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ドレス(1)

「口では冷たいことをおっしゃっていましたが、奥方のこと大切になさっているのですねぇ。」


 小部屋に移り、採寸を始めたグレンとリリー。その間、客間ではマリーがデザインを描きなぐるとか、なぐらないとか。


「は?」


 先ほどのやり取りのどこでそんなことを思ったのか理解できず、グレンが言うと、リリーはにっこり笑った。


「だって殿下、奥方のお名前ちゃんと覚えていらっしゃるじゃありませんか。奥方とお会いして、まだ3日目なのでしょう? 王妃様のお名前を覚えるのに1ヶ月かかったり、何年も服を作らせていただいてる僕たちの名前を未だに覚えて下さらない殿下にしては、随分とお早いことで。」


「……嫌味か。」


「いいえ?」


 笑顔で返すリリーだが、目が笑っていない。


「……俺に構うなと言っているのに、気付けば向こうのペースに巻き込まれている。そうしているうちに、いつの間にか顔も名前も覚えていた。……それだけだ。」


「まーたそんなこと言って。素直じゃないですねー。」


「…………。」


 なにを言っても聞いてくれそうにないので、グレンは口を閉ざしてしまった。不貞腐れるグレンを見て、リリーはこっそり笑った。この方は本当は、とても表情豊かなのかもしれない、と思いながら。


 一方、客間ではマリーがドレスの案を描いては消し、描いては消しを繰り返していた。

 アイリスは、クッキーを食べながらそれを見守る。グレンと話し合って決めるつもりだったが、彼はアイリスの好きなようにすればいい、としか言わなかったので、マリーに任せることになったのだ。


