歓迎パーティー(1)
国王の挨拶、アルメリアとプラタナスの紹介が終わり、パーティーが始まった。
少し高い位置に設けられた王族の為の席。そこから、アイリスは広間でダンスを踊るアルディーンとルナリアを見ていた。ラカント王国では、1曲目は必ず国王と王妃が踊ることになっている。グレンは彼女の隣で、そんなことには興味も示さず、黙々と夕食をとっていた。
「グレン様。」
「嫌だ。」
「えええ、私まだなにも言っていませんよ?」
グレンは、不服そうに言ったアイリスのほうに視線をやった。
「……どうせ踊りたいと言うんだろう。」
「はい、その通りです! 以心伝心ですね!」
「……そうだな。だから嫌だと言った。」
「どうしてですか? 私と踊るのがそんなにお嫌ですか?」
「そ……、そういうことじゃなくてだな。」
アイリスが泣きだしそうな目で言うので、グレンはどうしたものかとため息をついた。アイリスを、悲しませたいわけなどない。それは断じてないのだが。
「あら。お義兄様、踊られませんの?」
いつの間に戻ったのだろうか、ダンスを終えて席に戻ってきたルナリアが言った。きょとんと首を傾げて言う姿は、愛らしい。
「そうなの! グレン様、踊りたくないっておっしゃって。」
アイリスの返事に、ルナリアの隣に座るアルディーンが目を丸くした。
「兄さん、踊らないの?!」
グレンはため息をついて、水を飲んだ。
「別に必ず踊らなくてはならないと決まっていないだろう。……俺は踊りたくないんだ。」
「もー、そんな我が儘言ってー。」
「…………。」
グレンはアルディーンを睨みつけた。
「ダンスくらい踊ってやればよかろう。」
席を立ったアルメリアが言った。
「まぁ、剣の稽古は3歳から始めたくせに、ダンスは妾が国へ帰る時ですら嫌がっておったからな。……そなた、踊れぬのじゃろう?」
その瞬間、グレンの周りの温度が下がった気がした。
「妾は踊ってくるゆえ。……ふふ。八つ当たりなどするでないぞ?」
妖艶な笑みを浮かべ、アルメリアは広間へ歩いて行った。相変わらず、アルメリアは美しい。
さて。グレンにどう声をかけようか。アイリスが思い巡らせていた時だった。
「兄さん、踊らないんじゃなくて、踊れないの?」
なんの遠慮もなく、アルディーンが言った。周りの緊張感などものともしないその姿は、ある意味頼もしい。
一方、グレンはというとアルディーンの指摘は図星だったようで、口元を手の甲でおさえ、アルディーンを睨んでいた。
「う、うるさい。」
心なしか、顔が赤い。
「兄さんって何でもできるイメージなのに! 意外すぎる! 可愛い!!」
「か、可愛くなど…!」
「可愛いよね? びっくりだよね?」
「ふふ。そうですわね。」
ルナリアと顔を見合わせ、アルディーンは笑った。
「あの、グレン様……。踊りたくないのでしたら、私、無理は言いません。我が儘を言って申し訳ありませんでした。」
アイリスに言われ、グレンは固まった。本当は踊りたいのに、自分のせいで無理をさせているのだと分かり、いたたまれなくなった。
「あ、いや………わ、ワルツなら、踊れなくも、ない……」
だんだん語尾が小さくなっていき、それがまたツボだったようで、アルディーンは騒ぎだした。
「兄さん可愛い!!」
「な…っ、お、お前はもう少し国王らしくおとなしくしていろ!」
「えー? もう挨拶も終わったし、今日は身内の歓迎パーティーだから外交のこと考えなくてもいいし、ちょっとぐらい楽しんだっていいでしょ?」
「その態度のどこがちょっと(・・・・)だ…!」
これ以上言っても無駄だと判断したのか、グレンはため息をついて口を閉ざした。
「あ、プラタナス様も遠慮せず踊りに行って下さいね。」
アルディーンに言われ、プラタナスは一瞬驚いたようだったが、笑顔で「はい」と答えた。
「この曲が終わったらワルツをリクエストしておくから、兄さんも遠慮なく行ってきてね。」
嬉しそうに言うと、それで満足したのか、アルディーンはルナリアと話しながら、食事をし始めた。
「あの……、グレン様。踊りたくないのでしたら、私、本当に我が儘は……」
「いや。」
グレンは首を振り、アイリスを見た。
「大丈夫。お前の為なら、踊れる。」
グレンは深い意味もなく言ったのだろうが、アイリスはかぁっと顔を赤くした。
「……アイリス? 俺が今、なにかおかしなことを言ったか?」
「い、いえ! 違います! そうじゃ、なくて……」
グレンに顔をのぞきこまれ、アイリスはさらに顔が赤くなった。
「……嬉しいんです。グレン様と踊るの、ずっと楽しみにしていましたから。」
顔を上げたアイリスと目が合うと、グレンは顔を綻ばせた。
「……そうか、よかった。」
グレンと踊れる、と思うと、アイリスも自然と笑顔になった。
「次の曲までまだ時間もありますし、ご飯食べてしまいましょうか。」
「……そうだな。」
アイリスの言葉に頷き、彼女がスープを飲んだのを見て、グレンも食事に手をつけた。たまにはこういうパーティーも、悪くはないと思いながら。
「あ! アルメリア様だ!」
食事をとりながらも、キラキラした目で広間の様子を見ていたアイリスはアルメリアを見つけて、更に目を輝かせた。
「アルメリア様、本当に綺麗ですねぇ。」
「ん……あぁ、そうだな。」
「再婚のお話とか、なかったのでしょうか。あんなにお綺麗なのに。」
「……詳しくは知らんが、話くらいはあったんじゃないか。」
「だとしたら、お断りになったってことですよね。アルメリア様は、グレン様のお父上を愛しておられたんですね。」
「…………。」
そうなんだろうか。グレンはアイリスの兄から聞いた、アルメリアがアイリスの父を好いていたという話を思い出し、複雑な気持ちになった。
「……グレン様?」
「あ……、いや、なんでもない。」
グレンは首を振って、続けた。
「気になるなら、後で聞いてみるといい。」
「そうですね! 私、他にも聞きたいことがたくさんあるので、また時間のあるときに会いに行ってみます。」
「他に、聞きたいことがあるのか?」
「はい! どうやったらアルメリア様みたいな女性になれるのか、是非お聞きしたくて。」
「……それを聞いてどうするんだ?」
アイリスの言葉に、グレンは首を傾げた。
「グレン様に相応しい妻になるには、やっぱりもっと大人にならないと、と思ったんです。」
「そんなこと……」
グレンは笑った。
「ど、どうして笑うんですか! 私、真剣なんですよ?」
「あぁ、すまない。」
そう言いながら、グレンはアイリスの頭を撫でた。
「前にも言わなかったか? お前は、そのままでいいと。……そのままで十分だ。むしろ俺には勿体ない。」
「そ、そんな…!」
「お前の夫は俺だ。お前が俺に相応しいかどうかは、俺が決める。」
不安げに見つめてきたアイリスに、グレンは優しい笑みを見せた。
「他の誰が何と言おうと、俺の妻はお前だけだ。……心配するな。」
アイリスは、グレンの言葉に胸が温かくなるのを感じた。
「……はい。」
アイリスははにかんだ。自分がグレンに向けるのと同じ想いがグレンから返ってくることはなくとも、少しずつ打ち解けられていることが感じられて、それが素直に嬉しかった。




