりあえず納得したグレンは、紅茶を一口飲んだ後アイリスの髪を梳いた。
「アイリス。……言いたいことがあるのだろう。」
「……グレン様。」
アイリスの目が揺れた。いつまでも、他愛のない話をしている時ではない。グレンは彼女を抱き寄せた。
「……あの、」
グレンの膝の上に乗せられたアイリスは、彼を見上げた。
「……アルメリア様のこと、聞きました。」
「……あぁ。」
ランス=アスカードとその一派の処分は、すぐさま城中の者の知るところとなった。当然、アルメリアのことも含め、アイリスの耳にも入っているだろうと思っていたのだ。
「アルメリア様、本当に何か企んでらしたんですか? それに、アルメリア様の処分のせいで、プラタナス様がフィジーライルに居づらくなったりしませんか?」
アイリスはグレンの胸元に顔を埋めた。
「……それが、心配で。」
グレンはぎゅっと、アイリスを抱きしめた。
「アルメリア様自身がなにかを企てていた証拠はなかった。……だが、ランス=アスカードたちと手を組んでいたのは事実だ。」
グレンは数回、アイリスの髪を梳いた。
「謹慎と言っても、アルメリア様が過ごす西の宮から出ないよう言っているだけで、これまで通りの生活は出来るよう配慮している。……プラタナスのことも、心配いらない。」
「……はい。」
アイリスは小さく頷いた。
「とは言っても、優しいお前のことだ。……気になるのだろうな。」
「あ…、えっと……」
「……済まない。」
掠れた声に、胸が締め付けられる。
「どうすることも出来ず……辛い思いをさせて、済まない。」
「い、いえ……」
アルメリアと大臣たちは、クーデターに近いことを企んでいたのだ。きっと、同じくらいグレンも辛いはず。
そのことを思い、アイリスは済まないと繰り返すグレンを強く抱きしめ返した。




