舞踏会兼晩餐会(4)
「グレン様、なにが食べたいのかなぁ……」
ずらりと並ぶ果物や、一口サイズに切られたケーキ、シュークリームやドーナツなどのデザートを見ながら、アイリスが呟いた。
「果物とおっしゃっていたので、果物をお持ちすれば良いのでは?」
カーネラの返事に、アイリスは首を横に振る。
「駄目よカーネラ。」
「……、はい?」
「グレン様は『果物か何か』っておっしゃったのよ? そこからグレン様の望んでるものを推測出来てこそ一人前の妻よ。」
「さようにございますか。……それにしては、全く察せていないように見受けられますが…?」
「う……、そ、それは……」
デザートコーナーにあるデザート一つひとつを見て回ろうとしたアイリスは、痛いところをつかれ、言葉に詰まった。そんなアイリスを見て、カーネラは微笑ましい気持ちになる。
「だ、だって、全部おいしそうなんだもの。どれがいいかなんて、選べないでしょう?」
アイリスの言葉に、カーネラが返事をしようとした時だった。
「そう言っていただけると光栄です。」
突然後ろから声がして、アイリスはびっくりして振り返った。
「え!? あ、えっと……?」
目の前の男は、いったいどこの誰なのだろう。ここにいるのだから、どこかの国の王族であるのは確かだが、初めて見る人だった。ブロンドの髪に、青い目。まるで絵本の中から出てきた王子様のようだった。
(うーん、でも、やっぱりグレン様のほうが素敵。)
アイリスが自分の中で斜め上の結論を出したちょうどその時、男が口を開いた。
「これは失礼致しました。貴女とお会いするのは初めてでしたね。お初にお目にかかります、ローレウス王国第二王子、タートイスです。……明日兄が即位するので、明日には王弟になるんですけれどね。」
そう言って、無邪気な笑顔を見せてくれた。
「あ…、は、ははははじめまして…! っ、あの、えっと、その、私、は…っ」
招待されておいて相手の国の王子を知らないとは、失礼極まりない。アイリスは動揺して、上手く言葉が続かなかった。
「知っていますよ。ラカントのグレン殿下に嫁がれた、アイリス様でしょう?」
タートイスはにこやかに言ったが、アイリスはきょとんとした顔になり、数回目を瞬かせた。どうして名前を知っているのだろう、と。しかし、驚いていたのは少しの間だけで、すぐにアイリスの心を不安が襲って来た。こちらは名前を知らなかったのに、相手はきちんと知ってくれていたのだ。自分の無知が、ラカントの印象を悪くしてしまったのではないだろうか、グレンに迷惑をかけてしまったのではないだろうか。そんな思いにかられ、アイリスの表情はみるみる暗いものになっていった。
「アイリス様、どうなさいました? なにか、失礼なことを言ってしまったでしょうか?」
タートイスに覗き込まれ、アイリスは慌てて首を横にふった。
「い、いいえ! そのようなことは……」
なんとか気持ちを奮いたたせようとしたアイリスだったが、上手くいかなかった。
「……アイリス様。」
タートイスが、アイリスの右手をとった。それを見たカーネラが動く前に、タートイスは、アイリスの手の甲に軽く、キスを落とした。
「た、たたタートイス様?!!」
アイリスが咄嗟に手を引こうとするが、タートイスは更に力を込めてアイリスの手を握った。
「貴女には、そんな不安げな表情は似合いません。……一曲、お付き合いいただけませんか? 私が、貴女を笑顔にして差し上げますよ。」
綺麗な青色の瞳に見つめられ、アイリスは固まってしまった。なんと返していいか分からなかった。
(私、グレン様と踊りたいのに。)
しだいに、嫌悪感が湧いてくる。それは、タートイスに触られていることに対してなのか、タートイスと踊ることに対してなのか、はっきりしてはいなかったが。
「あの。……やめて下さいませんか。」
「……踊っては、下さらないと…?」
女性に断られた経験のなかったタートイスは、明らかに動揺していた。その隙に、アイリスはタートイスの手を軽く振り払った。
「まだ夫と踊っていないのに、別の殿方と踊るわけにはまいりませんから。」
私はグレン様と踊りたいの、という気持ちを込めて、アイリスは言った。しかし、その思いはタートイスには伝わらなかったようだ。
「あのような男が夫では、貴女も大変でしょう。何事にも無関心で、冷徹だと言うではありませんか。」
この人は、なにを言っているのだろうか。アイリスの眉間に、皺が寄る。
「形だけの夫のために体裁を気になさって、アイリス様はお優しいですね。……本当に、貴女はグレン殿にはもったいない。」
「……はい?」
タートイスの言っていることが理解できず、アイリスは思わず聞き返していた。
「ああ、えっと…、端的に言えば、不吉な赤目を持つ冷たい人間の妻になど、貴女とてなりたくはなかったでしょう、という」
パァァン――!!