 数分後、案が完成したのか、マリーが顔をあげた。


「奥方。お聞きしたいことがあるのですが……」


「うん、なぁに?」


「肩を出すドレスにしようと思うので、グローブは長いほうがバランスがいいかと思い、ロンググローブにしたいのです。奥方は、手袋は大丈夫ですか?」


「私は大丈夫だけど……手袋が駄目な方もいらっしゃるの?」


「過去に、何人かいらっしゃったようです。」


「そうなんだ。でも凄いわ、そこまで気配りが出来るなんて。優しい方なのね、マリーさん。」


「そ、そのようなこと……。それに、私のことはどうぞマリーとお呼び下さい。」


「……え? どうして?」


「わ、私は、ただの仕立て屋にすぎません、から。」


「そんな言い方しないで。私はたまたま王家に生まれただけだもの。凄いと思ったら誰にだってそう言うし、血筋だけで、威張ったり出来ないわ。変?」


「い、いいえ…!」


「ふふ。だったら、もっと自信を持って。」


 マリーの手をとって言いながら、アイリスはふと視線を手にうつした。


「……マリーさん。」


「はい、奥方。」


「グレン様と手を繋ぐ事になった時、手袋をしてたら、グレン様の手を直接握ることが出来なくなるよね?」


「……、え?」


 心配するポイントがかなりずれている気もするが、アイリスの表情は真剣だった。


「安心しろ。俺が血迷わない限り、お前の手を握ったりなどしない。」


 聞こえてきたのは、グレンの声。採寸が終わり、リリーと一緒に客間に戻ってきたようだ。


「…………。」


 しばらく黙ってグレンのほうを見ていたアイリスだが、パッと振り返り、マリーに言った。


「マリーさん。どうやったらグレン様が血迷うか、知ってたりします?」


 グレンが呆れたのは言うまでもない。


「申し訳ありません、そのようなことは……」


「あ、そうよね。ごめんね、変な事聞いて。気にしないで。ロンググローブのほうがいいってマリーさんが思うなら、そうして貰ってもいい?」


「はい、分かりました。」


 笑顔で返事をするマリーを見て、リリーも笑顔になっていた。


「マリー、お二人の服の案はどんな感じ?」


「こんな感じー。」


 何やら二人で服のことで話し込み始めたので、アイリスはクッキーが入った皿を持って席を立った。


 グレンの元へ歩み寄ると、アイリスはクッキーが入った皿を差し出した。さっきから、何となくグレンの視線が注がれている気がしていたのだ。


「クッキー、お食べになりますか?」


「……食べる。」


 グレンは無表情で返事をして、クッキーを食べ始めた。そんな彼を見て、アイリスは微笑んだ。


「おいしいですか?」


「……分からん。……ただ、俺の嫌いな味ではない。」


 しばらくきょとんとしていたが、アイリスはすぐに笑顔になった。


「ありがとうございます。褒め言葉として受け取っておきますね。」


「……好きにしろ。」


 嬉しそうに笑みを湛えるアイリスを見るグレンの表情は、少しだけ、穏やかに見えた。


 しかし。


「兄さぁぁぁん! にーいーさーん!!」


 聞こえてきたアルディーンの声に、グレンの表情は強張った。


「こんにちは、愛しの兄さん!!義姉上もこんにちはー!」


 金色の髪を揺らし、とびきりの笑顔を携えて、元気よく客間に入ってきたのはもちろんアルディーンだ。


「リリーとマリーもお疲れ様! いつもありがとうね。」


 服のデザインについて話していたリリーとマリーは手を止め、アルディーンに向けて頭を下げた。


「アルディーン様は、今日もお元気そうですね。」


「はい、僕は兄さんがいればそれだけで幸せですから。」


 そう言った後、「もちろん、ルナリアや義姉上も大好きですよ。」と付け加える。アルディーンの笑顔は輝いていた。


「ありがとうございます、アルディー……」


「で?」


 アイリスがまだ話している途中であるにもかかわらず、グレンが言った。


「何の用だ。また仕事を放置してきたのではないだろうな。」


 こんな時間に、アルディーンが暇なわけがない。彼の側近、ユリウスはなにをしているのだろうと思いつつ、グレンはアルディーンを睨んでいた。


「やだなぁ兄さんったら。僕がいつそんな事をしたって言うのさ。」


「日常茶飯事だと思うが。」


「まぁまぁそれは良いとして。今日はね、二人に頼みがあって来たんだ。」


 グレンの言葉を軽く流して、アルディーンは言った。


「頼み、ですか?」


 アイリスが首を傾げると、アルディーンは笑顔になった。


「頼みと言うより、国王命令?」


「……何だ。」


 どうせろくでもないことを言い出すのだろうなと思いながらも、グレンは一応聞いてやった。



「結婚式が終わったら、二人に新婚旅行に行って貰おうと思って。」



 そう言い放ったアルディーンの笑顔は、キラキラ輝いていた。


 ああ、またおかしなことを言い出した、とグレンが嘆いている一方、アイリスは驚いて、しばらく固まっていた。


「……どうしてそれが国王命令なんだ、断る。冗談も休み休み言え。」


「行ってもいいんですか? グレン様はお仕事がお忙しいのでは……」


「これは国王命令ですってば。つまり、立派なお仕事です。」


 グレンの言葉は完全に流し、アルディーンはアイリスに向けてウインクをした。


「……仕事?」


 グレンが眉をひそめた。


「うん。今度、ローレウス王国の国王の即位式があるみたいなんだ。だけど、ルナリアは乗り物酔いが酷いでしょう? 今までは無理して行っていたんだけど、今回はせっかく結婚するんだから、兄さんと義姉上に、その即位式と前日の舞踏会に国王夫妻代理として参加して貰おうと思って。と言うより決定事項?」


「舞踏会だと?」


 グレンは更に嫌そうな顔になる。


「まぁ、晩餐会も兼ねて、ってとこかな。ね? 立派な公務でしょう? ローレウス王国まで1週間はかかるし、新婚旅行も兼ねて、2人で楽しんで貰えたらって思うんだ。」


「お前……」


「いいんですか?!」


 グレンは嫌がっているが、アイリスは嬉しそうだ。


「……おい、アイリス。」


 グレンの言葉は聞き届けられず、アイリスとアルディーンの会話は続く。


「もちろんです義姉上。そもそもこれはもう決定事項ですから!」


「ありがとうございますアルディーン様! 私、グレン様と楽しんで来ますね!」


「はい、そうして下さい!」


 目を輝かせて話すアイリスとアルディーンを前に、グレンはどうすることも出来なかった。


「おい、俺の意見は……」


 かろうじて口をはさもうと試みるが、グレンの言葉が聞かれることはなかった。


「それで、結婚式とは別に、舞踏会用の服が要るだろうと思って、それを伝えに来たんです。」


 アルディーンの言葉に、リリーとマリーが目を輝かせた。


「リリー、マリー。お願い出来る?」


「もちろんです! お任せ下さい!」


「さーい!」


 リリーとマリーの嬉しそうな声が響く。


「…………。」


 もう諦めたほうがよさそうだと思い、グレンは口を閉ざした。

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