おとうさん、おかあさん(2)
「――本当に、アイリスの笑顔は、周りの人も笑顔にしてしまうのね。」
「……えっと、それって、良いことですか?」
「もちろんよ。」
アイリスが、本当の娘のように接して欲しいと言うので、カトレアは喜んでそうした。
幼い頃のグレンとアルディーンの話や、ルクシオとカトレアの話を聞いたり、自分の家族の話――父の事は、全く話せなかったのだが――をしたり。
隣に居るグレンは、頬杖をついて、話を聞いていた。自分の事が話題にのぼっている時は不快そうだったが、アイリスの話を聞く時の目は、優しいものだった。
「だったら、私の笑顔が、グレン様も笑顔にして差し上げられたらいいのに。」
「は? そんなことは別にしていらんが。」
「そういう返事がくると思っていました。思ってはいましたけれど!」
グレンに当然のように言われ、アイリスは頬を膨らませた。
「……何だその顔は。喧嘩でも売っているのか。」
「ち、違います! 拗ねてるんです!!」
「……そうか。」
「って! なんてこと言わせるんですか、察してください!」
アイリスの顔は真っ赤だった。しばらく、グレンはきょとんとした表情のままアイリスを見つめ、口を開いた。
「…………難しい相談だな。」
「……もう、グレン様ったら!」
グレンは頬杖をついたまま、視線をそらした。なにが気に障ったのかよく分からないが、アイリスが機嫌をそこねたことは分かった。これ以上なにか言って、更に悪化させたくはない。黙っているのが得策とみた。
そんなグレンを見て、ルクシオは優しく微笑んだ。
「何だかんだで、二人は上手くやっていけそうだね。安心したよ。」
「本当ね。グレンが女の子とお話してる姿なんて、一生見られないと思っていたから、嬉しいわ。」
ルクシオとカトレアの言葉を聞いて、グレンは眉間にしわをよせた。
「……グレン様、そんなに女の人がお嫌いなんですか?」
「女が嫌いとか、そういうことではなくて……。俺は、できれば誰とも関わることなく生きていたいんだ。まぁ、王族に生まれた時点でそれは不可能に近いからな。諦めてこういう生き方を選んだだけだ。」
「……こういう生き方、ですか…?」
「お話中申し訳ありません。あの、殿下、お伝えしたいことが……」
アイリスが聞いたのと、ギルバートが部屋に入って来たのは、ほぼ同時だった。
「どうした。」
グレンは一瞬アイリスを見たが、何もなかったように言った。
「あー、えっとですね……」
「はっきり言え。」
「は、あ、えっと。実は、書類が少し残っていたようでして。」
「書類が?」
「はい。それで、ユリウスさんに伝えたところ、『出発までまだ少し時間がありますし、さっさと終わらせて下さい』って、笑顔で言われました……」
「……全く、あいつは本当に人使いが荒いな。」
そう言いながら、グレンは席を立った。
「父上、母上、そういう事なので、俺は失礼します。」
「あの、グレン様、私は……」
「……アイリスは、ここにいていい。後で迎えに来る。」
置いていかれるのかと思ったアイリスは、グレンの言葉を聞いて、顔を綻ばせた。
「はい、待ってます!」
グレンを見送ってから、アイリスは再び席についた。
「アイリスは、あの子のこと、好き?」
しばらく他愛ない会話をしていたが、紅茶を飲みほし、カップを置いたカトレアが口を開いた。
「はい、大好きですっ」
「……それは、一人の男として、グレンを愛してるってこと?」
「え……」
アイリスは、言葉を詰まらせた。
グレンは、好き。大好きだ。
仲良くなると決めてグレンと接するうちに、彼の良いところも沢山見えてきた。彼と居るのが、どんどん楽しくなってきている。
でも、それが、どういった類の「好き」なのか、アイリスは分からなかった。今まで、よく考えてすらいなかった。ただ、一緒に居させて貰えたら、それだけで良かったから。
(私、グレン様のこと、どう思って……)
「ごめんなさい、アイリス。困らせるつもりじゃなかったの。ただ…、ただ、あの子を好きで居てくれるなら、それでいいの。」
「え?」
「これは元々、二人が望んだ結婚じゃないもの。無理に愛そうだなんて、そんなことは思わなくていいのよ。でも、一つだけ、お願いしたいの。」
「は、はい。何でしょう?」
「ずっと、側にいてやってくれないかしら。……あの子の、側に。」
言いながら、カトレアが両手でアイリスの左手を包んだ。
「もちろんです! それは寧ろ、私がお願いしたいくらいですもの!」
アイリスは笑顔で返事をしながら、カトレアの手の上に、自分の右手を重ねた。
「ありがとう、アイリスちゃん。」
「ありがとう、本当に、ありがとう……」
ありがとうを繰り返すルクシオとカトレアを見て、アイリスは二人が本当にグレンのことを愛しているんだと感じ、胸が熱くなった。
(私もいつか、こんな風に、グレン様を愛せるようになりたいな……)
アイリスはそっと、目を閉じた。




