誰しも必ず書ける話
人は誰でも物語を生涯で最低一つは作れることができるといいます。なぜなら、自分の人生を基に話にを作ればいいからです。自分の人生は自分が歩いてきたもの。誰かと全く一緒なものはありません(いろいろカブることはありますが)。
ですから、単に書ける話を作りたいのなら、自分の体験したことを基に話を作ればいいのです。日々の生活で、感じたこと思ったこと経験したことを話にするのです。
人は誰しも、知っていること以上のことは書けません。これは、当たり前といえば当たり前ですね。
例え、書いた作品が超常的なものであっても、それはやはり以前に見たり聞いたり読んだりして知ったことが基になっています。分りやすく言えば、作品に影響を受けているというやつです。
ここから何が言いたいのかというと、話を書くためには例えフィクションでも、礎になるものがいるということです。そういった題材が経験することが不可能だったりする場合には、いろんな作品や資料集に触れる必要があります。今は情報化社会なので、気になったワードの情報を検索エンジンがパパっと探してくれますよ。
そういえば、影響であることを思いだして、「VRMMO」でこのサイト内を少し検索したら今現在ある中で、最古の作品が二〇〇八年からになっていました。
おそらくもっと昔からある作品もあったのかもしれませんが、この二〇〇八年という年は、「SAO」の作者である川原礫先生が「AW」で電撃大賞をとった年と合致します(もっとも、その時すでに礫先生はオンライン小説の界隈では有名作家でした)。単に古い作品を検索するだけなら二〇〇四年からのものが見つかる中、これは明らかに露骨で、少し笑ってしまいました。




