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旅路(2)

 グレンを見た町の人々は端に寄って頭を垂れ、グレンに道を譲った。眼帯をしていても、黒く長い髪と整った顔、王家の紋章があしらわれた上着で、彼が誰なのかはっきりと分かるようだ。

 王族に対する畏怖の念や、赤目に対する蔑みの目、様々な感情が突き刺さってくるが、それでも、町の様子を伺うグレンの目は、いつもより優しいものだった。


「グレン様の意地悪…!」


 グレンに追い付いたアイリスは、半分泣きそうになりながら言った。


「……意地悪? なにが?」


「む、無自覚ですか?!」


「……さあ?」


「まあ! グレン様ったら!!」


 アイリスがむくれている間に従者たちも二人に追い付き、グレン一行は目的地へ向かう。

 その道中、アイリスは、頭を垂れる人々をもどかしげに見ていた。


「こう……なんだか落ち着かないですね。グレン様は平気ですか?」


「何がだ。」


「……やっぱりいいです。」


 アイリスは、昔から頭を下げられることに抵抗があった。格式張った場では仕方ないが、今は普通にしていても咎める人は誰もいないのだ。自分たちが通ることで町の人々の時間を無駄にさせてしまっているようで、心苦しい。


「……お前の言いたいことが、分からないでもない。」


「え?」


 驚いて顔を上げたアイリスに、グレンは言い聞かせるように言った。


「だが、お前は王家の人間だ。そんな顔をするな。前を向いて堂々としていろ。……お前は、俺の妻だろう。」


 アイリスの表情が、次第に明るくなっていく。グレンはそれを見届け、満足したように目を伏せた。


「はい、前を向いて、堂々とします! 私、グレン様の妻ですものね。では、そういうことなので、手を繋いで、」


「それは断る。」


 しかし、アイリスの提案はばっさり切り捨てられた。


* * *


「グレン様が冷たいー、いつにも増して冷たいよー」


 目的の店は布を取り扱う店で、王家御用達なんだとか。グレンはギルバートたちを連れて奥に入って行ったが、王族専用の応接室があり、アイリスとカーネラはそちらに案内された。お前はお茶でも飲んで待っていろ、というグレンのお達しによって。

 自分も一緒に行きたかったのに、と、除け者扱いされたことを悔しがりつつ、アイリスは机に突っ伏してふて腐れていた。


「アイリス様、仮にもこの国の王兄に嫁がれた身ですよ? しゃんとなさいませ。」


「それは、そうだけれど……」


「それに、殿下が冷たいのは、今にはじまったことでもありませんし。」


「カーネラまでそんなこと言わないでよ、悲しくなってきたじゃないー!」


「え? ……あ、すみません、つい本音が……」


「カーネラ酷いー!!」


 申し訳ありませんと何度も謝るカーネラの声に、可愛らしい声が重なった。


「お姉ちゃん、殿下のお嫁さんってホント?」


 それが自分に向けられていると分かり、アイリスは顔をあげた。そこにいたのは可愛い女の子だった。


「うーん…、お嫁さんじゃなくて、妹みたいだね。」


「……え?」


 女の子の突然の発言に、アイリスは固まった。カーネラは困った顔でアイリスの表情を伺っている。


「こら、カルア! 奥方様になんてこと言うの!!」


 今度は、さっき挨拶を交わした店主の奥さん、レイリーが入って来た。


「申し訳ありません、ちょっと目を離したすきに……」


 カルアと呼んだ女の子をアイリスの側から引き離し、赤ん坊を抱えたレイリーは頭を下げた。どうやら、女の子はレイリーの娘らしい。


「え、そんなっ、謝らないで下さい、全然気にしてませんし。」


 アイリスはレイリーに頭を上げるよう言い、カルアと呼ばれた女の子のほうを向いた。


「私、グレン様のお嫁さんのアイリス。よろしくね。あなたは、カルアっていうの?」


 母に叱られ、しゅんとしていたカルアだったが、アイリスに笑いかけられ、自然と笑顔になり、嬉しそうに話しだした。


「うん、あたしカルアって言うの。パパとママの娘なんだよ。あ、この子は弟のソーニ。可愛いでしょう?」


「うん、ソーニ君も、カルアちゃんも可愛いわ。」


「アイリスお姉ちゃん、今、幸せじゃないの?」


「え? どうして?」


「だって、アイリスお姉ちゃん、さっき悲しいって言ったよ。お嫁さんって幸せじゃないの?」


 アイリスはきょとんとしてカルアを見た。レイリーは慌ててカルアに謝らせようとしたが、アイリスはぱっと笑顔になった。


「心配してくれたの? ありがとう。でも私、すっごく幸せよ、グレン様のお嫁さんになれて。グレン様は知れば知るほど素敵な方なんだもの、毎日楽しいわ。」


 アイリスの言葉を聞いて、レイリーは目を見開いた。


――この方は、純粋に殿下を想ってらっしゃる……


「そっか。お姉ちゃん幸せなんだね? よかった!」


 娘の笑顔を見ながら、レイリーは笑顔になっていた。この方なら、殿下に笑顔を取り戻して下さるかもしれない。そう思うと、自然と頬が緩んだのだ。


 その後も、アイリス達が笑顔で話をしていると、ドアが開き、グレンが顔を出した。


「――アイリス。馬車に戻るぞ。」


「はい、今行きますっ」



 店先まで見送りに出たレイリーは、二人に深く頭を下げた。

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