意外な伏兵
店主によると、レイゼクルは数百年前からある装飾品でさほど珍しいものではない様だ。デザインは時代と共に変化していて、今はレースリボンや細い革紐状の軽い感じが主流となっている。
このレイゼクルは150年ほど前のものらしい。
「カメオ、えぇと、女性の横顔の浮き彫りが施された装飾品があるものは――」
「その様なものは相当古いですし、かなり高価ですね」
店主は驚いたような表情を見せた。
そのデザインは今から300年ほど前に流行ったが、浮き彫りの装飾品は当時から高価であり、しかも今ではそれを加工する職人がいないため、市場に出回る事は滅多にないらしい。
「愛する女性の横顔を彫り、その枠の裏に彼女の名前と愛の言葉を刻んで想い人に贈ることが当時流行したと聞いております」
恋文みたいなものでしょうか、と店主は付け加えた。
「名前――」
アレクセイの視線が合った。多分同じことを考えているに違いない。
誰にも知られていないリヴァイスの『名前』が、そこにあるかも知れない。
リヴァイスを想う人がいた。
愛しい彼女の横顔を彫って贈った人がいる。そして彼女はそれを今でも大切に身に着けている。
私の視界にそれが入っただけで、咄嗟に体を固くしてしまうほどに。
「何か気になる物はございますか?」
店主の言葉に我に返った。
散々説明させたにも関わらず、彼女は嫌な顔ひとつせず穏やかな微笑みを浮かべている。流石に手ぶらでは帰りにくい。けれど無一文の身では何とも仕様がない。
「いや、あの――」
「これを見せてください」
突然アレクセイが商品を指差した。
店主は彼が選んだ商品を見て感心した様に顔を綻ばせると、ショーケースの鍵を静かに開けた。
「こちらは小柄で華奢な方にお勧めです。派手で大きな装飾よりも、こういった小ぶりでさり気ない方が似合いますから」
彼女は丁寧な所作で白銀のネックレスを取り出す。
「しかも品質の良いもので作られておりますので、大切にご使用して頂ければ長くお付き合い出来ますよ」
アレクセイはそれを受け取ると、迷いなく私の首元に宛がった。
「あ、え? え?」
もしかして、私に?
「とても良くお似合いですよ」
店主は嬉しそうに微笑むと手鏡をかざして見せてくれた。白銀の細めのチェーンに薄青色の石のペンダントが、鏡の中の私の首に輝いている。
確かに素敵だけど、これは――高いぞ。
素人だけれど自分が今まで身につけたことのあるアクセサリーとは比べものにならないということだけわかる。変な緊張感で全身から汗が吹き出てくる。
「似合ってる」
戸惑いの中で見上げるとアレクセイが微笑んでいた。
その台詞でその微笑はダメだから! 悶え死んじゃうから!
異常に火照った顔からさらに汗が噴き出してくる。
ひとりでジタバタする私を尻目に、アレクセイは慣れた様子で店主に向き直った。
「じゃあ、これを」
「ありがとうございます」
店主はネックレスを取り外すと店の奥に戻って行った。
その背中を見送ってアレクセイに小声で話しかけた。
「いいの?」
「何が?」
アレクセイは平然としている。
「だって――」
口ごもってしまったが、アレクセイは私の言わんとしていることがわかったらしい。
「気後れして買おうと思った訳じゃない」
確かにあなたはそういうことは全く気にしないでしょうけど。
「でも、お高いんじゃあ――」
テレビショッピングの様な台詞が思わず口をつく。
「金も持たずに店に飛び込む無鉄砲に心配されたくない」
ごもっとも。
自分の無計画さを真っ向から指摘され肩を落とした。
「――いらなかったか?」
戸惑ったような声に顔を上げた。アレクセイは真っ直ぐな視線で私の言葉を待っている。
余計な言葉が頭から消えていく。だから出てきた言葉と笑顔は自分でも驚くほど素直で自然なものだった。
「すごく嬉しい。ありがとう。大切にするね」
「少しは素直になったな」
アレクセイも自然な笑顔を見せた。
「師匠とナツキさんは、いつの間にそういう関係になったんですか?」
前触れもなく放たれたレオナールにも負けず劣らずの爆弾発言は、目を輝かせ、嬉しそうな笑顔のハル君からだった。




