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帰路(4)

「で、デジャビュ……」


 朝、目を覚ますとすぐ目の前に穏やかな表情で眠るグレンがいて。

 雨の日に、こんなことがあったなぁと、アイリスは思った。その時は、雨の日だけ一緒に寝たいと言ったグレンが、こうして晴れた日も一緒に寝てくれる。少しずつではあるが、グレンと仲良くなれている気がして、嬉しかった。

 ただ、昨晩の記憶が曖昧だ。レオンが来て、外国の話を沢山聞いて……そこまでしか記憶がない。


「私、お話の途中で寝ちゃったのかな……。レオンさんに悪いことしちゃった。」


 アイリスは、目を伏せてため息をついた。レオンは、もうここにはいないのだろうか。もしいるのなら、謝らなければ。話を聞かせてもらって、とても楽しかったのだ。それなのに途中で寝てしまっていたのだとしたら、失礼極まりない。


「心配するな。話は最後まで聞いていたから。」


「――っ、グレン様?!」


 まだ寝ていると思っていたのに、グレンは優しい表情で、アイリスを見ていた。


「おはよう、アイリス。」


「おっ、おはよう、ございます……」


 いつから起きていたのだろうかと思いながら、アイリスは視線を泳がせていた。


「デジャビュとは、一度も経験していないのに、どこかで経験したことがあるように感じることだろう? だったら少し違うな。」


「あ……やっぱり最初から起きてらしたんですね……」


 アイリスの目はあさっての方向を向いており、グレンはそれがなんだかおかしくて笑った。


「どうして笑うんですか…!」


「お前が、予想通りの反応をするから。」


「……っ」


 恥ずかしくなって、アイリスは布団で顔を隠した。グレンはしばらく、それを不思議そうに見ていた。


「……どうした? もっと寝たいのか?」


「違います! 恥ずかしいんです察してください!」


 思わずガバッと布団をめくり、顔を出したアイリスだったが、グレンと目が合うとみるみる顔を赤くして、再び布団で顔を隠した。こんなこと言わせるなんて、やっぱりグレン様はグレン様だ! などと訳のわからないことを思いながら、アイリスは布団をきつく握りしめていた。


「アイリス。」


 グレンの、柔らかい声が降ってくる。


「…………。」


 しかし、アイリスは返事をしなかった。子供っぽいことをしてしまったという反省の念が湧いてきて、どんな顔をすれば良いかわからなくなっていたのだ。


「……アイリス。」


 言いながら、グレンはアイリスの手に触れた。


「っ、は、はいっ」


 反射的に、アイリスは布団をきつく握りしめていた手をパッと開き、返事をしていた。その隙に、グレンは布団をめくった。


「あ、あの、えっと……」


 グレンの方を向いて、アイリスはもごとごと言葉にならない言葉を発している。グレンは、小さく笑った。その笑顔に見惚れてアイリスが一時停止していると、グレンの手がのびてきて、彼女の頬に触れた。


「グレン様…?」


 なにが起こったのだろうかと、アイリスは少し惚けたまま、グレンの名を呼んだ。


「少しだけ、寝坊に付き合ってくれないか。」


「……え? 寝坊、ですか?」


 返ってきたのは、予想もしていなかった言葉で。


「あぁ。」


 アイリスが返事をする前に、グレンは目を閉じ、彼女を抱き寄せていた。


「もう少し、こうしていたい。」


 少しだけ、かすれた声。

 大きな手の暖かさ。

 規則正しい心臓の音。


「グレン様……」


 グレンは、アイリスを抱く腕に、少しだけ力を加えた。温かくて、心地良い。とても、穏やかな気持ちになれた。このまま、気持ち良く眠れると思った矢先。


「熱! 熱でもあるんですか?! それともなにか変なものを食べたりなさいました?!」


「……は?」


 アイリスの、想像の斜め上をいく言葉が返ってきた。


「だ、だって、グレン様が私に甘えるなんて…! 夢じゃないですよね? やだ、嬉しすぎて私おかしくなっちゃいそう!」


 グレンはため息をついた。おそらく、今はなにを言っても聞いてはくれないだろう、と思いながら。一方のアイリスはグレンが心配でたまらなくなり、彼のの額に手をあてた。

 抱き寄せていたのに、アイリスがその腕からするりと抜けていったので、グレンは少し不機嫌そうだった。だが、アイリスはそれどころではない。じっとして、グレンの体温を感じる。


「ん……熱は、ないですね。」


 特別熱いわけではなかったようで、アイリスは首を傾げた。


「あぁ、ない。」


「じゃあ、なに変なものを?」


「いいや。……お前と同じものしか食べていないと思うが。」


「……おかしいですね。」


 うーん、と唸るアイリスを、グレンは再び抱き寄せた。


「なにもないぞ。本当に、ただこうしていたいだけなんだ。……嬉しいのならいいだろう、しばらく付き合え。」


 命令口調なのに、その声は掠れていて、弱々しかった。それを聞いて、アイリスは胸がぎゅっと締め付けられるような感覚がした。


「グレン様……」


 グレンの首に、そっと、腕を巻く。


「グレン様。……どうなさったんですか。」


「……どうもしていない。」


「……でもやっぱり、いつもと違いますよ、グレン様。」


「…………眠い。」


「……え?」


 驚いて、グレンの顔を見つめた。至近距離で、視線が絡む。


「……帰ったら落ち着いて寝られそうにないから、今のうちに寝ておきたい。」


 帰ったら、確かに忙しくなるのだろう。無理だけは、してほしくない。


「……お前が側にいてくれたら、よく、眠れるから。」


 そう言って、グレンは目を閉じた。


 しばらく固まっていたアイリスだったが、顔を綻ばせると、グレンの胸元に顔をうずめた。


「雨の日ではないのに、良いのですか?」


「……今さらだろう。」


 グレンの返事を聞いて、アイリスはふふ、と笑った。


「じゃあ、少しだけですよ。朝ご飯を食べたら、次の街へ出発しなくちゃいけないんですから。」


「……あぁ。」


「……ちゃんと、側にいます。それで、グレン様のお役に立てるなら。」


「……あぁ、いてくれ。……俺の、側に。」


 グレンの腕に、力が込められた。


「はい、グレン様。」


 結局その後、和やかな雰囲気とグレンの温かさにに包まれ、アイリスのほうが、先に寝てしまったとか。

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