タートイスの言葉を切って、アイリスは彼の頬をぶった。その音が会場に鳴り響き、会場中の視線が集まったのだが、感情の昂ぶったアイリスはそのことに気づいていなかった。
「グレン様のこと、なにも知らないのにそんなこと言わないで!!」
アイリスにぶたれたことと彼女の声に驚いて、タートイスは何も言えなかった。
「グレン様の目が何色だろうと、グレン様が冷たい印象だろうと、それでも私はグレン様が好きです! グレン様の妻であることを嫌だと思ったことなどありません! それに、グレン様は決して噂のような人では…、っ!?」
すると突然、後ろから抱き寄せられた。
「グレン様!?」
自分を抱き寄せたのがグレンだと分かり、アイリスは目を丸くした。いつの間にここまで来ていたのだろう、と思うと同時に、大声でまくし立てるなど、一国の姫らしからぬ行いをしてしまったことに気づき、アイリスが後悔し始めた時。グレンは彼女の唇に人差し指をたて、耳元で「しー。」と囁いた。吐息がかかって、くすぐったい。
「で、でも…! 私、グレン様が誤解されたままなのは悲しいです! 本当は、優しい方なのに…!」
「いい。」
グレンが言い切るので、アイリスは驚いて彼のほうを見た。
「……え?」
アイリスが聞き返すと、グレンは口元を緩めた。
「お前以外の人間から何と思われようとそんなことはどうでもいい。お前が分かってくれていれば、それで。」
アイリスはグレンの言葉を心の中で繰り返し、その意味を噛み締めた。はい、と小さく答えた後、グレンと目が合い、嬉しくなってはにかんだ。グレンはアイリスの頭をぽんぽんと撫でた。
「おい、侍女。」
「……あ、は、はい。」
自分が呼ばれていると分かったカーネラが、慌てて返事をした。アイリスの名前はすぐに覚えたグレンだが、カーネラの名前はまだ覚えていないらしい。
「それは、ギルバートにでもやってやれ。俺とアイリスは先に抜けるから、後は頼んだぞ。」
それ、と言って彼が指差したのは、アイリスが少しだけお皿に盛ったデザート。
「……え、グレン様? 抜けるって、何でですか? え? あの、デザートは?」
「かしこまりました、殿下。アイリス様をよろしくお願いいたします。」
状況がつかめていないアイリスは気にせず、カーネラはグレンに頭を下げた。
「あ、あの、グレン様! 本当に、もう抜けるんですか?」
「あぁ。夕食は済ませたし、もう用はないだろう。」
「でもあの、タートイス様に謝らないと……」
そう言って、タートイスのほうを見るアイリスと、不思議そうにアイリスを見つめた後、タートイスを見るグレン。
「あの、タートイス様。」
ごめんなさい、と、続けるつもりが。
「貴様、2度とアイリスに近付くなよ。」
グレンが睨みをきかせ、睨まれたタートイスはもちろん、隣に居るアイリスでさえ竦み上がってしまった。ただ、当のグレンは何も気にせずに、そのままアイリスの手をひいて歩き出した。
「えっ、あの、グレン様! 私タートイス様に謝りたかったのですけれど、あれでは喧嘩を売ったようなものと言うか、何と言うか……。」
「……喧嘩? そんなつもりはなかったが、おかしかったか?」
「いいえ! グレン様は今日も素敵です! ……じゃなくてですね…!!」
遠ざかる2人の会話を聞きながら、カーネラは思わず表情を和らげた。そして、視線を隣に居る男に向ける。
「タートイス様。あのお2人はああ見えて相思相愛ですので、邪魔はなさらないほうが身の為かと。」
「そうですね。……生まれて初めて、女性に声をかけて身の危険を感じました。」
アイリスに以前より興味を抱いたのだが、それよりもはっきりしたのは、彼女に手を出せば、確実に殺される、ということ。
「まぁ、他にも女の方はいらっしゃいますしね。どうです、一曲ご一緒に。」
一瞬で立ち直り、笑顔でカーネラを誘ったタートイスだったが。
「遠慮させていただきますわ。」
笑顔できっぱり断られた。




